表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/38

第14話 帝国の遠征軍が悲惨な目にあう話 (7)

 三人称視点です。

「い、いやだ! いやだよ! 僕を閉じ込めるな! 早く出せ! ここから出せええええ!」


 皇子(おうじ)はトレードマークの金髪おかっぱ頭を振り回しながら、見えない壁を必死に叩く。

 何度も何度もドンドン叩く。

 が、外にいる人間は誰も何も答えない。


「なんでだよ! 僕は帝国人様だぞ! 第8皇子様だぞ! 高貴なる国の尊貴なる身分なんだぞ! なのになんで閉じ込めるんだよ! なんで助けないんだよ! お前ら、蛮族だろ!? 僕の言いなりになるのが当然だろ!? 早く助けろよ! 僕をここから出せよ!」


 部下達があぜんとした目で見るのも構わず、皇子は泣くような声で叫ぶ。

 何度も叫ぶ。

 が、やはり外に居る人間達は何も答えない。


 ふと気がつくと、彼の後ろに白い人形が立っていた。

 帝国軍を縛る鉄の輪を解いてくれたあの人形である。


「た、助けてくれるのか……?」


 皇子は、のっぺらぼうの人形に問いかけた。

 自分たちを拘束する輪を解いてくれたのだ。ここから出してもくれるのではないか。

 そんな期待をこめての問いかけだった。


 が、人形が取った行動は、期待とはまるで違うものであった。


 人形は皇子に手を伸ばした。

 そして、その服をびりびりに引き裂いたのだ。


「ひ、ひいっ!」


 上質の衣装を次々と引き裂き、びりびりに破く。


「な、なにをする! や、やめろおお!」


 必死に抵抗する。手足をばたつかせる。魔炎まで放つ。

 しかし、どれもまるで効かない。

 剣をはじめとした武装も取り上げられ、さらには変な布を履かせられ、ついにはふんどし一丁になってしまった。

 帝国にはふんどしなんて文化はなく、このような格好は無様で惨めなものでしかない。


 周囲で部下達の声がする。


「や、やめろお!」

「何をする!」

「うわあ、放せえ!」


 見ると、彼らもまた次々と服を引きちぎられ、みなふんどし姿にされていた。


(い、いったい何をする気だ……)


 尻餅をついたまま、わけがわからず皇子は混乱する。

 そんな彼の耳に、笑い声が聞こえた。


「くすくす」

「あはは」


 何事かと振り返ると、そこにはオアシス国家の住民達がいた。


 火消坂が呼んだのだ。

 初めは、透明な檻に閉じ込められたライオンを見るかのごとく、おっかなびっくりだった住民らも、帝国軍が外に出られないとわかると、近づいてきたのである。

 そうして、ついさっきまで広場で偉そうに「帝国は偉大だ」などと言っていた皇子が、いまや無様にふんどし一丁で尻餅をついているのを見て、くすくすと笑ったのだ。


「お、おのれええ!」


 皇子は頭に血が上った。

 今まで自分たちが、どれほど多くの人々を嘲笑し、侮辱し、あまつさえ殺してきたかはまるで頭にない。

『野蛮人ども』が自分を笑ったことが許せないのだ。


「野蛮人の分際で! 高貴なる僕を笑ったな! よくも! よくも! よくも!」


 怒りのあまり、見えない壁の存在も忘れて住民に襲いかかろうとする。

 その首根っこを、誰かがつかむ。


「ぐえっ! くっ、な、なにを!」


 地面に引き倒された皇子が見上げると、そこには顔のない白い人形が立っていた。

 のっぺらぼうの白い顔がじっと見下ろす様は不気味である。


「ひっ……」とうめく皇子をよそに、人形は看板を地面に刺した。


(……な、なんだ?)


 看板にはこう書いてあった。


『これから毎日1メートルの穴を掘り、これまで殺してきた人間の魂に懺悔(ざんげ)し、安らかに土の中でお眠りくださいと祈った後、穴を埋めること。次にオアシス国家の住民達に向けて土下座し、大変申し訳ありませんでしたと謝ること。それだけでは暗くなるから最後に一発ギャグをやること。そうすれば1日分の食事を与える。期間は一生とする』


(……は?)


 最初は書いてあることの意味がわからなかった。

 次に見間違いだと思った。

 目をこすった。

 また読んだ。何度も読んだ。内容は変わらない。同じである。


 これから一生、穴掘って埋めて土下座するだけの毎日を過ごせと、看板にはそう書いてあるのだ。


 これから死ぬまで穴掘り……。

 ずっと閉じ込められたまま、穴掘り……。

 住民達にバカにされながら、泥まみれになり、ヒイヒイ言いながら、惨めに穴を掘って埋めて土下座する毎日……。

 楽しいことも嬉しいこともない、ただただ苦しくてつらいだけの日々……。

 よぼよぼの老人になるまで、ずっとずっとそんな毎日……。


「う、うそだ……」


 皇子は頭がぞっとするほど冷たく凍りつくのを感じる。

 心臓が恐怖でバクバク鳴っている。

 体ががくがくと震えている。


「うそ、うそだろ、なあ、うそだろこんなの……?」


 が、白い人形はただ不気味な姿で見下ろすだけである。

 その雰囲気はどう見ても本気である。


「ひっ……やだ、やだ、やだよ、こんなの! やめろよ! やめろよおおお! 僕を出してくれえ! ここから出してくれえええ!」


 皇子は叫びながら、見えない壁をドンドンと叩く。

 白い人形が再び、その首根っこをつかんで、引きずり倒す。

 そして、小さなシャベルを放り投げる。

 それでさっさと穴を掘れ、という意味だろう。


「や、やだ! やだあ! やだよおおお!」


 それでも皇子は、立ち上がり、見えない壁を叩く。

 何度も何度も叩く。

 自分たちは高貴だとかなんとか言っていた皇子が、ふんどし一丁で泣きわめきながら、必死な形相で「出してくれ! 出してくれえ!」とドンドンと叩いているのである。


 皇子だけではない。同じように気づいてしまった帝国の将兵達が「助けてくれ!」「こんなのいやだ!!」「許してくれ!」と叫ぶ。

 絶望のわめき声が、そこら中に響き渡る。


 その姿を見てオアシスの国家の住民は笑った。

 自分達を皆殺しにしようとした帝国軍の哀れな姿に「あははは」と笑った。


 とりわけ、帝国軍に家族である兵士を殺された住民は、ひときわ大きな声で「ざまあみろ!」と笑った。

 彼らは、火消坂が帝国軍に「一生ここで罰を受けろ」と言ったことで、気づいていた。


「ああ、この火消坂様という人は、帝国軍を殺すつもりはないのだな」と。


 けれども彼らは「家族の仇だ! 帝国軍を処刑しろ!」などとは言わなかった。

 なにしろ火消坂がいなければ、自分達は皆殺しにされていたのだ。それを助けてくれた火消坂が、殺さず生かして苦しめる選択をしたのだ。文句を言える立場ではない。

 それに今の状況だって、悪くない。言い換えれば、火消坂は、帝国の連中を嘲笑するチャンスをくれたのだ。

 命の恩人がくれたチャンスである。

 だから住民は笑った。

 中世という死が身近にある世界の住民らしく、精一杯たくましくゲラゲラと嘲笑した。


「やだあ! やだよおお! 出してよおお!」

「うわあああ! 助けてくれええ!」

「頼む! 許してくれ! この通り謝るから! だから許してくれえ!」


 帝国軍が悲鳴を上げる中、住民たちの嘲笑の笑い声が高らかに響き渡るのだった。


 ◇


 オアシス国家を侵略しようとした帝国遠征軍。

 彼らは毎日穴掘りをしている。


 中央広場に作られた半径150メートルの透明な檻。

 そこに閉じ込められた彼らは毎朝起きると、シャベル片手にふんどし一丁で穴掘りをするのだ。

 穴は1メートル掘らなければいけない。

 1メートルというと大したことのないように思えるが、地面は夜の間に人形達がカチカチに踏み固めている。とても固い。

 加えて、手に持つシャベルは小さい。這いつくばるようにしないと地面は掘れない。やりづらい。

 おまけに地中には大小たくさんの石が埋まっている。時折、シャベルがガキンとぶつかるのだ。手が痺れる。痛い。とても痛い。

 泣きそうになりながら、汗と泥にまみれてヒイヒイ言いながら穴を掘る。


 そんな惨めな帝国軍の姿を、通りがかる住民達が見る。

 何しろ中央広場のど真ん中である。人通りも多い。

 おまけに穴掘りは住民達からよく見える位置でやるよう、人形達から強要されている。だから、住民達は毎日のようにその姿をハッキリと見ることができるのだ。


 反応は様々である。

 露骨に笑う者もいれば、バカにしたような目で見る者もいる。

 見下すような冷たい目で見る者もいれば、ゴミなど見たくないとばかりに無関心な者もいる。

 腐った果物を投げ入れてぶつける者もいる。

「よっ、がんばれよ! 高貴なる帝国人様!」などと言ってからかう者もいる。


 かばう住民は誰もいない。帝国人が、今までどれだけ多くの人達を殺してきたかを思えば、死刑にしないだけ温情だと思っている。

 無論、プライドの高い帝国人は、その温情に喜んだりなどしない。


「ちくしょう……ちくしょうが……」


 彼らは涙をポロポロと流した。

 屈辱である。ただただ屈辱である。

 高貴なる帝国人である自分達が、蛮族ごときに笑われるなんて! ゴミクズの野蛮人なんかに見下されるなんて!

 あまりにも惨めな現状に、悔しさで顔を真っ赤にして、歯ぎしりをしながら、けれども人形達が監視しているので何もできず、「ちくしょう! ちくしょう!」と言いながら穴を掘るしか出来ないのだった。


 皇子もまた、穴を掘る。

 ふんどし一丁で泥にまみれながら、よつんばいになってシャベルで穴を掘る。

 そうしないと飯が食えないからだ。吐き気がするほどまずい飯だが、食べないと死んでしまう。

 固い石だらけの土をゼイゼイ言いながら掘る。


「くそっ……おのれっ……」


 泣きそうな顔で穴を掘る。

 正直、もうやりたくない。

 このまま何もかも放り出して、餓死の道を選んだ方がマシなんじゃないかと思えてくる。


 でも、ここでは死ぬことは許されない。

 穴掘りを放棄したり、自殺しようとしたり、喧嘩をして傷つけ合ったりすると白い人形がやって来て、広場の真ん中に連れて行く。

 死なないよう、そこで治療を施され、栄養が与えられるのだ。


 けれども、同時に『罰』も与えられる。

 罰とは痛みである。

 死なないよう、後遺症が残らないように調整された、けれども強烈な痛みが与えられるのだ。

 大の大人が恥も外聞もなく泣き叫ぶような、そんな痛みが与えられるのである。

 皇子も一度それを味わった。絶叫した。失禁した。気絶し、そしてまたすぐ痛みで目が覚め、ふたたび絶叫した。あんなのはもう二度と味わいたくなかった。


 だから皇子は穴を掘る。

 恥辱をかみしめながら穴を掘る。

 掘ると、今度は土で固めた人型を作らされる。そして、それを穴の中に入れ、懺悔(ざんげ)をさせられるのだ。


「くっ……お、愚かなる私が……不当にも奪ってしまった、と、尊き命よ……どうか安らかに……土の中でお眠りください……」


 歯をギリギリとかみしめながら、正座をし、両手を合わせ、頭を下げる。


 そして穴を埋める。1日かけて苦労して掘った穴を埋めてしまう。

 埋めると白い人形達がやってきて踏み固める。ご丁寧に石まで埋めた上で、カチカチに固めてしまうのだ。

 物理的に見れば、土を掘って、土の人型を入れて、土を埋め直すだけの何の意味もない仕事だ。


「くっ……!」


 無意味な仕事をやらされる屈辱に、うめき声が漏れる。


 最後は土下座である。

 檻の外のオアシス国家の住民に対し、這いつくばって頭を下げる。


「も、申し訳……ございませんでした! 我々帝国人は……くっ……クズでございます……。どうか……お許しください……」


 悔しさで歯を食いしばりながら、頭を地面にこすりつける。

 そんな皇子の耳に笑い声が聞こえる。


「ぷぷっ」


 見るとオアシス国家の住民が皇子を見て笑っている。

 指をさして笑っている。


「がんばれよー、お・う・じ・さ・ま!」


 揶揄(やゆ)するようにからかう住民もいる。

 怒りで発狂しそうになる皇子。


 しかし、まだ終わっていない。


 最後に一発ギャグが残っている。

 やりたくない。あんな屈辱的なこと絶対にやりたくない。でも、やらないと『罰』が待っている……。


 皇子は屈辱で体を震わせながらガニ股になる。下半身を前に突き出し、両手は万歳の格好にする。

 そして、その格好のまま、両足をバタバタ踏みならし、こう言うのだ。


「ぼ、僕は高貴なる帝国の皇子様なのだぞーーー」


 住民はドッと爆笑する。


「ぷ、ぷぷっ、ぷぷぷぷぷ!」

「わははははははは!」

「うひゃひゃひゃひゃ! ひっ、ひっ、ひひっ、は、腹が痛い!」


 もはや何度見ても面白い、定番のギャグである。

 老若男女そろって、ゲラゲラ笑う。


「ぐ、ぐぅっ!」


 皇子はもう、悔しさと羞恥と怒りとで頭がどうにかなってしまいそうだった。


「ち、ちくしょう! おぼえてろ! 下賤な野蛮人どもめ! 高貴なる帝国人様にこんなことしてただで済むと思ってるなよ! お前ら全員、殺してやるからな!」


 泣き叫ぶ皇子。

 その顔に、つばがかけられる。


「だ、誰だ!」

「うるせえよ、バカ皇子! こっちは疲れてんだよ。黙ってろ!」


 兵の1人である。


 兵と皇子とでは隔絶した身分差がある。

 本来なら、このような無礼な口のきき方をするなど絶対に許されない。

 今までであれば、このようなことをしでかした兵は即刻処刑になっていただろう。


「くっ……」


 だが、皇子は歯をギリリと食いしばるだけで何も言えなかった。


 周囲の兵達がそろって冷たい目で見ていたからである。

 お前が無能だからこんな目にあったんだ、とでも言わんばかりの表情である。


 そして皇子を助けようとする者は誰もいなかった。


「ちくしょう……ちくしょう……」


 皇子はただただ、屈辱のうめき声を漏らすことしかできなかった。


 こうして帝国の第8皇子は、表舞台から姿を消したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ