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第33話 帝国はおしおきされました (6)

 三人称視点です。

 皇太子に率いられて、南の王国を征服しようとしていた帝国軍15万人。

 彼らは火消坂に敗れ、脱出不可能な深く巨大な穴の中(穴というよりもはや谷だが)に放置されていた。


 このままずっと放置され、この穴の中で餓死するのではないかと彼らが恐怖しはじめた時である。

 白い人形達が現れた。


「な、なんだこいつらは!?」

「化け物!?」

「ふ、ふん! 化け物だからどうした! 我らは高貴なる帝国軍様だぞ」

「そうだそうだ。俺達は帝国軍だぞ。おい、化け物、わかっているのか? ああん!? まずはひれふせ」

「そうだ、ひれ伏せ、化け物!」


 そのように居丈高(いたけだか)に言う帝国軍に対し、白い人形達はまず針を刺した。


「ごぎいいいいいいいいいい!」

「ひぎゃぎゃぎゃああああああああ!」

「ぎいい! いぎいいいい! ぎいやあああああああ!」


 激烈な痛みが帝国人達を襲う。

 あまりの激痛に、中に「あひゃ、あひゃひゃひゃ……」と奇妙な笑い声を上げて発狂する将兵達もいたが、白い人形がその頭に手を当てると頭がクリアになり、正気に戻されてしまう(火消坂はこれを正気リセットと呼んでいる)。


「はぁ……はぁ……」

「ひ、ひぃ……ひっ……」


 ようやく痛みがおさまった頃には、帝国軍は早くも息も絶え絶えである。


 そうやって帝国軍から逆らう気力を奪った上で、おしおきである。

 穴にはいつのまにか巨大な鏡がいくつも設置されている。

 鏡の向こうにいるのは、かつて獅子王国と呼ばれていた国の生き残りであり、アフリカ風の格好をした人々である。

 帝国に対して恨み骨髄である。


 その彼らがおしおきを指示した。


 最初のおしおきは『自分で自分の髪の毛を全部むしり取る』というものであった。

 彼らは全員、ガムテープに似た粘着性の高いテープを渡されると、それを自分の頭に貼り付け、髪をむしらされるのである。


「ぎ、ぎいっ!」

「くっ、くぅぅぅ……」


 自分で自分をハゲにすることへの痛みと屈辱から、帝国軍は涙目になる。

 おまけに頭にペンで『私は負け犬です』と書かされるのである。

 そして、その姿を鏡の向こうの『野蛮人達』に見られ、ゲラゲラと笑われなければいけないのである。


「あっはははははは!」

「ねえねえ、まだ後ろ髪がちょっと残ってるよ? そこもむしらないと」

「ほら、もっと大きな字で『私は負け犬です』って書かないとダメだって。お前たちは、負け犬ちゃんなんだからさ」

「ねえ、ママ。なんで、あの人達、あんなにかっこわるいの?」

「それはね、帝国人だからよ」


 獅子王国の生き残り達は、そう言ってゲラゲラ笑った。


「ち、ちくしょう!」

「おのれ! 覚えてろよ!」


 怒りと恥辱で顔を赤くしながら、帝国兵達は叫んだ。


 ◇


 それでも次のおしおきに比べればマシであった。

 彼らに告げられた言葉はこうであった。


『かわいい猫ちゃん達とたわむれてもらう』


「は?」

「へ?」

「はい?」


 帝国軍は意味がわからなかった。

 猫とたわむれてもらう?

 いったいどういうことだ?


 そんな彼らの元に最初現れたのは、1万頭を越える大型のライオンだった。


「……へ?」

「……はい?」

「……は?」


 あぜんとする帝国軍にライオンが襲いかかる。


「ぎいいいいい!」

「ぎゃあああああ、や、やめえええええ!」

「ひいいいいいいい!」


 帝国軍は絶叫を上げた。


 魔炎はもう使えない。

 火消坂との戦いでエネルギーを使い果たしている。


 武器もない。火消坂に取り上げられている。

 それどころか、鎧すらも取り上げられていて、身を守るすべもない。


 帝国軍を襲ったライオンはとどめを刺さず、兵達を放置して去って行く。


「う……あ……」

「た、助け……」


 兵達は苦しみのうめき声を上げる。

 苦しみ、苦しみ、ついには死に絶えそうになる。


 そこに人形達がやってきた。

 人形達は不思議な透明の液体をかけた。

 透き通っていて、けれどもきらきらと光る液体だ。


 するとどうだろう。

 兵達の傷がたちどころに癒えたのである。

 もはや無傷と言ってよい。

 健康そのもの。ピンピンした状態である。


「お、おおっ!」

「治ったぞ! 傷が治ったぞ!」

「やった! やったぞ! やっぐぎゃあああああああああ!」


 治った途端、またライオンが襲いかかってきた。


「ひい! 来るな! 来るな! あっちにいぎいいいいいいいいああああああああ!」

「ひゃああ! やめろ、やめええいいぎゃあああああ!」


 そしてまた放置される。


 大型のライオンが迫ってくる恐怖。

 襲われる痛み。

 放置される絶望感。

 どれ1つとっても、そこにあるのはただただ苦しみである。


「ぐ……あぎ……」

「ああ……が……」


 苦しむ帝国兵のところに、また人形達がやってくる。

 透明な液体を振りかける。

 元気になる。


 元気になれば、またライオンに襲われる。


「ひ、ひいいい!」

「や、やだ! もうやだああああ!」

「うわあああ! あああああ!」


 帝国兵達は絶望した。

 どうすればいい?

 どうすればこの地獄から抜け出せる?

 どうすれば?


 その時である。

 1人の兵士が叫んだ。


「あれはなんだ!」


 彼の指差す方向。

 そこには丘があった。


 穴の中央に、いつの間にか小高い緑の丘が現れていたのだ。

 あんな丘があっただろうか?


「そんなことどうでもいいだろ! 丘なんてよぉ! あのでかい化け物みたいな猫からどうにか逃げないと!」

「いや、待て! ほら、あの丘には、あのでかい猫は近寄って来ねえぞ! ひょっとして、あそこなら安全なんじゃ……」

「お、おお。そうかも!」

「よし、みんな。あの丘に行くぞ!」


 そう言って兵達の一団が丘にのぼる。

 彼らの予想は当たった。

 この丘には、ライオンたちが来ないのである。


 自分達が安全地帯に避難できたことを知り、兵達は一息つく。


「ふぅ……」

「やれやれ、どうにか助かったか……」

「ははは、まあ、俺達は崇高なる帝国人だからな。神様が見捨てたりはしないんだよ」

「そうそう、全くだぜ。ははは……ん?」


 兵の1人が様子がおかしいことに気がついた。

 よく見ると、丘の上にいる自分達に対して、周りの兵達が視線を注いでいるのである。


 穴の中に、突然緑の丘が生まれ、しかもそこにはライオンたちが寄ってこないのである。

 当然、目立つ。


「あそこだ! あそこなら安全だぞ!」

「俺達もあそこに行くぞ!」


 帝国兵達が、わっと丘に殺到する。

 まさに『殺到』という言葉はこういう時に使うのだろう、という勢いで殺到する。


 が、丘はあくまで小高い丘である。

 大して広くもない。

 そんな広くもない丘に大勢の兵達が殺到したらどうなるか。


 壮絶な場所の取り合いが発生したのである。


「おら、どけよ!」

「何をする! 俺は男爵なのだぞ!」

「うるせえ! 男爵だから何だよ! さっさとどけ!」

「や、やめろ! 俺は炎軍だぞ! ここは俺達が陣取るにふさわしい!」

「うっせえよ! 何が炎軍だ。ただの負け犬じゃねーか。うせろ、ハゲ!」

「おまえもハゲだろ!」


 殴り合い。蹴り合い。押し合い。

 醜い同士討ちが始まる。


 そして、押し出された者には容赦なくライオンが襲いかかる。

 激痛に苦しみ、苦しみ、さんざん苦しんでもう死ぬというところで白い人形に傷を癒やされてしまい、またライオンに襲われる。

 どうにか安全地帯の丘に辿り着いたと思ったら、仲間に蹴り飛ばされ、そこにライオンが襲いかかり……。


 そんなことを延々と繰り返す。

 何度も何度も繰り返す。

 2度、3度……。

 5度、6度……。


 10度を数えた頃には、こう叫ぶようになる。


「もうやめてくれえ!」

「いっそ、ひとおもいに殺してくれえ!」

「いやだあ! やめろおおお!」


 深い穴の中に帝国兵達の絶叫がこだまする。

 鏡の向こうでは、獅子王国の人々がその様子を笑いながら見物し、楽しそうに酒を飲むのだった。


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