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ビーフカレーと叶わぬ夢 後編

◇◇


 テオフィルさんと私がお見送りした三人の冒険者、エイベルさん、オーブリーさん、バーナードさんが挑むのは、ブラック・ドラゴンという『Sランク』モンスターとのことだ。

 ブラック・ドラゴンは、しばしば王国内に現れては小さな村を襲って、畑を荒らしたり家畜を食い殺したりする。

 いつかはこの街も襲われるかもしれない……と街のみんなは戦々恐々としていた。

 

 そこでエイベルさんのパーティーが討伐に名乗り出たわけだ。

 


「はっきり言って、討伐できる確率は『五分五分』といったところだ」



 と、オンハルトさんはこの日のまかないの間に教えてくれた。

 でも、私は知っている。

 オンハルトさんは優しいから、「五分五分」と口にした時は、「難しい」という意味だということを……。

 

 

 でも、それから数日後……。

 オンハルトさんの予想は、みごとに外れることになる。

 

 

――エイベルのパーティーがブラック・ドラゴンを討伐! 王都へ凱旋!



 この一報に、王都から少し離れたこの街でさえも、お祭り騒ぎになった。

 みなの笑い声と歓声で空が割れてしまうのではないかと心配になるくらいに、みんな喜び、エイベルさんたちを称えたのだ。

 

 そして国王様はすぐに御達しを出した。

 

――エイベルたち三人を王宮に招き、『英雄の勲章』を与える。


 と。

 

 それは全ての冒険者の夢。

 いや、王国に住む全ての人々にとっての夢といっても、言いすぎではないと思う。

 その夢を彼ら三人が叶える瞬間だった。

 

 

 ……が、しかし。

 彼らの出した答えは、誰しも予想しないものだったのである。

 

 

――お断りいたします。



 なんと、王様からの申し出をあっさりと断ったのだ。

 これには他の冒険者たちの間で騒ぎになったのも仕方ない。

 

――エイベルたちは何を考えているんだ!?

――王様を怒らせるような真似をして、誰が得するんだ!


 彼らは、憤りと苛立ちをあらわにして、せっかく盛り上がっていた街は、冷水を浴びせられたかのようにすっかり静まってしまった。

 そんな中、渦中のエイベルさんたち一行が、街にやってきた。

 

 当然のように冒険者や街の人たちは、彼らに白い目を向け、誰も歓迎しようとしなかった。

 だが、テオフィルさんだけは、いつもと変わらぬニコニコしたで彼らを迎え入れたのである。

 そして四人揃って、『ポム』へと入ってきたのであった。

 

 いつも通りに、全員揃ってビーフカレーを注文した四人。

 その直後、話を切り出したのはテオフィルさんだった。

 

 

「やっぱりエイベルたちはすごい! みんなの活躍はとても嬉しいよ」


「ははは、よせやい。今の俺たちがあるのはテオフィルのおかげだって知ってるだろ?」


「そんな……。僕はただ必死だっただけで……」



 言葉を濁らせたテオフィルさんに対して、三人がいつになく真剣な面持ちとなる。

 すると彼らは一斉に頭を下げ、エイベルさんが代表して言った。

 

 

「あらためて礼と謝罪を言わせてくれ! 実地訓練の時、俺たちを助けてくれて、ありがとうございました! そして、お前だけを置き去りにして逃げてしまったこと、その時に負った傷のせいで、お前の夢をつぶしてしまったこと、本当にごめんなさい!」


 あまりに大きな声と驚きの内容に、私だけではなく店内にいた他お客さんたちもみな言葉を失ってしまった。

 みんなが口を半開きにして、目を見開く中、テオフィルさんだけはいつも通りの笑顔で、穏やかな声をあげた。

 

 

「やめてくれよ。僕は君たちの活躍が誇りなんだ。訓練所の同期が頑張っているのを聞くたびに、僕も頑張らなきゃって奮い立たせているんだ。だから礼を言わなくちゃいけないのは、僕の方さ。本当にありがとう」



 テオフィルさんはペコリと頭を下げると、さらに続けた。

 

 

「君たちが『英雄の勲章』を辞退したと聞いたよ。もし、まだ僕に対する後ろめたさがあってそうしたなら、僕は悲しい。これからは何の遠慮もせずに勲章のバッチを胸につけて欲しいんだ」



 その言葉に三人が互いに顔を見合わせる。

 と、そこにオンハルトさんがビーフカレーを彼らの前に出した。

 慌てて私も残ったカレーを彼らのもとへ持っていく。

 

 

「さあ、食べてくれ。じっくりと時間をかけて作ったカレーだ。旨いぞ」



 オンハルトさんが、ニヤリと口角をあげながら言うと、四人は一斉にカレーを口に入れ始めたのだった。

 

 

………

……


 翌日――

 この日、この街に歴史的なことが起ころうとは……。

 

 なんと、国王のエッカルト王と側近のフランツさん、さらに王国軍の兵たちがずらりと隊列を組んでやってきたのだ。

 突然の来訪に街の人々は大慌てになり、右へ左へと駆けまわっている。

 そんな中、国王一行は街の広場に真っ赤な絨毯を敷いて、式典会場を設営すると、巨大な玉座をその真ん中に置いたのだった。

 

 そして街中に、こう触れを出したのである。

 

 

――正午より、冒険者エイベルらに対して、『英雄の勲章』を授与する式典を行う。街の者は一人残らず列席するように!



 後から知ったことだが、エイベルさんたちが断ったのは「王宮での授与」だったのだ。

 つまり彼らは恩人であるテオフィルさんに晴れの姿を見て欲しくて、この街での授与式を希望したのだろう。

 誰もがそう思い、四人の絆の強さに感心した。

 

 でも彼らが一度断った理由はそれだけじゃなかったのだ……。


 正午。

 王様の御触れの通りに、街の人々全員が広場の周りに集まった。

 街の人口は数百人ほどだが、会場周辺はぎゅうぎゅうづめだ。

 

 そんな中、いつも通りの冒険者姿でエイベルさんたちが現れると、「ワアッ!」と大歓声が巻き起こった。

 人々が静まったところで、いかにも切れ者といった風貌のフランツさんが、どこまでも通る声で式典のはじまりを告げたのだった。

 

 

「これより『冒険者』への勲章授与を録り行う! 名前を呼ばれた者は前に出てきて、国王陛下の御前でひざまずくように! まずはエイベル!」


「はっ!」


「次にオーブリー!」


「はいっ!」


「次にバーナード!」


「はっ!」



 三人の名前が次々と呼ばれる。一番前でその様子を見ているテオフィルさんは、年老いた母親を隣で支えながらニコニコと、まるで自分ごとのように嬉しそうな笑顔を向けている。

 

 だがその時だった――

 

 

「テオフィル!!」



 なんとフランツさんの口から『四人目』の名前が告げられたではないか!

 

 テオフィルさんはぽかんと大きく口を開き、大歓声を上げていた人々も黙ってしまった。

 しんと会場が静かになる中、フランツさんは変わらぬ鋭い口調で続けた。

 

 

「これはエイベル、オーブリー、バーナードの希望である! テオフィルを含めた『四人の冒険者』に勲章を授与して欲しいと。事情を聞いた国王陛下は、その希望を快諾くださった! よって、今回は特別にテオフィルにも『英雄の勲章』を授与する! さあ、早く前に出てきなさい! 国王陛下がお待ちである!」



 そこまで言われても、自分の身に何が起こったのか理解できていないテオフィルさんは、茫然としたまま動こうとしない。

 そこで私はちょっとだけお節介を焼くことにしたのだ。

 

 ささやかな魔法で――

 

――トンッ。


 目に見えぬ力で、優しく背中を押されたテオフィルさんは、一歩だけ前に出てくる。

 右足が不自由なことを知っているエイベルさんたちが彼を両脇から支えながら、王様の前まで進んでいった。

 そして、彼の胸元に王様の手から勲章のバッジがつけられた瞬間だった……。

 

 

――ワアアアアアアッ!!



 と、大歓声で街全体が震えたのである。

 テオフィルさんの母親の目からは涙が滝のように溢れ出て、両隣のおばさんたちが彼女の背中をさすっている。


 そして四人全員に勲章が授与されたところで、彼らは人々の方を向いた。

 

 

「ありがとうございました!!」



 テオフィルさんが聞いたこともないような大声で感謝を述べると、再び街が大歓声に揺れる。

 

 こうして一人の心優しき青年は、夢を叶えたのだった――

 

 

………

……


 式典が終わった後、すぐに国王様一行は街を去っていった。


 でも私は見てしまったのだ。

 

 帰り際、国王様が親しげにオンハルトさんに握手を求めたのに対して、オンハルトさんは舌うちをしながらそれを拒絶していたのを……。

 

 

 

 



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