最終話 後日談を語ろう
僕は飛行船で帝国中を見て回った。
大人達はおしおきを受けている。
ひいひい言いながら、屈辱と苦痛の日々を味わっている、
彼らは、もはや子供を産む余裕も、育てる余裕もないだろう。
後はただ老いていくのみだ。
とはいえ、帝国の大地が無人になるわけではない。
子供達と奴隷達、それと無罪となった大人達がいる。
彼らは、庭師ゴーレム達のサポートの元、帝国各地で自給自足のための生活基盤を築き始めている。
もっとも奴隷の数は少ない。奴隷達のうち、希望者は故郷に帰されたし、そもそもほとんどが過労死や虐待死してしまっているために元々の人数が少ないのだ。
無罪になった大人は、なお数が少ない。
大半は子供だ。
今後の帝国は……いや、すでに国家の体裁を為していないからある意味帝国はすでに滅んでいるのだが、ともあれ元帝国の大地の未来は、この子供達が築き上げていくことになるだろう。
無論、未来を築くといっても、明るい未来とは限らない。
子供達の心が必ずしも天使のように清らかというわけではないだろうし、今は子供でもいずれ大人だ。
何年か後に、帝国至上主義に目覚め、魔炎の力で他民族を虐殺しようと考え出すかもしれない。
もっとも、そうやって他民族を虐殺しようと遠征に乗り出した彼らが目にするのは、帝国の大地が上空1000メートルを飛んでいるという衝撃的な光景だ。
世界征服どころか、帝国の外に出ることすらできないという事実を突きつけられるのだ。
とはいえ、これはずいぶんと先の話で、当面は世界征服どころではなかろう。
まずは生きること、生活の基盤を築くことで精一杯に違いないからだ。
子供達だけで生活の基盤が築き上げられるのかって?
そのへんはあまり心配していない。
帝国内にかなりの割合で存在する不毛な土地(荒野など)が、僕のスキルのおかげで緑豊かな土地に変貌したからだ。
赤茶けた荒れた大地が広がっていたのが、草が生え、木が生え、一面緑になったのだ。
僕のスキルの制約上、食べられる植物や、建物や衣類の材料になる植物(つまり人間の役に立つ植物)は生えてこなかったが、それでもたくさんの植物が生えた。
植物が豊かに生え育つには、豊かな土壌と水が必要である。
その両方が、荒野に出来たのだ。
たぶんだけど、僕のスキルによって、荒地が上質な土に変化した上、地下水まで豊富に湧き出すようになったのだろう。
不毛な荒野が、程よく湿って程よく栄養に満ちた上質な大地へと変化したのだ。
すでに帝国の子供たちは、そういった豊かな土壌の開拓を始めている。
普通なら子供達だけでやるのは困難だが、庭師少女たちのサポートがある。むしろ、通常よりもずっと速い速度で開拓が進んでいるくらいだ。
この調子でいけば、自立の日も近いだろう。
なお、庭造りスキルを使ったのは、帝国に対してだけではない。
月にいた時、僕が人類の星の2つの砂漠に対して庭作りスキルを使ったのを覚えているだろうか。
あの2つの砂漠もまた、今や緑豊かに変貌している。
僕は、帝国の第8皇子を倒すついでに、砂漠のオアシス国家を救ったことがある。
あのオアシス国家は、オアシスというくらいだから、元々砂漠に囲まれていたのだが、その砂漠に僕が庭作りスキルを使ったおかげで、今やすっかり緑に囲まれている。
オアシス国家というより、草原の湖国家になってしまっている。
その草原で、オアシス国家の人々は農業をはじめていた。
たまたま飛行船で通りがかったときに見かけて驚いた。
だが考えてみれば、僕のスキルのおかげで、水は地下から豊富に湧いてくるし、土壌は豊かなのだ。
あとは、邪魔な草や木を引っこ抜けば、まさに農業のための豊かな土地が得られるというわけだ。
月からもハッキリ見えるくらいに大きな砂漠を2つも、そんな豊かな土地にしてしまったのだ。
そのことは、人口増加に(つまり隠しスキルゲットに)大きく寄与したことだろう。
もっとも、帝国を空に飛ばすまでは隠しスキルはゲットできなかったのだから、砂漠緑化に増えるであろう人口よりも、帝国人によって虐殺されるであろう人口のほうが多かったということになる。
帝国人殺しすぎだろ。
別段、僕は自分が絶対的に正しいとも正義だとも思っていないけれども、それでも帝国人に対してはおしおきするのが正解だったと思う。
さて……。
やることがなくなった。
僕がこの世界でできることはもう何もない。
無論、やろうと思えばいろいろできる。
たとえば、この世界の文明発展に貢献することもできる。
あるいは、庭作りスキルで宇宙開拓することだってできる。この世界の火星や木星に該当する星に庭作りスキルを使ってもいいし、いっそ遠く離れた星にスキルを使ってもいい。1億光年離れた遠い星に庭作りスキルを使ったらどうなるかなんて、考えただけでもワクワクするじゃないか。
でも、まあ、それは今することじゃない。
僕はこの世界と地球とを自由に行き来できるようになったのだ。
しょうゆをちょっぴりたらした卵かけご飯だって食べたいし、こってりしたラーメンだって食べたい。
国家だの民族だのは、しばらくご遠慮願いたいのだ。
僕は何もない草原へと降り立った。
「それじゃあ、メーレム。またね」
僕は最初から最後まで忠実に仕えてくれたメイド服姿のゴーレム少女に言った。
そういえば、彼女がメイド姿なのは、元々が僕に仕え、サポートするために生み出された存在だからなんだろうな、と今になって気づく。
メーレムは僕の言ったことを理解しているのか、いないのか、ピコンと首をかしげる。
「あー、えっと、よく聞いて、メーレム。
今から僕は消える。別に死んじゃうとか永遠にいなくなっちゃうとか、そういうわけじゃないから。だから、暴れたり、自暴自棄になったりしないで欲しい。
必ず戻ってくるから」
メーレムは今度こそ理解したのか、ピコンとうなずいた。
「うん、じゃあ。少しの間、またね」
僕は最後にそう言うと、こう念じた。
(地球の僕の家に帰りたい!)
次の瞬間、僕は日本の自宅の自室にいた。
大して広くもないそこは、間違いなく僕の部屋だった。
「ふう……」
久々にかぐ日本の匂いに、僕はほっと一息つく。
日付が表示されるデジタル時計を見ると、3週間が過ぎている。
地球と異世界とで時間の流れが違う、というわけではなさそうだ。
(さて、まずは冷蔵庫の中身の処分でもするか)
僕は台所に向かおうと、くるりと身体の向きを変える。
メーレムがいた。
「どわあ!」
僕は驚きのあまり、大声を出してしまった。
そんな僕をメーレムはピコンと首をかしげ、不思議そうに見ていた。
◇
僕が地球に戻ってから、1週間が過ぎた。
どういうわけか、メーレムは僕と一緒に地球と異世界との間を行き来できる。
理由はわからない。
庭師ゴーレム達は行き来できない。メーレムだけである。何かがあるのだろう。
異世界には時折行っている。
異常は無い。
僕がいなくなった途端、庭作りスキルの効果が切れて、庭師ゴーレム達が動かなくなったり、帝国の大地が空から海に落下したり、なんてこともなかった。
もっとも、何も問題がなかったというわけではない。
庭師ゴーレムの少女達は、どうもあんまり長い間僕がいなくなると、元気がなくなってしまうらしい。
僕が異世界にやってくると、少女達は、久々にご主人様に会えた犬のごとく飛んでくる。
100万人のゴーレム少女達が空を飛んで来るのだから、なかなか壮大な光景だ。
これでもし、本物の犬のごとく、100万人の少女達が一斉に僕にじゃれついてきたら、僕はとうにあの世行きだっただろう。
が、少女達はそのへんは奥ゆかしいのか気遣いができているのか、僕の近くまで飛んでは来るものの、それ以上は近づかず、離れたところから僕のことをちらりと見て、何やら嬉しそうにうんうんとうなずき、また持ち場に帰っていくのだった。
取り上げるべきことと言えば、本当にこれくらいだ。
何もない。
◇
さて、これで庭作りスキルとそれにまつわる物語は終わりだ。
最後に1つだけ、余談をしよう。
僕はこの物語を、こんな言葉ではじめた。
『初めて異世界に召喚されたのは、僕が大学生の時だった』
うん、そうだ。『初めて異世界に召喚されたのは』と言ったのだ。
初めて、ということは、2度目以降もあるということだ。
2度目は、すぐだった。
地球に戻ってからわずか1ヶ月後、僕はまた新たなる異世界に召喚されてしまったのである。
帝国のあるあの異世界とは全く別の新たなる異世界に呼び出されてしまったのだ。
劇的な何かがあったわけではない。
休日に外出中、突如として白い光に包まれ、気がつくと見知らぬ場所にいたのだ。
そこはファンタジー世界の黒魔術師の隠れ家、と言って連想するような不気味な雰囲気の建物の中だった。
周囲には黒いローブと杖を持った連中がいて「召喚に成功したぞ!」などと叫んでいる。
僕は反射的に(スキル!)と念じた。
視界にこんな文章が映った。
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[スキル名]
疑心
[効果]
疑うことを教えることができる。
[制限]
あなたのことを好きな人にしか使えない。
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新スキルである。
新たな異世界に来たから、新たなスキルを取得したということか。
もっとも、派手な効果のあるスキルではない。
むしろ、何の役にも立ちそうにない外れスキルに見える。
たぶんまた笑われるのだろう。バカにされるのだろう。
状況は悪い。
見知らぬ場所で、怪しげな連中に囲まれている。
僕に味方はいない。メーレムの姿も見えない。彼女もさすがに新たなる異世界に来ることはできなかったようだ。
庭作りスキルも、たぶんここでは使えない。
(地球に戻りたい!)とさっきから念じているが、一向に効果が無いので、隠しスキルもたぶんダメ。
僕にあるのは何の役に立つのかわからない新スキルだけ、というわけだ。
何とも悲惨な状況である。
だが……。
「ふふっ」
僕は笑った。
なんとかなるだろう、という気がしたからだ。
たぶんだけど、この『疑心』というスキルはチートスキルだ。
『庭作り』と同じで、使い方次第で、きっと化ける。
使い方を見つけるのはこの僕だ。
そして、どうしようもないクズみたいな連中がいたら、また叩きのめすのだ。
さあ、やってやろうじゃないか。
<終わり>




