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第30話 帝国はおしおきされました (3)

 三人称視点です。

 帝国人達が激痛に苦しみ始めて10分が経過した。


「ひゃ……ひ……」

「あ……が……」

「は……はひ……」


 ようやく痛みが去った時、そこには、倒れたまま虚ろな目で(あえ)ぐ帝国人達がいた。

 中には激しい痛みのあまり、「あひ、あひゃ、あひゃひゃ……」と狂ったように笑い声を上げる帝国人もいる。


 そんな帝国人達1人1人に対し、人形は頭に手を当てていく。

 するとどうだろう。

 帝国人達の頭が、すーっと冷えていく。グチャグチャになった思考が、整然としていく。

 皆、正気に戻る。戻ってしまう。


 そんな帝国人達に向けて、代表はこう言った。


「さて、じゃあそろそろおしおきを受けてくれるかな。受けないとまたあの痛みを与えるよ?」


 代表の言葉に帝国人達はびくんと震える。


 あの痛み!

 あのいまだかつて味わったことのないほどの苛烈な痛み!

 あんなのは嫌だ!

 もう……もう嫌だ……。


 でも! 我々は帝国人なのだぞ!

 高貴にして尊貴にして崇高なる帝国人様なのだぞ!

 その帝国人様が、蛮族ごときの言いなりになって、みっともないおしおきなど受けるというのか!

 そんなの冗談じゃない!


 だが、おしおきを受けないと、またあの痛みが……。

 い、いやでもしかし、我々は帝国人なのだぞ!


 恐怖とプライドとの間で激しく揺れ動く帝国人。


 そんな彼らのもとに、人形達がゆっくりと向かっていく。

 手にはあの針を持っている。


「ひいっ!」

「来ないで! いやっ! いやあああああ!」

「う、受けるわ! おしおきでも何でも受けるわ! だからもうやめて!」

「俺も受ける! 受けるからやめてくれ! 針はもうやめてくれえええ!」


 帝国人達は悲鳴を上げながら、口々に「おしおきを受けるからもうやめてくれ!」と叫んだ。


 ◇


 帝国の辺鄙(へんぴ)な村。

 その外れにある原っぱで、身長2メートルの白いのっぺらぼうの人形50体に囲まれながら、帝国の村人達207人は今おしおきを受けようとしていた。


 村人達は全員、犬の着ぐるみを着ている。

 おまけにみな、四つん這いである。

 帝国に着ぐるみという文化はないが、動物の格好をさせられて四つん這い姿にさせられるというのは屈辱以外の何者でもない。


 おしおきの一番手は村長である。

 これまで幾人もの『汚らわしい蛮族』を自身のその手で殺してきたことを自慢してきた村長は、今や犬の姿で、赤ん坊のようにハイハイしながら、謝罪しようとしている。


『しっぽで、謝罪の言葉を書く』


 子供が考えたおしおきらしく、言葉にすると笑ってしまうものである。

 ばかばかしく、コミカルで、呆れてしまうものである。


 が、実際にそのおしおきを受けるとなると話は別である。

 子供らしいおしおきを、いい歳した地位もプライドもある大人がやらなければいけないのである。


「ぐ、くぅ……」


 謝罪の言葉を書くために設けられた壁に向かいながら、村長は恥辱のうめき声をあげる。


 犬の格好が屈辱である。

 獣のように四つん這いになるのが屈辱である。

 何より、鏡の向こうで東方共和国の生き残り達が、ニヤニヤ笑っているのが屈辱である。


「ほらほら、村長さん。早くやりなよ。日が暮れちゃうよ?」

「あとさ、そのだらしない体、なんとかしたら? 高貴なる帝国人様のくせに、ぶよんぶよんじゃない」

「ほーら。は・や・く! は・や・く!」


 一同、笑いながらはやし立てる。


「ぐぅぅぅぅぅ!」


 村長は怒りのあまり、顔を真っ赤にし、歯ぎしりを立てる。


(おのれ! 崇高なる帝国人であるこの俺がこんな蛮族どもに! よくも! よくも! こいつら絶対殺してやる! なんとかこの状況から抜け出して、そうしたら絶対にこの野蛮人どもを皆殺しにしてやるからな!)


 そうやって怒りをたぎらせながら、壁に向けてしっぽを振る。


「ぎいやあああああああ!」


 村長は痛みのあまり転げ回った。

 いったいどういう仕組みなのか、しっぽを勢いよく振った途端、下半身に激痛が走ったのだ。


「ぷぷぷ、何やってるんだよ」

「情けないなあ。あーあ、いい年して泣いちゃって、かっこわるいなあ。それでも高貴なる帝国神様なの?」


 鏡の向こうからは嘲笑の声が聞こえる。

 その言葉に屈辱を感じながらも、けれども下半身が痛くて、ひいひいと泣き叫んでいて、何も言うことができない。


 そんな村長のところに白い人形がやってきた。

 何やら白いクリームのようなものが入った瓶を持っている。

 そのクリームを村長に飲ませる。


「ひゃひっ!」


 冷たい感触に思わず悲鳴を上げる。

 が、次の瞬間、痛みが消えていた。

 さっきまでの苦痛が嘘のように、痛みが引いていたのだ。


 はじめ、村長は喜んだ。

 が、すぐに青ざめた。

 そう、回復したということは、ケガをして動けないという言い訳ができないということであり、またしっぽをふらなければいけないということなのだ。

 あの激痛を味わわなければいけないのだ。


「ひ……ひっ……」


 村長の足が震える。

 いやだ……あんな痛いのもう嫌だ……。


 なんとか許してもらおうと人形を見る。

 人形が手に持っていたのは、例の針だった。


「ひ、ひいっ!」


 村長は悲鳴を上げた。

 針の痛みと、しっぽを振る痛み。

 どちらがマシかと言えば、しっぽのほうである。あくまで相対的な話でしかないが、あのこれまでの人生でもっとも激烈と言えるあの痛みに比べれば、しっぽのほうがはるかにマシである。

 それでも激痛であることに違いはないが。


「くっ……」


 村長は絶望でうめきながら、しっぽを振る。


「ぐううううううううううううう!」


 痛みに何とか耐える。


 しっぽの先端からは、インクが出る仕組みになっている。

 そのインクを壁にこすりつける。

 しっぽを動かすたびに、よりいっそう激痛が走る中、早くこの苦痛から解放されたい一心で、涙を流し、「ぎいいいい!」とうめき声を上げながら、どうにか謝罪の言葉を書き上げた。


『ごめん』


 その一言を、子供が書いたような下手な字でどうにか書き上げると、村長はその場に倒れた。


「ひ、ひい、ひい……ど、どうだ、やってやったぞ、おら!」


 あえぎ声を上げながらも、鏡の向こうに向けて「どうだ、おら!」と叫ぶ村長。

 そんな彼に向けて、代表はにっこり笑ってこう言った。


「謝罪の言葉に誠意が感じられないなあ。やり直し」

「なっ……!」


 代表の言葉に村長は絶句する。


「だって、『ごめん』はないでしょ、『ごめん』は。さんざん人を殺しておいて、ごめんの一言で済ませるの? それはちょっとないなあ」

「そ、そんな……」

「あと忘れているかもしれないけど、1回で終わりじゃないからね。100回だからね」


 村長は絶望で真っ青になった。


 先ほどのあの痛みをあと100回! 100回も!

 い、いやだ! 絶対にいやだ! もうあんな痛いのはいやだ!

 でも、やらないと、また人形に針を刺される。あのとんでもない激痛を味わわされる。


 地獄……。

 どっちに転んでも地獄……。


「あ……あ……ああ……」


 自らの未来に恐怖し、村長はがたがた震える。

 怖くて怖くて一歩も動けない。

 それでも、人形が針を取り出すのを見ると「ひいい!」と叫び声を上げ、弾かれたように壁に向かい、しっぽを振る。

 そしてまた「ぐぎいいいいいい!」とうめき声を上げる。


「代表」

「ん、なんだい?」


 東方共和国の代表は、仲間に声をかけられ、振り返る。


「村長1人だけにやらせては、時間がかかりすぎます。おしおきをやらせたい者は他にも大勢いますし、ここはもう帝国人全員に一斉におしおきをやらせたらどうでしょう?」

「うん、そうだね。そうするか。人形さん、帝国人達全員にまとめておしおきを受けさせてもらえないでしょうか?」


 代表はそう言って人形に頭を下げる。

 人形は親指をビシッと突き立てると、帝国人達へと向き直った。

 そして「お前達もやれ」というジェスチャーをする。


 村長が苦しむ姿を見ていた帝国人達は、一斉に恐怖する。


「や、やだ! やだよ! 俺、あんな痛そうなの……や、やだ!」

「ひいい! や、やめてよ! ね、ねえ、そこの鏡の向こうにいる、えっと……東方商業国の人達。あ、あたし達が悪かったわよ。ね。ほら、謝ったでしょ。だからいいじゃない。ね?」

「ちげえよ、西方王国だろ? あれだよ、なんかこう……すげえやつらなんだよな。実は俺、ずっと前からあんた達のことを尊敬してたんだよ。だから、な、見逃してくれよ。な!」


 東方共和国の生き残り達は、帝国人達の言葉を無視した。

 代わりに「やれ」と言わんばかりに、親指で地面を指した。


 帝国人達は全員犬の着ぐるみ姿で、しっぽを振らされ、謝罪の言葉を壁に書かされることとなる。


「ぎゃぎいいいいいいいいいい!」

「あがっ! ぎいい! い、痛い! ひいいいい!」

「ぐっ……くぅ……ちくしょう! ちくしょう!」

「おのれぇ! 蛮族め! よくも……よくも……」


 帝国人達は悲鳴を上げる。

 屈辱のうめき声を上げる。


 そんなうめき声の中、東方共和国の代表の息子が父に話しかける。


「ねえ、お父さん、お腹すいた」

「おお、そうか。よおし、みんな。今日はめでたい日だ。盛大に豚をつぶそう!」

「そうですな。今日はよき日です。泣き叫ぶ帝国人どもという、ちょうどいい酒の肴もありますし、盛大に飲んで食って騒ぎましょうや!」

「いいですなあ! やりましょう、やりましょう!」


 帝国に国を滅ぼされ、家族や親戚や友人を殺され、先祖代々開拓してきた土地も築き上げてきた文化も財産も奪われた彼らは、それでもたくましく笑った。


 実のところ、彼らは火消坂から「殺してはいけない」と厳命されている。

「ひと思いに殺してしまうのは僕の好みじゃないんだ」とも言われている。

 仮に人形達に「帝国人達を殺してくれ」と命じても、彼らは動かないだろう。


 東方共和国の生き残りの中には、帝国人達を殺したい者もいた。

 すぐにぶっ殺して八つ裂きにしてやりたい者もいた。


 が、彼らは、そもそも火消坂がいなければ復讐のチャンスすらもらえなかった、という事実を理解していた。

 その恩人の言うことに逆らう気はなかった。

 というより、空を飛んで巨岩を持ち上げる謎のゴーレム軍団を従え、帝国人達を屈服させ、遠方と会話できる謎の鏡を用意した火消坂に逆らおうとする者などいなかったし、仮にいたとしても周囲にすぐさまボコボコにされていただろう。

「あれは歯向かってはいけないお方だ」と彼らは理解していたのだ。


 それゆえ彼らは精一杯、与えられたチャンスを生かすことにした。

 そして苛酷な中世という時代に生きる者らしく、たくましく笑うのだった。


「ぎょぎいいいいいいい!」

「ぐぎぎゃあああああ!」

「ひいい! ひいいいいいい!」


 帝国人達の絶叫を聞きながら、東方共和国の豚をつぶした。

 誰かが「この豚のほうが役に立っているぶん、帝国人よりマシだぜ」と言った。

 それを聞いて、みんな一斉にどっと笑った。

 そして、帝国人の悲鳴を肴にしながら、飲んで食って、大いに盛り上がるのだった。

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