第31話 帝国はおしおきされました (4)
三人称視点です。
ルルネは村に戻った。
15歳の彼女は、帝国の村人だった。
白い人形達によって村はずれの原っぱに連れ去られた、帝国の村の大人208人。彼女は、その1人だったのだ。
けれども、解放された。
おしおきが始まる前、東方共和国の代表は、こう言ったのだ。
「帝国人諸君。君達の中には、自分は無実だと言う者もいるだろう。自分は他民族の虐殺に関わっていない。むしろ助けたことすらある。あるいは、そもそも自分は奴隷で帝国人ではない。
そういった者は、おしおきの前に名乗り出てくれ。そして、自分がどうして無実なのか説明してくれ。
我々が納得したら無罪放免しよう。あるいは、完全に無罪でなくても、罪が軽いと我々が判断したら、おしおきの期間が短くなるよう減刑してもいい。
そうそう、嘘を言ったら、人形さん達にはわかるから、気をつけるように」
代表のこの言葉に、帝国人達は最初顔を見合わせ、それから一斉に名乗り出た。そして、自分はこれこれこういう理由で無実だと、上から目線でわめくように言った。
もっとも、その大半を代表は無視した。
「俺は10人くらいしか蛮族を殺していないから無実だ」
「わたしは魔法草をいっぱい喜んで作ったけど、汚い蛮族を地上から消すためだから当然の行為だ」
こんなことを言う者の言葉を、どうやって聞き入れればいいというのか。
けれども、15歳のルルネの言葉にだけは耳を傾けた。
「わ、わたしは、両親からは『高貴なる帝国人にふさわしい行動をしろ!』って、よく殴られているんですけど……どうしてもそんな気になれなくて……。
たとえば、えっと……奴隷が村にやって来たときは、こっそり水をあげたりして……それが周りの大人達に見つかって殴られたりしました。
あとは、その……魔法草を畑からこっそり引っこ抜いて捨てたこともあります……あんまりやるとバレるので、ちょっとですけど……」
ルルネの両親は帝国至上主義者である上に乱暴者であり、小柄な上に要領のよくないルルネはよく殴られた。
その反動から、ルルネは帝国至上主義に疑問を持っていた。
自分の両親を見て「これが高貴な帝国人である」とはどうしても思えなかったのだ。
帝国人としてはかなり珍しい。
それゆえ、彼女なりにささやかながら、帝国至上主義に歯向かうことをしてきたのだ。
奴隷に水をあげただけでひどく殴られたから、あまり大したことは出来なかったが、それでもやれることはやってきた。
そのことを彼女は、つたない言葉ながらもアピールしたのだ。
人形がこくんとうなずいたことで、それが真実だと知った東方共和国人達は、満場一致でルルネを無罪にした。
ルルネの父親は、
「ふざけるな! お前だけ逃げようというのか、このクズが!」
とわめいたが、人形に腕をひねられて、
「ぐぎぎゃああああああ!」
と泣き叫んでしまった。
無罪放免となったのはルルネ1人だった。
他、若い村人が何人か、年若いためにまだ大した罪も犯していないという理由で減刑にされたが、完全な無罪放免はルルネだけであった。
自由の身となったルルネはただ1人、村に戻った。
戻ると異様な光景が広がっていた。
まず村の中央の広場で、おおよそ10歳以上の年長の子供達が一斉に正座させられていた。
その顔はボコボコにされたかのように、一様に腫れていて真っ赤である。
彼らの前には、庭師の格好をした少女が立っていた。
少女の隣では、弟のレーノが、やれやれと言った顔でその光景を眺めている。
「え? なにこれ、レーノ。というか、その人誰?」
「あ、姉ちゃん、お帰り。あの人形なんだったの? やっぱ天罰? こっちは、暴れる悪ガキがしつけられたってところかな」
レーノは14歳である。
姉のルルネとは違い、機転が効き、要領もよかった。
けれども別に、要領の悪い姉を「どんくさい」とバカにすることもなく、むしろ彼の出来る範囲で両親の暴行から姉を守ってやったため、姉弟の仲はよかった。
姉と同じく、両親が嫌いであり、その影響で帝国至上主義も嫌いであったため、その点でも2人は息が合った。
この姉弟は、村の中でただ2人きりの反帝国至上主義者だったのだ。
「んで、何があったの?」
レーノがあらためてたずねる。
ルルネは何があったのかを説明した。
白い人形達に連れ去られたこと。東方共和国の生き残りの人達からおしおきを受けることになったこと。自分だけ解放されたこと。
「んー、よくわかんね」
「ちょっ」
「姉ちゃん、やっぱ説明下手だな。説明する時は、まず最初に結論を一言で言うんだよ。じゃないと何の話してるのかよくわかんねーじゃん」
レーノにそう言われると、ルルネはうつむく。
「う……まあ、わたしの説明は確かにあまり上手くないけど……」
「まあ、いいや。ともかく大人達は当分帰ってこないんだな?」
「うん、もしかしたらずっと」
「そっか。じゃあ、俺のほうの説明な。何をしているかって聞いたよな? 一言で言うと『帝国至上主義の悪ガキどもが暴れたから、庭師のお姉さんにしつけられた』ってところかな」
「え?」
思わず聞き返すルルネに、レーノは次のようなことを説明した。
大人達がいなくなった時、村の子供達ははじめ呆然としていたらしい。
が、やがて年長の子供達が騒ぎはじめた。
帝国の子供達は、だいたい10歳くらいから帝国至上主義に目覚めはじめる。
それより幼いと、国家だの民族だの言われてもピンとこないのだが、それくらいの歳になってくると、自分達は高貴なる民族なのだと『自覚』し始めるのだ。
そして、『悪辣な化け物の人形どもから、高貴なる帝国人である大人達を救いに行こう』と叫びはじめた。
そこに突如として舞い降りたのが庭師の格好をした1人の少女である。
彼女は、暴れる子供達を全員殴り倒した。
子供達の中には、大人に憧れてこっそり魔法草を飲んでいた子もいたが、その自慢の魔炎もかき消され、ボコボコにされた。
『力ある者に従う』という点で、子供は大人よりよほど素直である。
帝国至上主義に、大人ほど染まりきっていなかったこともあり、彼らの大半は素直に負けを認めた。
悔しそうな顔をして、「くそう……くそう……」と言いながらも、敗北を認めたのだ。
そんな敗者の子供達に対して、庭師の少女は小さな装置を使ってホログラムの映像を見せた。
そこに映っていたのは1人の黒髪の青年だった。火消坂である。
映像の中の火消坂はこう言った。
「やあ、帝国の子供達諸君。僕は火消坂。そこにいる少女のリーダーだ。
はじめに言っておこう。大人達は全員連れ去られた。当面、もしくは二度と帰ってこない。
彼らは他民族を殺しすぎた。その罰を受けねばならない。
家族から引き離されて辛い者もいるだろうが、それを言うなら、彼らは他民族の家族を虐殺したのだ。我慢してくれ。
無論、それが受け入れられないというのなら、それでも構わない。力づくで取り返してくれ。でも、その場合は、そこにいる少女と同じくらい強い人形達を大勢相手にしなきゃいけない。こちらも逆らうのなら容赦はしない。覚悟はしてくれ。
なんにせよ、大人達はもういない。これから先は君達だけで生きていくことになる。
いきなりは大変だろうから、そこにいる少女をしばらくの間、派遣する。当面は彼女に従ってくれ。以上だ」
火消坂の言葉はそれで終わった。
「つまり、これからは俺達だけでやっていかなきゃいけない、ってことなんだ」
レーノはそう言って説明を終えた。
ちなみにレーノは説明を省いたが、姉がいなくなった時、彼は激しく動揺した。
庭師の少女に対して、姉を探しに行かせてほしいと懇願したほどである。
そんなレーノに対し、少女は『あなたの姉があなたと同じように帝国至上主義者でない人間であれば、きっとすぐに返してもらえる』という意味のことを、どうにか絵で説明した。
レーノはそれでも心配で仕方がなかったが、はたして少女の予見通り、姉が帰ってきたので安心したのだった。表向きは平然としていたが、内心はほっと一安心していたのだ。
「そっか、わたしたちでやっていかなきゃいけないんだね……」
レーノの説明に、ルルネは何ともいえない表情でうなずく。
「あ、そうそう。今日から姉ちゃんが村長だから」
「そっか、わたしが村長……って、ちょ、ええええ!?」
ルルネはびっくりした顔で叫んだ。
「いや、だって、姉ちゃん最年長じゃん。だから村長。よろしく」
「ちょちょちょ、え? ちょっと待って? わたし? 村長? は? い、いやいやいや」
ルルネは首を横に振った。
「村長ならあんたがやりなさいよ! わたし、無理よ!」
「え、だって、姉ちゃん、できる仕事ないじゃん。何やってもアレだし。村長くらいしかできないんだからやってよ」
「ますます無理よ!」
「大丈夫、大丈夫。姉ちゃん、すげえ話しかけやすいから。上に立つ人間が話しかけやすいって大事だよ? 後は適当に偉そうにうなずいておけば、実務的なところは俺が何とかするから」
「で、でも、ほら、あたし達だけで決めちゃ……」
「平気だって。というか、もともと俺が村長だって庭師のお姉さんに指名されたんだけどさ、でも姉ちゃんが帰ってくるなら姉ちゃんを村長に、って頼み込んで、やっと認めてもらったんだよ?」
「う、で、でも……でも……」
「それに俺、姉ちゃんのこと尊敬しているんだぜ? 足も遅いし、身を隠すのも下手なくせに、魔法草の畑に忍び込んで、引っこ抜いて捨てちゃおうだなんて。あれ、俺が手伝ってなかったら、絶対見つかって処刑されてたじゃん。ああいう覚悟をここぞって時に見せてくれればいいからさ」
レーノは姉の目を真っ直ぐに見つめて言う。
「う、うう……」
ルルネは言葉に詰まり、助けを求めるように庭師の少女を見て、彼女がこくんとうなずくのを見て、もはや逃げ場がないことを悟り、承知するのだった。
「わ、わかったわよ……」
「よっし。じゃあ、姉ちゃんあらため村長よろしく。大丈夫、俺がサポートしてやるからさ」
「うう……」
そんな姉を見ながら、レーノは思った。
これからが大変だ、と。
周りは幼い子供達ばかり。
年長の子供達は帝国至上主義に、大人達ほどではないとはいえ、染まりはじめている。
今は力を見せつけられたから大人しく従っているが、逆に言えばナメられたらまた「高貴なる帝国人として、大人達を救いに行こう」などと言い出しかねないということだ。
庭師のお姉さんからは笛を2本もらっている。
自分がいなくなった後も、これを吹けば、いつでも駆けつけると説明された。
当面の間は、この力を背景に、力づくで言うことを聞かせていくしかないだろう。
希望はある。
村の一角に、昨日まで荒れ地だった場所がある。草も生えないような土地で、村の中でも放置されていた。
けれども、今日、どういうわけか草が生えてきたのだ。
おまけに土の質がすごくよくなっている。
今は雑草が生えているけれども、この雑草もピンピンしていてすごく元気がある感じだし、これを引っこ抜いて作物を植えれば、よく育ちそうである。
今の村の畑を子供達だけで耕してくのは正直大変だけれども、こういう効率的な畑があれば何とかなる気がするのだ。
事実、帝国の土地は火消坂の庭作りスキルの効果で、これまで植物が育たないような土地でも作物が豊かに育つようになっており、そのことが子供たちを助けていた。
「ま、姉ちゃんは村長らしく、どっしり構えててくれればいいからさ」
「なんか騙された気分だわ……」
レーノはしょげる姉を見ながら、「あはは、まあがんばろうぜ!」と笑うのだった。




