第25話 帝国を地上から消そう (1)
主人公の一人称視点です。
やったやった!
皇帝が土下座する様子を上空の飛行船から見ながら、僕は喜んだ。
両手を上げて、小躍りする。一緒に乗っているメーレムも、無表情のまま同じポーズでピコピコ小躍りする。
これで少しはすっきりした。
何しろ、帝都の連中ときたら、僕にさんざんなことをしてくれたんだ。
それが今や、皇帝をはじめとして全員が、プライドを粉々にされて打ちのめされた顔で土下座している。
しかも、自分の意思でだ。
とても素敵な光景じゃないか。
無論、帝都の連中の心をへし折ってやった目的は、僕がすっきりするため、というだけではない。
帝国の土地を確実に手に入れるためだ。
僕はカメラに向かう。
この飛行船は空と同じ色に同化することもできるし、こうやって映像を空に映し出すことも出来る。
僕がカメラに向かってしゃべると、ニュース番組でアナウンサーがしゃべっているみたいに、上空に映像として映し出されるのだ。
そのカメラに向けて、僕はこう言った。
「さて、帝都民諸君。土下座ご苦労。
だが、まだやるべきことは残っている。覚えているかな? 土地だよ、土地。帝国の土地全部を僕のものにしろ。
前も言ったけど、皇帝1人の所有物である帝国の土地を、僕1人のものに名義を差し替えるだけだ。簡単だろう? それに名義を変えるのはほんの1日の間だけだ。終わったら戻してやる。約束する。
人手が必要なら、役人連中も岩から解放してやるから、指名してくれ。じゃ」
僕の言葉に帝都が騒然とする。
土下座で頭がいっぱいで(『土下座で頭がいっぱい』なんて表現、はじめて使った)、土地の譲渡のことを忘れていたのかもしれない。
「そ、そ、そうだ、と、土地だ……火消坂様に土地をお渡ししないと……」
「おい! 皇帝、さっさと起きろ!」
「そうだそうだ! てめえがひとりじめしてる土地を渡さないと、俺達が無罪放免にならないだろ!」
民衆は「ひ、ひいっ!」と叫ぶ皇帝を無理矢理立ち上がらせると、どこかに連れて行く。土地を管理する役所にでも連れて行かれたのだろう。皇帝の署名だの押印だのが必要なのかもしれない。
大岩に張り付けられていた役人も何十人か指名されたので解放してやると、彼らは情けない顔をして逃げるようにして、一斉に役所に向かって行った。
まあ、がんばってくれ。
それにしても無罪放免ね。
僕一言もそんなこと言っていないんだけれどな。
僕が言ったのは「僕個人の要求は、土下座と土地譲渡だけ」である。あくまで『僕個人』の要求はそれだけだと言っただけだ。
ちょっとあきれる。
まあ、勝手に勘違いするのは向こうの都合だ。
そんなことよりも土地の引き渡しを迅速に進めてもらわないと。
「何日かかるかわからないけど、早く土地譲渡を終わらせろよ。3日以上かかるようなら岩落としを再開するよ?」
僕はにっこり笑って言った。
急がなくていいからゆっくりやってね、なんて言ったら緊張感が削がれる。
緊張感が緩んだら、ナメられる。
ナメられたら、何のために心を折ったんだかわからなくなってしまうじゃないか。
緊張感を保つため、僕はゴーレム少女達を今まで以上に多数、大岩を持たせた上で帝都中を飛ばしてやった。もうなんか空が半分黒い。
帝都民達は、その様子を見て、
「ひ、ひいっ!」
「あ、あわわわわ」
とおびえている。
中には「お、お許しを! お許しをぉぉ!」と言って土下座する者もいる。
うん、いい緊張感だ。
でも、油断してはいけない。
今の帝都民は『いじめっ子をさんざん追い詰めてやったら、とりあえず僕に対しては従順になった』というだけのものであり、優しい顔を見せようものなら、たちまちのうちにナメられる。
なにしろ、こいつらは自分達以外の民族を皆殺しにしようとしていた連中なのだから。
さて、土地の名義が変更されるのを待っている間、今後の予定について確認しておこう。
何しろ失敗したら、今後50年間、地球に帰れないのだ。
慎重に確認するぞ。
まず僕は帝国の土地がまるごと欲しい。
そもそも僕が帝都民達の心をへし折ったのも、この土地の譲渡をすんなり進めるためである。
心が折れれば、土地でも何でも渡すだろう、というわけだ。
無論、力づくで土地を奪うこともできる。
ゴーレムに、帝都民を片っ端から殺させた上で、皇帝に対して「殺されたくなかったら土地を寄越せ」と脅すことだって僕にはできる。
でも、そのやり方だと、本当に土地が譲渡されたかどうかわからない。
なにしろ僕には、役所の文書が正しいかどうかなんてわからないのだ。
皇帝や役人が最後の抵抗で「土地の名義を変更したふりをして、実はしていない」などいうあじな真似をしてくれる可能性だってある。
いや、そもそも、それ以前に自殺という形で抵抗を示す可能性すらある。
そんなわけで、僕は帝国人が余計な抵抗する気をなくすくらい、プライドも何もかもへし折ってやったのだ。
ものごとに絶対だの100%だのというのはないけれど、これで帝国の土地が僕のものになる確率がぐっと高くなったはずだ。
これでだいぶ安心だ。
で、土地を手に入れて何をするつもりかって?
答えは、帝国中をお花畑にすることです。
僕の庭作りスキルで帝国全体が綺麗なお花でいっぱいになれば、帝国人達も心が洗われ、涙を流して改心し、世界は平和になるという完璧な作戦です。
うそうそ。
本当は帝国を地上から消すのが目的です。
どういうことかって?
順を追って確認しよう。
まず僕は隠しスキルが欲しい。
-----
[隠しスキル]
異世界転移
[効果]
この世界と地球とを自由に行き来できる。
[取得方法]
今後50年かけて、帝国によって人類の半数が虐殺される。
この未来を阻止できれば取得できる。
具体的には、今の人類の住む星の人口が、50年後に今よりも多くなるようにする。
-----
まあ、このまま地球に帰らなくても、ゴーレム達のおかげで僕は十分この世界で豊かに暮らせるけど、それでも地球の文明・文化にいつでも触れられるようになるというのは嬉しいことだ。
で、その隠しスキルを手に入れるには、この星の人口を増やさないといけないのだけれど、そのために邪魔なのは、言うまでもなく帝国だ。
放っておけば、このクソ迷惑なやつらによって人類の半数が虐殺される。
じゃあ、どうすればいいか?
案1.
帝国人を皆殺しにする。
帝国人を皆殺しにすれば、虐殺する人達もいなくなり、問題は解決するよね、という案だ。
この案1は論外だ。
帝国は人口が多い。たぶん世界の人口の2割前後が帝国人だろう。
人口を増やしたいのに、僕が2割も殺してどうする。
中世というこの時代、一度減った人口はなかなか増えないというのに。
アホか!
ダメ。
案2.
帝国人を追放する。
帝国の強さの秘密は、帝国でしか育たない魔法草だ。魔法草がなければ自慢の魔炎も使えない。
だから、帝国人を今の土地から追い出せば、強さも失われ、虐殺もできなくなる、という案だ。
この案2も問題外だ。
そんなことをしたら世界中が大量の難民であふれかえって大混乱に陥ってしまう。
人もいっぱい死ぬだろう。
アホすぎる!
ダメ。
案3.
帝国人全員を火星に送る。
この世界に火星があるかは知らないが、似たような惑星ならあるだろう。
「火星(仮)で帝国人全員に庭作りをやらせたい!」と念じることで、火星(仮)に帝国人どもを全員送りつけてやるのだ。
帝国人がこの星からいなくなれば問題は解決する、という案だ。
この案3はいろんな意味でダメだ。
まずとても大変だ。これをやるには帝国人を全員この目で見る必要がある。見ないと庭作りメンバーに指定できないからだ。全員見るには、帝国人全員を一カ所に集める必要がある。それだけで何年かかるかわからない。げんなりだよ。
それに隠しスキルをゲットするには『人類の住む星の人口』を増やさないといけない。火星に飛ばしたら、人類の住む星の人口はその分減ってしまう。
うん、ダメですね。
というか、案1~3は全て、無人になった帝国本土が、その後永遠に無人のままということを前提としているが、そんなことありえない。
他民族がきっと住み着く。住み着けば魔法草も使うだろう。そうすれば、その他民族が第2の帝国となって、新たに人類を虐殺して回るかもしれないのだ。
そういう意味でも全部ダメだ。
案4.
魔法草を絶滅させる。
帝国の強さの源である魔法草を全て焼き尽くすことで、強さを奪い、虐殺もできなくさせるという案だ。
この案4は実現不可能だ。
魔法草を絶滅させる? どうやって? 一本一本引き抜けと?
広大な帝国中に生えている魔法草など、ゴーレム達全員に命じたところで、引き抜くのは不可能だ。
だいいち種が一粒でも隠されていたら、アウトなのだ。
魔法草というのは、品種改良を急速にできることからもわかる通り、育つのが早いし、繁殖力もある。種が一粒でも残っていたら、あっという間に帝国はまた魔法草だらけに戻ってしまうだろう。
真面目にやろうとしたら何年かかるか……いや、何年かかっても終わらないかもしれない。
終わるかわからない仕事に何年も費やすなんてうんざりだ。
僕は気が短いんだ。
ダメ。
ちなみに「魔法草だけを枯らす除草剤が欲しい」とあれこれ念じたけれど、何も出て来ませんでした。念のため。
案5.
帝国を僕が支配する。
悪い帝国が暴れ回るのが悪いのだから、僕が帝国の新皇帝になって、二度と暴れないようにする、という案だ。
この案5は実現可能だ。
ただし50年かかる。
帝国が暴れないようにするには、帝国を僕がしっかり見張っていないといけない。
いつまで見張るかと言えば、50年後、この星の人口が今よりも多くなるまでだ。
49年間見張ったところで、最後の1年で帝国が暴れて人類を虐殺しまくったら意味がないから、これは当然と言えば当然だ。
でも、僕は嫌だ。50年も見張るとか冗談じゃない。やってられるか!
繰り返すが、僕は気が短いんだ。
ダメ。
案6.
帝国を壁で囲む。
オアシス国家で帝国兵達を透明な壁で囲んで閉じ込めたけど、あんな感じで今度は帝国全土を壁で囲って閉じ込める。
そうすれば、帝国人は国の外に出られず、したがって虐殺ももうできず、世界は平和になる、という案だ。
この案6は実のところ悪くない。
おっ、いけるんじゃない? と最初自分のナイスアイデアに喜んだくらいだ。
けど、穴がある。
思い出して欲しい。オアシス国家で帝国人達が閉じ込められていた時、壁の外から腐った果物を投げ入れるやつがいた、ということを。
果物を投げ入れられるということは、壁の高さはそこまで高くできないということだ。
どれくらいかと言えば、高さは6メートルである。
刑務所の塀と同じくらいだ。
それでもオアシス国家の牢獄は狭いから、白いのっぺらぼうの人形達によって見張ることができる。
でも、帝国は広い。
広いということは国境線も長い。
それだけ長ければ、あの白い人形達では全部見張り切ることができないかもしれない。
その隙をついて帝国人達が脱出するかもしれないのだ。
6メートルだったら、土を積み上げるなり、岩を積み上げるなり、ロープを使うなり、木を使うなり、越えるための方法はいくらでもある。
脱出されてしまったら、その後はどうなるかまるでわからない。
もしかしたら、魔法草を大量に持った帝国人が大量に脱出して、他民族を大量に虐殺してまわるかもしれないのだ。
僕は泣く泣くこのアイデアをボツにした。
そういったわけで案1~6は全部ボツだ。
じゃあ、どうすればいいか?
そこで本命の案の出番である。
案7.
帝国を空に飛ばす。
つまり帝国の国土を丸ごと空飛ぶ大陸として上空に飛ばす。
僕はこの案7を実行するつもりでいる。
帝国を浮遊大陸にして、お空に飛ばしてやるのだ。
実にわくわくする案ではないか。
そんなことできるのかって?
大丈夫。オアシス国家でやった実験とその結果から、僕はこの案が実現可能だと確信している。
具体的に何をどうやるかというと……まあ、この確認は後でいいか。
実のところ、ひと安心したせいか、ちょっと眠くなっているのだ。
今ごろ帝国人達は、寝る間もなく、必死に土地の名義を書き換えていることだろう。
特に皇帝などは、文字通りムチで打たれながら、ひいひい言って署名だの捺印だのをしているに違いない。
そして、帝国人どもが頑張って仕事をしている中、僕はぐうぐうと寝るわけだ。
最高の睡眠ではないか。
「じゃあ、メーレム。僕は寝ます。何かあったら起こしてね。ああ、監視は他の庭師ゴーレムと交代でやって、メーレムも適当に休んでいいからね」
メーレムがピッコンとうなずくのを聞きながら、僕は飛行船の簡易ベッドに潜り込んだ。
おやすみ。




