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第17話 帝国の皇帝が土下座する話 (2)

 三人称視点です。

 荒野の中、15万人の帝国軍が、3000人の少女達を遠巻きにぐるりと囲んでいる。

 その帝国軍の中でもひときわ目立つ真っ赤な鎧を着た集団がいた。


 最精鋭部隊の炎軍(えんぐん)である。


「炎軍から300人を選抜し、(きょく)魔炎(まえん)で女どもを殺せ」


 そう皇太子に命じられた炎軍は、プロらしく余計なことは言わず、皇太子の命令通りすばやく300人を選抜する。

 そうして少女達に向けて手を突き出すと、一斉に魔炎を放った。


 噂に聞く炎軍は、いったいどんなすごい魔炎を使うのか?

 兵達は期待で目を輝かせる。


 そして、すぐにがっかりした。

 魔炎があまりにも小さかったからだ。

 炎軍の放つ魔法は、どれもちょろちょろした小さな火の玉で、それがしょぼしょぼと少女達へと向かって行っているだけなのだ。


「な、なんだ、ありゃあ?」

「ずいぶんちっちぇえ魔炎だな。あれなら、俺のほうがよっぽどでかいぜ」

「炎軍はすげえって噂で聞いてたけど、しょせんは噂だったってことか……」


 兵達は露骨に失望したような声を漏らす。


(いいですね、いいですねえ)


 皇太子は満足げな表情をしていた。

 兵達がああも()めた態度を取っていると言うことは、少女達もまた帝国の魔法を舐めているに違いない。


『え? 帝国の魔炎は強いって聞いていたけど、こんなものなの? こんなの当たってもせいぜい服がちょっぴり焦げるくらいじゃない。囲まれた時はびっくりしたけど、この程度の魔炎でいい気になっている連中なら、なんとかなるかもしれないわ』


 今頃はそんなことを思っているに違いない。


(ふふふ、その希望がもうすぐ絶望に変わるのですよ。さあ、そろそろですね。来なさい!)


 皇太子がそう思ったまさにその瞬間である。

 ちょろちょろとした300個の魔炎が少女達の所まで達したかと思うと、突如として少女達全員を包み込む巨大な火柱になったのだ。


 普通の帝国兵達の魔炎も相手を燃やす時に火柱を上げるが、その高さはせいぜい2メートルである。

 ところが今、少女達を包み込んでいる魔炎は、高さ10メートルはある。高さが5倍ということは、単純に計算して体積は125倍であり、威力もそれくらいあるということである。


 兵達は感嘆の声を上げる。


「ななな、なんだ、ありゃあああ!?」

「で、でけえ! 俺の魔炎とは比べものにならないくらいでけえ!」

「やべえ、俺、炎軍たいしたことないとか言っちゃったよ……」


 皇太子もまた満足そうにうなずく。


「さすが、炎軍の(きょく)魔炎(まえん)は大したものですねえ」

「はっはっは。まったくでございますなあ」


 極魔炎とは、一極集中魔炎の略称で、力をためて放つ魔炎である。

 力をためて放つ。ただそれだけだが、なかなかに難しい。

 力の入れ具合、ため具合、放つタイミング、どれ1つ狂っても上手く行かない。

 毎日練習しても、使えるようになるのに最低5年はかかると言われている。


 が、使えるようになればその威力は絶大だ。

 圧縮されて小さくなっているため、見た目はしょぼい魔炎だが、相手に届くと一気に力が解放され、巨大な火柱を上げる。

 軍に当たれば、たった1発で何十人とまとめて焼き払い、城に当たれば城を溶かして崩壊させてしまう。

 体力は著しく消耗するが、それだけの価値は十分にある必殺の魔炎である。


 その極魔炎が今、少女達を巨大な火柱の中に包み込んでいた。


(今頃、蛮族の女どもは苦しんでのたうち回っていることでしょう。たいしたことないと安心していた魔炎がいきなり巨大な火柱になって自分の体を燃やしているのです。まさに希望から絶望への転落。ふふふ、あわれですねえ)


 皇太子は燃えさかる炎を眺めながら優雅に椅子に座り、ハーブティーを上品に飲みながら楽しそうに笑った。


「……おや?」


 そこで、ふと(つぶや)く。


「どうなさいましたか?」


 側近がたずねる。


「女どもの絶叫が聞こえないですねえ」

「絶叫、でございますか?」

「ええ。炎に包まれて、蛮族の女どもが痛みと苦しみでのたうちまわる死の間際の絶叫。それが聞こえないのですよ」

「そうでございますな……炎が強すぎて即死してしまったのではないでしょうか?」

「うーん、だとしたら残念ですねえ」


 皇太子がそう口にした時である。

 炎の中で何かが動いたように見えた。


 直後、信じられない光景が現れた。

 巨大な火柱の一部が消え、少女が2人、現れたのだ。

 2人は抱き合っている。おまけに無傷である。

 綺麗な顔、体、艶やかな茶色い髪、庭師のような動きやすい服、どれひとつとして焦げ目すらない少女が2人、ぎゅっと抱き合っていたのだ。


「ぶほぉぉぉぉ!」


 皇太子はハーブティーを盛大に口から吹き出した。


 皇太子だけではない。

 わけのわからない光景に帝国軍一同があぜんとする。


 そんな中、少女2人はスタスタと歩くと、炎の中に飛び込み、中にいる仲間の少女を抱きしめる。

 すると、また巨大な火柱の一部が消える。

 まるで、抱きしめることで、仲間を包んで燃えている炎をかき消しているかのようである。


 それから先は、同じことの繰り返しだった。

 4人の少女達は、またスタスタと歩いて炎の中に飛び込み、仲間の少女をぎゅっと抱きしめて炎を消す。

 4人の少女が、4人の少女の炎を消したから、合計は8人。

 その8人が、別の8人の炎を消して、合計16人。

 それをひたすら繰り返す。


 スタスタ。ぎゅっ。

 スタスタ。ぎゅっ。


 気がつくと、炎は完全に消えていた。

 3000人の少女達は完全に無傷である。


「ほわっ!? ほわあああああああ!? きょ、極魔炎が? 極魔炎が消えたあああああ!?」


 皇太子が絶叫する。

 将兵達も同じく絶叫する。


「な、な、な、なんだありゃあああああああ!?」

「な、なんで!? なんで魔炎が消えたの!? なんでえええ!?」

「ひいっ! う、うそだっ!」


 これまでプロらしく冷静を保っていた炎軍の面々もまた、信じられないといった顔をする。


「あ、あ、あああ……」

「そんなバカな……」

「お、お、俺達炎軍の極魔炎が……」


 長年、『蛮族ども』をぶっ殺すために心血注いで育て上げてきた極魔炎が効かないなど、彼らには信じられなかった。

 地球人の感覚で言えば、極魔炎はミサイルである。

 生身で1発でも食らえばほぼ100%死ぬ。

 それを300発も食らったのだ。

 それで無傷だとしたら、これはもう化け物としか思えない。


「ば、化け物……」

「ひ、ひ、ひいいっ!」

「あわわわ……」


 帝国軍全体に動揺が走る。


「ええい、何をやっているのです! そこのあなた!」


 皇太子が側近を呼びつける。


「は、はいっ!」

「命令です! 炎軍全員に極魔炎を使うよう伝えなさい! 300人でダメなら3万人です! 炎軍3万人全員で一斉に女どもに極魔炎をぶつけられるだけぶつけるのです!」

「し、しかし……」


 側近はためらった。

 極魔炎は、体力を著しく消耗する。

 それを何度も使ってしまえば、帝国の最精鋭部隊である炎軍が、しばらく使い物にならなくなってしまうのではないか?


「そんなことはどうでもいいのです! あの野蛮人の女どもを極魔炎で皆殺しにするのです! 極魔炎! 極魔炎! 極魔炎んんんんん!」

「はっ、はいっ!」


 皇太子の絶叫に側近は慌てて駆ける。


 命令は伝達された。

 炎軍3万人が、さきほどとは違って震える手で、けれどもしっかりと少女達に狙いを定める。


 そして、極魔炎を放った。

 一発ではない。体力の限り、何発も放つ。

 先ほどの数百倍の量の極魔炎が少女達に向かう。


 その全てが少女達に着弾し、巨大な火柱を上げた。

 先ほどより数百倍に濃縮された炎は、もはや太陽が地上に現れたかのようである。

 あまりの高熱に地面すら溶けていく。魔炎の熱は、不思議とある程度距離を取ると届かなくなるため、帝国軍に被害はないが、そうでなかったら彼らも今頃ただでは済まなかっただろう。


 あまりの迫力に、将兵達が感嘆の声を上げる。


「すげえ!」

「これが炎軍……」

「おっ、おお……」


 そこにあるのは、畏怖と驚嘆、そしてこれでひと安心という気持ちだった。


 皇太子もまた安心していた。


「ふう……。さすがにこれであの蛮族の女どもも死んだでしょう」

「ははは。さようでございましょうな。これで生きているはずがありません」

「やれやれ。王国の連中を虐殺する前に、とんだ道草になってしまいましたねえ」


 皇太子はそう言うと、余裕に満ちあふれた優雅な仕草でハーブティーを飲もうとする。


 ところがその瞬間、視界に、ぎゅっと抱き合う2人の少女が映ったのだ。


「ほわあっ!」


 驚きのあまり、熱いハーブティーを顔面にぶちまけてしまう。


「うわっちゃああああああ! 熱い熱い熱いいいいいい! ひ、ひいいいいいい!」


 熱さのあまり、皇太子は地面を転げ回る。

 慌てた側近達に冷やしてもらいながら、皇太子は改めて先ほどの光景を確認する。

 信じられないものが見えた気がしたが、まさか……? う、嘘だよね……?


 そのまさかだった。

 帝国軍最強の炎軍が全力をこめて放った魔炎の中、少女達はピンピンしていたのだ。


 ぎゅっ。

 ぎゅっ。

 ぎゅっ。


 少女達は次々と炎の中に飛び込んでは、その中にいる仲間達を抱きしめる。

 そのたびに炎がかき消される。巨大だった火柱が小さくなっていく。無傷の少女が1人、また1人と現れる。


 気がつくと、太陽のようだった火柱は、完全に消えていた。

 3000人の少女達は無傷である。


 彼女たちは火消坂が「頑丈で」と強く念じて生み出したゴーレム達である。

 それこそ、月に降ってきた隕石が直撃しようと無傷で済むくらい頑丈である。

 だが、そんなことを知らない帝国軍からしたら、意味がわからない。


「はひゃっ! はひゃああああああああ!」


 皇太子は絶叫した。

 目の前の光景が信じられなかったのだ。

 炎軍3万人が全力をこめて放った極魔炎の集中砲火。

 地球人の感覚で言えば、それはもはや核ミサイルである。

 核ミサイルが直撃し、それでもなお無傷……。

 それはもはや神話の魔王である。


「う、う、うわあああああ!」

「ま、まお、魔王! 魔王だああああああ!」

「ひ、ひいっ! 来るな! 来るなあああ!」


 帝国軍はパニックである。統率も何もない。

 それでも、自分達は最強という自負があるからだろうか。

 彼らは逃げず、狂ったように魔炎を撃ち続けた。


「死ね! 死ね! 死ねえええええ!」

「倒れろ! 倒れやがれ!」


 だが、極魔炎で倒せなかった相手を、普通の魔炎で倒せるはずがない。

 頼みの綱の炎軍も、すでに体力を使い果たし、息も絶え絶えである。彼らはただあぜんとすることしかできない。


「お、俺達炎軍の極魔炎が……」

「うそだ……こんなのうそだ……」


 大混乱する帝国軍の中を、少女達が駆ける。

 1対50という戦力差をものともせず、バトル漫画の主人公のように、瞬間移動のごとき高速で駆け回り、帝国の将兵達の意識を刈り取っていく。


「ひぎっ!」

「がぎゃっ!」

「ふぎゃああ!」


 次々と倒れていく帝国軍。


 その間、皇太子は呆然としていた。


「あ、あ、あばばばば……こ、これはゆめ、そ、そう、ゆめなんです……あはははは、きのうちょっと、のみすぎちゃいましたかねえ……」


 弟の第8皇子と同じようなことを言いながら、現実逃避する。


 その皇太子に、少女がせまる。


「ぐぎゃあ!」


 手刀が光り、あっさりと意識を刈り取られる。


 帝国の遠征軍15万人、およびその中核である帝国軍最強の炎軍3万人は、こうして壊滅した。

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