第28話 帝国はおしおきされました (1)
三人称視点です。
エンディングで今まで出て来た町や村を巡っていくみたいに、今まで出て来た帝国の町や村におしおきしていきます。
自分達の国が空を飛んでいることに大多数の帝国人は気づかなかった。
理由は二つある。
第一に、飛んでいる速度がゆっくりであった。
第二に、大地が飛んでいるかどうかなんて大地の端まで行かないとわからないものだが、帝国の端は険しい山地だったり荒野だったりと、無人の地域が多かったのだ。
それゆえ、帝国の僻地のとある村の住民も、当初は異変に気づかなかった。
彼らはついこのあいだ、皇太子の軍を見送った村の人々だった。
「いやあ、なんともすげえ大軍だなあ」
「なんでも皇太子様の軍らしいわよ。南の王国を征伐しに行かれるって」
「ああ、野蛮人どもを殺しに行かれるのか。そりゃあありがたいことだ」
「そうね。わたしたち帝国人みたいな高貴さもなければ、尊厳もないような薄汚い連中ですもの。早く死んで、その土地をわたしたちに明け渡して欲しいわ」
「なあに。皇太子様ならきっとやってくれるさ」
こんな会話を交わしながら、村人達は皇太子の軍を見送っていたのだ。
そうして、皇太子軍が去って行った後も、この村では皇太子の遠征の件で話が持ちきりだった。
ある村人は、昔従軍した時に、自分が『蛮族』をいかに多く殺したかを自慢した。
ある村人は「あたし達だって魔法草を作ることで、汚らしい蛮族どもを殺す役に立っているのよ」と胸を張った。
ある村人は、遠征が終われば、他民族の奴隷が皇帝陛下の『ご慈悲』で1人か2人、下賜されるのではないかと言い、「その時はたっぷりこき使ってあげるわ。ま、いつもみたいに1年も持たないでしょうけれどね。あはははは」と言って笑った。
奴隷の話は特に盛り上がった。
去年、この村に幼い兄妹の奴隷が下賜されたことがある。
村人達はこの兄妹をよってたかっていじめたのだ。
殴る、蹴る、寒空の下で立たせる、片目を使い物にならなくさせる、ムチで叩くなどである。
食事は毎日臭い残飯、服はぼろきれ、住居は無し、という有様の中、兄妹はどんどん衰弱していき、とうとう村はこの2人を殺すことに決めた。
死んだような目をしていた兄妹だったが、この時ばかりは兄が目を見開いた。
「どうか妹だけは!」
土下座して、そう懇願したのだ。
村長である中年男の答えはこうだった。
「じゃあ、お前が自殺したら、妹は助けてやるよ」
「……ほ、本当にそれで妹を助けて頂けるのですね!」
「ああ、約束するよ」
「……わかりました」
兄はそう言うと、妹を優しい目で見つめ、「幸せになれよ」とつぶやき、覚悟を決めたように大きく息を吸って吐くと、落ちていた尖った石で喉をかき切った。
あふれんばかりの血が流れる。
その血の臭いに、死んだ目をしていた妹は、はっと我に返って、叫んだ。
「い、い、いやああああ! お、お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
血があふれて、もうしゃべることもできない兄は、それでも優しく微笑んだ。そして、最後に妹の頭を撫でてやろうとした。
その瞬間である。
村長はニヤリと笑うと、妹に魔炎を放ったのだ。
すさまじい業火が妹を包み込み、妹を焼き尽くす。
村人達はゲラゲラ笑った。
「ぎゃははははは!」
「なんだよ、『お兄ちゃん』よぉ、そのバカ面はよぉ!」
「あっははははは、バッカじゃないの。小汚い蛮族に生きる価値なんてあるわけないじゃないの」
兄は絶望で顔を染め、燃えさかる妹に手を伸ばそうとして、けれどももうそんな力すら無く、そのまま倒れ、命の灯火を消した。
村人達はその姿を見て、より一層楽しそうに笑うのだった。
今でも、時折思い出してはケラケラと笑う。
面白そうに笑う。
そんな村に異変が起きたのは、帝国が空に飛んだ日の昼頃だった。
身長2メートルほどの顔のない真っ白な人形が50体ばかり、村に降り立ったのだ。
「ああん!?」
村人達は当初意味がわからなかった。
混乱する彼らをよそに、人形達はすばやく行動をはじめる。
長い両腕をムチのようにしならせ、1体で村人達を6人も7人も抱きかかえると、村の郊外の荒れ地へと飛んで行ったのだ。
「な、な、なんだあああ!?」
「ば、化け物だ!」
「わ、わわわ!」
「ちょちょちょ、おい! 何やってるんだ、やめろ!」
村人達は抵抗した。
殴る。蹴る。鍬や鋤、斧で攻撃する。
どれもかすり傷1つおわせられない。
「くそ! これでも食らえ!」
ある村人がそう言って右手を突き出す。
そして蛇のようにうねる炎を発射した。
魔炎である。
魔炎は人形の全身を包み込むと、激しく燃え上がった。
村人達は笑った。
「は、ははは! やったぞ! ざまあみろ!」
「さすがだな、ボルデス。昔、従軍して蛮族をいっぱいぶっ殺したと自慢するだけのことはあるな」
「ふん、みたか化け物め。高貴で優秀な帝国人様に勝てるわけがないんだよ」
村人達はそう言いながら、自分達の勝利を確信した。
さあ、後は残りの人形を焼くだけだ。
そう思った時である。
くるん!
炎に包まれて燃えている人形が、バレリーナみたいに優雅にくるりと1回転した。
すると炎がきれいさっぱり消えてしまったのだ。
現れたのは無傷でピンピンしている人形である。
「……は?」
「……ふあ?」
「……へひゃ?」
村人達はしばし、あぜんとする。
そして、絶叫する。
「ほわあああああ!?」
「へひゃああああああ!?」
「まままままま、魔炎が!? 魔炎がき、き、きき、消えたああああ!?」
必殺の自慢の最強兵器である魔炎が効かないという事実に、村人達はパニックになる。
「うわああ! 死ね死ね死ね!」
「く、食らえ! 食らえ食らえ食らえ!」
混乱の叫び声を上げながら、エネルギーの続く限り魔炎を放つ。
が、何発放とうと、まるで通用している様子はない。
くるん!
くるん!
炎は全て消えてしまう。
やがてエネルギーが尽きた村人達の額を、人形は軽く指でトンと突く。
それだけで村人達は「ぐひゃっ!」「ひぐっ!」と声を上げて意識を失い、倒れてしまった。
後に残ったのは「あ、あわわわ……」と言いながら、あぜんとしてへたりこんでいる者達ばかりである。
人形達は、そんな村人達を抱えると、村はずれの荒野へと飛び去っていった。
後に残されたのは、呆然と見送る15歳未満の子供達だけだった。
◇
村はずれの荒野は、草すら生えない、石が転がっているだけの何もない土地である。
もっとも今は火消坂の庭作りスキルの影響で一面草に覆われているため、実態は荒野というより原っぱであろう。
その原っぱに連れて行かれた村の大人達208人は、わけがわからないでいた。
この化け物みたいな不気味な人形達はいったい何なんだ?
自分達をいったいどうする気なんだ?
周りはぐるりと人形達に囲まれ、逃げられそうにない。
逃げだそうとしたやつもいたが、驚いたことに人形の腕は伸縮自在らしく、伸びた腕であっさりと襟首を捕まれ、元の位置に戻される。
これからいったい何が始まるのか?
固唾をのむ村人達の前で、1体の人形が何かを置いた。
鏡である。
とびっきり大きな、縦3メートル、横10メートルはありそうな巨大な鏡である。
はじめ鏡は村人達自身を映していた。というより鏡だからそれが当たり前だ。
ところがやがて鏡は淡く光ったかと思うと、見知らぬ光景を映し出したのだ。
そこはどこかの村の広場らしき場所である。
大勢の人が映し出されている。
帝国人ではない。
顔も服装も地球で言うところの中世ヨーロッパに近い帝国人とは異なり、ペルシャ風である。
その中の代表と思わしき、穏やかな顔をした30代ほどの年齢の男が、こう言った。
「やあ、あわれな帝国人諸君。いやあ、驚いたね。まさか本当に帝国の姿が見えるようになるとは……。
我々は今、君達の姿が見えているし、声も聞こえている。君達のほうも我々の姿が見えて、声も聞こえているということでいいのかな?」
帝国の村人達はしばし、鏡を使って遠方の人間と会話をしているという現実が理解できず、目をパチクリさせていた。
が、それより何より、目の前にいるのが『たかだが下賤な蛮族である』ということに気がついたのだろう。
思いっきり見下した口調で侮蔑の言葉を浴びせた。
「おいおい、蛮族君。俺達は帝国人だよ? 蛮族ごときが、我ら尊貴なる帝国人に何を偉そうな口をきいていいと思っているのか?」
「これだから田舎者は困るわね。あなたたちはね、下等生物なのよ? あたしたち崇高なる帝国人と話すときは頭を下げるのが基本なの。おわかり?」
「まったく、我ら帝国人のお情けで生かしてもらっているだけの野蛮人が、何を調子に乗っているのだ。今回は許してやる。今すぐ頭を垂れろ」
帝国の村人達の罵声に、鏡の向こうにいるペルシャ風の者達はその顔に殺意をのぞかせる。
代表の男は穏やかな顔で――少なくとも表向きは穏やかな顔でそれを抑え、こう言った。
「帝国人諸君は相変わらずだね。いや、こちらも自己紹介が遅れた。
君達帝国が滅ぼした東方共和国を覚えているかな?
我々はその生き残りの一派だ。
ここにいる者達はみな、君達帝国人に家族や友人を焼かれ、殺されたんだよ」
帝国人はきょとんとした。
東方共和国と言われても、帝国人達はピンとこなかったのだ。
帝国がここ20年の間に滅ぼした国の数は、小さな国も合わせると31カ国にものぼる。
一応、国が滅ぶごとに、帝国中に「どこそこの国を滅ぼした」とお触れが周り、村人達はそのつど『汚らわしい蛮族が消えて世の中がきれいになった』と言って盛大に祝ってきたのだが、それでも31回もやればいちいち覚えていない。
そして帝国人達は、覚えていないことにまるで罪悪感を覚えていなかった。
それどころか、バカにしたように笑った。
「バーカ、下等な蛮族風情のことなど、いちいち覚えているわけないだろ」
「家族を焼かれた? ふーん、あっそ。それで?」
「どうせ薄汚い野蛮人でしょ? それがどうかしたの?」
東方共和国の代表は、表面上はにこやかな顔で、侮蔑の言葉を聞き流した。
そしてこう言った。
「まどろっこしいのはよそう。本題に入るよ。
実は我々は、君達帝国人208人へのおしおきを委託されているんだ。
おしおきの内容は自由。期間は、我々全員が許すまでだ。
これから毎日、色々なおしおきを君達に味合わってもらおうと思う。
これまで君達が他民族を殺してきた分、ちゃんと報復を受けてもらうから楽しみにしててくれ。
それじゃあ、まずは私からだ。
全員、犬の着ぐるみを着ろ。そして、尻尾で謝罪の言葉を100回書くんだ」




