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第26話 帝国を地上から消そう (2)

 主人公の一人称視点です。

 土地の譲渡は無事3日で終わった。

 緊張感を保つよう、帝国人が作業をしている役所のすぐ前の道に、何度も大岩を落として轟音を響かせてあげたのがよかったのかもしれない。


「ひ、ひいーーー!」

「う、うわあああ!」


 こんな元気な悲鳴が、岩を落とすたびに役所の中から聞こえてきた。

 いいことをした後は気分がいい。


 皇帝は寝ずに頑張ったのか、随分とやつれている。

 やつれた顔で土下座してこう言う。


「ひっ、ひ、火消坂様……これで、て、帝国の土地は……すべて、あなた様の、も、もので、ございます……」

「うん、ご苦労」


 僕が飛行船のカメラ越しに鷹揚(おうよう)にうなずくと、皇帝はますます()いつくばった。

 これでアメリカ合衆国くらいの広さの土地が僕のものになったわけで、日本で大して広くもない部屋に住んでいる身としては、なんだか妙な気分になってくる。


 さて、土地も手に入ったし、帝国を地上から消す計画を実行しよう。

 わくわくする。


 まず僕は飛行船の高度を上昇させた。

 実はこの飛行船、相当な高さまで昇ることができる。

 具体的には衛星軌道まで昇れる。カメラを使えば、天気予報で見るような衛星写真が撮れそうだ。

 一応この飛行船は人類の星を管理・観察するためという名目で生み出したものであり、管理・観察にはこれくらいの高度が必要ということなのだろう。

 さすがに月には行けないが、この高さがあれば帝国全土を視界に収めることができる。


 さあ、ここからが本番だ。

 前も言ったけど、失敗したら、この先50年、地球には帰れない。

 50年間ずっと「あの時ああしたら地球に帰れたのに……」と後悔しながら生きていかなきゃいけないなんて、冗談じゃない。

 慎重にやるぞ。


 念には念を入れ、自分のロジックが間違っていないことを確認しておこう。

 僕は砂漠のオアシス国家でやった実験を思い出した。

 どんなものか覚えているだろうか?


 僕はこんな実験をした。


『ゴーレム少女に暴れる帝国兵を広場の一角まで引きずってこさせると、火消坂は何やら念じた。

 帝国兵は「ひひゃあああああああ!」と叫び声をあげながら、地面ごと空に飛んで行ってしまった』


 あの時、僕はこう念じたのだ。


(この土地で、この帝国兵1人にハードモード庭作りをやらせたい。脱出も出来ず、無機質な人形に監視されて、無意味に穴を掘って埋めてまずい飯を食わされるだけのハードモード庭作りだ。ただし、上空1000メートルで!)


 実験は成功した。

 土地はえぐれて、1000メートルの高さまで飛んで行き、そこで帝国兵は「ひいっ! ひいっ!」と言いながら、僕が念じた通りの悲惨な庭作り労働に従事していたのだ。


(へえ!)


 僕は感嘆した。

 興味深いことが3つわかったからだ。


 1つ目は、僕自身は庭作りメンバーに含まれていなくてもいい、ということだ。

 僕が念じたのは(この帝国兵1人にハードモード庭作りをやらせたい)というものだった。

 結果、見事に、帝国兵1人だけがハードモード庭作りをやらされたのだ。


 2つ目は、かなり細かい設定で庭作りをやらせることが可能ということだ。

(脱出も出来ず、無機質な人形に監視されて、無意味に穴を掘って埋めてまずい飯を食わされるだけ)などと相当に細かい条件をつけて念じたのに、本当に全部その通りになってしまったのだ。

 ここまで上手く行くとは思わなかったので、正直驚いた。


 そして、1つ目と2つ目を合わせれば、僕の思い通りの悲惨な庭作りを帝国人だけにやらせることができる。オアシス国家の帝国軍へのおしおきは、この2つを組み合わせてやったのだ。


 3つ目は、庭作りする土地は移動できるということだ。

 それこそ上空1000メートルにだって飛ばすことができる。


 つまり、もし僕が、

(帝国全土で庭作りをしたい! ただし上空1000メートルで!)

 と念じれば、帝国の国土は浮遊大陸となって、空に飛んで行ってしまうわけだ。

 庭作りスキルを発動するには、対象の土地を目で見ないと使えないけど、衛星軌道上にいる今の僕なら、帝国の土地は丸ごと視界に収めることができるから、何の問題もない。


 僕は飛行船の窓から帝国の大地を見下ろした。

 これが空を飛ぶのだ。

 まさにロマンである。


 無論、帝国を飛ばすのはロマンのためではない。

 帝国人どもを閉じ込めるためである。

 上空1000メートルに飛ばしてしまえば、飛行機などないこの時代だ。

 彼らは地上に降りることはもうできない。

 この世界にはドラゴンもワイバーンも巨大な鳥もいないから、空飛ぶ竜の背中に乗って地上に降り立つなんてこともできない。

 降りられないということは他国に侵略することもできない。

 もう二度と虐殺なんてできないのだ。


 もっとも、何百年後かには飛行機が発明されて、地上と自由に行き来できるようになっているかもしれないけれども、その頃には大砲も機関銃も発明されている。

 兵器としての魔炎の価値はだいぶ薄れているだろう。


 そして、帝国を浮遊させれば、たぶん隠しスキルは取得できる。


-----


 [隠しスキル]

  異世界転移


 [効果]

  この世界と地球とを自由に行き来できる。


 [取得方法]

  今後50年かけて、帝国によって人類の半数が虐殺される。

  この未来を阻止できれば取得できる。

  具体的には、今の人類の住む星の人口が、50年後に今よりも多くなるようにする。


-----


 隠しスキルの取得方法に注目して欲しい。

『人口が、50年後に今よりも多くなるようにする』と書いてある。

『多くする』ではない。

『多くなるようにする』と書いてあるのだ。

 これは言い換えれば『このままいけば50年後には人口は今より増えているだろう』という『見込み』が立てばいい、ということになる。

 50年かける必要はないのだ。


 他民族を虐殺する帝国も、その力の源である魔法草も、まとめて空に飛ばしてしまえば、人口を減らす要因がなくなるのだから、『見込み』は立つだろう、というわけだ。


 じゃあ、後はこのまま帝国を空に飛ばしさえすればハッピーエンドだろうか?

 帝国は無力化され、僕は地球とこの世界を行き来できるようになり、めでたしめでたし?


 まさか!

 答えはノーだ。

 それだと僕の気が済まない。


 今までさんざん他民族を虐殺してきたような連中を、空に飛ばすだけで済ませてたまるものか!

 あいつらには、自分のしでかしてきたことをたっぷり後悔させてやる!

 でなければ、僕の気分がおさまらない。


「だろ、メーレム?」


 僕がそう言うと、メーレムは困ったように首をかしげた。

 うん、ごめん、興奮してわけのわからないことを言ってしまった。


 僕は飛行船のシートに体重を預け、この先のことを考える。 


 問題はどうやって帝国人達を後悔させるかだ。


 どうやって?

 答えは決まっている。

 ハードモード庭作りだ。

 帝国人全員にハードモード庭作りをやらせるのだ。


 つまりおしおきだ。

 オアシス国家の帝国兵にやらせたのとは、ひとあじ違ったおしおきを僕は考えている。

 これをやらせる。

 ただし、子供は除く。子供達に罪はないからね。


 とはいえ、ここで疑問が生じる。

 僕は自問自答する。


「確か、庭作りスキルって、直接目で見た人間にしか庭作りをやらせることはできないんだろ?

 つまり、帝国人全員にハードモード庭作りをやらせたいと思ったら、彼ら全員を一カ所に集めないといけない、ってわけだ。

 そんなのできるの?」


 うん、無理だ。

 中世というこの時代、人口の9割は農村に住んでいる。たぶん帝国全土で何十万という数の村が存在するだろう。

 その何十万という数の村々に散らばっている人間を一カ所に集める?

 考えただけで、げんなりだ。


 ならどうするか?

 ここで、僕がオアシス国家でやったもう1個の実験を思い出して欲しい。


 僕はこんな実験をした。


『ゴーレム少女は、帝国兵2人を、食用サボテンが生えている広場の一角に引きずって行った。

 続いて彼らの体に大きな布がかぶせ、その姿を見えないようにした。

 それから火消坂は念じた。

 帝国兵達はまた「ひぎゃあああああ!」と叫びながら地面ごと上空に飛んで行ってしまった』


 あの時、実験に使った帝国兵2人のうち、1人はヒゲづらで、1人はヒゲなしのさっぱり顔だった。

 それをふまえた上で、僕はこう念じたのだ。


(この土地で庭作りをやらせたい。白い人形に監視され、無意味に穴を掘って埋めるハードモード庭作りをやらせたい。やるのは、この土地にいる人間だ。ただし、ヒゲを生やしている男に限定する。そして、庭作りの場所は上空1000メートルだ)


 その結果、何が起きたか?

 土地は空に飛んでいった。

 そして、ヒゲづらの男だけが「ひぎい!」と言いながら、白い人形にハードモード庭作りを強制された。

 さっぱりした男のほうは「あわわわ……」と呆然自失とへたり込んでいるだけで、白い人形は彼に対して何もしなかったのだ。


「ほうほう!」


 僕は興味深げな声を上げた。

 3つの面白い事実が浮かび上がったからだ。


 1つ目は、『庭作りをやりたい土地に元々いる人間』は直接目で見なくても庭作りを強制できる、ということ。


(え、それでいいの?)


 最初そう思い、びっくりした。

 けど、考えてみれば別におかしなことではない。

 そもそも、『直接目で見た人間にしか庭作りをやらせることはできない』という制約は何のためにあるか?

 誰でも庭作りのメンバーにされたら困るから存在するのだ。

 もし、この制約がなかったら、例えば『地球人75億人と庭作りがしたい!』と念じれば、地球人75億人をこの世界に連れてくることもできてしまうのだ。『この宇宙にいる知的生命体全員と庭作りをしたい!』と念じても、その通りになってしまうだろう。そこまで無制限に便利なスキルではない、ということだ。

 だが、庭作りをやる土地に初めからいる人間だったら、いわば現地人だ。現地人だったら、まあアリなのだろう。


 これで、(帝国全土で庭作りがやらせたい。やらせるのは帝国に今いる人間全員)と念じるだけで、帝国人全員を目で見なくても、彼ら全員に庭作りという名のおしおきをやらせることが可能になった。

 

 帝国人全員におしおき。

 いい響きだ。

 思わずにんまりしてしまう。

 

 ニヤニヤ笑っていると、メーレムにきょとんと首をかしげられた。ちょっと恥ずかしい。


 2つ目は、庭作りをやらせる相手は選べるということだ。


(ただし、ヒゲを生やしている男に限定する)


 僕はそう念じて、帝国兵2人のうち、1人だけに庭作りをやらせるように指名した。

 結果、その通りになった。

 ハードモード庭作りをやらされて「ひぎい!」と言っていたのは、ヒゲづらのほうの帝国兵1人だけだった。


 これで、帝国の『大人達』だけを庭作りメンバーに指名することが可能となった。


 子供達の罪がゼロというわけでもないだろうが、それでもこの世界の成人である15歳に満たない子供達にハードモード庭作りをやらせるのは心理的な抵抗がある。

 例えば3歳児がハードモード庭作りをやらされるようなことになったら、どう考えても悪いのは僕だ。

 それをやらせないで済むのだ。

 ひと安心である。


 3つ目は、元々生えている植物に影響はないということ。

 僕の庭作りスキルは、衣食住に役立つ植物を生やすことはできない。


 そこで気になったのが、庭作りスキルを使った土地に元から生えている『衣食住に役立つ植物』はどうなるかということだ。

 実験では食用サボテンの生えている土地にスキルを使った。

 さて、サボテンはどうなったか?

 枯れた?

 ちがった。なんともなかったのだ。食用サボテンは枯れることなく、元気に生えていた。


 僕が心配していたのは、帝国全土にスキルを使うことで、帝国の農地が枯れてしまい、大人たちがおしおきされている間、子供たちが餓死してしまうんじゃないか、ということだった。

 でも、農地が枯れないなら何とかなるだろう。

 まあ、子供たちだけで農業ができるかはわからないから、手は打つつもりではある。帝国の子供たちが大量死してしまったら、50年後の人口にも響くしね。

 

 よし、こんなところか。

 オーケー! 確認終わり!


 じゃあ、いよいよ帝国を飛ばすぞ。

 これがきっと最後の庭作りスキルだ。

 ドキドキしてきた。

 今から、僕の人生この先50年が決まるのだ。


 僕はメーレムを見て、うなずいた。

 メーレムは僕の意図はわかっていなかったかもしれない。けれども、僕が何かを覚悟しているということは伝わったのだろう。

 ピッコンと力強くうなずいてくれ、それが嬉しかった。


 よし、じゃあいくぞ。

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