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第35話 帝国はおしおきされました (8)

 三人称視点です。

 帝都の民達は慌てふためいた。


 火消坂の言うおしおきとやらが何かはわからない。

 が、帝都の家々を次々とつぶし、皇族をはじめとした帝都のお偉いさん達をことごとく大岩に縛り付け、炎軍すら壊滅させた火消坂の言うことである。

 何をされるかわからない。

 恐怖である。

 ぞっとするほどの恐怖である。


 帝都民達は顔を真っ青にして、懇願した。


「ひ、火消坂様! 待ってください! 今一度! 今一度お考え直しを!」

「ひいい! お許しを! お助けを! 土下座! 土下座しますから、ほら!」

「あ、あたしもします! 土下座します! ほら、みんな土下座しなさいよ! ははーっ! 火消坂様ー!」


 帝都民達は次から次へと土下座する。

 道端で、広場で、屋根の上で、土下座する。

 建物という建物から人々がわっと出て来て、地にひれ伏し、頭を地面にこすりつける。


 そんな帝都民達に上空から声がかけられる。


「おい、土下座するならもっとしっかり頭を下げろよ」

「やれやれ、高貴なる帝国人様は土下座ひとつもまともにできないのかい?」

「ねえ、やる気あるの? ちゃんと頭こすりつけなきゃダメじゃない。ほら、もっと頭こすりつけなさいよ」


 火消坂の声ではなかった。

 帝国人達が蛮族と蔑む31カ国の人々が、鏡の向こうから言っているのだ。


「な!」


 帝国人達はカチンときた。

 彼らは火消坂によってボコボコにされた。心を折られた。

 けれどもそれは、いじめっ子が突然やって来た転校生にへこまされたようなものである。

 いじめられっ子を見下す気持ちは全く変わっていない。


 そのいじめられっ子にバカにされるようなことを言われれば、頭にくる。

 ブチ切れる。

 殺意が湧く。


「ぐっ!」

「く、くそおおおおおおお!」

「おのれ、蛮族め! 調子に乗りやがって! くそがああああ!」


 顔を真っ赤にし、血管を浮かび上がらせる。


 が、顔は上げられない。

 火消坂が見ているのである。

 ひれ伏し、地に頭をこすりつけ、ひたすら火消坂に向けて謝罪と懇願を繰り返す。


「申し訳ございません! 申し訳ございません! どうか、どうかお許しを!」

「ご慈悲を! お情けを!」

「どうかお助けを! お許しを!」


 そうしてどれだけの時間、土下座していただろうか。

 1人の『蛮族』がこんなことを言ったのだ。


「ふふふ。ねえ、帝国人さん。火消坂様はもういないわよ?」


 その言葉に、帝国人達は思わず顔を上げる。

 空を見上げると、土下座する前までは上空に写し出されていた火消坂の映像が、綺麗さっぱり消えていた。


「は……?」

「え? え……?」

「はい? はへ?」


 間の抜けた声を上げる帝国人達。

 そして、彼らは気づく。

 火消坂がいなくなったということは、自分達はずっと『蛮族』に土下座していたことになる、ということに。


 なにしろ、火消坂がいないのに「お許しを!」だの「お情けを!」だのと土下座していたのだ。

 その土下座が誰に対するものになるかと言えば、31カ国の生き残りの面々に対する土下座ということになる。

 いじめっ子が、自分達をボコボコにした転校生に土下座していたと思っていたら、実はいじめられっ子たちに土下座していたというわけだ。


「ぷぷぷっ」

「いやあ、ぼくたちへの土下座、ご苦労様」

「アレ? どうしたの? もう土下座やめちゃうの? もっと見たかったなあ。あんたたちの、ど・げ・ざ。あはははは」


『蛮族達』のゲラゲラと笑う声が聞こえてくる

 帝国人達のはらわたが煮えくりかえった。


「ふふふ、ふざけるなあああ!」

「調子に乗るなよ、下等生物どもがあああ! 誰が貴様らなんかに土下座するかぁ!」

「おのれぇ! 劣等人種どもめ! 野蛮人どもめ! よくもよくもよくもぉ!」


 帝国人達はそろって罵声を上げる。


 31カ国の人々はそれを無視した。

 代わりにこう言った。


「それじゃあ、早速おしおきを受けてもらおうかな」


 帝都民達はますます怒り狂う。


「お、おしおきだと!? 我々をバカにしているのか!」

「我らは尊貴なる帝国人だぞ!」

「野卑な下等民族の分際でこんなことをしてただで済むと思っているのか! お前ら、1人残らず燃やしてやるからな!」


 怒声を上げる帝都民達に対し、31カ国の人々はこう言った。


「あくまで我々を蛮族呼ばわりするつもりか?」

「あたし達の同胞達を虐殺したことに対して申し訳ないという気持ち、すまないという気持ちはないのかしら?」

「もし、そんな気持ちがあるのなら、我々に対してまず土下座するんだ」


 99%を超える大多数の帝都民の回答は「誰が土下座するか!」であった。


「ふ、ふざけないでよ! なんで野蛮人なんかに土下座を! あんた達野蛮人なんて人間以下のクズじゃない。そんなのいくら殺したっていいじゃない。どうせ人間以下なんでしょ。なんでそんなことであたしたちが謝らないといけないのよ!」

「そ、そ、そうだ! 我々は特別なんだ。蛮族を殺そうがどうしようが自由じゃないか! 焼こうが殺そうが勝手だろ? なんでそれで文句を言われなきゃいけないんだよ!」


 そう言って土下座を拒否する。

 そんな帝都民の反応に対し、『蛮族達』の回答は『針』だった。


「人形さん達、お願いします」


 その言葉と共に、たくさんの白い人形達が舞い降りてくる。


「へ?」

「ひっ!?」

「ひゃっ!?」


 帝都人達は瞬く間に首筋に針を刺される。

 とたん、伯爵都市の人々や、帝国軍15万人と同様、強烈な激痛に襲われた。

 人生でいまだかつて味わったことのないほどの、そんな激烈な痛みに襲われたのである。


「ぎいいいいいいいいい!」

「あぎがああああああああ!」

「ひぎゃああああああああああ!」


 帝都民達は痛みのあまり転げ回る。

 皇帝も皇太子も貴族も、軍人も役人も平民も、転げ回る。

 例外は針に刺されなかった者たち、すなわち奴隷と15歳未満の子供、それと『蛮族』に対して土下座していた極一部の人々くらいである。

 それ以外の者達……つまり帝都の大半の大人達は皆ことごとく、激痛で転げ回る。


 やがて痛みが治まる。


「ひっ……ひっ……」

「ひゃ……ひゃあ……」


 帝都民たちは、もう息も絶え絶えである。

 そんな彼らに対し、31カ国の人々はまた言った。


「どうだ?」

「虐殺を謝罪し、土下座する気になったか?」


 帝都民達はうめいた。


「ぐう……」

「くっ……くぅっ……」


 土下座しなければ、またあの激烈なまでの痛みを味わわされるのである。

 あの死にたくなるような強烈な痛みを味わわされるのだ。


 嫌だ!

 そんなのは嫌だ!


「う、うぐぐぐぐ!」

「ち、ちくしょう! ちくしょう!」


 うめきながら土下座する。


「ぐぎぎぎぎぃぃぃ!」

「うぐぐぐ! ぐぐぐぐぐ!」


 歯をギリギリと食いしばり、悔し涙を流しながら土下座する。

『下等生物の蛮族』に土下座することに、帝都民達は悔しさのあまり、唇から血を流す。


 31カ国の人々は笑ってこう言った。


「わはは、やっと土下座できたじゃねえか」

「大変よくできました。ほめてあげるよ。あはははは」

「さあ、じゃあ早速おしおきと行こうか」

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