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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

有毒の死者

作者: みーみ

誤字脱字が有りましたら、報告おねがいします。

始まりは特になかった。


家が近く、両親の仲もいい。ならば自分達の仲が良くなるのも当たり前と言えば当たり前。幼馴染、腐れ縁、親友、カップル、呼び名は何だって良かった。

小学から始まり高校まで同じ所に通い、進路の都合から大学で初めて分かれはしたが、それでも彼氏彼女としての付き合いは続いていた。

幼い頃から共に生き、育ち、仲違いし、仲直りし、手を繋ぐ。この繰り返しが自分、高木洋一の全てであったと言っても過言では無かった。

そう、過言ではなかったのだ。


10月某日の深夜0時30分、とある部屋の前。自分は立ち尽くしていた。

この部屋のあるじの名前は黒田咲。幼い頃から共に生き、育ち、仲違いし、仲直りし、手を繋ぎ、そして人生初の彼女にして生涯を共にする事を考えていた、最愛の人。


最愛の人であったハズの人、心を通わせ合ったハズの人。



その彼女が高校時代の同級生と、一糸纏わぬ姿で交じり合っている。訳が分からない、何故その相手が自分じゃないのか。


感情が急に凍りつき、呼吸が細く、長くなる。体中の血液から体温が抜けていく。

不在か寝てるだろうと音を立てぬようこっそりと、お互いに一人暮らしだからと合鍵を共有していたのが情けなく。

いっそ相手に見つかったしまったならば、まじまじと見てしまう事も無かったのだろうに、気づかれなかったが故に余計なまでに視聴覚が仕事をする。

現実は何処まで残酷で容赦しない、二人の繋がりがこの目に焼き付く。


あぁ、何故?


と自問自答する。大学の立地的にお互いが実家を挟んで反対側であったから、共に一人暮らしであった。


何故?


自分は短大、彼女は国立大。卒業間近で忙しくて最近会えていなかった。連絡も途切れがちだ。


何故?


スタイルもよく、ミスコンにも選ばれる美人な彼女と到底釣り合わない自分。彼女は月に一度は告白を受けていた。現に今の相手は少なくとも一度告白しているのを知っている。


何故?


彼はイケメンという部類で、自分は幼馴染でも無ければ彼女と生涯話す事もない。そんな人種だ。


何故?


今日は、いや正確には昨日。彼女の誕生日で毎年お祝いしていたから。


何故?


女友達と遊ぶとかで連絡しても繋がらなかった、それでもお祝いを持って来た。咲の好きな朝顔をモチーフにした万年筆とメッセージカードを共に置いて帰るつもりだった。


何故?


何故?


何故?彼女は、彼は、いやそもそも。何故、自分は玄関前まで戻り立ち尽くす?


何故逃げるのだ自分には一切の非がない、怒鳴り込んでも良いのに、何もかもよく分からない。

兎に角足を動かさなければ、止まれば死んでしまうと本気で歩く。

秋も深まって冬間近、屋外は当然の北風。寒いし帰ろう、でもタクシーは拾わずに駅まで歩こう、良くは無いがこれで良いんだ。


そう思いため息を吐く。魂が抜けるため息だった。


何かが足りなかった、何かを間違えていたのだろう。

それが分からない。分かりたく無かった。

嗚咽を鳴らしながら歩く自分はさぞ滑稽だろうが、哀れみの目線が丁度いい。

負け犬にはお似合いだと強がろう、意地すら張れないようでは笑うに笑えない。だから笑おうと、片手で両の頰を持ち上げようとがんばるが、上手く行かない、涙で手が滑る。

いくら歩こうとも、街中を泣き歩こうとも、何かが変わる訳じゃ無い。微かに残った冷静な判断力が終わりを告げる。



愛していたよ咲。さようなら。



心中でケジメをつけて、駅でタクシーを拾う。万年筆は駅のゴミ箱に放り込んだ。


「何か有りました?」


運転手のおじさんに心配される。そこまで酷いらしい。


「惨めを、噛み締めてます」


無理に笑ってみた。バックミラーでみた自分の顔は不器用で湾曲した、隠しようの無い作り笑いだった。




それからは彼女との連絡がゼロと言って良い程薄まり、最後のやり取りは「クリスマス空いてる?」「ごめん、女子会がある」「了解、楽しんで来て」という味気ないもの。

それは本当に女子会?いや違うだろうと問う気も出て来ず。新年の挨拶も無く、自然消滅していく関係。


そういうものだったと諦めて、、、


自然に彼女のいない日常が当たり前になっていく。

虚しくもあったが思ったよりも動じない自分も居た、それで良いのだと。安堵感とも望郷とも違う、不思議な侘しさがあった。


短大を卒業して直ぐに、実家から離れる計画を立てており、実行に移す。実家は彼女との関係が強すぎる。

離れないといけないという脅迫観念にも似た何かに突き動かされ、大学の教授に無茶を言って紹介して貰った会社に就職。

酒を奢れ、就職の連帯保証人だけなら判子を押してやる。教授は一升瓶で二万もする焼酎を片手にご機嫌ではあった。


実家には独り立ちする、連絡はするよと言い就職先も教えずに引っ越し。後に携帯も変更した。

これでようやく一区切りと乾いた笑いが込み上げる。でも笑ってばかりいられ無い。

県が三県も離れれば誰も自分を知る人がいなくなる。

会社、仕事、新しい人付き合い、新しい生活。何もかもが新鮮で、時に容赦がなく、それに癒される自分がいて。


同期が六人いたが、2年目には自分を含め二人しか残らなかった。

森山恵というその同僚は背が低く小太りで愛想も悪く若白髪が目立ち、そばかすまみれで常に暗いオーラが出ている女性であった。

要領も悪くあたまの回りもイマイチ、だが妙に馬があった。

お互いに上司の愚痴を言い合うため、共に食事をするようになり、仕事をフォローし合い、また愚痴り合う。

三年目には節約の為にと同棲し始めて、お互いに妥協しようと自分からプロポーズをした。

酷いプロポーズがあったもんねと毒吐きつつ、恵は生涯独身で死ぬつもりだったが仕方ないかと笑っていた。


それからさらに三年弱。

実家には生きてる、結婚した、子供ができた、仕事が忙しい、予想外の現物ボーナスで持ち家に、家がとはしゃいだら年子で子供が出来たから帰れない等と一方的に連絡を入れていたが、流石にこれ以上は厳しいかと思い立つ。

26歳手前にしてようやく実家に顔を出す決意を固める事に。

嫁には遅すぎるとからかわれるが許して欲しい。気まずいので色々と事情があるのだよ事情が。

覚えてる電話番号にかけると懐かしい声が聞こえた。母親だ。


手短に用件を伝える、来月に三週間以上まとめて休みが取れるハズだから帰るつもり。良いかな?

返答は簡潔だった。

実家に帰るのに許可なんて要らない、嫁と孫の顔を見せろバカ、親不孝の罰として市中連れ回し家電購入の刑。

母親の罵倒は何時も正論でキレが良く理不尽だ。




実家ではまず親父のゲンコツから始まった。頭を抱えて悶絶する自分を見て嫁と母が大爆笑している、解せぬ。

そして嫁と母の愚痴大会、対象は勿論自分。解せぬ。

孫と遊ぶから家電買って来い、自腹を切れ。解せぬ。


仲良くなった嫁と母を眺めつつ、親父と少しづつ、ポツリポツリと会話しながら酒を酌み交わす。

お前は酒を酌み交わす前に居なくなったからな、ごめん、まぁ元気やっとるみたいだから良いよ、あぁ、良い嫁さんだな、うん、おれぁ何も言わんよ若いうちは色々あんだろ、ごめん、良いさ別に、でもさ、それでもだお前が元気で良かった、俺も親父とおかんが元気でよかった



長い不在を丁寧に埋めるよう、親父とゆっくりとゆっくりと話し合う。

母親が家庭菜園をはじめた事、一人暮らしを始めた妹の事、親父が痔の手術をした事。下らない事を含めて少しずつ。


「咲ちゃんだけどな」


一通り話し終え開いた間に、なんでも無いような事を話す体で、一番聞きたく無いような聞きたいような事を話し始めた。

咲も結婚したのかな?相手は例の高校時代の同級生か、あるいはもっと良い男を見つけたのだろうか。

親父としてもある意味これが本題だったのかもしれない。何せ咲の父親と親父は親友だ。


「一度会ってやりなさい」


「あぁ、うん。それは良いけど」


「良いけど?」


「あいつは、会いたがらないだろ」


捨てた男と幼馴染だからと言うだけで会う、普通は嫌がるだろう。

だがそれは違うらしい。


「咲ちゃんなぁ、お前がいなくなってからな、偶にうちまで様子を聞きにきてたぞ」


「あいつが?」


「おれぁ、お前達の仲が良いものだと思ってたが違ってたのか?」


「どうなんだろ、どうだったんだろう」


ぬるくなった焼酎を舐める。自然消滅したから最後は別れるとも言わず、嫌いになったとも言われず、他に好きになった人がいるとも聞かず。

そう言うのも言われるのも聞くのも自然に風化し、5年の月日は感傷を更地にする。

今なら、波風立てずに上手くいくだろうか。


「お前が結婚したのを知って泣いとったぞ」


「なんで?」


「さぁな、だから会って話してみろ」


親父は手酌で継ぎ足し、一息に飲み干す。

意図的に避けていたから、確かに最後は碌に意思疎通していなかった。

もしかしたら咲の視点では勝手に疎遠になり、別れ話も無く、遠くの地で結婚した不誠実な男と言う扱いなのか。

それならどうしようか、誤解を解く必要があるのか?

しかし、証拠も何も無い。そもそも今更ぶり返す必要性もない。


「不誠実な男か、、、んな理不尽な」


どうしようもない、その誹りは受け入れよう。せめて誠意を持って話そう。





実家に帰ってから一週間程。自分はある種の真理を悟っていた。


曰く、親孝行とは自発的にするものでは無い。親に強いられて行わされる事。

曰く、嫁姑同盟軍には植民地支配を受け入れるしかない。

曰く、長期休暇と言う名の労働力。


解せぬ。


毎日朝から子守片手間に家庭菜園の土つくり、昼は買い出しの足兼荷物持ち、夜は晩飯の下ごしらえ兼子守からの赤ん坊の寝かしつけ。

休暇とはなんなのかと問い詰めたくなるが、仕方ない。言えば5年も心配させた罰とぐうの音も出ない罵声が来る。


そんなとある夕方、事前に連絡はされていた通りの時刻に咲と咲の両親が挨拶にやってきた。

蔑み、罵倒、嫌悪されるのだろうと身構えるが来訪したものは仕方ない。

ここからは耐えるしか無い。それにこうは言っても一月もせずにあちらに帰るのだ。帰ってしまえばそれ以上は何も無い。



玄関口で見たのは、記憶より10才以上年を取ったような落ち着いた様子の咲両親。そして、


あの時から変わらず美しく、スタイルも良く、長く黒い髪。丈の長いスカートに同じく長い袖のある服。話に聞いた酷い時期を知らない自分にとって、昔のまま綺麗になった。


そんな懐かしい幼馴染がいた。共に生き、共に育っていたかつての幼馴染が、その延長線にいるような最愛だった幼馴染がいた。



変わらない様に見える、その為に血を吐く様な努力をしたと聞いた。でもそれは表面上見えない。詮索するのも思案するのも野暮な事。

違う人生を別々に生きている、そして出会ったから家族を紹介する。


「久しぶり、紹介するよ。嫁さんの恵、息子の大輝、娘の優子」



「久しぶりね。それと恵さん、大輝君、優子ちゃん。初めまして」



そして続く両親同士の挨拶、恵との挨拶、息子と娘への挨拶。

咲の両親は自分にも普通に挨拶しただけ、深く話しこむ事も無い。

ある意味では当たり前のように、ある意味では歪に、古い知り合いだと恵にも互いの事を紹介。

そして晩御飯を共に食べる事に、場所は此処で。

予定通りなので、特に問題なく進む食事会。主に自分の両親と咲の両親が話し、自分達は相槌を打つ。

何も、無い。風化した荒野のような歪な晩飯時。


だからか、予定調和のごとく自分は縁側に。夜風に当たりに行くと席を立ち、それに咲が続いた。

恵は子供達の世話をしている。

掃き出しの窓ガラスごしに自分と咲が結構な距離を置いて座っているのが見えるだろう。

だが、窓は閉めてあるから、会話は中に聞こえない。

ある種、都合の良い場面でもあった。


自分も何か言いたい事が聞いてみたい事があったハズだ。あの時の事とかその後の事とか。何故とか、嘘だろとか、ただの噂だろとか。

でも口に出す意味が無い。そんな事は無意味としか思えなかった。


「良いお嫁さんだね」


そんな当たり障りの無い言葉から始まった。


嫌味か、嫌味じゃ無いよ、プクプク太って前は小太りだったが今は小錦だ、そんな事言わない、まぁ良い嫁だとは思うがな、惚気、惚気だよ、最低、別に良いだろ、良いけどさ



そう言って笑った彼女の顔を良く知っている。

あの日の自分の顔と同じ、隠せてない作り笑い。


「何処から話そうか」


「嫌なら話さなくて良いよ」


「んじゃー同情狙いというか、ドン引き狙いから話そうかな」


「嫌がらせか」


「独白みたいなものよ、嫌なら回れ右して中に入れば良いし」


ただの後悔だから、とぼやいた。

これもある種の理不尽か、あの時の対話不足が此処に溢れて来ただけ。最後まで付き合う義務は無いが、ケリを付けないと。

彼女も自分も過去が毒のように未来を蝕む。

空には星が見える、星座なんて点で分からんが素直に綺麗だと思った。


「聞くよ」


「ありがと」


んじゃ話すけどさ、引かないでね。と前置きから始まった。


よーくんが居なくなってからも特に変わらなかった。いや違うか、裏切られたと思った。

ゴメンね、今振り返ると馬鹿でしかない。新しく彼氏を作っては振り振られて。お金を貸しては裏切られて。

付き合う知人も派手になって、それに見合うブランド物の高い装飾品が必要で。

お金の為にパパ活みたいな事に手を出して、その中に馬鹿だった私には刺激的で最低な人がいた。端的に言うとヤクザだった。

それで地獄を見た。今も続いてると言えるかも知れない。

ヤクザは私を情婦として召し上げて、色々な事をした。

俺のために、俺の言う事が聞けないのか、やれ。薬を打たれて覚醒剤の依存症になってからは早かった。

背中にタトゥーを入れられて、その痛みを紛らわす為に薬を使う。悪循環が加速して腕とか胸や腹や足のタトゥーが増える。

タトゥーってね、二週間ぐらい安静にしなきゃいけないのに、そんな事一切されずにやる事されて。

化膿した部分が痛くてまた薬を使う。

ここまで来ると何も抵抗できなくなっててね、大学もいかなくなったなぁ。あんなに頑張って勉強してたのに、全部無くなった。

ふざけた場所にピアスがついて、避妊なんて当然されないから堕胎も二回した。人格なんて無いも同然、AVにも何回か出演した。全て、薬欲しさに。

そして性病にかかり海外に売られる寸前で、両親が間に合った。薬と落ち切った体力、ボロボロの身体。ありとあらゆる意味でギリギリだったみたい。

このへんは今でも記憶が曖昧でね、お医者さんには奇跡的だって、御両親には感謝しなさいって。ホントに感謝してもしきれない。

そしてヤクザは余罪含めて懲役34年で捕まり、私は両親の監視のもと薬を抜く為、未だに自立も出来ずに生きている。


「アホでしょ」


咲は自虐するように笑った。いつの間にか三角座りのように膝を抱えながら、どうしようもないと、泣くように笑った。

スカートから覗く足には荊のタトゥーが見え隠れしており、所々に痛々しい痕跡もある。


「あほだな」


噂で聞いていた。両親から、こちらで再会した旧友から、余計なお節介をしてくるご近所さんから。自分は関係無いと言い張りたかったが、それを強弁出来るほどに無関係とも思えない。

だからどれ程聞くに耐えなくても、知りたく無くても、悲しくても黙って最後まで付き合うのだ。


「うん、阿呆だ。それでまぁ此処ニ年以上も薬の後遺症と戦ってきたけど、辛くてね」


「今も辛いのか?」


「昔に比べたらマシ」


咲はさらに独白を続ける。

それでも辛いから、その辛さから目を背けようって、楽しかった頃の記憶を思い出すようになってね。

頻繁に思い出しては懐かしんでね、湖に行ったこと、バーベキューに行った事、よーくんと他愛もない雑談をしていた事、付き合い始めた頃とかね。

今更何言ってるんだと笑っちゃうけど、安心できる心休まる記憶ってよーくん関連しか無いんじゃ無いかなって程でね。

磨耗していた記憶もだんだんと鮮明になってきて、しっかり思い出せるようになるのに一年近くかかったよ。


それで、、、、あー、やだな、言いたく無い。


いや此処まで無茶苦茶に、キツイ事まで独白しといて何だけどね。今からの言う事のが深刻で、結構死にそうなのよ。割とガッツリと。


そう言った彼女の目はどこまでも真剣で、嫌だと言っていた。


「無理に言う必要ないだろ」


それならば無理に言う必要もない。これで終わりで良いじゃないか。


嫌、それでも、話させて、お願いだから最後まで聞いて。

私はね、よーくんに裏切られたと、捨てられたと思ってた。いつの間にか居なくなってて、それで結婚?

最低なクズじゃんってね。他のその他大勢と同じで体目当て、結局は信用できる男なんて一人も居ないって。


でも、思い出して行くとズレてくる。ずれてるのよ。

私の記憶と楽しかった時期と、裏切られたと思った時期と嫌な記憶が始まる時期がね。


咲は星を見上げて大きく深呼吸をした。


よーくん用のフォルダがまだ残って居た、消し忘れか最期の拠り所だったのか。皮肉な事に致命の一撃を教えてくれた。

最後の連絡はクリスマスの予定について、新年の挨拶も無し。私はそれを気にもしてない、気にしてないという記憶がある。

そしてそれまで頻繁にあった連絡が、私の誕生日を境に急に無くなった。クリスマスで途切れる。

何故なの?

でも理由は簡単に予想できた。だって誕生日なんだから、だから、今なら、いや今しか聞く事が出来ない、でも聞きたくない。あぁ、聞きたくないなぁ、、、



「よーくん」


「なんだ」


咲は細く長い足を、震える膝を抱きしめながら、


「私の20歳の誕生日、お祝いしようとしてくれた?」


それはどう答えれば良いのか、いやもう、どうにも無い。

理不尽に加害者だと、不誠実な裏切り者だと。

最低なクズだと罵倒される方がマシだった。

それならば、そっちの方が救いがあった。それならば、、、

だが今更どう言い繕えば良い。

決定的な証拠は無いが、状況証拠はある。

嘘をついてもバレる自信がある。何せ彼女は、あの時までは共に生きて育ってきた幼馴染だ。

せめて誠意を持ってと思ったら、すぐに揺れてこのざまだ。


「咲の好きな、朝顔をモチーフにした万年筆を」


正直に答えた自分は、やはり碌でなしのクズだろう。

咲は本当に、本当に物欲しそうに。今そこにそれがあるかのように右手で持つふりをして、


「見事なまでの致命傷だよ」


そう呟いて笑った。何処か安心するように、過去に見切りをつけるように。彼女は架空の万年筆を夜空に向けて、上を向いて笑った。

その右手に、右手の甲にあるタトゥーに釣られて自分も夜空を眺める、星座なんてなんにも分からない。

首が痛くなるまで見上げていた。







「よーくん、不誠実でごめんなさい」


「良いよもう、怒って無いし」


「そこはちょっと怒っていて欲しいな」


「んなアホな、じゃあ一つ聞かせて。なんで佐々木?というかいつから?」


「九月からだったかなぁ、絢香ちゃんに誘われて数合わせで参加したコンパでたまたま。唯一の同い年で同級生だったから話が弾んで」


「絢香のやつ」


「絢香ちゃん責めないであげて、あの子、責任感じてるみたいだから」


「だろうな、母さんに聞いたよ。単位落としまくったらしいな」


「私が馬鹿だっただけって伝えといてくれる?」


「良いけどさ、んで佐々木と上手く行かなかったのか?」


「うん、はじめは背徳感みたいなので盛り上がったけど、半年もせずに嫌な面ばかり目がいってね。で、目が覚めたと言えば良いのか、でもよーくんはいないし。佐々木君は急に怒鳴りつけてきて、二度と会わないとかでお仕舞い」


「なんじゃそりゃ」


「あとはズルズルと。よーくんがいないから告白を断る事に苦労して、友達付き合いも変わっていって、その友達たちに合わせたら、余計に碌でも無い男の人がきて。酷い人ばかりで大変で。更に余計な噂がたって。彼氏彼女になってもやるのはセックスだけ。なんにも楽しく無いし、持ち物がダサい、服がセンス無いとお金が必要で。貯めたお金を取られるわ。それで最後に最低なヤクザ。男なんてだれも信じられない、クズばっかりと思っても仕方ないじゃん」


「かもな」


「でもよーくんは、誠実だった。クズなのは私だった。世の中の男は不誠実なクズばかりじゃなかった。碌でなしばっかりと嘆いていて世界に絶望したのは、単に類は友を呼ぶという分かりやすい理由があった。それなのに悲劇のヒロインぶって、せめて恥を知れと言いたいわよ」


何処かスッキリとした咲は自虐満載で笑った。


「ちなみに何処の万年筆だったの?」


「富土文具のな、そこまで良いやつじゃないさ」


「それで良いのよ、大学生が下手にブランド物を持つ必要性は無いわ。結局は誰から貰うか、どういう想いが込められているか、それが一番大事よ」


「そんなもんか?」


「むしろそれのみね。わたしの金言を参考に、お嫁さんにはそれを重点的に考えてプレゼントを渡しなさい」


「へいへい」


「あと、嫁さんは褒めなさい。一日一回でも良いから」


「なんだそれ」


「構ってくれないと迷うから」


「こらまたキツイ、説得力だな」


「でしょ、至言よ。あとはそうね」


「まだあんのかよ」


「よーくんさ、愛人か妾さん欲しく無い?」


「は?」


「従順で何でも言うことを聞く、好き放題出来るし貢いでくれる。顔も悪くないしスタイルも良いわよ」


「いや、おい」


「性病もこの二年で完治させたし、いくら中に出しても妊娠しないから後腐れ無し。そこかしこにタトゥーがあるのはマイナスだけど、逆に言えばよーくんの好きなようにタトゥーを入れて上書き出来る。費用は私が全額出すし、ピアスも好きにして良い」


「咲、何言ってんだ」


「露出だろうが、SMだろうが、スカトロだろうが、カニバリズムだろうが。全ての要求に応えるつもり、というかたぶん喜ぶ。どうかな結構理想の愛人じゃない?」


「怒るぞ」


「、、、冗談だよ冗談。さぁて、戻りましょうか。冷えてきたからね」


「おい、咲。笑えんぞ」


「うん、冷えてきた」


そう言うと彼女は名残惜しむよう、家の中にはいる。

釣られて家に入る自分を、嫁が凝視していた。

何もやましい事はしてないし、ガラス越しに見ていただろうから、潔白を証明することが出来る。

だが何故か妙に居心地が悪かった。




結局咲と話したのはこの日だけ以後会う事も無く。自分達も二週間後には帰宅した。

両親とは連絡先を交換したものの、取り立てて連絡をする事もない。

むしろ嫁が母と子供の事について話しているようで、自分よりも仲が良い。

いつか遊びに行くと言っていたが、来ては息子に会わず孫と遊び帰った祖母とは、まぁ何も言うまい。




実家から帰宅した二ヶ月後。

咲が自殺した。昔よく遊んでいた公園で首を吊ったそうだ。母と仲が良い嫁経由で自分に伝えられた。

通夜には行かなかった、いや、行けなかった。咲の両親が拒絶するから帰ってくるなとの事。


遺書のコピーだけ見せて貰った。


『両親へ。先に旅立つ親不孝、大変申し訳無く思います。


(略)


全てが徹頭徹尾、自業自得でした。ただ理不尽な地獄なら諦める事が出来たでしょう。ですがこの地獄は決して理不尽ではなかった。

回避する事が出来た。暖かい未来を築く事が出来る、その証拠もあった。だからこそ、これ以上その証明を見ていられないのです。

眩い、暖かい、安心、団欒、信頼、誠実、真摯、勤勉、わたしには耐えられない。


(略)


どうか、幸せになって下さい。それだけを望みます。


黒田 咲 』



その言葉、溢れ出る感情。

自分はまた間違えたのだろうか?

もし仮に、都合の良い愛人や妾として囲っていたら、きっと咲は死ななかっただろう。

だがそれは嫁との関係を極めて悪化させるだけであり、誰も、自分も、咲すらも幸せには出来なかったハズだ。

では何故か?

ああ、そうか。ようやくか。

自分はようやく失恋できたのだ。

こんな段階になって、嫁と結婚し、子供も二人居るに関わらず。

咲との恋に失恋出来たのだ。幼馴染として共に生き、共に育ち、共に苦しんで、それでも今日まで共に生きてきた。

その幼馴染が死んだのだ。

だから嘆くのだ、世間一般からしたら元カノが死んだと言うだけで大袈裟なと。

だから苦しむのだ、男にとって初恋は特別だからなと訳知り顔のしたり顔で慰められる。


迷惑で、余計な事で、それでも必要な。

自分には害しか無い。

彼女の死はそれである。

タイトルが微妙に違う感。

リアルでもゴタゴタしてるから、間違いじゃ無いかも。

良いタイトル案が有りましたら、感想欄にでも。



据え膳食わねば男の恥とよく言われますが、

据え膳を食べないで、誠実であって欲しい。

不倫なんてしないで欲しいと半泣きで懇願する据え膳。


これを食べるべきだったのか、未だによくわかりません。

正解が分かる人がいましたら、感想欄におねがいします。


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― 新着の感想 ―
後半息止めて読んでた気がします。 圧倒的な後味の悪さ… 救いの無い苦すぎる話でした… しかし沢山の人に読んで欲しいとも思います。 作風ぶち壊すけど咲ちゃんタイムリープでもしてくれないかな…
読んで感じたモヤり具合がリアル。 倦怠期に刺激を求めたっぽい幼馴染、逃げるを選択した主人公、良かれと思って再会させたら自殺のトリガー等々、実際に起こり得ることが詰まってました。 程度の差はあるけど自分…
幼馴染に同情の余地はないですが、やるせないですね。。
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