第23話 帝国の皇帝が土下座する話 (8)
三人称視点です。
皇帝は、わけがわからなかった。
一体自分は何を召喚してしまったのだろうか。
皇帝が召喚した火消坂という男は、昨日、巨大な岩を一軒の家の上に落とした。
その家は、他国民を大量に虐殺した一人の兵士が、持ち帰った略奪品を売って得た金で建てた家であった。
「今から3分時間をあげよう。その間に避難するように」
火消坂はそう言うと、きっちり3分後に予告通り岩を家の上に落としたのである。
多くの他民族の命を犠牲にして建てられた家は、轟音とともに一瞬でガレキの山となった。
「お、俺のぉ! い、家があああああああ!」
大金をはたいて購入した家屋と家財道具を失った元兵士は、泡を吹いて気絶してしまった。
家の粉砕が終わると、上空の火消坂の映像はこう言った。
「明日から、定期的に家をつぶしていく。とりあえず明日は1000軒つぶす。どの家をつぶすかはランダムなので、楽しみに待っているように。
もちろん、皇帝以下、帝都の人間全員が僕に対して土下座し、帝国の土地を全て僕に譲るなら、すぐにやめよう。二度とこんなことはしないと約束する。
そうそう、土地だけれども、僕には一時的に譲ってくれるだけでいい。翌日には返すよ。これも約束する。
じゃ、また明日」
帝都中がパニックになった。
家がつぶされる!
それも明日だけで1000軒も!
衝撃的な事実に、群衆は慌てふためく。
その1000軒の中には自分の家も含まれるかもしれないのだ。
「う、うそ! うそだろ、おい! どどど、どうしたらいいんだ!」
「そんな! わたしの家、壊されるなんて嫌よ!」
わめき散らすが、どうしようもない。
帝都民達は、なすすべもなく、不安な夜を迎えるのだった。
◇
翌日から、帝都民達の地獄が始まった。
「それじゃあ、予告通り今日は1000軒の家をつぶします。あらためて言っておくけど、みんなが土下座したら、約束通りやめるからね。じゃあ、はじめるよ」
そんな火消坂の宣告と共に、岩落としが始まる。
ターゲットに選ばれた家に対しては、まず合図として石がぶつけられる。
中に残っている住民がいる場合は、少女達によって引きずり出される。
それから3分後、大岩が落とされる。
「あああああ! わ、わしの家えええええ!」
雷鳴よりも大きい音が鳴り響き、鉱山奴隷ビジネスで大もうけしたその男の屋敷は、高価な家具と共に、あわれにもぺしゃんこになる。
財産を失った男は、へたり込んで失禁してしまった。
大岩は次々と落とされる。
帝都民達になすすべはない。
帝都の家という家は、そのほとんどが、ここ20年の略奪や奴隷ビジネスの恩恵を受けて新調されたものである。
その恩恵を受けた家、言い換えれば他民族の血と涙を吸って出来た家に、大岩がどんどん落とされていく。
「俺の家がああああ! やめろおおお!」
「あ、ああ……い、家が……」
帝都民たちは次々と悲鳴を上げていく。
せめて家財道具だけでもどこかに隠しておこうとしても無駄である。
そういうのは少女達にめざとく見つけられ、罰だと言わんばかりに家財道具を丸ごと破壊されてしまうのだ。
帝都民に出来るのは、ただただ「どうか自分の家にだけは岩を落とさないでくれ……」と祈ることばかりである。
ズゥゥゥゥン!
ズズゥゥゥゥン!
轟音が鳴り響く。
岩は上空高くから落とされるため、地上に落ちる時は地鳴りのようなすさまじい音が帝都中に響き渡るのだ。
苦しいくらいに心臓に響く。
しかもそれを数十秒に一度の割合で聞かされるのである。
帝都民達は、もう気が狂いそうだった。
「ああ……俺の家に来るな……来ないでくれ……頼む、頼むよ……」
「ひいっ! またどこかに落ちた! も、もうやめてくれ……やめてくれ……」
彼らは震えながら、この現象の張本人である火消坂のことを思い出す。
「くそっ……あの蛮族は一体なんなんだよ……ゴミスキルしか持っていないんじゃなかったのかよ……」
「わかんねえよ! 野蛮人のくせに! クズスキルのくせに! なんでこんなことできるんだよ!」
「ああ、なんなんだよ、あいつ……なんなんだよ……」
『クズの蛮族の分際』で、最強の少女達を率いている火消坂は、帝都民達からしてみればただただ不気味であり、得体の知れないところが一層恐怖心を呼び起こすのだった。
帝都民達の心が、ミシリミシリと折れていく。
それでも彼らの心はまだ完全に折れなかったのは、衛兵の存在が大きかった。
帝都には2つの武力が存在する。
親衛隊と衛兵である。
親衛隊は皇帝を守るためのもの、衛兵は民衆を守るためのものである。
町を見回り、民衆の目によく映るのは衛兵のほうである。
と言っても、衛兵達は特別何か役に立ったというわけではない。
ただ町を見回り、「俺は従軍経験があるんだ。蛮族どもを何人も焼き殺したことだってある。あんな女どもなんか蹴散らしてやるさ」などと仲間内で会話をするだけである。
それでも、武器を持ったたくましい肉体の男がそこらをうろうろしているだけで、頼もしい気持ちになる。
ミシミシと折れそうな心に対し、なんとか支えになるのだった。
火消坂はその様子を上空から「なるほど」と言いながらと見守っていた。
◇
帝都民がそのように苦境にあった頃、彼らを守るべき皇帝陛下は何をしていたかというと、茫然自失としていた。
皇帝は皇城と呼ばれる城に住んでいる。
城には日頃から家族、側近、親衛隊、役人、使用人など大勢の者が詰めている。
寝る時だって、扉の前は親衛隊が見張っているのだ。
ところが火消坂が家つぶしをはじめた日の朝、皇帝が起きると城は無人になっていた。
「……は?」
最初、皇帝は意味がわからなかった。
時間が来れば着替えさせにくる使用人たちがまるで来ない。
ドアの前で見張っているはずの親衛隊の姿もない。
「おーい! お前達! 何をふざけておるのじゃ! 早く出て来い!」
大声で叫んでも、誰も姿を見せない。
いつもなら朝ともなると、炊事や掃除などでバタバタと慌ただしくなるのだが、それすらもない。
城は完全に無人である。
しんと静まりかえっている様は、まるで滅んだ国の廃城のようであり、不気味さを感じさせる。
静寂に包まれた城の中、ただただ皇帝の足音だけが響き渡る。
その時、とつぜん目の前に少女が1人現れた。
昨日、帝国の衛兵や親衛隊をボコボコにしたあの少女達の1人である。
「う、うおっ!」
皇帝は驚いてのけぞり、尻餅をついてしまう。
「くっ!」
皇帝たる自分が無様をさらしたことに恥ずかしくなり、カッとなって怒鳴ろうと顔を上げる。
が、その時には、少女の姿はすでになかった。
代わりに1枚の紙が落ちている。
こう書かれていた。
『大広場で預かっている』
嫌な予感がした。
無人の城を出て、中央広場に駆け出す。
大勢の群衆が集まって、岩を見上げていた。
嫌な予感は当たった。
そこには皇子達や親衛隊、側近や使用人といった、本来なら今朝城にいるはずの面々が、岩に縛り付けられていたのだ。
そして泣き叫んでいた。
「たたた助けてくれええええ! 私をここから降ろしてくれえええ!」
「ひいいい! やめてくれえええ!」
「いやだ! いやだあああ! 見るなああああああ!」
みな、ひらひらフリフリで、レースのたっぷりついたミニスカート衣装である。
皇太子や炎軍幹部と同じ扱いである。
つまり、あまりにも情けなく、みっともなく、惨めな姿である。
「あ……あ……あ……」
皇帝はただ愕然とする他なかった。
そう、火消坂の一派は昨夜、城に忍び込んで、皇帝以外の人間を一人残らず連れ去り、大岩に張り付けたのだ。
それは暗に皇帝に対して「お前などいつでもどうとでもできるのだぞ」と言っているかのようだった。
ぶるりと皇帝の体が震えた。
頭上では彼の息子達が泣き叫んでいる。何より可愛い炎軍の幹部達が泣き叫んでいる。守るべき配下の者たちが泣き叫んでいる。
だが、皇帝はそれに対して何もすることが出来ないのだった。
皇帝は心がミシミシときしんでいくのを感じた。
◇
翌日も岩は降ってきた。
「今日は2000軒の家をつぶすからね」
火消坂の無慈悲な予告は、帝都民達を震えあがらせた。
ズゥゥゥン!
ズズゥゥゥン!
数十秒に1度のペースで、轟音と共に家がつぶれていく。
『蛮族』をいじめ、虐殺し、そうして得られた『正当な』報酬によって繁栄している帝都が、次々と崩れていく。
「おおおお俺の家! 俺の家ええええ!」
「私の家ええええええ! ああああああああ!」
そのたびに帝都民はぶるぶると震える。
次は自分の番じゃないか。自分がやられる順番ではないか。
そう思うと、怖い。ただただ怖い。
町は完全に活気を失っている。
数十秒に1度大岩が降ってくる状況では、何もできない。
通りに人通りは絶え、店は活気を失っている。
それでも、昨日までなら衛兵達がいた。
彼らが町を回って、『蛮族』を虐殺した武勇伝をして、それが民衆の元気になった。
が、彼らはもういない。
衛兵達は、昨日の夜の内に、全員大岩に張り付けられてしまっていたのだ。
「うそ……うそだろ……衛兵が……」
「そ、そんな……」
「な、なんで……」
頼りになると思っていた衛兵達が、ぶざまな姿をさらしていることに民衆はショックを受ける。
衛兵だけではない。
親衛隊も、役人も、皇帝の取り巻き達も、権力者側に属する人間は、一人残らず大岩に張り付けられていた。
あまりにも数が多すぎて、大広場の大岩だけでは張り付けるスペースがなく、帝都の7つの広場全てに大岩が新たに突き立てられ、それぞれの大岩に分散して張り付けられていたのだが、ともかくも権力を持つ人間がことごとく拘束されていた。
全員、アイドル衣装で泣き叫んでいる。
「な、何をする! 私は帝国の大臣なのだぞ! は、早く助けろ!」
「わああ! ひいい! や、やめ、やめろ! 見るな! あっち行けえ!」
「やだよ! 家に帰してよ! ママー!」
もはや、張り付けられていない権力者は皇帝ただ一人という有様である。
「皇帝陛下は何をしているのだ?」
本来なら自分達を守るはずの最高権力者について、民衆は噂する。
「なんでも、城に引きこもって酒を飲んでいるらしいぞ」
「……は? な、なんだよ、それ!」
「信じられないわ……」
部下も守れず、民衆を守ろうともせず、引きこもって酒に溺れている。
最後の頼みの皇帝陛下がそんな有様だという事実に、帝都民達の心がメキメキときしんでいくのだった。
◇
「今日は4000軒の家をつぶします」
翌日、火消坂は宣言した。
十数秒に一度、帝都全体に轟音が鳴り響く計算になる。
心臓に悪い轟音が、十数秒に一回鳴るのだ。
ズゥゥゥン!
ズガァァァン!
ズガガガァァァン!
雷鳴よりも大きな音が、地響きと共に帝都にとどろく。
恐怖の中、民衆はこんな噂をする。
ぶるぶると震えながら、びくびくおびえた声で噂する。
次は「人だ」と。
家の次は人がつぶされるんだ、間違いない、と。
「い、いや、そ、そんなまさか、お、俺達が殺されるわけ……」
「だだだ、だってよぉ、おまえ、張り付けにされた連中のこと見ただろ……お、お、俺達だって、な、何されるか……」
「じゃ、じゃ、じゃあ、どうすれば……」
「……ど、ど、土下座?」
「た、たしかに……あの男は土下座すれば……許してくれるって言ったけど……」
「い、嫌よ! わたっ、わたしたちは高貴なる帝国人様なのよ! な、なんで、土下座なんてしなきゃいけないのよ!?」
「でも……このままだと、お、俺達、ど、どんな目に合わされるか……」
ズズズズズゥゥゥン!!!!!!
「ひ、ひいっ!」
「ひひゃあああ!!!」
「うわあああ!」
噂をしている間に、ひときわ大きな轟音が鳴り響き、悲鳴を上げる。
ある帝都民はガタガタと震えていた。
怖い! 怖い!
いやだ、もういやだ!
助けてよ!
誰か助けてよ!
で、でも、誰が?
誰が助けてくれる?
衛兵はもういないじゃないか……。
親衛隊だっていない……。
最強戦力である炎軍すらも壊滅してしまった……。
帝国上層部は壊滅して、泣きわめいている……。
皇帝は引きこもって酒を飲んでいる……。
く、くそ!
なに、俺は弱気になっているんだ! しっかりしろ、俺!
俺は高貴なる帝国人様なのだぞ!
最強の帝国人様なのだぞ!
偉いんだぞ! 強いんだぞ! すごいんだぞ!
で、でも……あの蛮族の女どもは強かった……。
魔炎が効かなかった……。
親衛隊も衛兵も勝てなかった……。
くっ……。
だ、だめだ……やっぱり怖い。
怖いよ……。
このままじゃ、帝都は更地になってしまう。
みんな路上に迷ってしまう……。
そ、それだけじゃない……。
わ、我々だって張り付けにされるかもしれない……いや、殺されるかもしれないんだ!
やだ! やだよ!
こわいよ!
もうやめてよ!
やだよお!
うわああああああああ!
そして、とうとう、彼の心は折れた。
「あ、あ、あああああああああ!」
彼は叫びながら路上に出ると、上空の火消坂の映像を見上げた。
そして、勢いよく這いつくばった。
土下座である。
「ひ、火消坂様! も、申し訳ございませんでした! あなた様を勝手に召喚してしまい、そしてバカにして、処刑までしようとしてしまい、誠に……誠に申し訳ございませんでした!」
絞り出すような声でそう言って、頭を下げる。
一人が土下座すると、他の者も我慢していた心が折れる。
もともと帝都民達は限界だった。
その最後の支えが「自分一人だけ土下座なんてできない」というものだった。それが折れたのだ。
後に続いて、這いつくばる。土下座する。「も、申し訳ございません、火消坂様!」と謝罪する。
だんだんと、帝都全体に、土下座しなければいけないような雰囲気が広がっていく。
ただでさえ心が折れかかっていたのに、そんな雰囲気まで広がってしまっては、もうどうしようもない。
おまけに「すぐに土下座すれば無罪放免で助かる」という噂まで広まってしまう。
後はもう、みな、先を争うように土下座した。
火消坂に向けて「バカにして申し訳ございません!」と謝罪する。
「処刑しようとしてしまい、申し訳ございません!」と、ひたいに血が滲むほど頭をこすりつけて謝罪する。
気がつくと、帝都全体が土下座していたのだった。
いまや土下座していないのは、ただ一人、皇帝だけだった。




