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第32話 帝国はおしおきされました (5)

 三人称視点です。

 帝国東方にある伯爵の治める地方都市。

 特別大きいわけでも小さいわけでもなく、特別豊かなわけでも貧しいわけでもなく、典型的な帝国都市と言える構造をしている。

 城壁で囲まれ、中世ヨーロッパ風の町並みが広がり、真ん中には城が建っている。


 典型的でないのは、その中央にある。

 都市の中央にある広場に、20階建てのビルほどの大きな岩が刺さっている。

 そこには赤い文字でデカデカとこう刻まれていたのだ。


『帝国はザコ』

『皇帝はバカ』


 この都市は1週間前、火消坂にボコボコにされた時、このような置き土産をされていったのである。


 帝国では、国家や皇帝を侮辱したら死罪である。

 都市の真ん中にこんな文字をデカデカと刻まれたら、都市全体の責任である。


 伯爵を初めとして、都市の偉い人々は顔を真っ青にした。


「ひ、ひいいいいい!」

「な、な、な、なんてことを! なんてことを!」


 こんなのが中央の役人に見つかったら都市上層部の人間は全員死刑である。

 首と胴体がおさらばしてしまう。


 偉い人々は慌てふためく。


「ななな、なんとかせねば! なんとか!」

「は、ハシゴだ! ハシゴを使って、文字を消すんだ!」

「あんな高いところまで届くハシゴはありません!」

「な、ならどうすれば……」

「岩を崩せばいいのでは?」

「ダメです! この岩、凄く硬いです。ツルハシでもビクともしません!」

「石を積んで階段を作ればいいじゃないか」

「階段だって? 材料に大量の石が必要だぞ! そんなものどこにある!?」


 右往左往した挙げ句、どうにか『長いハシゴを作って、それでのぼって文字を消す』という結論に到った。


「早く作れ! ぐずぐずするな! さっさと作れ! 普通の10倍の長さのハシゴを作れば良いだけだろ。さっさとしろ!」


 偉い人達は、職人にわめきちらす。

 職人達は嫌そうな顔をして言う。


「い、いえ、10倍もの長さとなると、木がたわんで折れてしまいます。

 それに、そんな長い木なんてありませんし、短い木をつなぐとなると、どうしてもつなぎ目が弱くなってしまいます。

 かといって、全体的に補強を入れると、今度は重くなってしまって、それはそれで別の問題が……」

「うるさい! うるさい! いいからやれ!」


 そうして、どうにかハシゴが完成する。


 問題は誰にのぼらせるかである。

 何しろ急ごしらえのハシゴである。それにこんな長いハシゴなんて誰も使ったことがない。

 端的に言って危険だ。

 その危険な任務を誰が引き受けるか?


 満場一致で奴隷に決まった。


 帝国という国は、意外と奴隷は少ない。

 帝国人たちの心が天使のように清らかで、奴隷制度を嫌っているからではなく、すぐに死なせてしまうからだ。

 他民族を奴隷として連れてきても、ロクに食事も与えず、ことあるごとに殴り飛ばし、寒空の下に放置し、病気になっても何もしない。

 当然死ぬ。バタバタ死ぬ。


 伯爵都市にも奴隷は少ない。

 それでも、わずかながらにいる。

 そのわずかな奴隷にハシゴをのぼらせ、文字を消させようとしたのだ。


 奴隷だって死にたくはない。

 お許しを! お許しを! と這いつくばる。

 そんな奴隷達に対し、帝国人達は怒鳴り散らした。


「いいからさっさとやれ!」

「そうだそうだ! 帝国人様のお役に立てる機会だぞ! さっさとやれ!」


 そう言って、無理矢理にでものぼらせようとした。


 何万という数の白い人形達がやってきたのたのは、ちょうどその時だった。

 火消坂の庭作りスキルによるハードモード庭作りが発動したのである。


 あとは1週間前の再現だった。

 先週、火消坂一派にボコボコに負けたように、彼らは白い人形達にボコボコにされたのである。


「あ、ありえない……我ら最強の帝国軍が、二度も負けるなんて……」

「ひ、ひいい……こ、これは夢……そ、そう、夢なのだ……」


 茫然自失としたまま倒れ伏す帝国の大人達を、白い人形達は都市の外へと全員連れ去った。


 ◇


 伯爵都市の帝国人達は、今、帝国の村の人たちと同じように、おしおきを受けようとしていた。

 そこは見渡す限り広々と広がる原っぱだった。


 大きな鏡が置かれている。

 鏡は帝国人達を囲むように、いくつも設置されている。


 映画館のスクリーンよりも大きな鏡に映し出されているのは、緑を基調としたゆったりとした衣服を身につけた人々だ。

 かつて帝国に滅ぼされた森林連邦という国家。

 彼らは、その生き残りの一派だった。

 自然を愛し、その中でゆったりと暮らしていた彼らは、ある日突如として攻めてきた帝国によって、森を焼かれ、家を焼かれ、そして何より家族を焼かれ、命からがら故郷を捨てて逃げのびたのだ。


 さて、森林連邦の面々は、東方共和国の生き残りの一派と同様、火消坂におしおきを委託されていた。


 おしおきは自由である。

 好きなように帝国人をおしおきしていい。

 ただし、次のような制約がある。


・殺してはいけない(ただし死なない限り、怪我はこちらで治療可能)

・最初の1回目のおしおきは、子供に考えさせること

・無罪にすべき人、減刑すべき人がいるかどうかを調べ、適切に罪を減じること。なお、白い人形は嘘を見抜くことができるので参考までに。

・以上を守れば、好きな期間、好きなように、帝国人達に対して納得するまでおしおきしてよい


 殺してはいけない、というのは火消坂の嗜好である。

 彼は人を殺すのを好まない。


「殺してしまったら、それで終わってしまうし、どこか罪悪感も残ってしまう。

 帝国人達に、自分達のしでかしたことを思い知らせることもできない。

 でも、生かして苦しめれば、帝国人達を後悔させることができる。

 そっちのほうが僕は好きなんだ」


 最初のおしおきは子供に考えさせる、というのも火消坂の嗜好だ。


「大人が考えるとさ、真面目で堅苦しい拷問みたいなおしおきになってしまうんだよね。

 そうなると、どこか雰囲気が陰湿になっちゃう。やだよ、陰湿なおしおき。僕は好きじゃない。

 そこで子供だ。

 子供なら、もっとシンプルに、罰ゲームみたいな屈辱的なおしおきを考えてくれると思うんだ。

 そっちのほうが、雰囲気が明るくなるし、ゲラゲラ笑える。出だしのおしおきが明るければ、その後の大人たちが考えるおしおきも、最初のおしおきのイメージに引きずられて明るい感じになるんじゃないかな。

 それに、子供の考えたおしおきを大まじめにやらなきゃいけない帝国人達も屈辱的でいいじゃないか」


 伯爵都市の帝国人達も、子供の考えたおしおきを受けさせられる羽目になった。

 内容はシンプルである。


「えっとね、わることしたらね、はだかになるの。

 それでね、どげざするの。

 ふつうのどげざじゃなくてね、ジャンプするの。

 それを1000かいやるの」


 おしおきの内容は、ジャンピング土下座1000回であった。


 当然、『尊貴なる』帝国人達は抵抗する。


「ふざけるな! 我々は帝国人様なのだぞ! 地上で最も崇高なる我らにそんなことができるか!」


 そんな彼らに、白い人形達は恐れ入ったりはしなかった。

 彼らはただ、帝国人達の首筋に針を刺した。

 とたん、帝国人達は、村人達が味わったのと同じ、とてつもない激痛を味わうこととなったのだ。


「ごぎょおおおおお!」

「ぎいいいいいい!」

「ぎゃぎぎぎぎぎぎぎいいい!」


 人生の中でいまだかつて味わったことのないほどの激痛。

 それを、帝国人達は、涙と鼻水とよだれをダラダラ垂らしながら味わう羽目になったのだ。


 痛みから覚めた帝国人達は、自分たちが追い込まれていることを悟った。

 逆らえば、またあの痛みを味わわされるのだ。

 そう思うと、悔しさでギリギリと歯ぎしりしながらも、言うことを聞かざるを得なかったのだ。


「くっ……くぅ……」

「ちくしょう……」

「お、おのれぇ!」


『蛮族ごとき』に言いなりになることに屈辱の声を漏らす。


 さて、ジャンピング土下座である。

 これには『作法』がある。


 まず両足を大きく開き、がに股になる。

 つぎに両腕を大きく広げ、肘から上を万歳するように上げる。

 ちょうど、カエルみたいな格好になる。

 その格好で「いっきまーす!」と元気よく叫び、全力でジャンプする。

 そして膝から着地し、勢いよく土下座するのである。


 いい歳した大人が、こんなバカみたいなジャンプしながら土下座するのである。

 しかも、やるのはプライドが高く、自分たちのことを地上で最も崇高な民族だと思っている連中である。

 帝国人達の顔は、怒りと屈辱でプルプルと震え、真っ赤である。


「ほらほら、早くやりなよ。悪いことをしたんだから、謝るのは当然だろ」

「ど・げ・ざ! ど・げ・ざ!」


 森林連邦の人達は、ニヤニヤ笑いながらはやし立てる。


「ぐ、く、くそおおおおお!」

「おのれええええ!」

「よくも……よくも……覚えてろよ……」


 屈辱の歯ぎしりをしながら、帝国人達はカエルみたいなかっこわるいポーズをとり、「い、いっきまーす……」と叫び、ジャンプする。

 そして……。


「ぐぎいい!」

「ぎゃあああ!」

「いぎいいいい!」


 痛みで悲鳴を上げた。

 そう、ジャンピング土下座をするには、膝から着地しなければいけない。

 いや、無論、足の裏から着地してから素早く土下座することも出来るし、他にももっと負担の少ない着地の方法はあるのだが、森林連邦の人々は膝に全体重を乗せて着地するのが『正式な作法』だと主張している。

 そう主張している以上、どれほど理不尽でも、それに従わなくてはいけないのだ。


 するとどうなるか?

 固くて石が転がっている地面に、膝から突撃する形で勢いよく着地するのである。

 痛い。ものすごく痛い。

 せめて足の裏から着地できればいいものを、膝からである。

 かなりきつい。


「ぐ……く……」

「あぎ……が……」


 痛みで涙目になりながらも、帝国人は地面に両手を突く。

 頭を下げる。 

 そして謝罪する。


「わ、私たちが……ま、ま、間違って……おりました……くっ! ……どうか……お、お許しください……!」


 悔しさで顔を歪めながら、顔を真っ赤にしながら、謝罪の言葉を口にする。


「そうそう。お前達は間違ってたんだよ」

「やっとわかったかい? 勉強になったねえ、高貴なる帝国人様」

「まったく、悪いことをしたら謝る。この程度のこともママに教わらなかったんでちゅかー?」


 森林連邦の人達は、笑いながら(あお)る。


「く、くぅっ……!」

「くそぉ……! くそぉ……!」


 そこに追い打ちの言葉がかけられる。


「ほら、なにやってんの。まだ1回しかやってないよ。あと999回やるんだよ。早くしなって」


 そう、ジャンピング土下座は合計1000回やらないといけないのだ。

 帝国人達はまだ1回しかやっていない。


「う、うそだろ……」

「こ、これをあと999回……」


 すでに膝が痛い。かなり痛い。

 関節を痛めたのではないかというくらい痛い。

 あと999回もやったらどうなってしまうのか……。


「大丈夫、大丈夫。本当にどうしようもなくケガがひどくなったら、人形さん達が治してくれるから」


 森林連邦の若い男性がそう言ってニヤニヤ笑うが、逆に言えば『本当にどうしようもなくひどくなるまで』は、激痛に耐えながら土下座をしなければならないということである。


「ひ、ひい……」

「や、やだ……もうやだ……」


 帝国人達は恐怖で体が震える。

 が、土下座しないという選択肢はない。

 そんなことをしたら、人形達に針を刺される。あの気が狂うような激痛をまた味わわされる。現に人形達は針を持ってスタンバイしている。


「おのれ……おのれぇ……」

「く、くそぉ……」


 帝国人達は屈辱で顔を歪ませながら、ジャンピング土下座を続ける。

 みっともないポーズ。膝の激痛。這いつくばって謝罪する屈辱。


 恥辱と痛みで、気が狂いそうになる。


 そんな彼らの耳に、森林連邦の人達の声が聞こえた。


「次のおしおきはどうしようか?」

「そうだな、おろし金なんてどうだ?」

「それよりハサミの方がいいんじゃないかな」

「ここはストレートに火とかどうだ」


 帝国人達は気が気でない。


 おろし金って何!?

 ハサミって何!?

 火って何!?

 俺達、次はいったい何されるの!?


 次のおしおきが何かわからない。

 どんなことをやらされるのかわからない。

 その恐怖が彼らの身を包んだ。


 身体ががくがくと震える。

 しかも、おしおきは次で終わりではない。

 いつまで続くかわからないのだ。


「ひ、ひいい……」

「も、もうやめてよ……な、なあ、もう十分だろ! や、やめてくれよ、なあ!」

「そ、そうだよ! やめてくれよ! な! あんたらももう満足しただろ! ほら、俺達も1回謝ったんだからさ。これでいいだろ。な?」


 帝国人達は鏡の向こうに向けて懇願する。

 もうやめてくれ、と。


 森林連邦の面々は一瞬沈黙する。

 帝国人達はそれ、自分たちの要求が受け入れられたと解釈し、顔をほころばせる。

 しかし、返ってきたのは罵声であった。


「はあ? 何言ってんの?」

「バーカ。やめるわけねえだろ。お前ら帝国人に、いったい同胞がどれだけ殺されたと思ってんだ!」

「言っとくけど、こんなものじゃ済まさないわよ。まだまだこんなのが可愛く思えるくらい、たっぷり苦しめてあげるんだから」

「そうさ。火消坂様がくれたこのチャンス、たっぷり使わせてもらうからな。覚悟しておけよ」

「あはは。そうそう、自殺しようとしてもダメだからね。自殺しようとしたら、人形さんが飛んできて、すぐに治療しちゃうんだってさ。ぷぷぷ、ご愁傷様」


 帝国人達は絶望した。


 まだまだ続く……。

 この痛み、苦しみがまだまだずっと続く……。


「い、いやだああああ!」

「やだ! やだよ! 助けてよ! 助けてよおおお!」

「うわあああああ! ひいいいいい!」


 泣き叫ぶ帝国人。

 その姿を見て、森林連邦の人々は楽しそうに笑うのだった。


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