全人類に告ぐ
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『なぜ我のみを崇めぬ』
『なぜ我の教えを守らぬ』
──その《声》は、ある日全世界の人々の頭の中で、一斉に鳴り響いた。
──声、というのは不適切かも知れない。その《声》には音がなかったのだから。
キ──ンという響きとともに、人種も場所も言語も関係なく、ただ《同じ内容》だけが頭に直接叩きこまれるような、言わば全人類へのテレパシー。
いかなる録音機器にも収録されないその《声》は、怒りをはっきりと滲ませていた。
『我は神。造物主なり』
『我こそが神であり、我の他に神はなし』
『全人類に告ぐ』
『汝らの所業はもはや目に余る』
『信仰心は失われ、世に理はなくなった』
『よって七日のうちに悔い改めぬ場合、天意によって全てを滅ぼす』
『七日のうちに悔い改めぬ者は、審判によりことごとく死に絶えると心得よ』
世界中の者はひざまずき、ひれ伏し、一心に祈り、許しを請うた。
国家元首たちも、宗教者たちも、犯罪者たちでさえ例外ではなかった。
これほどはっきりした奇跡を見せられては、疑う余地などあろうはずがなかった。
『悔い改めよ』
『欲を捨て、財を我に捧げ、ただ一心に祈り、悔いるのだ』
《声》は告げた。
古式に則る必要はない、ただ祈りと共に財を捧げよ、と。
紙幣などは神にとっては無意味な紙屑。宝石や貴金属、食料、酒を神に供えよと。
世界中の人々は《声》に指定された場所を訪れ、酒や食料、貴金属を供えては祈りを捧げた。
うず高く積まれた貢ぎ物たちは、七日後に空から現れた金色に光る球体たちが、すうっと吸い込んで回収していった。 人々はあれが天使か、神の御使いかと、口々に崇め、また祈りを捧げた。
全ての貢ぎ物の回収が終わった後、《声》は告げる。
『──こたびの件を見る限り、汝らから、信仰心が完全に失われた訳ではないようだ。審判まで一度だけ、今しばしの猶予を与えよう』
『貢ぎ物によって罪が消えたわけではない。あくまでも審判を起こすかどうかは今後の汝らの行い次第だ』
『無駄に争うな。徒に人の命を損なうな。無闇に他人のものを欲しがるな。平和を愛し、隣人を愛せ』
『──心せよ。我は常に、汝らを見ているぞ』
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《声》が去った後、暫くしてからやっと、ひざまずいていた人々は立ち上がった。
いずれの顔にも、真摯で敬虔な表情が浮かんでいる。
神は実在したのだ。
我らを見守って下さっていたのだ。
さらに慈悲深くも、やり直す機会まで与えて下さった。
おお、主は偉大なり!
ハレルヤ! ハレルヤ!
人々は希望に満ちた笑顔を浮かべた。
やり直そう。我々はまだやり直せる。
神を敬い、平和を尊び、隣人を愛すのだ。争いをやめ、手を取り合い、互いに助け合って生きるのだ。
正しく生きよう。
善く生きよう。
誰も気づいていなかったが、この瞬間──実に有史以来はじめて──地球上の全ての場所から、戦いの音は消えていた。
人類が、協調と新たな発展に向かう道へ進み出した最初の瞬間だった。
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──と、その時。 上空に金色に輝く光の球が再び現れ、人々は慌ててひざまずいた。
キ──ンという響きとともに再度頭に鳴り響いた《声》は、しかし聞き覚えのあるものと違っていた。
どこかのんびりとした《声》が言葉を発する。
『あ~、どもども。こちら、銀河パトロール、辺境215946支部のもんです。いや~、最近、こっちゃの星域で、オレオレ詐欺っつー詐欺が横行しておりまして。──なんでも、『オレだよオレ、神! 創造主!』とか名乗って金品を騙し取ろうっていう、お粗末な手口らしくてですな。まあ、そんな子供のイタズラ以下の手口に騙される方なんてまずいないとは思うんですが、一応注意を呼びかけよう、ということで……』
────人類が滅ぶまで、そう長い時間はかからなかった。
Fin.