第16話 帝国の皇帝が土下座する話 (1)
三人称視点です。
帝国の僻地にある、とある村。
そこの村人達は、通り過ぎていく自分たちの国の軍隊を見送っていた。
延々と続く軍勢に、村人達は感嘆の声を漏らす。
「いやあ、なんともすげえ大軍だなあ」
「なんでも皇太子様の軍らしいわよ。南の王国を征伐しに行かれるって」
「ああ、野蛮人どもを殺しに行かれるのか。そりゃあありがたいことだ」
「そうね。わたしたち帝国人みたいな高貴さもなければ、尊厳もないような薄汚い連中ですもの。早く死んで、その土地をわたしたちに明け渡して欲しいわ」
「なあに。皇太子様ならきっとやってくれるさ」
恵まれた環境のおかげで、太古の昔から文明が発達していた帝国には、古くから選民思想が根付いていた。
加えて、近年の魔法草の発見による戦闘力の飛躍的な向上により、支配階級から下層階級に到るまで、この村人達のような考えが根付いていたのだ。
彼らは皇太子が南の王国を滅ぼしてくれると信じていた。
我らが帝国が、野蛮人どもに負けるはずがない。
必ずや王国を滅ぼし、その広大な国土を自分達庶民に『解放』してくれると確信していたのだ。
◇
その帝国皇太子は、上機嫌だった。
彼は今、15万人の大軍を率いて、南の王国への遠征の途上にある。
「この天才の私にふさわしい大軍ですねえ」
さらさらの銀髪を風になびかせながら、皇太子は満足そうな顔で言った。
皇太子は帝国皇帝の長男である。
線が細く、将軍というより学者といった風情の男である。
が、城にこもって本を読むような男ではない。
彼はサディスティックな人物である。他民族が苦しむのを見るのが大好きな男である。
それゆえ、昔から何度も遠征に志願し、多くの他国民を血祭りに上げてきたのだ。
今回、彼が遠征に向かっているのは南にある王国である。大国であり、人口という点で見れば、帝国にひけをとらない。
「きっといっぱい殺せるんでしょうねえ」
皇太子は嬉しそうな顔で、そうつぶやくのだった。
皇太子は余裕しゃくしゃくであった。
自分達が負けるとは微塵も思っていない。
その自信の源は15万という大軍にもあるが、何より大きいのは軍の中枢に炎軍を抱えていることである。
炎軍とは、帝国の最精鋭部隊である。
正式には、帝国特別魔法強化軍というのだが、燃えるような赤い色の鎧と、炎を模した赤い旗をシンボルマークとしているところから、炎軍と呼ばれている。
帝国中から魔炎の才能のある若者を集め、来る日も来る日もひたすらに戦闘訓練をさせる。魔炎の訓練を初めとして、さまざまな戦争技術を日々たたき込まれる。
そうした連中が集まったのが炎軍である。
彼らの数は3万人と、帝国軍の動員能力(公称100万人、実態は80万人)からしたら少ない。
が、通常の軍が『普段は畑を耕しているような男に、戦争の間だけ魔法草を飲ませて、戦場に放り込むだけ』というものであるのに対し、炎軍は将から兵に到るまで、日夜戦争の訓練を欠かしていない。
素人とプロというくらい違いがある。
もっともわかりやすい違いは魔炎であろう。炎軍の魔炎は、飛距離といい威力といい、はるかに優れている。
無論、魔炎だけでなく、基礎体力や偵察能力、陣地構築能力など、あらゆる面で鍛えられている。
ここまで育てるのには、膨大な時間と金がかかった。毎日全員に魔法草を飲ませるだけでもかなりの金がかかるのだ。
が、その苦労のかいもあって、最強を誇る精鋭軍になったと帝国は自負している。
北方の大国と戦争をした時も、彼らの強力な弓に当初帝国は苦戦していたが、炎軍を投入すると、彼らは弓が届くよりも遠くから魔炎を放ち、巨大な火柱を上げさせ、あっという間に敵軍を壊滅させてしまったのだ。
仮に炎軍と、帝国の残り全軍が戦っても、炎軍が勝つとさえ言われているほどである。
帝国からしてみれば、炎軍が負けるなど、天地がひっくり返ってもあり得ぬことであった。
その炎軍を中枢にすえた皇太子軍は今、南の王国に向けて荒野を進軍している。
このあたりは帝国と王国との境目であり、この荒野を越えればもうそこは王国という場所だ。
そこで彼らは不思議な情報をつかんだ。
『前方に女どもが多数いる』というものである。
皇太子は常に四方八方に偵察隊を飛ばしている。炎軍は馬の扱いも得意である。彼らに馬を駆けさせ、徒歩で何日もかかるような遠くまで偵察させているのだ。
「私は天才ですからねえ。油断はしないのですよ」
そう言って、行軍中も周囲の情報を積極的に集めている。
その情報網に『前方に女どもが多数いる』という情報が引っかかったのだ。
「女? どういうことです?」
皇太子が偵察兵にたずねる。
「はっ。ちょうどこのまま真っ直ぐ進んだ位置に女の集団が歩いております。いずれも年若い蛮族の女。その数およそ3000人。このままお互いが進めば、3日後にぶつかります」
「ほう」
皇太子はその『女ども』の身なりをたずねた。
雰囲気をたずねた。
そうして、こう断言した。
「これは罠ですね」
「罠……でございますか」
側近が首をひねってたずねる。
「私は天才ですからねえ。騙されませんよ。3000人というのは、巡礼にしても、流れの娼婦達にしても多すぎます。おおかた、南の王国が用意した偽の娼婦団、といったところでしょう。我々に取り入って、情報を入手したり、あわよくば我々を殺そうとしているに違いありません」
「なるほど……。では、殺しますか?」
「もちろん殺します。ですが、せっかくです。実戦演習と参りましょう」
「実戦演習でございますか?」
「そうです。本番の南王国軍と戦う前の肩慣らしです」
皇太子はそう言うと、演習の内容を説明した。
まず軍を5つにわける。
15万人という人数は、ひとまとめで動かすには間延びして時間がかかる。
そこでこれを5つに分ける。
そして、左右に別れて進軍し、最終的に5本の指でぐわっと『女ども』を包み込むように合流する。
言い換えれば『女どもを5方向から攻めて囲んでしまおう作戦』である。
中世というロクな連絡手段のなかった時代、これは簡単なことではない。
5つの軍が上手く連携を取り、フォローし合いながら進軍しないと、最悪お互いが迷子になってしまう。
だが、帝国軍はこれをやってのけた。
やったのは炎軍である。
5つの軍に分散して配置された炎軍の面々は、魔炎を信号弾のように空に放つことで各軍がこまめに合図を送り合い、連携を取り合った。
そうしてタイミングよく合流することに成功したのだ。
今、帝国軍15万人は荒野の真ん中で見事に『女ども』を包囲している。
「ふふふ。大成功ですねえ。見てくださいよ、あの女ども。驚きのあまり固まって、言葉もありませんよ」
皇太子は自軍の優秀さにうっとりしながら、満足げにうなずいた。
「ははは。まさかいきなり包囲されるとは思ってもいなかったのでございましょうな。蛮族の女連中め、表情まで固まっておりますぞ」
「さすが皇太子殿下。お見事でございます!」
「それで、いかがなさいますか?」
側近がたずねた。
皇太子に対して『いかがなさいますか?』とたずねることは、『どのように殺しますか?』という意味である。
「そうですねえ」
皇太子は考えた。
せっかくだから、たっぷりいたぶって殺すべきだろうか?
以前、皇太子が北方の大国を攻めた時、敵国の夫婦に出会った。
「お、お願い致します! お、俺の命はどうなってもいいです! だからどうか……どうか妻だけは見逃してください!」
帝国兵に囲まれた夫はそう言って、土下座までして許しを乞うた。
「なんとすばらしい夫婦愛なのでしょう!」
感動した皇太子は、褒美として、2人をゆっくり殺してやることにした。
夫を拘束し、動けなくした上で、妻の体を少しずつ魔炎で焼いていくのである。
「ああ、あなた。わたしは大丈夫だから……だ、大丈夫……」
夫を心配させまいと気丈にも痛みを耐える妻。
だが、とうとう文字通り身を焦がす魔炎に我慢できず、「あっ、あ……あああああああああ!」と悲痛な叫び声を上げる。
「やめろ! やめてくれ! やめてくれええええええ!」
苦しむ妻を見て、夫は泣き叫ぶ。
妻の体が、少しずつ無慈悲な炎で焼かれていくのを見て、涙を流しながら絶叫する。
「ああ、なんとすばらしい光景なのでしょう!」
そんな光景を眺めながら、皇太子は優雅にハーブティーを飲み、うっとりとした顔で笑うのだった。
(ま、でも、今回は、そういうのはやめておきましょう。今回はあくまで前菜です。楽しみは南の王国の蛮族どもを虐殺する時まで取っておきましょう。さて、となると……)
皇太子は考えをまとめると側近に命じた。
「炎軍にやらせましょう」
「炎軍でございますか?」
「ええ。兵達の中には炎軍の強さを噂でしか知らない者も大勢います。ここらでひとつ、炎軍の強さを見せつけておくのがいいでしょう。そうですねえ、炎軍の中から300名を選抜して、極魔炎を使うよう命じるのです。いいですね」
「はっ。極魔炎でございますね。かしこまりました!」
駆けていく側近の背中を見送りながら、皇子は思った。
(ふふふ、あの蛮族の女どもがどんな絶叫をあげるのか、今から楽しみですねえ)




