表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/38

第22話 帝国の皇帝が土下座する話 (7)

 三人称視点です。

「僕は火消坂だ。1週間前、お前達に召喚された『庭作り』スキルの持ち主と言えばわかるかな。今日はお前達におしおきをしに来たんだ」


 上空に映る火消坂の映像がそう言った時、ちょうど十数人の男たちが大広場に駆けつけてきた。


 皇帝と取り巻き達である。

 本来、皇帝が外出するとなると、やれ随行員はどうするとか、服装はどうするとか、それなりの形式があるのだが、そんなもの悠長に守っているヒマなどないと言わんばかりに、慌てた様子でわずかばかりの取り巻きを引き連れて駆けつけてきたのだ。


 群衆は皇帝の存在に気づかなかった。

 それほどまでに、わけのわからない現状に唖然(あぜん)としていたのである。


 一方、皇帝は皇帝で唖然としていた。

「へ、陛下、あれを! 空に蛮族の顔が!」と取り巻きが上空の火消坂を指すのも耳に入らず、彼の視点はただ1点のみに注がれていた。


「お、お、おお……! エンデス! バルガ! リーリル! ヤンガ! なんたることだ!」


 皇帝は悲鳴を上げた。

 皇帝が口にしたのは、炎軍幹部の面々の名前であった。

 その幹部の面々は、いい年した大の男でありながら、今やフリフリのミニスカート姿で、岩に張り付けられているのだ。


 皇帝は炎軍の幹部達を、実の息子のようにかわいがっている。

 自らを初帝の生まれ変わりであると信じている皇帝にとって、その初帝に生涯忠誠を尽くした赤隊は憧れの存在であった。

 その憧れの赤隊をモデルにして作った炎軍にも、自然と好意的な感情が湧く。


 それに炎軍は、皇帝が自ら心血を注いで作り上げた軍団であり、皇帝の夢である『他民族を根絶やしにして、この世界を高貴なる帝国のものにすること』を実現してくれる存在である。

 軍団長であるエンデスをはじめ、みな少年時代から可愛がってきた者達である。

 ありていに言えば、実の息子の皇太子より可愛い。


「陛下。今回は、蛮族を町ごと焼き払って参りましたぞ。いやあ、泣き叫ぶ蛮族の声は実にみっともないもので、笑えますなあ。あっはっは」


 こんな風にエンデス達が頼もしげに報告する姿を、皇帝は常々嬉しく思っているのだ。

 もっとも、だからと言って、皇太子を廃摘しようとか、炎軍軍団長を次期皇帝にしようなどとはしない。そんなことをしたら、帝国が内乱になってしまう。あくまで次期皇帝は皇太子である。

 が、可愛いのは可愛いのである。


 その可愛い幹部達が、今やミニスカートの(あわ)れな姿で、「や、やだやだ! 見ないでよおお!」「うわあああ! あああああ!」などとみっともなく泣き叫ぶ姿をさらされている。


「な、な、何をやっておるのじゃ、お前達! 早くエンデス達を救出せぬか!」


 皇帝は叫ぶ!


「し、しかし……」


 取り巻き達は言いよどむ。

 彼らが張り付けられているのは、地上から高さ20メートルの位置である。簡単には届かない。

 届いたとしても、彼らは何やら頑丈そうな金属の手枷・足枷で岩に拘束されている。あれをどうにかして外さないといけない。

 おまけに、その間、『蛮族の女ども』が邪魔をしないとも限らないのだ。

 救出は容易ではない。

 とはいえ、皇帝相手に「できません」とは言えない。

 どうしたものか……。


 取り巻き達がそうやって言いよどんでいた時である。

 上空に映し出される火消坂が、帝都中に響き渡る声でこう言った。


「改めて言おう。僕の名前は火消坂だ。このあいだ、お前達帝国人によってこの世界に召喚された。そして、お前達は僕の『庭作り』スキルを役に立たないと笑い、処刑しようとしたんだ。そんなお前達に、僕はおしおきをしに来た」


 二度目の火消坂の言葉に、唖然としていた群衆はようやく、はっと我に返った。

 互いに顔を見合わせ、まだどこか呆然とした顔で、言葉を交わす。


「そ、そういや、なんか召喚したやつがいたな……」

「あ、ああ、確か、ゴミみたいなスキルしか持っていなくて……」

「……え、ええ、思い出したわ、確か逃げちゃったのよね……」


 皇帝もまた思い出していた。

 ようやく上空に映し出された火消坂の存在に気づいた皇帝は、彼の存在を記憶から呼び起こしていた。

 確かに先週、1人召喚した。

 どんなスキルか忘れたが、クズみたいなスキルしか持っていなかったので、処刑しようとしたのも確かだ。

 別段珍しいことではない。

 クズの分際で逃げ出したので、いまいましいと思ったことで印象に残っている。それがなかったら存在すら忘れていただろう。


 そのクズが戻ってきた?

 ゴミクズの分際で、栄光ある帝都にいったい何の用だというのか?


 上空の火消坂は、こう言った。


「さて、僕は強い。

 お前達帝国人よりも、よっぽど強い。

 ついこの間は、お前達自慢の炎軍を全滅させた。

 嘘だと思うか?

 じゃあ、そこの岩に張り付けられている皇太子はなんだ? 炎軍幹部はなんだ? 転がっている何万という炎軍の鎧はなんだ?

 全て僕が勝ったという証拠だ。

 いいか、お前達は負けたんだ。

 そんな負け犬のお前達に、ささやかながら要求が2つある。

 要求1。帝都の全員で僕に対して土下座しろ。『勝手に召喚した挙げ句、ゴミ扱いして処刑しようとして申し訳ありませんでした』とね。皇帝だろうが貴族だろうが、未成年者と身体の不自由な者以外は全員だ。

 要求2。帝国の土地を全部僕のものにしろ。帝国の土地は全部皇帝のものなんだろ? だから、名義を全部皇帝から僕に変えるだけだ。簡単だろ?

『僕個人』からの要求は以上だ。『僕個人』からの要求はね。

 ま、そうは言っても、納得いかないやつらもいるだろう。だから、僕の仲間である少女達を100人、そこの広場に待機させておく。彼女らに勝つことが出来れば、僕は負けを認めてあげよう。もっとも、お前達にそれができるとは思えないけどね」


 声はそこで終わった。

 しばしの沈黙。

 そして、すぐに罵声が飛び交った。


 まず皇帝が怒りの声を上げる。


「ふ、ふ、ふざけるでないわああああ! わしの可愛いエンデス達を張り付けにしたのは貴様かあああああ! 蛮族の分際で! クズの分際で! よくもよくもよくも!

 そのクズが言うに事欠いて土下座しろじゃと!? 土地をよこせじゃと!? 寝言は寝てぬかせ!

 ええい、親衛隊じゃ! 親衛隊を呼べ! 呼んであの蛮族を血祭りに上げるのじゃ!」


 怒り狂ったのは皇帝だけではない。

 群衆も顔を真っ赤にして、怒号を上げる。


「こ、高貴なる帝国民である我らに土下座しろだとおおお? 蛮族ごときに土下座しろだとおおお? バカにするなあああ!」

「ふざけないでよ! ゴミスキルしか持ってないクズの分際で何言ってるのよ!」


 そんな彼らのもとに、火消坂の予告通り、100人のゴーレム少女が舞い降りる。

 その少女たちに、群衆の怒りが殺到した。


「ええい、くらえ!」

「死ね、蛮族!」

「くたばれ!」


 群衆から次々と魔炎が放たれる。

 魔炎を使うには魔法草を煎じて飲む必要があり、魔法草は基本的に国によって管理されているが、数が多いので民間にも流出している。

 帝都の民衆は、それを煎じて飲む。一度飲めば、魔炎を放出してエネルギーを使い果たすまで、魔法草の効果は年単位で持つ。

 そうすることで彼らは「自分は高貴なる帝国民として、いつでも魔炎が使えるのだ」という自尊心を満たしているのだ。


 その自尊心の象徴である魔炎を、帝都民達が放った。

 蛇のようにうねりをあげながら、少女達を燃やし尽くさんとする何十本もの魔炎に、帝都民達はニヤリと笑う。

 帝国の誇りである魔炎だ。

 これまで数多くの他民族を焼き尽くしてきた最強兵器の魔炎だ。

 これであの蛮族の女どもは全員死んだな、と誰もが思ったのだ。


 が、そうはならなかった。

 少女達は迫り来る魔炎に対し、両手を広げ、蚊でも叩き潰すかのように閉じたのだ。


 パン!


 手のひら同士が鳴る音がする。

 そして、魔炎は消えた。


「はえ?」


 皇帝が間の抜けた声を出す。


「は?」

「ふぁ?」

「ほへは?」


 群衆もまた、変な声を出す。

 そして、絶叫した。


「なななな、なんじゃあああああ! ままま、魔炎が! 魔炎が消えたじゃとおおおおお!?」


 皇帝が絶叫する。


「ちょ、え、ええええええええ?」

「うぇ? ふぁ? ほわあああああああ?」

「な、な、な、な、なあああああああ!?」


 群衆も絶叫する。


 魔炎というのは、蛇のような形をして飛んで行くが、本体はあくまで先頭部であり、それ以外は余波のようなものである。

 だから、先頭を叩き潰せば、魔炎全体が消える。

 理屈の上ではそうなる。

 だが、そんなの、飛んでくる銃弾を素手でつかむようなものである。


「う、うそだ!」

「こんなの……こんなの、ありえない……」

「く、くそ! くそ! 今度こそ! くらえ!」


 信じられない群衆はさらに魔炎を放つ。


 パン!

 パン!

 パン!


 全て消される。


「ええい、お前達じゃ話にならない!」

「魔炎っていうのはこうやって撃つんだよ」


 そう言って駆けつけてきた衛兵達の魔炎もまたパンとかき消される。


「そ、そんなバカな……」

「あ……あ、ああ……」


 しまいには帝都最強部隊である親衛隊まで、皇帝に呼ばれてやってくる。

 その姿に群衆が歓声を上げる。 


「ああ、親衛隊だ! これで勝ったぞ!」

「ははは、ざまあみろ、蛮族の女どもめ。お前達もこれで終わりだ」

「どうだ、女ども! もうすぐお前達は死ぬんだぞ? ざまあみろ。今頃命乞いしても遅いぞ。ぎゃはははは!」


 群衆の歓声を浴びながら、黒と金を基調としたきらびやかな衣装を身にまとう親衛隊達は、ゴミでも見下すようなで少女達を見ると、「ふん」とバカにしたように鼻を鳴らし、魔炎を放った。


 そして、やはり。


 パン!

 パン!

 パン!


 全て消される。


「ほわっ!? ほへっ!? ほわああああああ!?」

「なあああああ!? え、え、え、え?」

「あばばばばば……」


 必殺の魔炎をかき消された親衛隊は「あわわわ……」と意味不明なことをつぶやくことしかできなくなる。

 そこに少女達が襲いかかる。


「ひ、ひいっ!」


 親衛隊は慌てて腰の剣を抜いて応対するも、ペキリと剣を手刀でへし折られる。

 そして、デコピンを食らう。


「ぐえっ!」

「あぐっ!」

「はぎゃあ!」


 帝都最強の親衛隊は、情けなくも全員のびてしまった。


「バ、バカな……し、し、親衛隊が……」


 皇帝は茫然自失としながら、目の前の光景を見るしかない。

 群衆もまた、目の前の光景が信じられず、あぜんとする。


 信じられないが、しかし事実であった。

 あの少女達には魔炎が効かない。

 栄光ある帝国の魔炎が、まるで通用しないのだ。


 ここに来て、帝都民達は、ひとつの事実を理解してしまった。


(ああ……炎軍は本当はやられたんだ……)


 彼らはそう理解した。したくはないが、理解してしまった。


 魔炎が効かない化け物みたいな『蛮族の女ども』がいるという事実。

 その化け物に、衛兵はおろか、帝都最強の親衛隊ですら一瞬のうちに蹴散らされたという事実。

 皇太子と炎軍幹部達が、恥ずかしい格好ではりつけにされているという事実。

 炎軍の赤い鎧が、ゴミみたいに大量に積み上がっているという事実。


 それらの事実が全て、『炎軍はあの化け物みたいな女どもと戦って負けた』という真実を浮かび上がらせるのだ。

 知りたくも信じたくもない真実を浮かび上がらせるのだ。


「嘘じゃ……炎軍が負けたなんて嘘じゃ……」


 皇帝はがくぜんとした顔をする。

 群衆もまた、信じられないといった顔をする。


 けれども、みな、頭の中ではすでに真実を理解してしまっている。

『炎軍が負けた』という真実を理解してしまっている。


 負けた……。

 最強の炎軍が負けた……。


 ポキリ……と。

 帝国民達の心の中で、何かが折れかかるような音がした。


 折れれば、火消坂の命令通り、彼らは土下座していたかもしれない。


 だが、まだ彼らは完全に折れてはいなかった。

 自分達は高貴なる帝国民だといううぬぼれをまだ捨てていなかった。

 彼らは土下座する代わりに、上空の火消坂の映像に向けて罵声を浴びせたのだ。


「う、う、うるせえ、とっとと帰れ、蛮族!」

「そ、そうだそうだ、ここは我ら帝国の高貴なる土地だぞ! お前みたいな未開人が来ていい場所じゃないんだ! 非礼を詫びてさっさと死ね! 死んで誠意を見せろ!」

「そうよ! あんたなんて薄汚い野蛮人じゃないの! 野蛮人らしくあたしたちの言いなりになっていればいいのよ!」


 次々に浴びせられる罵声に、上空の火消坂はにっこり笑ってこう言った。


「うん、なかなか頑固だね。でも僕も気が短いんだ。だから、これから『帝都を更地にする計画』を発動しようと思う。まずは……そこの家でいいか」


 何を言っているのか理解できなかった群衆は、しかし直後に驚くべき光景を目にする。

 そこには、家一軒くらいぺしゃんこにつぶせそうな大岩を持った少女が、とある一軒の家の真上に浮かんでいたのである。

 その家は『蛮族』を虐殺して略奪した金で建てた、とある男の家であった。


「ひゃああああああ! 俺の家! 俺の家に何をするんだあ! や、やめろおおお!」


 持ち主の悲痛な叫び声が、帝都にこだました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ