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第24話 帝国の皇帝が土下座する話 (9)

 三人称視点です。

 皇帝は寝室にこもって酒を飲んでいた。

 彼はひとりぼっちだった。


 一昨日、城が無人になったあの日、非番の親衛隊の者や、役人連中を城に集めて、ともかくも城としての体裁を整えた。

 が、翌朝になると、また全員姿を消していた。


「バ、バカなっ! わしはちゃんと、夜は注意するように申しつけておいたはずじゃ! 寝ずの番も置いておいた。かがり火を焚いて、四方八方に気を配るようにしておいた。なのに……! なのにっ!!」


 無人なのは城だけではない。

 取り巻きの貴族達の住まう屋敷も、親衛隊の本部も、各役所も、その全てが無人であった。


 つまるところ、皇帝の権力を支えてくれている人達が、ことごとく姿を消してしまったのだ。

 彼らは皆、大岩に張り付けられていた。

 フリフリのミニスカートという屈辱的な姿で、泣きわめいていた。


「そんな……そんなっ!」


 今や、皇帝は1人ぼっちであった。

 誰も命令を聞いてくれない。

 誰も助けてくれない。

 誰も支えてくれない。


「あっ……あ……あ……」


 もはや皇帝は怖くて仕方なかった。

 いったい何が起きているのかわからなかった。

 ただ、自分がとんでもないものを召喚してしまったということだけは理解していた。


 あの男……火消坂と名乗るあの男は、一体何なんだ?

 やつのスキルは役立たずのゴミではなかったのか?

 ゴミ過ぎてあまり記憶にはないが、たしか雑草を生やして終わりだったように覚えている。

 そんなクズスキルしかない男が、世界最強の炎軍を壊滅させ、いまや帝都全体を恐怖に落とし入れている。

 いったいどういうことなのか、もはやわけがわからなかった。


「なんなのじゃ……あやつはいったい何なのじゃ……」


 得体の知れない火消坂という男の存在に震える。

 不気味で怖くて震える。


 皇帝は寝室にこもった。

 ガタガタ震えながら、酒を飲んだ。

 1人ぼっちで酒を飲みながら、ただただ朝から晩まで「わしは偉大な皇帝なのじゃ……初帝の生まれ変わりなのじゃ……」とつぶやくのだった。


 酒を飲み、寝て、起きて、また酒を飲む。

 とうとう部屋中の酒筒が空になる。


「ちっ……」


 皇帝は舌打ちをした。


「おい、追加の酒を持ってくるのじゃ!」


 そう命じるが答える者は誰もいない。

 

「くっ……」


 皇帝はうめき声を上げ、いまいましそうにベッドから立ち上げると、酒を取りに行こうとする。


 その瞬間、ドアが開いた。


「な、なんじゃ!」


 皇帝が驚いてドアのほうを見ると、そこには7人の帝都民が立っていた。

 いずれも身なりからして平民である。

 登城できるような身分ではない。


「なんじゃ、貴様ら! ここは皇帝の寝室だぞ! 無礼者め。さっさと出てけ!」


 皇帝は怒りをこめて叫ぶ。

 が、7人の男たちは、誰1人として出て行こうとしない。


 皇帝は怖くなってきた。

 いつもなら皇帝がこのように怒気を発すれば、「ひ、ひいっ! 申し訳ございません!」と誰もが頭を下げるはずである。

 しかし、彼らは誰もそうしない。


 7人の男たちは、みな、心が折られたかのように、表情に覇気が無い。

 覇気の無い顔で、目だけはじっと、皇帝に対して向けてくる。

 まるで出来の悪い子供を見るかのように、じっと見てくる。


「き、聞こえぬのか! わしは皇帝陛下じゃぞ! わしの命令に逆らう者は死刑じゃぞ!」

「なあ、あんた」


 男の一人がやっと口をきいた。


「な、なんじゃ!」

「なんで、土下座しないんだ?」

「へ?」

「俺達、全員土下座してるんだよ。なんであんただけ土下座しないんだ? 後はあんただけなんだよ。あんたさえ土下座すればみんな助かるんだよ。なのになんで土下座しないんだ? なんで火消坂様に土下座しないんだ?」

「な、な、な、何を言うておるのじゃ! わ、わしに土下座!? いったい何を言って……」

「いいから来いよ」


 男たちが皇帝の両腕をつかむ。貧相な腕がギリリと音を立てる。


「い、痛い! や、やめろ! 何をする! 貴様ら、何をしているのかわかっているのか? わしは皇帝じゃぞ。初帝の生まれ変わりにして、世界の支配者になる男なのじゃぞ! その腕を平民ごときがつかむなど、何を考えて……ぎいいいいい! 痛い痛い! やめろ! 強くひねるな!」

「うるせえな。さっさと来いよ」

「や、やめろ! やめろおお! 誰か! 誰かいないのか!」


 応える者は誰もいない。

 皇帝は叫び声を上げながら、連行されていった。


 ◇


 皇帝が連れて行かれたのは大広場だった。

 そこにあるのは大岩、その周りを少し離れて囲む少女達、そしてその周囲で土下座する帝都民達だった。

 上空では、映し出された映像の中で火消坂がニコニコしている。


「な、な、なんじゃ、これは! き、貴様ら、なぜ土下座する!? 帝国民の誇りはどうした!? やめろ! 今すぐ顔を上げろ! 我らは高貴なる帝国民なのだぞ! やめろお!」


 皇帝は叫ぶ。

 誰も答えない。


 代わりに皇帝は、後ろから蹴り飛ばされた。


「ぎゃっ!」


 地面に倒れ、四つん這いになる。


「ほら、皇帝陛下。土下座するんだよ、ど・げ・ざ」


 皇帝をここまで連行してきた7人の男たちが、見下ろしながら言う。


「だ、誰がそんなことを!」


 皇帝はそう叫んで、立ち上がろうとして、そこで気づいた。

 大広場中にいる帝都民たちが、そろって彼を見ていたのだ。

 その顔は、男たちと同様、心を折られたかのように覇気が無い。

 覇気の無い表情で、けれども目だけは冷たく、蔑むようであった。


 ひそひそとささやき声が聞こえる。


「あれが皇帝か……」

「俺達が一番苦しんでいた時に、助けてもくれなかったやつ……」

「部下すら守れなかったやつ……」

「みんなが一番大変な時に、酒を飲んで引きこもっていたやつ……」


 そうして、失望と軽蔑に満ちた目を向けてくる。

「早くお前も土下座しろよ」と言いたげな目を向けてくる。


 ズゥゥゥン!

 ズズゥゥゥン!

 ズガガガァァァン!


 家をつぶされる地響きのような音が、帝都中に響き渡る。

 そのたびに、帝都民達の目つきが鋭くなる。

 まるで「お前が土下座しないと、あの音がやまないだろ。早くしろよ」と言っているかのようだった。

「お前が土下座すれば、みんな無罪放免になるんだよ。さっさと土下座しろよ」と言っているかのようだった。


「くっ……ぐっ……」


 だが、皇帝は動かない。

 自分は初帝の生まれ変わりであり、世界の支配者になる男だというプライドがある。


 それでも、民からこうも露骨に冷たい視線を向けられ、心が折れそうになる。

 親衛隊も側近達も誰一人としておらず、ひとりぼっちであることで、なおのこと心が折れそうになる。


 誰か……誰かおらぬのか?

 誰か……わしを助けてくれる誰か……。


 皇帝は当たりを見渡す。

 誰もいない。

 いつのはただただ蔑むような、責めるような目で見てくる群衆達である。


 その時、皇帝ははっとした。


(そ、そうじゃ! エンデスらがおる!)


 皇帝が思い出したのは、自分が息子のようにかわいがっている炎軍の幹部達であった。

 ここは大広場で、彼らは大岩に張り付けられている。

 見上げれば彼らの顔が見える。


 無論、見えたところで、何があるというわけではない。

 彼らは拘束されていて何もできない。

 だが、ひとりぼっちで、孤立無援なこの気持ちを何とかしてくれるのではないかと思った。


 皇帝は期待をこめて見上げる。

 そして、凍りついた。


 エンデスは皇帝に蔑むような目を向けていた。

 バルガもリーリルもヤンガも、炎軍の幹部達は皆、冷たい怒りに満ちた目でにらみつけてきたのだ。


 にらむだけではない。

 罵声を浴びせてきた。


「何、今ごろノコノコ姿を現してるんだよ! 一人で逃げやがったくせに!」

「あんたにはガッカリだ! 俺達がここで苦しんでいた時、あんたは何をしてた! 言ってみろ!」

「ちくしょう! この裏切り者! 俺達のことを息子みたいだって言ってたくせに、一番肝心なときにどっか行きやがって! よくも……よくも逃げやがったなあ!」


 皇帝が実の息子のようにかわいがり、手塩を駆けて育ててきた炎軍幹部達。

 そんな彼らから浴びせられた痛烈な罵声に、皇帝はよろめいた。


「ち、違うのじゃ……」


 皇帝はよろめきながらも、口にする。


「わしには、わしにはどうしようもなかったのじゃ……わしはお前達を助けようとした……じゃが、みんないなくなってしまって、どうすることもできなくて、だから……だから……」


 だが、返ってくるのは冷たい視線である。

 侮蔑と失望に満ちた視線である。


「お……お……おおおおお!!!」


 かわいがってきたエンデス達!

 少年時代から大事に育て上げてきた皇帝の誇りのエンデス達!


 そのエンデス達は今や、皇帝をにらみ、怒りの形相で罵声をぶつけてくる。


 周りを見渡すと、そこにあるのは群衆達の冷たい蔑むような目である。

 そして、皇帝の周りには、誰もいない。

 もはや誰もいないのだ。


 皇帝を支えていた何かがポキリと折れた。


「うっ、うっ……ううううう……うあああああああ!」


 泣くような、うめくような声を上げて、皇帝は両膝をついた。

 震える両手を地につけ、上空の火消坂の映像を見上げ、それから頭を地面にこすりつける。

 土下座の格好である。

 そうして、絞り出すような声でこう言ったのだ。


「ひ、ひ、火消坂様……も、申し訳……ございません……。勝手に召喚し……ゴミ扱いし……あ、あまつさえ、処刑しようとしてしまいました……。す、すべてわしの責任でございます……本当に……も、も、申し訳ございません……でした……」

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