魔獣の壺 - 番外編 - 輸送隊(カイン)
クライム王国の兵士は、正規兵と待機兵に大別されている。
正規兵は有事でない場合、警備、護衛が主な任務であり、
災害や有事の場合は状況に応じた任務をこなす。
待機兵は徴集時以外は自由であり、別の職に就いている者が
ほとんどであった。
カインの父親は待機兵であり、ザイム進軍の際に徴収され、
返らぬ人となった。
カインは、正規兵として王国軍に入った。
入隊直後から才覚を表し、数年後には小隊を任されるまでに
出世しており、あと数年もすれば将軍の地位も夢ではないと
思われていた。
しかし、現実は甘くなかった。
突然、後方支援部隊に転属させられたのだ。
小隊長の後方支援部隊への転属は異例であり、
王国軍としても初めての人事だった。
理由も明確でない転属はさまざまな意味で噂となった。
その噂の多くはカインの不祥事説であり、他には将軍あるいは
官僚の陰謀説であった。
カインは不本意ながらもそれに従い、護衛の仕事を黙々と
こなしていった。
カインの実力は本物であり、年間護衛率100%を叩き出した。
このため、輸送を依頼する商人から直接依頼されることも
多々あったが、実際にはそれを決定するのは官僚であり、
カインが選ぶ事はできなかった。
そんなある日の事、極秘任務という形で商隊護衛が舞い込んだ。
その任務はいつもの書類での通達ではなく、
官僚のマカベから直接指示されたものだった。
少し不思議に思ったが、極秘という言葉に
その考えは打ち消された。
カイン達は、出発地であるカルラド王国へと向かった。
次の日の早朝、指定された店の前に向かうと、
数台の馬車が並んでおり、その前には小太りの見るからに
商人という小柄な男が立っていた。
カインは軽く会釈をすると、その男に話しかけた。
カイン:「お初にお目にかかります。
この度護衛を務めさせていただくカインと申します。」
男は深々とお辞儀をすると少し早口で話始めた。
男:「これは、これは、よくぞおいで下さいました。
私、この店を取り仕切る商人のクラフトと申します。
護衛の件、よろしくお願いいたします。
後方の馬車に食料も積んでありますので、
ご自由にお使いください。
隊長様は前の馬車に私と共にお乗りください。
早速ですが、すぐ出発させていただきます。」
カイン:「わかりました。」
カインは部下達を後方の馬車に乗せると自らは前の馬車に
乗り込み、クラフトの合図と共に出発した。
クライム王国までは、およそ3日の工程で、
夜間は点在する野営地2か所で休息となる。
野営地と言っても、雨風を防ぐ程度の小屋が
数棟建築されている。
常備兵がいない為、拠点とまではいかない程度の場所である。
クライム王国までは、本来ならば2日の距離なのだが、
魔獣の出現以来、危険度の増す森を迂回する方法が
とられるようになった。
しかし、これは視界の悪い森の区間を減らすという
行為でしかなかった。
商人は、出発するとすぐにカインに話しかけた。
クラフト:「ところで、ガト様はご病気か何かですか?」
カインは、この言い方に少し引っかかった。
カイン:(ガトとは、たぶん護衛隊長のガトのことだろう。
ガトで無かった事に対する疑問だろうか?
この護衛はガトがやる予定だったのか?
この商人の護衛は何時もガトがやっていたのか?)
様々な疑問が頭を過る。
カイン:(たしか、奴はマカベ(官僚)の腰巾着だったはず。
極秘任務というのも気にかかる。
本当に極秘なのか、それとも、、、。)
カインは極秘任務という言葉と商人の発言に違和感を覚えた。
カイン:「ガト?」
クラフト:「はい、護衛隊長のガト様です。」
カイン:「あぁ、彼なら数日前に負傷して休養しています。」
クラフト:「えっ、そうですか。
お見舞いに行かねばなりませんな。」
カイン:「そうですね、彼も喜ぶと思いますよ。」
クラフト:「それにしても、護衛軍一のガト様に手傷を
負わせるとは、一体どのような魔物と
戦ったのでしょうか?」
カイン:(護衛軍一?
確かにガトは並みの兵士よりも優れているが、
それほど強いわけでもない。
10人の護衛隊長の中で5-6番というところか?)
カイン:「いえ、残念ながら負傷した事以外は、、、。」
クラフト:「そうですか、さすがに負傷の理由を本人に
聞くわけにもいきませんしね。」
カイン:「そうですね。
話したくない場合もありますからね。
ところで、護衛はいつもガトがやっていたのですか?」
クラフトは少し慌てた様子で答えた。
クラフト:「えっ、いえいえ、そんなことはありませんよ。
ガト様にはよくしていただいたので、
気になっただけです。
はい、そうです。」
そう言うとクラフトは黙ってしまった。
カイン:(やはり、何かあるな。)
カインとクラフトはこの後会話することなく、
野営地へ到着し、次の日の朝を迎えた。
クラフトは出発してすぐ、気さくに話しかけてきた。
商人:「いやー、やっぱり兵隊さんがいてくれると
安心できます。
ホント、感謝しております。」
カイン:「いえ、とんでもないです。
これも任務の一つですので。
それに、これからが一番危険なところです。」
商人:「いや、今回は出番は無さそうですよ。」
カイン:「それは、どういう意味ですか?」
商人:「いえね、つい先日進軍が開始されましたね。
進軍が始まると不思議と魔獣が襲ってこないんですよ、
えぇ。」
カインはこの話を詳しく商人から聞き出した。
カイン:(なるほど。
進軍中は魔獣が出現しない。
移動しているのか?
進軍先に集結しているということか?)
カイン:「クラフトさん、
この件、軍部に報告されていますか?」
クラフト:「はい、ずいぶん前に報告しました。」
カイン:(聞いた事がない。
どういうことだ?)
カイン:「報告はどちらに?」
クラフト:「納付書に記載しておきました。」
カイン:(納付書という事は、マカベか。
機密事項扱い、あるいは握りつぶしたか?
機密事項だとすると迂闊に話すのも問題だな。
これは、将軍に直接話をするべきか?)
二人はこの後、終始他愛もない雑談で時を過ごしたが、
雑談の合間もカインは警戒を怠ってはいなかった。
そして、最も危険な林道を抜け、野営地へと入った。
カイン:「クラフトさん、あなたの言うように、
魔獣の気配すら感じませんでした。」
クラフト:「思った通り、進軍中は安全なんですよ。」
カイン:「そのようですね。
このことは私からも上に報告しておきます。」
クラフト:「そうでした、今夜小屋の方にお伺いしますので。」
カイン:「はい、わかりました。」
クラフトは、そう言って自分の泊まる小屋の方へと向かった。
小一時間程経った頃、カイン達の小屋に
クラフト達がやってきて、次々と箱を運び入れた。
様子を見ていたカインは、クラフトに近づくと言った。
カイン:「クラフトさん、一体何事ですか?」
クラフト:「差し入れを持ってきました。」
カイン:「それは、ありがとうございます。」
彼等は、箱を開け食料や瓶を机に並べ始めた。
クラフトもそれを手伝っていた。
少したってからクラフトは箱から1本の瓶を取り出し、
グラスを2個とると、大事そうに持ちながらこちらへと
やってきた。
クラフト:「どうですか?1杯やりましょう。」
クラフトが持ってきた瓶はワインだった。
それを見てカインは驚いた。
カルラドはワインの産地としても有名だったが、
それは魔獣が現れるまでのことだった。
魔獣が現れた時、広大なブドウ畑は荒らされ、
その大半が失われたのだ。
その為、今ではワインは超高級品になった。
さすがに護衛の差し入れとして出すような品物では無い。
カイン:「いや、これはさすがに頂けません。」
クラフト:「いえいえ、これは私からの感謝の気持ちです。
遠慮なさらずに、、、。」
カイン:(ボランティアでもあるまいし、
これで商売になるというのか?
確か軍需品は格安で提供するように決められている。
しかし商売である以上、格安といえども儲けが発生
するように決定されているはずだ。
ワインなど振舞っていては儲けなど出るはずがない。
まさか、賄賂とでも言うのか?
いや、護衛隊に振舞っても意味がない。
:
まてよ、輸送品か?
護衛完了時に納品書に署名することになる。
品物の中に何か紛れ込ませているとでも?
これを頂くのはさすがにまずい。)
カインは下戸を理由にクラフトの差し入れを断った。
それに対して、クラフトは不満そうにカインの元を
離れていった。
次の日、クラフトは無口だった。
何も話さずに何かを考えているように見えた。
カインも何も話さずに黙っていた。
何回かの小休憩を挟み、輸送隊は何事も起こる事もなく、
遠くに城門が見えるところまで進んだ。
後は城門をくぐるだけである。
クラフト:「あと少しですね。」
カイン:「そうですね。
これから先は何も起こらないでしょう。」
クラフト:「ありがとうございました。
これはお礼です。
隊員の皆さまでお使いください。
何も見ずに納品書にサインしていただければ、
結構ですので。」
そう言って小さな袋を差し出した。
カインはそれを受け取り、袋の中を確認した。
中を見るとすぐにそのまま返した。
そこには数枚の金貨が入っていたのだ。
カイン:「これは受け取るわけにはいきません。
傭兵ならばいざ知らず、
我々は軍務で護衛をしているのです。」
クラフトは驚いたように袋を受け取り、懐へとしまった。
その時、クラフトがボソッと何かをつぶやいた。
クラフト:「この堅物め。」
カインはこの言葉を聞き取ることは出来なかった。
この後、クラフトは少しイラついたように、
足を小刻みに震わせながら一切口を開かなかった。
輸送隊が無事に城門を超え、軍備品の倉庫に到着したとき、
クラフトは下を向きながら、納品書を手渡してきた。
カインは書類を一通り眺め、そしてサインした。
商品の一覧の中に不審な品を発見したことは言葉にしなかった。
カインはこの件で昨日の件も含め賄賂であることを確信した。
護衛の任務では商品の中身の確認を行う事はできない。
しかし、商品の名前を確認することは出来る。
それは、決定的な証拠にはならないが、
調査を始める動機にはなるだろう。
そして、任務の完了報告書を提出した後に、信頼できる将軍の
元へと向かった。
カインは出来事と己の考えを報告した。
将軍は話を聞き終わると、カインに対して後方支援部隊に
このまま残るかどうかを確認した。
カインは当然の様に遠征軍部隊での任務を選んだ。
そして最後にこの件は極秘とする旨を指示された。
一ヶ月後、カインは遠征軍部隊へ転属が決定した。
半年後、マカベとガトは後方支援から外された。
これらは書類上人事異動として処理され、
この件で何が起こっていたのかを知る者はごく一部だった。
進軍中の魔獣の出現率については情報不足との理由で、
カインが自腹を切って調査するまでの間、
書類の山に埋もれることとなった。




