第6話 人類の星に戻ろう (1)
庭師ゴーレムの女の子達は、実に高性能だった。
庭師というのは、岩を運んだり、木を切ったり、高いところにのぼったり、と様々な仕事が要求される。
女の子達は、それが全部できる。
巨大な岩を片手で持ち上げられる。
手刀を振るえば、巨木がスパッと斬れる。
空だって飛べる。
庭作りのためのこれらの力は、戦争の役にも立つ。
メイドのゴーレムと同様、話すことはできないが、命じれば言うことを聞いてくれる。
命令に嫌がっている様子はない。
むしろ命令されるのが嬉しそうである。
「木を引っこ抜け」と命じれば大木を根元から引き抜く。
「穴を掘れ」と言えば大きな穴を掘る。
「このあたりを適宜見回りしろ」という曖昧な命令であっても、適切に判断して従ってくれる。
「うんうん、いいぞいいぞ。すごいな、お前達」
僕が喜びの声をかけると、彼女たちはますます張り切って、木をボコボコ引き抜き、穴をガシガシ掘り、ついでに空をビュンビュン飛んで見せる。
うん、そこまでしなくても大丈夫だよ?
そうやって、僕がひとしきり感心していると、横でピコピコ音がした。
見ると、メイドゴーレムの女の子が、僕を見ながら何かをアピールするように、大岩を無意味に上下させている。
「ああ、大丈夫。お前のことは忘れてないからね」
女の子はピッコンと安心したような音を立てる。
僕は改めてメイドゴーレムの女の子を見た。
黒くて長いストレートの髪に、白くて柔らかそうな肌。見た目の年齢は高校生くらい。黒くてキリッとした瞳が印象的な美人の顔立ち。表情はない。メイド服を着ている。
一方、新たに出現した庭師のゴーレム達はと言うと、茶色い癖っ毛のショートヘアに、小麦色の肌だ。こちらも年齢は高校生くらいか。
どの子も、顔立ちは整ってはいるが、美人と言うよりかわいらしい雰囲気だ。そして、やっぱり表情はない。白のスカーフを頭にまとい、動きやすそうな庭師みたいな格好をしている。
こうして見ると、メイドゴーレムの女の子と、新たに出現した庭師ゴーレム達はやはり違う。
……というか、毎回毎回、『メイドゴーレムの女の子』って呼ぶのも長いな。
「よし、お前に名前をつけるぞ。そうだな。メイドのゴーレムだから、メーレムとしよう。お前は今日からメーレムだ」
そう言うとメーレムは理解したのか、ピコピコピコンと嬉しそうな音を立てて、ぶんぶんうなずいた。
試しに、彼女とは反対の方向を向いて「メーレム」と言うと、メーレムがピコピコ音を立てて僕の前までやってくる。
そしてご主人様の命令を待つ犬のように、僕を見つめる。
「よーしよしよし、偉いぞ」
そう言って頭をなでてやると、ピコピコと興奮したような音を立てる。
よしよし、うまくいったぞ。
あれ?
何か忘れているような?
ああ、そうか。名前をつけた以上、自分も名乗るべきか。
「僕は火消坂だ。火消坂真」
火消し、というのは江戸時代の消防士のことだ。
その消防士が多く住んでいたあたりの坂には、しばしば火消坂という地名が付いている。
そして明治になって、それをそのまま苗字にしたのが僕の先祖というわけだ。
考えてみれば、僕がこれからやろうとしていることも一種の火消しだ。
火消しという言葉は、火事を消火するという文字通りの意味の他に、トラブルを解決するという意味もある。
人類虐殺というこれ以上ないくらいのトラブルを解決しようというのだ。
さしずめ、僕は「異世界の火消し屋」というところか。
「よし、じゃあ、さっそく火消しに行くぞ! 最強ゴーレム軍団で帝国を滅ぼすんだ!」
僕がそう言うと、メーレムはピッコンとうなずいた。
◇
ううん……。
意気込んではみたものの、さっそく行き詰まってしまった。
問題はこうだ。
僕は悪の大魔王のごとく、帝国を滅ぼしたい。
武力はある。
推計100万人の庭師ゴーレム軍団だ。
僕が悪の大魔王なら、
「わはははは! 帝国どもよ! 我が最強の軍団の前にひれ伏すがよい!」
と威張っていたことだろう。
ところが、この大魔王は、いま月にいる。
そしてマヌケなことに、人類の星に行く手段を持っていない。
そう、持っていないのだ。
順を追って確認しよう。
まず、ゴーレム自体に星から星に移動する能力なんてない。
庭作りに宇宙航空機能なんていらないのだから、当たり前だ。
となると、僕と一緒に宇宙船に乗って行くしかない。
その宇宙船がないのだ。
いや、宇宙船なら月まで乗ってきた魔法船があるじゃないか、と思うかもしれないが、あれはそんなに大きくない。
座席も2つだけ。
それにもう動かない。
月で庭作りをするために僕を運ぶためだけの魔法船だったから、運んでしまったらもう動かなくなるのだろう。ちょっと悲しい。
なんにせよ、僕は今、新しい魔法船を必要としている。
(魔法船よ、出て来い! 庭作りに必要だ!)
僕は念じた。
何も出て来ない。
ああ、そうか。庭作りに必要な理由を説明しないと出て来ないのか。
でもなあ……。
その理由が思いつかないのだ。
何かある? 庭作りに魔法船が必要な理由。それも、100万人のゴーレム軍団を収容できるくらい巨大な魔法船が必要な理由。
僕は思いつかない。
それでも僕は考える。
例によって、アゴに手をやり、草原をぐるぐる回る。
何かナイスなアイデアはないものか。
隣でメーレムが同じポーズでぐるぐる回っている。
2人して回る。
ぐるぐるぐるぐる。
回って回って、それでも答えは出ない。
ああ、もう、やめたやめた!
仕事Aがうまくいかない時は、仕事Bをやるのが僕のやり方だ。
『帝国を地獄に落とそう計画』は一時中断である。
代わりに月の調査をしよう。
せっかく月に来たのに、まだあまり見て回っていないのだ。
何かヒントが見つかるかもしれない。
僕はメーレムと飛行船に乗り込むと、飛び立った。
この飛行船は(広い月で庭作りの管理をするには、飛行船が必要だ!)と念じたら出て来たものである。
表面に魔方陣が描かれているファンタジックな飛行船だ。
操縦なんていらない。命じればその通りに飛ぶ。
2人で、月の上空をゆったりと飛行する。
眼下は一面の緑だ。
あるところは森、あるところは草原、あるところはジャングルなどなど、様々な緑の景色が広がっている。
ところどころ、庭師ゴーレムが飛んでいるのが見える。彼女たちには、適当に月を庭っぽくするように命じている。その仕事をやっているのだろう。
とはいえ、ずっと見ていると飽きる。
「ふわぁ」
僕はあくびをした。
退屈になってきたのだ。
思いきって飛行船を速く飛ばしてみることにした。
最高速で飛ぶよう命じると、ぐんぐん周りの景色が速く流れていく。
速すぎてちょっと怖くなるが、隣にメーレムがいるのに「やっぱりスピード落として」と言うのは恥ずかしく、そのままの速さで飛行船は飛んでいく。
しばしの飛行。
そうしてふと窓の外を見た時である。
僕は叫んだ。
「あ、ああっ!」
そこには『どうやって人類の星に行くか?』という問題の答えが、明白なまでに見えていたのだ。