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第1話 スキルを月に向けて使ってみよう

 初めて異世界に召喚されたのは、僕が大学生の時だった。

 びっくりした。


 何しろ、学校帰りに突然変な光に包まれたと思ったら、知らない場所にいたのだ。

 そこは中世ヨーロッパ風の町の広場で、真ん中には大きな直方体の石が置かれていた。上に乗って陽気なコンサートでもできそうな感じだ。

 僕がいたのは、その石の上だった。


 石の上にいたのは僕だけじゃない。

 ファンタジー作品に出てくる貴族のような格好をした連中がずらりと並んでいる。

 その中で一番偉そうなヒゲ面の男(後で知ったけど皇帝だった)が、こう叫んだ。


「みなの者、召喚に成功したぞ!」


 それに呼応して、広場に集まった民衆が「わーっ!」と歓声を上げる。

 僕は目をパチクリさせる。うん、意味わかんない。なにこれ?


 そんな僕に構わず、今度は司祭みたいな格好の白髪の男がやってきて、こう言った。


「ではさっそく、この男のスキルを鑑定しましょう」


(は? 僕のスキル?)と思う間もなく、僕は青い光に包まれる。

 こんな情報が視界に映った。


-----


 [スキル名]

  庭作り


 [効果]

  緑豊かな庭を作ることができる。


 [制限]

  他人の土地では使えない。

  小麦や綿花や魔法草(まほうそう)のように、衣食住に役立つ植物は育てられない。


-----


 白髪の男が、僕のスキルの情報を読み上げる。

 露骨にガッカリした声だ。

 盛り上がっていた民衆も、しんと静まりかえる。

 しばしの沈黙。


 そして、爆笑が起こった。


「ぎゃははははは!」

「なんだよ、庭作りって。あひゃひゃひゃひゃ!」

「あはははは、ばっかみたい! 要するに、自分の庭で役に立たない植物を育てるだけのスキルってことでしょ? ゴミじゃないの」


 民衆は、老若男女そろって僕を指差し、バカにした顔で嘲笑する。

 ゲラゲラという笑い声が、広場全体を覆う。


 笑っているのは民衆だけではない。

 石の上にいる皇帝やその取り巻きたちだってそうだ。


「わははは、一発で当たりは引けぬものじゃのう」

「ははは、陛下。これはとんだゴミを引いてしまいましたな」

「まったく、ゴミ処分が面倒ですなあ。あっはっはっは」


 そんなことを言いながら、僕のことを(あざけ)るように笑っている。


 僕はもうわけがわからなかった。

 気がつくと知らない町の広場にいて、変なスキルを見せられて、ゲラゲラ笑われて、いったいなんなんだ!?


 そんな僕を見て、皇帝の取り巻きの一人がニヤニヤ笑った。


「やれやれ、これだから田舎の蛮族は困る」


 彼はそう言うと、「無知な蛮族にモノを教えてやろう」と言って偉そうに説明を始めた。


 僕が召喚されたのは帝国という、自分たちのことを「世界で一番高貴な民族」と考えている連中の国らしい。

 自分たちは偉いと思っているから、他国を支配しようとする。

 当然、他国は反発する。

 戦争になる。

 戦争には武力が必要だ。

 そのための戦力が、異世界から召喚された人間、つまり僕のようなやつというわけだ。


 なんでも召喚された人間には、不思議なスキル(つまり特殊能力)が宿るらしい。

 例えば、怪力のスキルがあれば、巨大な剣を振り回せる。

「そのスキルを使って、戦争の道具として奴隷のごとく働け」というのが帝国のやり方だそうだ。


 ところが僕のスキルは庭作り。

 戦争の役には立ちそうにない。

 期待外れ。

 だからみんな笑った、というわけだ。


 期待外れなら、もっと怒るんじゃないかって?

 大丈夫。

 召喚っていうのは、本来はものすごく時間がかかるものなんだけど、召喚された人間(つまり僕)を殺して、すぐ()(にえ)に捧げれば、即座に再召喚できちゃうんだ。

 みんなが笑っているのも、どうせまたすぐ召喚できる、と思っているからだ。


「よかったな」


 取り巻きはそう言って笑う。


 よかったな、じゃないよ!

 僕、死んじゃうじゃん!


 僕はようやく現状を理解し、焦り出す。

 が、屈強な兵士達が僕を両脇からガッチリと抑えているので、逃げることもできない。


 幸いなことに、すぐには殺されなかった。

「万が一、使えるスキルかもしれないから」という理由で、スキルの実験をさせられたのだ。

 僕のスキルは「他人の土地では使えない」から、適当な土地を書類上一時的に僕の土地ということにした上で、スキルを使うように高圧的に命じられる。

 スキルは簡単に発動した。

 庭作りをしたい場所を目で見る。そして念じる。

 この2つの動作だけで、地面から草がにょきにょき生えてきたのだ。

 魔法使いになった気分で、ちょっぴり感動した。


 もっとも周囲の反応は冷たい。


「なんだ、その草は?」

「はっ、陛下。雑草でございます」

「何か役に立つのか?」

「いいえ、全く」


 群衆の間から、また笑い声が聞こえてくる。


「あはは、雑草を生やすだけだってよ」

「ぷぷっ、やっぱゴミじゃん」

「使えねえー」


 ゲラゲラ笑われて頭にきた僕は、気合いを入れてさらに念じる。

 そうすれば僕の気合いの入った庭作りパワーで雑草が何百メートルにも成長し、あたりをメチャクチャに破壊して、それに乗じて脱走できるんじゃないか、とちょっぴり期待したのだ。


 ……ダメでした。

 雑草はもうこれ以上大きくならない。

 群衆は、必死になって念じる僕を見て、ますます嘲笑する。


 こうして僕は完全に役立たず認定され、屈強な兵士達によって両手足を縛られた上で、牢屋に閉じ込められてしまった。


 処刑は明日らしい。

 すぐに殺して次の召喚の生け贄にしないのは、召喚の準備に最低でも1日かかるからだそうだ。

 ありがたいことに、寿命が1日伸びたというわけだ。


 もっとも、その間、僕は牢屋の中で処刑を待つことしかできない。

 両手足を縛られているから動くこともできない。

 イモムシみたいに()いつくばる僕を、町の人達はケラケラ笑っている。


 ちなみに、牢屋は動物園の檻みたく、町の広場に設置されている。

 民に娯楽を提供すべく、僕を見世物にしている、とのことだ。


 通りがかる人々は、そんな僕に向けて、鉄格子の間から色々と投げつけてくる。

 泥の塊や生ゴミを顔面にぶつけてくる。

 そして、口に入った泥を苦しそうに吐き出す僕を見て、ゲラゲラ笑うのだ。


「ぎゃはは、見ろよあの顔、情けねえな」

「あっははは、きったなーい」


 見張りの兵士たちもニヤニヤ笑うだけである。

 彼らにしてみれば、僕が明日までに死ななければいいのだ。

 命の危険がない限りは放っておく。


 正直、殺意を覚える。

 だが、怒っている場合ではない。このままでは僕は死ぬのだ。

 死んでたまるか! どうにかして助かるための方法を考えるぞ。日本人の発想力をなめるなよ!


 ◇


 ……何も思い浮かびませんでした。


 時刻はもう夜である。

 近づく処刑の刻限に、強い焦りを感じる。

 何しろ、僕ときたら、逆転のナイスアイデアを思いつくどころか、寒くてガタガタ震えているのだ。

 冷たい風が牢の隙間から容赦なく吹き付けてくる。

 兵士達は暖かそうな外套(がいとう)を着ているというのに、僕は凍えている。

 そんな僕を見て、兵士達はヘラヘラと笑っている。


 僕は少しでも風の当たる面積を減らそうと、手足を縛られたまま、どうにか体の向きを変える。

 そのためだろう。

 夜空が見えた。

 月が浮かんでいる。

 白くて丸くて、地球で見るのとあまり変わらない満月。


 その時、僕はふとこう思った。


(スキルを月に向けて使ったらどうなるんだろう?)


 ……あれ? これ、名案かも?

 僕の庭作りスキルは「他人の土地」では使えない。

 でも、月の土地は「他人の土地」ではない。あれは「誰の物でもない土地」だ。

 ということは、月に対して僕の庭作りスキルが使えるかもしれないんだ。


 だとしたら……。

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