第8話 帝国の遠征軍が悲惨な目にあう話 (1)
三人称視点です。
帝国は、大陸の西端に位置している。
肥沃で広大な平野を持ち、太古の昔から文明が発達していた。
それゆえ、帝国人達は古代から選民思想が強かった。
「我らこそ世界で最も優れた民なのだぞ」
「他の民族など、我らの情けで生かしてやっているにすぎん。ひれ伏せ」
こんな発言を堂々としていた。
この傾向は、近年、ますます強くなった。
理由は2つある。
理由の1つ目は、召喚である。
召喚石と呼ばれる不思議な石が発見されたことにより、異世界からスキルを持つ人間を召喚し、戦争の道具に使えるようになったのだ。
もっとも、召喚はそこまで大きな効果があるわけではない。
スキルと言っても、たいていの場合は「剣豪」や「弓の名手」のように、あくまで兵士レベルでの能力でしかない。
有能な兵士が2人か3人いたところで、国力が大きく変わるわけではない。
「帝国にはこんな強い戦士がいるのだぞ」というパフォーマンスというか、宣伝というか、そういった意味合いが強い。
帝国が以前にも増して傲慢になった最大の要因は、2つ目の理由にある。
魔法草の発見である。
魔法草とは、帝国にしか生えない草だ。
口にすると死ぬ。
「あれはただの毒草だ」
昔からそう思われてきた。
ところが20年前、この草を特殊な煎じ方をして飲むと、一定時間、魔炎の威力が大きく上昇することが発見された。
魔炎とは魔法の一種である。
この世界の人間は、誰でも魔炎を使える。指を突き出し、力を込めると、炎が出てくる。それが魔炎だ。
魔炎は、もっともメジャーな魔法である。
他の魔法は、他人の能力を調べる鑑定魔法や、物の劣化を防ぐ保存魔法など色々あるが、どれも使うのが難しく、使い手が限られているため、マイナーだ。
それゆえ、単に魔法と言えば、魔炎を指すのが一般的である。
それほどまでにメジャーな魔法である魔炎だが、実のところ、戦闘には向いていない。
何しろ出てくる炎がマッチをすった程度のものでしかないのだ。
ポッと小さな火が指先にともって、それでおしまい。
生活の役には立つが、戦いに使えるような物ではない。
ところが魔法草を煎じて飲むと、一定時間、この魔炎の威力が飛躍的に上昇する。
巨大な蛇のような炎がうねりをあげ、数百メートル離れた相手に絡みつく。
一度絡みつけば、水をかけても容易に消えず、消し炭になるまで相手を焼き尽くす。
当たれば死ぬ。誰でも簡単に死ぬ。鋼鉄の鎧をまとう鍛え上げた重戦士すら、一撃で殺せる。
中世というこの時代においては、地上最強の攻撃力である。
そして、魔法草は、帝国の大地にしか生えない。よその土地に持って行っても育たない。
魔法草を独占する帝国は、恐るべき軍事力を持つこととなった。
帝国人は狂喜した。
「こんなにすばらしい草を独占できるなんて、やはり我らこそ選ばれし民だったのだ」
そうして、他国にますます高圧的に当たった。
「帝国人様は高貴なる民族。それ以外の民族は、帝国人様の奴隷である。命令されれば、泣いて喜んで言いなりにすべきである」
こんな考えを押しつけるようになる。
当然、他国は反発する。
帝国は激怒した。
「高貴なる我らが、せっかく下等生物であるお前達を奴隷にしてやろうというのに、なぜ言う通りにしない!? なぜ泣いて喜ばない!? ふざけているのか!」
「優秀なる帝国人様の威光が理解できぬとは、救いがたい連中め……こんなやつらは全員死ぬべきだ!」
「そうだ! 優れた我らは、天罰を下す当然の権利がある!」
怒りのまま、隣国の1つを攻める。
槍と鎧という中世的な装備の隣国兵は、帝国の魔炎によってゴミのように焼き尽くされた。
おびえる隣国人達の前に現れたのは、殺意に満ちた帝国人たちだった。
隣国人は老若男女問わず、片っ端から殺された。
「やめてくれ! 俺の大事な家族に手を出さないでくれ!」と泣き叫ぶ父親が殺された。
「お願いです! どうかこの子だけは!」と我が子を必死にかばおうとする母親が殺された。
その母の亡骸にすがりついて「ママー! 起きてよ、ママー!」と泣く幼子が殺された。
帝国人も初めのうちは怒りにまかせて殺していたが、だんだん楽しくなってきたのか、そのうちゲラゲラ笑いながら、いたぶるように殺し始めた。
殺して、殺して、殺した。
どうにか逃げのびた隣国人は、1割にも満たなかったという。
「罪悪感はないんですか?」と聞けば、帝国人たちは、きっとニヤニヤしながらこう答えるだろう。
「俺たちは世界一優れているんだぜ。何をしてもいいに決まっているだろ」
無人となった隣国に新たに住み着いたのは帝国人たちである。
帝国は肥沃で広大な平野に位置しているおかげで農業生産高が高く、人は有り余っていた。むしろ農家の次男坊や三男坊が失業者として大量にうろついていて社会不安になっているくらいだ。
そんな失業者たちを、帝国は隣国に送り込んだ。
彼らは、隣国の書物や絵画や彫刻といった文化遺産……いまや隣国人の遺産であり、生きた証となってしまったそれらをことごとく破壊すると、我が物顔で居座った。
隣国人達が汗水流して開拓した畑を占拠し、自分たちのものとした。
もっとも帝国にとって、これで終わりではない。
まだまだ国はたくさんある。放り込める失業者もたくさんいる。
こうして帝国は、世界中の国々に対して虐殺活動を始めた。
もっとも他国もバカではない。強力な弓や、原始的な銃を開発するなどして、帝国の魔炎に対抗する手段を取る。負けたら皆殺しだ。どの国も必死に抵抗する。
帝国も容易には侵略できない。
が、帝国の魔法草も急激に品種改良が進んでいく。
魔炎の威力は年を追うごとに強まっていく。
進化は帝国の方が速い。
しだいに他国は抵抗できなくなり、一国、また一国と陥落し、虐殺されていく。
そして今またひとつの国が、帝国の遠征軍によって滅ぼされようとしていた。
◇
帝国の遠征軍が砂漠を東に向かっている。
司令官は、帝国の第8皇子である。
金髪のおかっぱ頭がトレードマークのこの青年は、他民族を見下し、虐殺するのが大好きな男である。
特に大好きなのが、命乞いをする他民族を許してやる振りをして、安心したところを殺してやることだ。
前回の遠征では、土下座する夫婦に対し、皇子はまず「仕方ないなあ、見逃してやるよ」と言い、夫婦が安心した顔をしたところで、夫の胸に剣を突き刺した。
それから、「いやああああ! あなた! あなたあああ!」と泣き叫ぶ妻を「あはは、みっともない顔だなあ」と笑いながら、彼女のほうも殺したのだ。
その第8皇子は今、砂漠のオアシス国家を滅ぼすべく、遠征の途についている。
「やれやれまったく、帝国に逆らおうとは愚かな連中だよねえ。さっさと土下座すれば、1年くらいは奴隷として生かしてやろうかと思っていたのに。しょせんは蛮族。まともな知恵がないんだねえ」
こんなことを言いながら、金髪のおかっぱをかきあげ、皇子は余裕たっぷりの顔をする。
「ははは。帝国の力を知れば、やつらもやっと現実というものを知るでしょう」
「ま、もっとも、その時は、全員死んでいるでしょうがな」
部下たちも、そう言って追従する。
誰も彼もがニヤニヤとした笑みを浮かべており、その表情は余裕に満ちていた。
彼らは自分たちが負けるとは夢にも思ってもいなかった。
帝国は世界で一番優れており、自分たちは地上最強なのだと信じていた。
もうじき自分たちが地獄を見ることになるなど、想像すらしていなかったのだ。