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第20話 帝国の皇帝が土下座する話 (5)

 三人称視点です。

 帝国皇帝は、自分が初帝(しょてい)(初代皇帝の通称)の生まれ変わりだと信じてる中年男である。


 初帝は、赤隊(せきたい)と呼ばれる赤い鎧の軍団を率いて、邪魔するやつらを皆殺しにし、大陸西の広大な平原を支配して、今の帝国の礎を築いた。

 肖像画では、赤いマントを羽織った筋骨隆々のヒゲ面の男として描かれている。


 皇帝は、その真似をしている。

 赤いマントを羽織り、ヒゲを生やし、体つきは貧相だが、世界を武力で支配しようとしている。


「わしは帝国皇帝じゃ。世界は帝国のものじゃ! 帝国人以外は皆殺しにしてくれるわ!」


 言葉づかいまで、こんな具合に初帝を真似ている。


 皇帝がこのようになったきっかけは、彼が帝位についたばかりの20年前、魔法草(まほうそう)が発見されたことに起因する。

 魔法草は、煎じて飲むことで、魔炎(まえん)の威力が飛躍的に向上する。恐ろしく強力な魔炎が使えるようになる。

 地球で言えば、周りが弓や槍で戦う中、自分達だけ銃を持っているようなものである。


「すばらしい!」


 皇帝は狂喜した。

 自分は初帝の生まれ変わりであり、魔法草の力でもって、今度は世界を支配する使命を帯びて生まれてきたのだと信じた。


 帝国人というのはもともと他民族を見下している。

 そのボスである皇帝ともなれば、より一層見下している。

 ましてや、この時代の最強兵器である魔炎を手に入れたのだ。

 もはや他民族などゴキブリにしか見えない。目につき次第、叩きつぶす害虫である。


 ただちに侵略を開始した。

 手始めに隣国を1つ滅ぼした。住民を片っ端から皆殺しにし、帝国人を我がもの顔で移住させた。

 国を1つ滅ぼせば、今度は別の国に触手を伸ばす。

 目指すは世界中を帝国のものにすることなのだ。


 もっとも何もかも順風満帆というわけではなかった。

 最初は驚いていた他国も、魔炎を撃たれる前に強力な弓で遠方から射撃するなど、次第に対策を取るようになる。

 簡単には侵略できなくなる。

 帝国も魔法草を品種改良することで、魔炎の威力を向上させていくが、まだ決定的な何かが足りない。


「そうじゃ! 赤隊じゃ!」


 皇帝は叫んだ。

 初帝は赤隊と呼ばれる赤い鎧の軍団を中核にして、帝国の礎を築いた。

 自分もそういうのを作ればいい。

 帝国中から魔炎が得意な若者を集め、毎日毎日ひたすらに魔炎を中心とした訓練をやらせるのだ。


「し、しかし陛下。恐れながら、そのような常備軍を新設するとなると、魔法草をはじめとして、莫大なコストがかかってしまいます。その……予算のほうが……」


 側近の言葉に、皇帝はニヤリと笑った。


「なあに、心配するでない。ほれ、今攻めている国に大きい金山があったじゃろう。金ならあそこから掘り出せばよい。あの国の住民を全員鉱山奴隷にして、掘らせるのじゃ。わはは、殺さずに奴隷にしてやるとは、わしも慈悲深いものじゃのう」


 鉱山奴隷というのは平均寿命3ヶ月という苛酷な……というより実質死刑に等しい仕事であるのだが、他国民をゴキブリと同一視している皇帝はまるで気にしなかった。


 創設された軍団は、炎軍(えんぐん)と名付けられた。

 本当は赤隊と名付けたかったが、さすがにそれは恐れ多いし、それに炎軍というのも魔炎使いの彼らにふさわしい名前であり、気に入っている。

 総数3万人。

 皇帝が心血を注いで築き上げた自慢の軍団である。


「炎軍がいれば、世界など瞬く間に支配できるじゃろう」


 皇帝は常々、そう自慢していた。

 炎軍の軍団長を初めとした司令部の面々は、皇帝の誇りであり、爵位まで授けて息子のように可愛がっている。


「エンデス、バルガ、リーリル、ヤンガ……みな、わしの誇りじゃ」


 皇帝は炎軍の面々の名前を1人1人挙げながら、そう誇らしげに言う。

 彼らが他民族をゴミのように焼き払ったという報告を聞くたびに、嬉しそうに笑うのだった。


 その炎軍は、こないだより、皇太子に率いられて南の王国へと侵略に向かっている。


「王国は、図体だけはでかい生意気な国じゃからな。なかなか土下座をせぬ。が、炎軍のことじゃ。きっと近いうちに、ゴミクズの王国人どもを皆殺しにしたという吉報を届けてくれるであろう」


 帝都にある皇城で、肉をふんだんに使った豪勢な昼食を食べながら、皇帝は大臣らに向かってそう言う。


「ははは、炎軍は地上最強ですからな。聡明な皇太子殿下に率いられれば、もはや向かうところ敵なしでございましょう」

「今から祝勝会が楽しみですなあ」


 大臣達もそう言って皇帝の言葉に応える。


 その時である。


 ズゥゥゥゥン! 


 突如として、地響きのような音が鳴り響いた。


「な、なんじゃ!?」

「地震……で、ございましょうか?」

「い、いや、音は大広場のほうからしましたぞ」


 一同はバルコニーに出る。


 皇城は帝都の小高い丘の上にある。

 バルコニーに出れば、帝都を見渡すことが出来る。


 音がしたのは大広場からだった。

 大広場とは帝都の中心にある広場である。真ん中には初帝の像が誇らしげに建っている。

 1週間前、火消坂が召喚されたのもこの大広場だ。


 その大広場のほうを見る。


 そして、一同は固まった。


「……は?」

「ほ、ほへ?」

「ふぁ?」


 大広場には岩が刺さっていたのだ。

 ただの岩ではない。

 30階建てのビルくらいの高さはありそうな細長い巨大な岩が、垂直に刺さっていたのである。


「な、な、なんじゃありゃああああああ!?」

「ふぁ、ふぁああああああああ!?」

「え? え? な、な、なんですかあれは? ええええ?」


 皇帝も大臣も絶叫を上げる。


 あぜんとする彼らの背後でドアがバタンと開いた。

 城勤めの役人が血相を変えて飛び込んでくる。


「し、失礼致しますわ! 緊急の報告がございます! 大広場に突然巨大な岩が出て来たのです!」

「そんなのは見ればわかる!」


 役人の言葉に、皇帝は一喝する。


「さ、さようでございますわよね、その、えっと……」


 この役人も普段は冷静で事務処理能力の高い女性である。

 が、今は『色々ありすぎて何から話していいのかわからない』といった様子で混乱してる。

 その彼女が両手に何やら赤い物体を抱えているのが、皇帝の目にとまる。


「おい、それはなんじゃ……」

「え?」

「よこせ!」


 皇帝は役人から赤い物体を取り上げると、マジマジと見つめた。

 それは鎧だった。

 ただの鎧ではない。


「これは炎軍の鎧ではないか!」


 真っ赤な色。炎を模した飾り。

 そして何より皇帝直属を示す刻印がある。この刻印は厳重に管理されており、関係者以外は使えない。

 偽造か?

 いや、違う。皇帝は何度もこの刻印を目にしている。目に焼き付いてる。その記憶が、この刻印は本物だと告げている。


「貴様! これをどうした!」


 皇帝は役人にどなりつける。


「ひ、ひいっ! そ、その、大広場で……」

「は?」

「お、大広場に炎軍の鎧が大量に転がっているのです! それこそ、何万と!」

「……はあ!?」


 皇帝は目をパチクリさせた。

 意味がわからない。


 炎軍は最強である。

 最強の皇帝直属軍団である。

 他民族を皆殺しにする尖兵であり、皇帝が心底大事にしている軍団である。


 その炎軍の鎧が大量に広場に転がっている?

 この女は何を言っているのだ?


「な、何をわけのわからぬことを言って……」

「そ、そうです、陛下! そんなことよりもっと大事なことがあります!」

「そんなこととはなんじゃ! 炎軍じゃぞ! わしの大切なかわいい炎軍の鎧が広場に転がっていることをそんなことなどと……」

「その炎軍の軍団長殿が大広場の岩に縛り付けられているのです! 軍団長殿だけではなく炎軍の幹部の皆様も! い、いえ……それより何より皇太子殿下も縛られているのです! し、しかも、皆様、女装姿で……」


 皇帝はしばし固まった。

 そして、絶叫した。


「なんじゃそりゃあああああああ!?」

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