8 端村への凱旋
夕日が端村をてらし、家並みを赤くする。
カラスの間の抜けた鳴き声がする。
シャルロットとマルコは、村を出た時と同じ柵から戻った。
それぞれが一羽ずつ、大きな鳥を背負う。
マルコは、シャルロットの背中の鳥を見ながら歩く。
「この娘には重過ぎないかな?」と心配して彼女の顔をのぞき見た。
だが、シャルロットの顔はニヤニヤして、ゆるみっぱなしだ。
家の裏手で、鍛冶屋の老人が日なたぼっこをしていた。気持ち良さそうに薄目を開き、マルコたちに気づくと、かっと目を開く。
「オイ! ねえちゃ……ちがう……ふあぁ?
はあ! 小熊んとこの、娘っこー!」
「なにか?」とシャルロットは、ゆっくりと首を回す。マルコも驚くドヤ顔だ。
駆け寄る老人が、背中を指さす。
「それ……どうしたんじゃ?」
「あら、これ? 獲物のこと?
もちろん! 狩りの成果よおぉ!
こちら、異国から来た……イケイケ狩人の
マルコさん。一緒に仕留めたの!」
「い、異国の……? ぎゃ、外国人か!
まあそれはええ。
だけんどホロホロ鳥を一度に二羽も……」
ワナワナ震える老人に、挑発的なシャルロットを見て、マルコははらはらした。
しかし彼女は、ふっと優しい表情になる。
「スミスじいちゃん。晩ごはん、うちに食べに来なよ。ほかにも誰か誘ってさ」
◇
歌う小熊亭の食堂。
古い暖炉が、パチパチと燃え盛る。
厨房では、かまどの鍋からもうもうと湯気が立つ。
着替えたマルコは、甘い飲み物を片手に、奥の席から食堂をしげしげとながめた。
ポンペオは額に汗し、小気味よい音をたて野菜を切る。と、大きな鳥肉を切り分けて、鍋に入れる。
ソフィアは踊るように体を回し、テーブルにスープ椀を配膳する。
夫婦は威勢よく声をかけ合い、とても生き生きとしていた。
玄関から、村の人がまだ訪ねてくる。
テーブルに座るのは十人ほど。スープを食べながら、笑い合う人たち。
幼い子どもをかたわらに、さじを口にして涙する母親。
玄関で迎えるのは、シャルロットだ。
毛織り物の上下に着替え、黄色の衣に暖炉の炎がうつる。
マルコに気づくと、笑顔で手をふった。
しまりのない笑顔で、彼も杯をあげる。
マルコはちびちび飲みながら、帰り着いた時の事を思い出していた––––。
◇
驚くほどソフィアが心配し、マルコの体をきつく抱きしめた。そんな温かい抱擁は彼は初めてだった。
ポンペオは男同士で話したいと言うので、奥の席に一緒に座った。
「マルコ、おまえさん獲物を倒したあとも、つかれないんだって?」
「ど……どういう事でしょう?」
「いやな。はずれ森で獲物を狩る。つまり、生き物の命を奪うと、みんなつかれ切って、だるくなるんだわ。
だからよ、ホロホロ鳥を二羽も狩るって、そりゃあ、おったまげたもんよ!
でもよ、シェリーが、おまえさんは二羽目の時もよく動けたって。『いけいけだ』と。
娘の話、さっぱり意味わかんなくてよ」
マルコは、なんだか居心地が悪くなって、体をよじらせる。
「あの……」と言いかけたとたん、ポンペオが片手を向けた。
「あ! 待った。おまえさんの事をあれこれ詮索しない約束だった。
アルのやつ、しつこかったからな……。
まあ何にせよ、こうして無事に戻った。
ぶっちゃけ、あんな立派な獲物をとってきてもらえて助かった。ありがとう」
マルコは、すっかり恐縮した。
だが感謝された喜びが、じわじわあとからきて、良い気分だった––––。
◇
ニヤニヤと不気味に笑い、杯を傾けるマルコの前に、背中の曲がった影が近づく。
鍛冶屋のスミス老は、二羽も仕留めながらつかれも見せず、笑みを浮かべるマルコにすっかり感心した。
おそるおそる声をかける。
「ふぁ、くつろいどるところ、すんません」
びっくりしたマルコが「あぁ!」と叫ぶ。
スミスはもっと驚き「ふあぁ!」と、身を引いた。
再び、おそるおそる切り出す。
「わしゃ、鉄を打っとるスミスいいます。
けっこうなご相伴にあずかり、ありがたいこって……。
ほかにお礼もできんけえ、あんた武器やら手入れするとき、寄ってくれればええ」
それだけ言うと、腰をかがめ、スミス老は去っていった。
「はーい! ずいぶん待たせちゃったわね。
めしあがれ!」
ついに、目の前にスープリゾットの大きな椀が置かれた。湯気の奥にあるはずのお肉をマルコはうきうきと探す。
ソフィアが顔を近づけ、楽しそうに話しかける。
「本当はね! 村の英雄には、最初の獲物のクビを添えるのよ」
「え?」と青ざめ、マルコはまじまじと見るが、あくまで笑顔のソフィアは続ける。
「でもね最初の獲物は形も悪いから、明日、綺麗な二羽目のクビを添えよう––––」
「クビ? いやっ! いいですいいです。
そういうの本っ当にいいです!
僕……英雄なんかじゃないので」
その時、背後からソフィアに声がかかり、彼女はマルコにもう一度笑顔を向ける。
「そぉんな事、ないわよ〜」とつぶやきながら去っていった。
「アルの言った通りだ」とマルコは思う。
小熊亭のスープリゾットにお肉が入ると、鳥の出汁も加わり旨みが濃厚で、野菜もご飯も夢のように美味しかった。
ただ、どこの部位だかわからない骨付き肉があった––––首の輪切りだろうか––––ので、マルコは丁寧にお椀の隅に寄せて残した。
食べ終わって満足した吐息をもらすマルコの前に、シャルロットが立っていて、真っすぐこちらを見つめていた。
「今日はおつかれさま! マルコ。
あの森、初めてなのに、本当にすごいね」
マルコは赤面し照れて仕方がなかったが、相棒の彼女をねぎらう言葉をかけたかった。
「あ。おつかれさま! シャルロット。
今日は本当に、お互いがんばったよねえ」
「シェリーでいいよ」
そう言うと彼女は、マルコから顔を隠し、二階への階段を軽やかにあがっていった。
マルコは、これまで一度も経験してない、楽しい時間を過ごせていると感じていた。