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第15話 ララベルの回想

 三人称視点です。

「だぁ、あうー」

「ふふふ、なにかなー、ユア」


 オアシス国家の住民ララベルは、1歳の娘のユアが自分に向けて何やら話しかけてくるのを見て、嬉しそうに笑う。


「んー、たかいたかいかなー?」

「あーうー」

「ほーら、たかいたかーい!」

「きゃっ、きゃっ!」

「もういっかい。ほーら、たかいたかーい!」

「きゃうっ! あうー!」


 無邪気な喜びの声を上げるユアを見て、ララベルもまた幸せな気持ちになる。


 ひとしきり遊び終わると、ユアは眠そうにうつらうつらしはじめた。


「ふふ、そろそろおねむかなー。じゃ、ママと一緒におねんねしようね」


 ララベルはユアをベッドに運び、大切そうにそっと寝かしつけた。


(ああ、生きているんだ……)


 ユアの寝顔を見ながら、ララベルは思った。

 ほんの数日前、帝国兵達の剣がユアの頭上に降ってきたことが嘘みたいだ。


(不思議な人だったな……)


 ララベルは火消坂のことを思い出していた。

 随分と若い異国の男だった。

 ひょろっとして、背が高くて、もじゃもじゃした黒髪の青年。

 正直、あまり強そうにも、裕福そうにも見えない。

 にもかかわらず、不思議な少女達を引き連れて、あっという間に帝国軍を壊滅させ、自分達を救ってくれた。

 彼がいなかったら、自分もユアも今頃処刑されていただろう。

 命の恩人であり、とても強い力を持っている人。


(でも、変なこと聞く人だったな)


 ララベルは数日前のことを思い出していた。


 火消坂は住民達のうち何人かに、個別に聞き取り調査をしていた。

 オアシス国家の政治中枢である評議棟の一室(評議会議長が喜んで貸してくれた)に、一人一人呼んで、いろいろと質問をしたのだ。


 ララベルもその一人だった。

 娘の命の恩人である彼のためにできることがあるなら、と自ら志願したのだ。

 ゴーレムの少女に案内されて部屋に足を踏み入れた時は緊張したが、開口一番、彼が聞いてきたのは「ドラゴンはいるか?」だった。


 いるわけがない。

 あれはおとぎ話の存在だ。


「ドラゴンを 信じる者は 七つまで」ということわざもある。

 あんなの信じるのは7歳児までだ、という意味だ。


「ゴブリンは? オークは? コボルトは? つまり魔物・魔獣の類は?」


 そんな質問もしてきた。

 おとぎ話に出てくる小鬼や獣頭人のことらしい。

 もちろんいない。


「じゃあエルフは? ドワーフは?」とも聞いてきた。


「あの……エルフってなんですか?」


 ララベルがそう聞くと、逆に困った顔をした。


「ああ、えっとだね、美形で色白で森に住んでいるほとんど不老の耳の長い人間なんだけど」

「え? そんな人間いるんですか?」

「……いないの?」

「いるわけ……あ、い、いえ、コホン。その……聞いたことはないですが……ただ、絶対いないとは言い切れませんし……」


 いるわけないです、と露骨な返事をするのも失礼な気がして、何となく気をつかった返答をしたが、実際の所、そんな人間、見たことも聞いたこともない。

 ドワーフとやらも同じだ。


「うーん、そっか。モンスターも亜人種もいないのか……」


 火消坂はもじゃもじゃしたおさまりの悪い黒髪をかきながら、半分残念そうな、半分ほっとしたような表情で言った。


「でも魔法はあるんだよね?」

「え? あ、はい」


 またおかしなことを聞かれた。

 ララベルにとって、魔法は存在して当たり前のものだった。

 空気はあるんだよね、と聞かれるようなものである。


「どんな魔法があるの?」

「えっと……」


 ララベルは説明した。

 魔炎という指先に火をともす魔法が、唯一誰でも使える魔法であり、一番メジャーなものであること。

 帝国軍が使っていたのも魔炎だが、魔法草という帝国にしか生えない草を使って魔力を高めているらしいこと。

 それ以外の魔法としては、人間の能力を調べる『鑑定』や、食べ物などを腐らせないようにする『保存』などがあるが、使い手が極めて限られている稀少なものであること。


「その魔法草っていうのは帝国でしか育たないの? よそに持って行ってもダメなの?」

「はい。よその土地ではなじまないみたいで、すぐに枯れてしまうそうです」

「うーん、そうか、困ったな。つまり帝国人達を全員駆逐したところで、魔法草がある限り、第2、第3の帝国が生まれるかもしれないということか……うーん……」


 何に困っているのかはよくわからないが、火消坂は悩んだ顔をする。

 が、すぐに顔を上げる。


「ま、いいや。あとで考えよう。で、その帝国はどこにあるの? メーレム、地図を持ってきてくれ」


 火消坂が言うと、脇に控えていたメイドが一枚の紙を取り出した。


「これが世界地図ね」

「え?」


 本物の世界地図など見たこともない中世人のララベルが驚くのをよそに、火消坂はあれこれ質問していく。

 帝国は東西南北どちらにあるのか? 旅の商人や巡礼者の噂から何か聞いたことはないか? 帝国軍は何か言っていなかった?


「そういえば……」


 ララベルは思い出した。

 帝国遠征軍の司令官である皇子が中央広場で自慢げに演説をしていた時、彼らが帝国首都からどのような旅程を経てここまで来たのかを、まるで一大冒険記のごとく誇らしげに語っていたのだ。

 そのことを伝えると、火消坂は目を輝かせた。


「いいね! それいいよ! ぜひ教えてよ!」

「は、はい」


 食い気味に質問してくる火消坂に若干焦りながらも、ララベルは思い出しながら答えた。

 火消坂は「ふんふん」とうなずきながら、得られた情報を地図に書き込んでいく。


「なるほどね。ここが帝国か」


 火消坂が地図で赤く塗った地域。

 それは大陸西端の広大かつ豊かな恵まれた領域を支配する大国であった。

 大陸の西端を支配する大国と言えば、地球では古代ローマがある。ローマは当時の地球の人口の20%を抱えていたが、この帝国も地形から見てそれくらいの人口を抱えていそうである。


「地球の中世ヨーロッパと違って人口が多いのか。

 人口が多いのはやっかいだなあ。隠しスキルをゲットするには、人類の星の人口をできるだけ減らさないようにしないといけないからなあ。

 帝国人の皆殺しは人口が激減するから論外だ。

 帝国人たちの力を奪うために魔法草のある今の土地から追い出したところで、膨大な数の難民が発生して世界がメチャクチャになって、これまた人口が激減しそうだから問題外だ。

 さて、どうするか……」


 何やら物騒な言葉が聞こえる。


 そのあと、火消坂はこの世界の文化や風習についていくつかたずねた後、

「いや、どうもありがとう。いろいろわかったよ。助かった」

 と言った。


「あ、いえ、そんな」


 大したことをしたつもりのないララベルは慌てて謙遜する。


「じゃあ、お疲れ様」

「あ、は、はい。失礼します」


 火消坂にうながされ、ララベルは立ち上がった。

 メイドに案内され、部屋の外に出ようとする。


 ララベルは思った。

 この部屋を出たら、もう二度とこの人と会うことはないだろう、と。

 ララベルには、言いそびれていたことがあった。部屋に入った時に真っ先に言おうとして、でも火消坂が挨拶もそこそこに質問をはじめたおかげでタイミングがなくて、ずっと言えなかったこと。


「あ、あのっ!」


 ララベルが振り返って言った。


「ん?」

「そ、その、今さらですけど、助けていただいてありがとうございました! おかげ様でユア……1歳の娘なんですけど、ユアと2人で元気でやっていくことが出来て……あの、本当にありがとうございました! 火消坂さんは娘の命の恩人です!」


 ララベルはそう言って深々と頭を下げた。

 感謝したい気持ちはいっぱいあるのに、口にすると平凡な言葉になってしまう。それでも誠意をこめて深く頭を下げた。


「そうか。子供か……」


 火消坂はなぜか考え込むような仕草をした。


「いくら帝国人とはいえ、子供達に罪はないよな……。彼らをかわいそうな目に合わせたくはない。これも考えなきゃいけないことだよな……」

「あの……?」

「ああ、いや、すまない。ついつい考え込んでしまうのは僕の悪い癖でね。変な言い方だが、礼を言ってくれてありがとう。おかげで僕も頑張ろうという気になれたよ。ララベルさんも、お元気で」

「は、はいっ!」


 ララベルは改めて頭を下げた。


 火消坂は、その日のうちに少女達を引き連れて出発してしまった。


「急いで帝国を滅ぼさないと、大学の単位が危ないんだ」

 などと妙なことを言っていた。


(やっぱり変な人だったな)


 ララベルは思い出しながら、ふふっと笑った。

 今頃あの人はどうしているのだろうか。

 彼が向かっていっていったのは帝国の方角だった。

 帝国と戦うつもりなのだろうか。

 あの人は最後に「お元気で」と言った。


「火消坂さんもお元気で」


 ララベルは帝国の方角を見ながら、そうつぶやくのだった。

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