操り人形の憂鬱
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年老いた王は、長年連れ添ってきた王妃に看取られながら、その生涯を終えようとしていた。
(……王妃よ、わしは愛するお前と過ごせたこの40年、まことに幸せであった)
(だがわしは……お前に本当に愛されていたのだろうか?)
──まだ王が若き騎士であり、王妃がうら若き姫であった昔。
若き騎士は、姫との逢瀬の際に、かつて森を荒らす悪竜を退治した礼にと妖精王からもらった秘薬の一滴を、こっそり飲み物に混ぜたのだ。
(……秘薬のおかげで、わしは、お前の心を手に入れることができた。たとえ薬に頼った偽りの愛だろうと、お前に愛されることができて、わしはまことに幸せであった)
(このことをお前に告げることが、どうしてもできなかった。もはや、この秘密は飲み込んだまま、墓まで持っていくより他に仕方ない)
(……だが今になって思うのだ。もしもあの時、秘薬に頼ってさえいなければ、わしは今頃お前から真実の愛を向けてもらうことができていたのではないだろうかと)
(……まあ、今となっては……詮なきこと、か……)
(すまぬ、王妃よ……お前の心を操った、わしを……許……して……)
「──ただ今、王が、みまかられました」
侍医長が重々しく告げ、王子や姫、重臣たちが泣き崩れる中、王妃は涙を流しもせず、凛とした佇まいのままで、もの思いにふけっていた。
(……ごめんなさい、あなた)
(あなたの愛を手に入れたくて、わたしはあの時、あなたの杯に秘薬を注いだ)
(……この秘密だけはあなたに明かすことが出来なくて、わたしは言葉を飲み込み続けた)
(後悔はしていない。けれどあの時、もしも秘薬を使ってあなたの心を操ってさえいなかったならば……)
(ひょっとして──わたしは今頃、あなたから真実の愛を向けてもらう事ができていたのではなかったかしら?)
Fin.