再戦・勇者 ①
「なんで先輩は来ねぇ!もう時間ねぇぞ!」
「わからない。さっき先輩の部屋まで行ってきたんだが、中には誰も居なかったから部屋は出ているはずだ」
決闘場の控え室の中。クザン先輩を除いた三人が集まっていた。
怒鳴るライルに表情を固くしたユーリが落ち着かせるように肩を叩く。もう予定の時間を30分も過ぎているのに一向にクザン先輩は来る気配がなかった。
「まだか準備は。いい加減始めないと不戦敗にするぞ!」
怒った向こう側のメンバーの一人、確か『青龍』とか呼ばれていた男が此方の控え室までやってきて怒鳴った。本来なら敵の控え室に突然やってきて、こうして怒鳴りつける事はルールには無いもののマナー違反とされているためあまり良く言われるような行為ではない。しかし、今回に限っては完全に此方の落ち度だった。時間になってもメンバーが揃わずに決闘を始められないとは、相手側に対する激しい侮辱である。
「すみません。制限時間までには必ず始めますので」
「謝れば良い話じゃあ無いんだよ、貴様どれだけ勇者様を侮辱すれば気が済む!」
ぐっと頭を下げて堪える。自分だってこんなの訳がわからないし、クズ勇者に言いなりのこいつはこいつでぶん殴ってやりたい気持ちでいっぱいになる。
「ふん、どうせあの男は最後の最後でビビっちまったんだろ。肝心な所で使えない、出来損ないの負け犬。あの歳までこの学院に残っていることが何よりもの証拠だ」
「テメェ………よくも先輩にそんなこと」
「ライル!落ち着け、我慢しろ!」
横で聞いていたライルが青龍の言葉にぶちギレて彼に殴りかかろうとした。慌ててユーリがライルを羽交締めにして押さえ込む。
「あぁ?………あぁ、誰かと思えば勇者様のお気に入りの玩具か。犬の躾もなっていないとは、底が知れるな」
「貴様………ッッ!」
「お前の様な感情のままに後先考えずに行動するような奴を『犬』だと言って何が悪い?人並みに扱われたければ少しは自分の頭を使って行動すると良い。今の貴様は周りからすれば足手まといでしか無いな」
「んなっ!?………こと、無いッッ!」
その眼光で相手を射殺さんとばかりに顔を真っ赤にして睨み付けるライル。完全に頭に血が上ってしまっている。そんな彼を青龍は一瞥すると、呆れたように鼻をならした。
妙だ…………何か引っ掛かる。青龍の言うことはもっともだし、それを言われて腹が立つのもわかる。だけどこのやりとり、何処か引っ掛かるものがある。先程の怒りも忘れて、少しばかり彼の顔をじっくりと眺めてしまった。
「お前も………確かユーリと言ったか。俺の従姉妹のラスティナの元婚約者だったそうじゃないか」
「…………何が言いたい」
更に青龍はユーリに狙いをつける。只でさえライルが暴れだして大変なのに、ここでライルを押さえつけているユーリまで彼に殴りかかるようなことになってしまっては決闘どころではない。頼むユーリ、ここは我慢してくれ。
「いや、あいつからは特に愛情など向けられていなかっただろうに、未練がましい男だと思ったまでだ。今となってはあいつも勇者様の女になることが決まって、お前のような腑抜けの嫁にならずに済んだと言うわけだが」
「腑抜け………か」
「惚れた女に想いも伝えられず、恋敵にはあっさりとしてやられるような男を腑抜けと言わずして何と言う? 勇者様の下僕と化したお前を見ているのはおかしくて仕方がなかったな」
ククッ、とさも可笑しな事でも言ったかのように笑う青龍。ユーリはライルを押さえ付けながらも、言い返したい気持ちを抑え、歯を食いしばって辛うじて堪えた。
だが、すぐに頭を冷静に切り替えたのか、一つ息を吐いてから顔を上げて青龍と視線を合わせる。青龍の眉がぴくりと上がった。
「そうですね。全くその通りです」
「ほう…………?」
「だから………次は絶対に負けません」
「そうか、勝てると良いな。多分無理だろうがな」
青龍の言葉にユーリは何も答えない。数秒間ユーリと青龍は互いの視線を合わせると、同時に目線を外す。
そして青龍は此方を向いた。
「会場に来ないヤツは論外として、問題なのはお前だ、『エドガー・ファーブル』。先日の勇者様の攻撃を相殺したあの一撃、勇者様もかなり警戒していた。そして、全力を出していなかったとはいえまさか俺がああも簡単に倒されるとも予想していなかった」
彼は品定めでもするかのように僕の事を眺める。
互いに目を合わせると、何故か「フフッ」と鼻で笑った。面白いものでも見つけたような目で此方を観察し始め、思わず後ずさりそうになった。
「まあ良い。時間切れにだけはなるなよ、良いな」
「っ!?」
最後に彼は僕の胸ぐらを掴み、顔を近くまで寄せてくると今度は一瞬ニッと笑った。そして掴んでいた腕を離すとそのまま部屋を出ていく。ある予感が頭をよぎった僕は、彼が部屋を出る直前瞳を赤く光らせた。
そして同時に違和感の正体に納得がいく。どこか『演技めいていて』、『わざとらし過ぎた』のだ。彼は勇者の為、そして僕たちの為にこのパフォーマンスをしていた。
「あんのッ………野郎ゥゥーーッ!」
彼が出ていったことでユーリから解放されたライルが悔しさのあまり、叫びながら床に膝をつく。しかしライルを解放したユーリの方は、スッキリとした、何処か吹っ切ったような顔つきになっていた。
「確かに言われた事は腹の立つことばかりだったけど、どうやらあの人は敵じゃ無いかもしれない」
「ああ、そうだなユーリ」
「…………はぁ?」
そう呟いた僕とユーリにライルが間の抜けた声を出す。それも仕方ない。僕だって胸ぐらを掴まれなければ気が付かなかった。ユーリも自分に向けて言われたことだから気付いたのだろう。
「これから先生に連絡を取る。これを見てくれ」
「連絡って…………これ、紙切れ?」
ユーリに先ほど彼によって制服の襟の裏に差し込まれた紙切れを差し出すと、ライルも顔を近づけてきてその紙を見る。紙切れには小さい文字で文が書かれており、内容を見たライルは顔を先程よりも更に真っ赤にして震え始めた。
「あいつら………あいつら腐ってやがる!」
「同感だ、いくらなんでもこんな事を本当にやるとは思わなかった」
紙に書かれていたのは、昨日の夜にクザン先輩が洗脳された生徒およそ120人に襲われて倒され、勇者によって回収されたという事。決闘前に相手を攻撃する、それも多対一でとなるとこれは大問題だ。この学院での決闘のルールにのっとるなら、この時点で勇者は反則負けになる。でもこの事を勇者陣営以外が知らなければ何ら問題も無いし、勇者の洗脳の能力でもってすれば証拠を隠し続ける事ぐらいどうということは無い。
「その紙は先程あの人に胸ぐらを捕まれたときに服に付けられた。そして、何故か勇者よる洗脳も既に解けていた」
「先輩が閉じ込められている場所まで…………今更わざわざこの情報を?」
「かなり危ない橋だったと思うけど、このタイミングで来たのは勇者に対して自然を装う為だと思う。洗脳された状態での自然な行動を考えたら、此方に来ても不自然にならないタイミングはさっきが一番だったと思うよ」
どうやったのかはわからないが、彼が洗脳を自力で解いたことは事実。そしてそれを勇者に勘づかれてはならない。行動を起こすにしても、勇者が彼の事を完全に信用しているとは限らない上に、何処に勇者の監視の目があるかはわからない。結果としてあのような態度をせざるを得なかったのだろう。
「ローチと紫苑さんは準備に向かわせたから………よし、ジャック、誰にも気づかれないようにゼムナス先生にこの紙を渡してきてくれ。周囲の警戒を行えて、かつ単体での戦闘能力も高いお前が適任だ」
『適任……………成る程、某に任せるでござるよ!』
部屋のすみに隠れていた昆虫体のジャックが紙切れを受け取ると、すぐに部屋の外へと向かって飛んでいく。
先生の力なら、一人で先輩を救出することも可能だろう。
「問題は空いた枠をどうするかだな」
「一応このままでもルール上は戦えることには戦えるが……」
「話は聞かせて貰ったわよ!」
「「「!?」」」
いつの間にここまで来ていたのか。扉を開けたリリがどや顔で仁王立ちしていた。傍らにはいつも通りゴブリンさんもめんどくさそうな表情で立っている。
「さっき青龍とかいう男が中に入ってったのを見て、外で待ってたんだ。まあ早い話、空いた枠には俺が入らせて貰えないか? 人間ならアウトだが魔物なら使役したものとみなされて反則にはならないだろう」
「ゴブリンさん………」
ゴブリンさんの意思は兎も角、彼の主人であるリリはどう考えているのかと彼女に視線を向ける。彼女は何故自分を見るのかと一瞬不思議そうな表情になり、そして理由にすぐに気が付いたのかハッとしたような顔になって慌てて話し始めた。
「コイツが自分で言い出したのよ。なんか恩を返したい、って」
「恩? ゴブリンさんに何かしたっけな………」
「別に、アンタは覚えてない事だよ。そもそも勝手にこっちが恩を感じてるだけだから、気にする必要も無い」
「え、でも………」
「考えるだけ無駄だ。時間がないんだろ? 早く行こう」
「ゴブリンさん…………ありがとう」
此方が礼を言うと、彼は「フン」と鳴らして部屋の外へと歩いていってしまった。礼なんて要らないとでも言うような雰囲気で、ただ無言で槍を一本生成して壁に寄り掛かっている。今すぐにでも戦えるという事らしい。
「エド、行こう」
「ああ、わかった。ライルももう大丈夫か?」
「クソッ、あいつら許せねぇ! さっさと凹しに行くぜエド、ユーリ!」
「怒る気持ちはわかるが落ち着いて行こう。足元をすくわれる」
「わかってる、わかってるから!」
半ば怒鳴るようにそう言って、彼は先に部屋を出ていった。
卑怯な手で先輩が倒されてしまったのだ。怒る気持ちも、許せない気持ちもどちらもわかる。だが怒りで冷静さを欠いている状態で戦っては簡単に動きを予測されてしまう。情に厚いのはライルの良いところだが、感情的になりすぎるのも考えものだ。
「やっぱり時間を開けた方が………」
「いや、良い。あいつのフォローは俺がするから、お前は好きなように戦え。勇者に勝つ算段はついてるんだろう?」
「ゴブリンさん………ええ、こっちはさっさと終わらせるので、ライルの事、宜しくお願いします」
「ああ、任せとけ」
残った僕とユーリも控え室を出る。リリは「全力で応援に回る」と言って観客席の方へと戻っていった。
狭い道を歩き続け、アリーナ内部に繋がる大きな扉の前に到着すると、そこには先に来ていたライルとゴブリンさんが待っていた。門番の学生が親の仇でも見るような目で此方を睨み付けてくる。しかし与えられた仕事はしっかりとこなすようで、連絡用の通信機で相手側の門番に準備が完了したことを知らせると扉を開くレバーに手をかけた。
そして、向こう側から聞こえる凄まじい歓声と共に、扉はゆっくりと開き始める。




