反逆者
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「身体が身体じゃなくなる感覚………空気に溶けていく感覚………」
三日が経ったが、固有魔法の発動は難航していた。あともう少しで何か変化しそうな感覚はある。しかしその先に進むことが出来ない。加護、『勇気の証』によって使えるようになった新しい能力が固有魔法の発動を邪魔しているようにも感じる。少しずつ馴染んではきているようだけど。
固有魔法の発動の練習をしていると、アンリが訓練場の扉を開けて入ってきた。
「エド、お昼ご飯作ったからそろそろ休憩にしない?ライル君とユーリ君達ももう切り上げて帰ってきてるよ」
「ん………そうだね、そろそろお腹も空いたし………」
このまま続けても集中できないと思い、アンリに連れられて彼女の寮に向かう。この三日間、今のところ勇者は約束を守っているようで、本当に何も手を出してこない。勇者が何かしているとの話も聞かないし、不気味だ。とはいえ、あいつが何を考えているかは大体予想がついている。
「おーおー、エドも帰ってきたぞ。おせーぞエド。もう食っちまってるじゃねぇか」
「先に食べ始めているのは君だけじゃないか…………」
寮に戻るとライルが昼食を食べているところだった。色とりどりの野菜や肉のサンドウィッチをばくばくと凄い勢いで食べている。そしてそれをユーリがじとっとした目で眺めていた。クザン先輩も来ていて、まだ昼食はとらずに何やら魔道具関連の本を読んでいる。先輩は僕が来たのに気付くと顔を上げた。
「お、来たか。さっさと飯食うぞ」
パタン、と本を閉じるとクザン先輩もサンドウィッチに手を伸ばした。僕も空いていた席にアンリと並んで座る。お皿の上のサンドウィッチはもう半分以上ライルのお腹の中に消え去っていた。サンドウィッチ、足りなくない?
「へいお待ち!ツナと玉葱、ベーコンとレタス、ハムカツに卵の三種のサンドウィッチですぞっ!」
バッ!と厨房から頭にねじり鉢巻をつけたジャックが出てきて大量のサンドウィッチをテーブルに乗せていく。これ、ジャックが作ってたのか。
と、いうかお前――――
「おや主殿、この格好が気になるでござるか?」
くるりと此方を振り返るジャック。筋肉で引き締まった身体に白い褌が一枚だけ。何故そんな格好をしようと思った。せっかくサンドウィッチは綺麗に出来ていてとても美味しそうなのに。白い褌が引き締まったケツに食い込む様が実に目の毒だ(主に吐き気的な意味で)。
「いや………なんでもないよ」
とりあえず無視することにしてサンドウィッチに手を伸ばした。僕も昼食をとらないと。未だに食べる勢いが全く落ちないライルに全部食べられてしまう。
「エド君、固有魔法は使えるようになった?」
「いや………あと少しで出来そうなんだけど、出来なかった」
「そうか…………頑張ってね」
残念そうな顔をして溜め息をつくユーリ。二人はもう固有魔法を発動出来るようになったのに、僕だけが何故か使えるようにならない。ライルに関しては僕達よりも後に固有魔法の習得を行ったのに未だに僕は固有魔法が発動させられなかった。
ユーリの固有魔法は『究極生物』と言い、数分間に渡って外部からのあらゆる攻撃や悪い状態異常を受け付けなくなる能力だった。消費魔力が大きい上に一度発動するとそれから12時間は発動出来なくなるようだが、『野獣化』と合わせると手が付けられなくなる程に強い固有魔法だ。
「ハグッ!ハグッ!ハグッ!むっしむっしむっしむっし………」
一心不乱にサンドウィッチを食べ続けているライルの固有魔法は『自動吸収』という補助魔法だった。
発動すると、自分を中心とした半径30メートル以内の狙った対象から魔力を吸い取り続ける。僕とユーリを対象にして使ってみたところ、吸収するスピードは5秒で最大魔力の10分の1とかなり早い。しかし、対象をロックオンするには『対象を6秒間見続け』なければならないので、『自分よりステータスが大きく上の相手』『目で追う事が出来ない相手』にはあまり有効ではなかった。
それでも強力な能力であることには変わりがないので、ライルは普段の戦闘スタイルに上手く組み込めないか試行錯誤している。あぁ、あとこの能力を使うととてもお腹が空くらしい。今、一心不乱に昼食を取っている理由がこれだ。
「味は普通に旨いな」
「普通には余計でござるぞ」
ひょいっ、とキッチンからジャックが出てきて飲み物を全員ぶん置いていった。ジャック………かなり強くなってるな。僕が感知できない速度で移動する術を手に入れたか。
「旨い」
ベーコンとレタスのサンドウィッチを食べてみると、ピリッと辛子マヨネーズがきいていて旨い。何度食べても飽きない味付けだ。よく屋台なんかで売ってる味付けでもあるけれど。
一緒に出された麦茶もよく冷えていて身体が癒される。固有魔法の発動のために魔力を放出しすぎたせいで疲れていたから、丁度いい。
と、そこでユーリがふと思い付いたように話し掛けてきた。
「そういえば、エド君は昼食の後何をする予定かな?訓練をするのなら手伝うよ」
「ん、そうだ。まだアンリとローチ達にしか話してなかったか」
「何かあったのかい?もしかして勇者関連かな」
ユーリの声が一段低くなる。身体中から殺気が漏れ始めた。
かなり頭に来てるな。ユーリはあれから毎日元婚約者の様子を見に行ってるから、よっぽど彼女の事が好きだったんだろう。あのクズ男を殺したくなるほど腹が立つのも仕方ない。
「まぁ、それ関連ではあるけれど、まだ勇者が何かしたわけじゃあ無い。ただ、僕の予想だと明日辺りからは僕たちは町に出るのが難しくなるから、今のうちに武器とか生活用品とか買っておこうと思ってね」
「町に出るのが難しくなる?」
「もしもの話だよ。無ければ無いでそれで良い」
「ふむ……………エド君がそう言うのなら大方そうなるんだろうな。僕もその買い出し手伝うよ。訓練だってしたいだろうし、買い出しははやいところ終わらせたいでしょ?」
「ありがとう、じゃあ昼食を終えたらまずはこの店から―――」
適当にマジックバッグから紙を取り出して店の名前と買うものを書き出していく。消耗品の安物の槍からローチ用の戦闘用ナイフ、五日間程度の食料品等。
「ハグッ!ハグッ!むっし、むっし、むっし、むっし………」
尚、食べるのに必死なライルは置いていった。
◆◇◆◇◆◇
「それで…………前もエド君は言ってたけど、本当に言う通りになるなんてね」
「やるとは思ってたよ。これほどの規模だとは思わなかったけど」
「あんのクズ勇者の野郎………結局汚い手ぇ使ってくるじゃねーか」
「しっかし………勇者の野郎も三日で終わらせてくるたぁ、すげぇな」
次の日、買い出しもしっかりと終えて集まった僕たちは、今朝に配られていた新聞の号外を眺めていた。
表紙にでかでかと書かれていたのは『勇者様、魔王軍に初勝利!』の文字。真っ赤なドラゴンの生首を荷台に積んで、現場からほど近い港町に凱旋する勇者の写真が中心に大きく貼り付けられていた。
「適当に魔物からの被害を受けている地区にでも行って、魔物を倒して住民からの信用を得る。決闘で万が一があったときの為に、学外での自分の勢力を更に広げていたって所だな。ここまでは予想してたよ。まさかそれで魔王軍の配下を殺るとは思ってもいなかったけど」
ユーリはそれを聞いて「納得した」という表情をした後、すぐに眉間に皺を寄せた。その気持ちはわからなくもない。いくらなんでも、勇者のこの行動は短慮すぎる。
「確か魔王って僕らに猶予をくれてたよね?今、手を出したら不味かったんじゃないか?」
「勿論、これは喧嘩売ってるね。猶予を与えられたにも関わらず自分から攻撃しに行くなんて、どうやら勇者はよっぽど自信があるらしい」
「あぁ………凄くわかるよエド。あのクズ、自信の無い部分なんて存在しないみたいな様子だったからね。私達の事も一瞬で落とせるなんて思ってたよ、絶対」
アンリが『嫌なものを思い出してしまった』とでも言うように顔を歪ませた。
「それで、この演説?かい」
「そうだなぁ。勇者の立場になればそう言うことになるから、教会の真実の瞳で調べても嘘にならないというのが、たちが悪い」
新聞を見ると、【人類に潜む勇者様の敵】なる内容が書かれていた。勇者が話したという内容が中心に書かれており『僕には今、敵が存在する』『彼等は僕の運命の少女達に横恋慕し、立場もわきまえずに学園の法をもって奪おうとしている』『それぞれの名は、エド、ライル、ユーリと言う。どいつも性根の腐った下半身男共だ。無論、僕は僕の妻達に手を出してくるような不埒な輩には容赦するつもりは無いけどね』等と好き勝手言ってくれている。ここまで僕達が人類の敵であるかのように書かれてしまえば、外に出ることは厳しくなることは明白だった。
「あの…………ッ、クズ男!」
怒りに震えたアンリがテーブルに拳を叩きつけた。自身が狙われているだけでなく、その周りまで汚い手を使って潰しに来る勇者に怒りが爆発したのだ。あと、勝手に他人の事を『運命の少女達』だとか『僕の妻達』だとか言われて気持ち悪かったのだろう。
「特に、武器とかなんかは買っておいて良かったよ。勇者の信者になった人の中には、僕達を決闘に勝たせたくないような人も少なくないだろうしね」
「エド君………………いつ、この事を予想していたんだい?」
「勇者が僕らに決闘までの猶予を与えた時かな」
「それ、最初じゃないか…………」
「多分、自分の技が相殺された時点でこうすることを決めたんだろうね。勝てると思っていた相手に確実に勝てる可能性が消えた以上、学外からの圧力で僕達を潰しにかかり、更に万が一が決闘でも負けた場合には、教会や国家の権力でも使って僕たちを犯罪者にでも仕立て上げる方向に変えたんじゃないかな。って言っても、これは全部僕の妄想みたいなものだけど」
「妄想どころか、全部あってる気がしてきたのは僕だけかな………」
ブルッと身体を震わせるユーリ。
とは言え、先程も言ったようにこれは全部僕の妄想。相手の次の行動を確実に読みきるなんてことは不可能に近い。何の根拠もない僕の妄想が、今回はたまたま当たってしまったに過ぎない。ここから先でいきなり方向転換してくる可能性も有るし、気を抜くことは出来ない。
「エド、どうするよ。不味いぞこれ」
ライルが顔を青くしている。流石のライルも、国民のほぼ全員が敵になったら慌てるか。
「大丈夫、僕たちは普段通りに生活すればいい」
「でもよー…………」
「下手に騒いだりした方が奴等の恰好のエサになる。僕たちはいつも通り生活して、訓練して、決闘で勝てば良い」
「でも、勝ったって国家権力を振りかざされちゃあ――」
「何言ってるんだ、だからこそライルとジャック達の力を借りて先手を打っておいたんじゃないか」
「………?あぁ、そういうことか!」
ライルは理解したようで、ぶんぶんと縦に頭を振り始めた。壊れた玩具みたいだ。
「?どういうことだ、エドガー?」
「まぁ…………そういうことです」
「時が来ればわかるってか。随分と自信があるみたいだな。固有魔法は使えるようになったのか?」
「ええ、今朝やっと使えるようになりましたよ」
「ほう、良かったじゃねぇか。ただ、慢心はするなよ?」
「ええ、運よく出来ただけかもしれないので。今朝突然出来るようになったんですよ」
固有魔法を使えるようになったのは、本当に突然だった。今まで出来なかったのが嘘のようにあっさりと使えてしまったのだから、僕も思わず自分の目を疑った。
その後も普通に発動するので、マグレというわけでも無さそうなのだから、不思議だ。
「ま、話はこんなもんか?こればっかりは俺たちが何言ったってどうしようもねぇもんな」
クザン先輩はそう言うとテーブルの上の新聞に目を落とす。
「そうですね。これに関しては今はどうにもなりませんから。ただ……………そうですね、クザン先輩とライルは決闘当日まで周囲に気を付けてください」
「ん?どうしてだ?」
「俺と、先輩が?」
ライルとクザン先輩が一瞬顔を見合わせてこちらを向く。
「また僕のほんの予想というか妄想なんですけど、多分向こうが狙ってくるとしたら、ライルとクザン先輩をまず狙ってくるだろうと思ったので」
「狙ってくるって…………決闘前の相手を妨害したら反則で不戦敗になるだろうが」
「クザン先輩、それは相手に害を与えた証拠がちゃんとある場合の話ですよ」
「む……………そうか。今の学院なら内部の不祥事なんて簡単に揉み消せるって事か」
「そういう事です。僕達に害をなしたところで勇者側に現状デメリットは一切ありません。そこをあの勇者が利用しない手は無いでしょうから」
「わかった、気を付けておこう」
クザン先輩とライルは了解したと頷いてみせた。
「それじゃあ、そろそろ午後の訓練に移ろうかみんな」
「そうだなユーリ。ゼムナス先生も待ってると思うし、行こうか」
これから数日間は生活しづらくなるだろうが、勝つためには鍛練は怠ってはならない。ひととおり情報の共有を終えた僕達は再び訓練場へと向かった。




