雷がなる頃に
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「走って! 立ち止まっちゃダメ! 早く村に戻って、どこかの建物の中に入らなきゃ!」
「ちょ、ちょっと、そんなに引っ張らないでよ! かえって危ないよ! まず落ち着こ? ね?」
「落ち着いてなんか居られないわよ! さっきのラジオの天気予報、聴いたでしょ!? 急がなきゃ、早く戻らなきゃ……!」
──夏休み。自分の故郷に遊びに来ないかと誘ってくれた友人だったが、川遊びの最中、雨が降り出したとたんに血相を変えた。
そして今、彼女は、あたしを引きずるようにしながら村に向かって走っている。
「夏だし、雨くらい大丈夫だよ。少しくらい濡れても、あたしこんな格好だしさ」
チューブトップの水着のブラに、デニムのホットパンツの大胆なヘソ出しルック。
朝、川に出かける時に着ていたTシャツは、川遊びで濡れた後木の枝に掛けて干していたのだが、風にでも飛ばされたのか、いつの間にか無くなってしまっていたのだ。
「雨じゃない! 雨なんかどうでもいい! 早く戻らないと……雷さまが、雷さまが来ちゃう!」
「……は?」
今なんて?
「そんなお腹を出した格好じゃ、間違いなく目を付けられるわ! 一秒でも早く、村に戻らなきゃ!」
「……も、もう。何言ってんのよあんた。そんな冗談のために、わざわざあたしを無理やり走らせたの?」
「冗談なんかじゃないの! 雷さまは来るの、来ちゃうのよ!」
友人の目は真剣だった。
「雷さまが何だってのよ? おへそでも取られるって言うの?」
「違う! そうじゃなくて……!」
──その時、遠くからゴロゴロと地鳴りのような音が鳴り響いてきた。
友人はハッとしたように天を振り仰ぐと、唇を噛みしめ──いきなり自分の着ていたTシャツを脱ぎだした。
あたしはギョッとする。
「ちょっ、あんた! 何やってんの!?」
「……このままだと追いつかれるわ。早くこれを着て!」
友人が、温もりの残るTシャツをぐいぐいと押しつけてくる。
「これを、ってあんた……」
友人のブラはあたしと違って水着じゃなく普通の下着。
雨に濡れると色々とまずい。──その、透けたりとか。
「いいから、早く! お願い! 着て! 着てってばぁ!!」
迫力に引きずられるように、あたしもTシャツに手を伸ばす。
──と、その瞬間。
轟音とともに、世界が、真っ白に染まった。
──目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。
いくつかの検査や説明を受けた後、二人で病室に残される。
話によると、あたしたち2人は雷に撃たれた──らしい。
あたしたちが倒れていた周囲の木々や地面は酷く焼け焦げていたそうだが、身体には怪我ややけども無ければ、痛みなど不調を訴える箇所も全く無かった。
無かった、のだが──
コレクション、というのは、いずれは飽きることが多い。
ビー玉や綺麗な小石、牛乳瓶のフタやお菓子のおまけのシールなど、子どもの時に集めるものは特にそうだ。
売ることもできない、かといって捨ててしまうには気が引ける……そんな時、誰でもいいから無理やり押し付けてしまおう、そんな気になることはままあるものだ。
──今回の件は、つまり、そういうことらしい。
友人は泣きながら何度も謝ってきた。
自分が遊びに来いと誘ったりしなければ、こんな事にはならなかったのだと。
だけど、あたしは彼女を責めるつもりは全く無かった。
だって、彼女は自分の身を顧みず、あたしの事を守ろうとしてくれていたのだから。今回の事は運がなかっただけ。
そう告げると、彼女は泣きながらあたしにしがみついてきた。あたしも泣きながら彼女を抱きしめ返した。
酷い目に合ったけれど、あたしたちは二つのものを手に入れたのだ。
真の友情と────雷さまに押し付けられてお腹にもうひとつずつ増やされた、新しいおへそを。
FIN.