第7話 人類の星に戻ろう (2)
僕が目にしたもの、それは人類の星だった。
月には、太陽の光が当たっている場所と当たっていない場所がある。
当たっている場所は昼で、当たっていない場所は夜だ。
で、僕は飛行船で月を最高速でぶっ飛ばしているうちに、夜の場所に来てしまったのだ。
そして夜空に輝く人類の星を見て、叫んだのだ。
「あ、ああっ!」
どうしてかって?
気づいたんだ。
人類の星に向けてスキルを使えばいいってことに。
『庭作りしたい場所を目で見る。そして念じる。この2つの動作だけで、地面から草がにょきにょき生えてきたのだ』
僕は前にこう書いた。
そう、僕のスキルは、庭作りをやりたい場所を目で見ないと使えない。
逆に言えば、見えさえすれば、月のような大きなものでも丸ごと庭作りの対象にできる。
さて、僕は今、月にいる。
月からは人類の星がよく見える。
よく見えるということは、人類の星の砂漠や海を庭作りスキルの対象にできるということだ。
砂漠も海も『他人の土地ではない』から、スキルが発動する。
発動すれば、月にスキルを使った時みたいに、魔法船が現れる。
これで人類の星に行けるというわけ。
まったく、なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。
魔法船から降りた僕は、しばしの間、人類の星を見上げながら苦笑した。
すると、そうやって上ばかり見上げている僕を気遣ったのだろうか。
横でパンパンと音がするのに気づいた。
見ると、メーレムが草むらに正座をし、ここに寝転がった方が見やすいですよ、とでも言いたげな仕草で膝を叩いている。
……これはもしや膝枕というやつだろうか?
「……えっと、膝枕してくれるの?」
僕がたずねると、メーレムはピココッと弾んだ音を立て、こくこくとうなずいた。
「……メーレムがどうしてもというなら、仕方ないなあ……」
僕は彼女のふとももに頭を乗せた。
うん、やわらかくて、ほどよい丸みを帯びていて、すばらしい感触だ。
そうして、寝転がって夜空を見上げながら、僕は考えた。
人類の星にスキルを使えばそれで万事解決というわけではない。
まだ問題は残っている。
魔法船の大きさが足りないのだ。
月に向けてスキルを使った時、現れたのは2人乗りの魔法船だった。
だから、たぶん今、人類の星に向けてスキルを使っても、現れるのは2人乗りの魔法船である可能性が高い。
100万人のゴーレム軍は乗せられない。
わざわざ月からゴーレム軍を連れて行かなくても、僕とメーレムの2人で人類の星に行って、人類の星で(ゴーレム軍が欲しい!)と念じれば、人類の星で直接ゴーレム軍団が手に入るじゃないかと思われるかもしれないが、それはできない。
月でゴーレム軍団を手に入れた時のことを思い出して欲しい。
僕はこう念じたのだ。
(ここは月だ。手伝ってくれる人はいない。ゴーレムがいないと庭作りは不可能だ。だからほしい!)
ここまで念じて、ようやくゴーレム軍団は出て来たのだ。
でも、人類の星だとこの手は使えない。
あっちは『手伝ってくれる人』は、いるからだ。少なくとも人間は大勢いる。
念じても、ゴーレム軍団が出てくる可能性は低いのだ。
100万人のゴーレム軍をどうにかして連れて行くしかない。
でも、どうやって?
僕はひとつのアイデアを思いついていた。
月に向けて庭作りスキルを使った時のことをご記憶だろうか。
僕はこう念じたのだ。
(僕は月で庭作りがしたい!!!)
そう『僕は』と念じた。
言い換えれば『僕1人』で庭作りがしたいと念じたのだ。
だから、魔法船は僕と救出に来たメーレムの2人乗りだったのではないか。
では、もしこう命じたらどうなるだろう。
(僕とメーレムと庭師ゴーレム100万人の全員で、人類の星で庭作りがしたい!)
もしかしたら、100万人が乗れる巨大魔法船が現れるかもしれない。
可能性はある。
まあ、やっぱり2人乗りの魔法船しか出てこないかもしれないけれど、その時は乗らなければいいだけの話だ。
やってみようじゃないか。
◇
僕はメーレムの膝に頭を乗せたまま(頭を降ろそうとしたら、メーレムがピコォォォ……と残念そうな音を立てたから仕方ないよね?)、夜空を見上げた。
よし、やるぞ!
視界には夜空が見える。
僕をそっと見下ろすメーレムが見える。
空には、何かの作業中なのか、庭師ゴーレムが1人飛んでいる。
そして、人類の星が大きく浮かんでいる。
人類の星には大陸がある。大陸の一角には砂漠が見える。
その砂漠を指し、僕は念じた。
(僕とメーレムと庭師ゴーレム100万人の全員で、あの砂漠で庭作りがしたい!)
砂漠を指定したのは、消去法だ。
海はダメだ。庭作りに必要だからと、大陸が浮上してきてしまうかもしれない。そうしたら巨大な津波が起きて、大災害が起きてしまうかもしれない。人類を救わなきゃいけないのに、僕が大虐殺してどうする。アウト。
南極もダメだ。庭作りに邪魔だからと、氷が溶けてしまうかもしれない。そうしたら海水面が上昇して、沿岸の都市が水没してしまうかもしれない。これまた大災害だ。アウト。
そういった感じで、最終的に残ったのが砂漠だったのだ。
まあ、砂漠といっても、砂漠全体が無人というわけではなく、ところどころにオアシスが点在していて、そういったところは人が住んでいるし、土地の所有権も明確になっているだろう。
でも、大部分は不毛な大地が広がっているはずだし、中世であれば、そういったところの土地はまだ誰のものでもないはずだ。
だから、きっとオアシスを避けるような形で、庭作りスキルが発動されるはずだ。
念じ終えた僕は、ドキドキしながら結果を待った。
だって成功すれば巨大な魔法船がこの平原に現れるんだよ?
わくわくするじゃないか。
結論から言うと、半分成功して、半分失敗した。
砂漠は緑で覆われた。
月から見てもハッキリわかるくらい、広大な黄色い砂地が、濃い緑の森へと変わっていく。
大成功だ。やった!
でも、魔法船は失敗だ。
確かに現れた。
でも、小さい。とても100万人が乗れるようには見えない。
入り口から中をのぞいてみると、座席が3つしかない。
失敗だ。がっかり。
……ん?
3つ?
月に来た時の魔法船の座席は、全部で2つだった。
なんで1つ増えているんだ?
「あっ! まさか!」
僕は叫んだ(よく叫ぶな、僕)。
なぜ座席が3つあったか、わかったのだ。
ついさっき、僕が庭作りスキルを使った時のことを思い出して欲しい。
特に、僕の視界に誰がいたかを。
まず、膝枕をされていたおかげで視界に映っていたメーレム。
それから、上空に庭師ゴーレムの女の子が1人、飛んでいた。
ここまで2人。
僕も入れると3人。
そして現れた宇宙船は3人乗り。
おわかり頂けただろうか?
つまり、庭造りに追加したいメンバーがいたら、(○○と一緒に庭作りがしたい)と念じるだけじゃダメで、念じる時にその○○を目で見ないとダメだったんだ。
そうしないと○○は庭作りのメンバーとして見なされない。
今回、僕は(100万人と庭作りしたい)と念じた。
けれども、念じた時に僕の視界に入っていたのは2人だけだった。
だから、メンバーと見なされたのは、その2人+僕1人の3人だけで、現れた魔法船も3人乗りだったというわけ。
要は、一緒に庭作りしたい人がいたら、その人のことを見ながらスキルを使いなさいってことだ。
じゃないと、魔法船を用意してあげないよ、と。
考えてみれば、これは当たり前の制約だ。
この制約がなかったら、どんな人物だってメンバーとして呼び出せてしまう。例えば(地球の全人類75億人と一緒に庭作りがしたい)と念じれば、庭作りスキルのことだ。何が何でも地球人75億人全員をこの異世界に連れてくるだろう。もしかしたら、宇宙人や未来人だって、念じれば連れて来れるかもしれない。
……うん、怖いね。
よし、再チャレンジだ。
僕はまず、100万人の庭師ゴーレムの女の子達を呼び出す。
数時間後、彼女たちは僕のいる平原の上空に集まった。夜でも見えるように全身から光を放ちながら、上空で綺麗に正方形の形に整列している。
ゴーレム達が視界に収まっていることを確認し、僕は庭作りスキルを発動させた。
ターゲットは、人類の星の、さっきスキルを使ったのとは別の砂漠だ。
(僕とメーレム、そしてここにいる庭師ゴーレム全員で一緒に、あの砂漠で庭作りがしたい!)
僕は力強く、そう念じる。
「あっ!」
思わずびっくりしてしまうほど、すさまじい光が視界を覆う。
その光がおさまった時、ズシンと音がした。
全長4キロくらいありそうな巨大な魔法船が、平原にどっかりと降り立っていたのだ。
僕はちょっと興奮した。
巨大宇宙船はロマンだからね。
◇
僕が命令すると100万人のゴーレムは、実にテキパキと魔法船に乗り込んだ。
最後に僕とメーレムが乗ると、魔法船はふわっと動き出した。
窓の外に映る月の景色が遠のいていく。
僕はちょっとした感傷に浸った。
たぶんもう、月に来ることはないだろう。
庭作りスキルで手に入る魔法船は、片道分しか動かない。
今乗っているこの魔法船は、人類の星に着いたら、もうそれでお終いだ。それ以上は動かない。月には帰れないのだ。
もう1回、月に向けて庭作りスキルを使えば、月に行く魔法船が手に入るんじゃないかと思うかもしれないが、それもダメだ。
帝国で庭作りスキルを使った時、同じ土地に対して2度スキルを使っても何も起きなかった。
スキルは、同じ土地に対しては、1回しか使えないのだ。
もう月に来ることはできない。
月にいたのは、たった3日だ。
それでも、ここに来たおかげで、あのクソ帝国に殺されなくて済んだし、最強ゴーレム軍団も手に入った。
僕にとっては大切な場所だ。
僕は「お世話になりました」という気持ちを込めて、月に向けてそっと頭を下げた。
メーレムが僕の真似をして頭を下げてくれたのが嬉しかった。
やがて魔法船はぐんぐんと高度を上げていく。
月がどんどん遠くなる。
代わりに人類の星が近づいてくる。
数時間後、魔法船は着陸した。
僕達は人類の星に戻ってきたのだ。