第13話 帝国の遠征軍が悲惨な目にあう話 (6)
三人称視点です。
「……は? おしおき?」
金髪おかっぱ頭の皇子が、呆けたような顔で言う。
「そう、おしおき」
火消坂はそう言うと、遠巻きに見守る住民達に広場から離れるように命じた。
広大な中央広場の真ん中に縛られた帝国軍の将兵達が集められ、その周りを火消坂とゴーレム達が囲んでいる形となる。
何をするつもりだと皇子はにらむ。
火消坂はこう言った。
「はじめに言っておこう。僕はお前達を殺さない」
火消坂の言葉に、皇子はフンと鼻を鳴らした。(ようやくこの蛮族も僕達の恐ろしさが理解できたか)と思った。
殺さないのなら、監禁するか、解放するかしかない。
こんな小さな都市国家に、帝国軍1万人を監禁することなどできない。牢もなければ、メシを食わせる余裕もない。火消坂とかいうこの貧乏くさい蛮族にも、自分たちを養う能力があるとは思えない。
であれば、解放するしかない。
(要は帝国にビビって解放することを選んだんだな)
皇子は、そう確信し、蛮族にしては賢い選択じゃないか、と笑った。
無論、許すつもりはない。
許してやるふりをして裏切るのが、皇子も帝国人達も大好きなのだ。
以前、とある国を滅ぼした時、「どうか息子の命だけは!」と地面に頭をこすりつけて懇願した母親がいた。
「いいだろう。その気持ちに免じて許してやろう」
皇子は笑ってそう答えた。
「あ、あ……ありがとうございます! ありがとうございます!」
母親は心の底から安心したような、喜びに満ちたような顔で何度も礼を言った。
その直後、皇子は剣で息子を串刺しにしてやったのだ。
あの時の母親の一瞬きょとんとした顔と、直後の絶望にあふれた絶叫、そしてわが子にすがりついて「いやあ! ユギ! ユギ! 目を覚まして! いや! いやああああああ!」と泣き叫ぶ声を、皇子は今でも時おり思い出しては笑ってしまうのだった。
火消坂に対しても許してやるふりをして、必ず殺してやろうと皇子は考えていた。
その時にこいつがどんなマヌケ顔をさらすか、今から楽しみだと思っていたのだ。
が、火消坂がその後続けた言葉は、わけのわからないものだった。
「さっきの実験でわかったんだけどね、庭作りスキルはハードモードが指定できるんだ。イージーモードがないのにハードモードがある、というのもマゾ仕様だけれどね。
なので、今からお前達にはハードモード庭作りをやってもらおうと思う。一生、ここでだ。
やってもらうのは土いじりだ。庭作りの基本は土いじりだからな。
それとお前達は僕のゴーレム達に対して『土下座しろ』と言ったらしいな。人にやれという以上、自分達もやる覚悟はあるんだろ? だから、これもやってもらう。ついでに、ふんどし姿になってもらおうか。
まとめると、お前達の仕事は『ふんどし姿で土下座しながら土いじり』だ。ま、今までお前達が殺してきた命の数に比べれば、ささやかなものだろう。じゃあ、いくぞ」
皇子は意味がわからなかった。
『ふんどし姿で土下座しながら土いじり』とは一体何なのか?
(何をわけのわからないことを言っているんだ、こいつは? 帝国の恐ろしさに今さらながらに気がついて、気でも狂ったか?)
疑問に思う皇子をよそに、火消坂は背を向けると離れていく。
そうして、あるところで皇子達に振り返ると、何やら念じた。
その瞬間である。
広大な中央広場のうち、帝国軍を中心とした半径150メートルの円状の土地一体に、草が生えてきたのである。
「は?」
「な、なんだこりゃ?」
「く、草?」
帝国軍が驚きの声を上げる。
そんな彼らの周囲に、今度は身長2メートルほどの顔のない真っ白な人形が数百体、どこからともなく現れる。
「ひっ!」
「ひゃっ! な、なんだ、こいつら! く、来るな!」
その不気味さに皇子達は思わず悲鳴を上げた。
自分たちに襲い掛かってくるのではないかと思ったのだ。
が、その予想は外れた。
人形達はどうしたことか、皇子達を縛る鉄の輪をほどいてくれたのだ。
(な、なんだ、一体?)
意味はわからないが、ともかくも自由になった。
なんだかんだ言って帝国軍を解放することにしたのだろう。
皇子はそう思い、ニヤリと笑った。
火消坂を見ると、帝国軍を解放して許してもらえたと思っているのか、安心したような顔をしている。
そんな許されたと思って安心している顔を裏切るのが、皇子も帝国人達も大好きなのだ。
「よし、お前ら。やれ!」
皇子が指で火消坂を指すのを見て、部下達もニヤリも笑った。皇子の意図が一発で理解できたのだ。
彼らは一斉に火消坂に向けて手を伸ばした。
そして、解放してくれた礼など一言も言わず、代わりに魔炎を放ったのだ。
蛇のような魔炎が何十本も火消坂に向けて伸びていく。
「あっ! 危ない!」
「に、逃げて!」
住民の悲鳴が聞こえる。
火消坂はニコニコ笑ったまま動かない。
魔炎が火消坂の体を今にも包み込もうとする。
皇子達は、火消坂が火だるまになるさまを想像して、酷薄な笑みを浮かべる。
あんな弱そうなやつ簡単に消し炭になるに違いない。女達が慌てて守ろうにももう手遅れだ。彼らは、そう確信していた。
自分たちになめた真似をしたクズの蛮族が死ぬのは、実に心地よかった。そして、リーダーである火消坂が死ねば少女達も混乱する。その隙をついて、この状況を切り抜けようという計算もあったのだ。
ところが、魔炎が火消坂のほんのすぐ手前まで来たところで、突然炎が霧散した。
「……は?」
意味のわからない現象に、皇子達は唖然とする。
魔炎が消えた。
それはちょうど、帝国軍のいる半径150メートルの草で覆われた円状の土地から外に炎が出ようとした時だった。
まるで、円状の土地が見えない壁で囲まれているかのような……。
「お、お前達、突っ込め!」
「え?」
「あの蛮族の男に突っ込め! 剣でずたずたにしろ! 早く!」
「は、はいっ!」
皇子の命令に、部下たちは剣を片手に「うおおおおお!」「死ねええええ!」と突っ込む。
そして、円状の土地から出ようとしたところで、見えないガラスにぶつかったかのごとく、ゴンと音を立てて弾き返された。
部下たちは、呆然とその場にへたりこむ。
「バ、バカな!?」
皇子は円状の土地の外縁に向かう。
手を伸ばす。
壁である。円状の土地を囲むようにして、透明な見えない壁があるのだ。
(閉じ込められた……!)
どういう理屈かわからないが、ともかく閉じ込められたのだ。
皇子に焦りが生まれる。
壁を叩く。蹴り飛ばす。斬りつける。魔炎を放つ。
ダメである。
何をやっても壁はびくともしない。
「お、お前達! 何をやっているんだ!? さっさとしろ!」
「……は? え?」
「え、じゃない! どうにかしてここから出るんだよ。早くしろ!」
「え、あ、はっ、はい!」
兵達も慌てて円状の土地の外縁に向かう。
頭突きをする。ショルダータックルする。助走をつけて思いっきり跳び蹴りをする。
全て無駄である。透明な壁は壊れる気配すら見せない。どうやっても外に出られないのだ。
ついには皇子をはじめとした魔炎剣の使い手が、一斉に剣に炎をまとわせて見えない壁に斬りつける。
が、それすらもカンと弾かれてしまう。
「そ、そんな……」
鋼鉄をも切り裂く魔炎剣が通じないとなれば、もはや皇子達に外に出られる手段は存在しない。
帝国軍は自分達が完全に閉じ込められてしまったことを理解した。
(う、うそだろ、おい……)
焦燥に駆られる皇子の脳裏に、火消坂の言葉がよみがえる。
『なので、今から君達にはハードモード庭作りをやってもらおうと思う。一生、ここでだ』
ハードモード庭作りというのが何なのかはわからない。
だが、あの男は『一生、ここでだ』と言っていた。
一生……。
一生ここに閉じ込められる……。
ずっとここから出ることもできずに、広場の真ん中でさらし者にされる。住民達からはバカにしたような目で見られるだろう。笑いものにされるだろう。それが死ぬまで続くのだ。
死ぬまでずっとバカにされ続ける人生……。
皇子はぞっとした。
嫌な汗が吹き出てくる。
心臓が恐怖でバクバクし始める。
「……お、おい、嘘だろ、なあ? 僕を閉じ込めるだなんて、冗談だろ?」
壁の向こうの火消坂に震える声で問いかける。
火消坂はニコニコするばかりで、何も答えない。
が、その顔を見た瞬間、どうしてか皇子は悟ってしまった。
あれは本気だ、と。
本気で自分を一生閉じ込めて、さらし者にするつもりなんだと。
皇子としてちやほやされ、ぜいたくな暮らしをしてきた自分に、みじめで貧しくて苦しくて屈辱の人生を、老人になるまでずっと送らせるつもりなのだと。
「う、うそ……ほ、本気?」
火消坂はニコニコ笑っている。
その表情は先ほどと何も変わらない。
「い、い、いやだ……」
皇子の膝ががくがくと震える。
歯がカタカタと鳴る。
全身が、ぞっとする恐怖で包まれる。
皇子は顔を青くて、震える声で叫んだ。
「いやだ……いやだあああ! や、やめろ! やだ! やだ! 僕を出せ! ここから出せ! 出してくれえええ!」




