対 勇者②
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前で戦っていた三人と二人の動きが止まった。そして少し遅れて校舎周りで大量の魔法の撃ち合いをしていた生徒達が静かになる。あれだけ激しい戦いが行われていたとは思えない程の静寂がその場に訪れた。
それもその筈。勇者の放った渾身の一撃がどこの馬の骨とも知れない、入学したばかりの一生徒によって相殺されたのだ。しかも、この場の誰も見たことのない魔法によって。
「………………」
「………………………」
「……………あは……………アハハハハハハ!」
数秒間、空中で呆然としたかと思うと突然勇者は笑い始めた。耳障りな笑い声だ。あの程度じゃあこの男のプライドは折れなかったか。
「どうした勇者。お前一人で充分なんじゃなかったのか」
「ハハハハ……………これは僕一人じゃ無理だな。良いよ、僕を驚かせてくれたことに免じてこの場は見逃してやるよ」
「逃げる気か?」
「そうだね、逃げる、とも言う。だけど君だって僕が洗脳してる生徒達を殺す気も無い癖に、つまんないからなぁ」
「お前…………!」
くすくすと笑う勇者の態度が頭に来る。この男は他人を何だと思っているんだ。
思わず勇者を睨み付けると、彼は指を五本立てた。
「五日だ」
「……………は?」
「五日間猶予をやる。六日後に決闘場で4対4の勝負をしよう。それで決着がつくまで僕は女の子達に手は出さないし、メンバーは自由に決めて良い。だがお前は絶対に入れ。僕がお前を潰せないからね」
勇者はくすっ、と笑うと校舎周りを見下ろした。視線の先にはライルとユーリが居る。
「下で戦ってる二人、アレも僕の婚約者の元婚約者くんだろう?負け犬の癖にいきがっちゃって、アホらしいよねぇ」
「っ!貴様!」
「あはは!ほら!そう言うところだよ。頭に血を上らせちゃってさぁ。ま、今のこの国で僕の決定は絶対だから、六日後にまた会おうか。お前達!ここは退け!解散だ、解散!」
「勝手なことを…………」
頭に血が上り、口から出そうになった言葉を飲み込む。
勇者の提案、もとい決定は余りにも一方的で勝手だが、ある意味これは僕たちにとっても良い展開かもしれない。もしこの勝負で勇者達を倒せれば、勝利者の権限を利用して勇者の悪行を国中に晒し、法の下で裁くことが出来る。そうすれば流石の勇者と言えども只では済まされないだろう。まず、勇者としての肩書きを外される事は確実だ。だから僕は僕と同様に何かを言いそうになったジャックとクザン先輩を制止して、勇者達を見逃した。
何事もなかったかのようにばらばらに散っていく生徒や教師達。勇者も自らに掛けた魔法を解くと洗脳した四星の三人を引き連れて去っていった。
「僕達も、帰ろう」
「色々また話し合わなきゃならなそうだな……」
クザン先輩が深い溜め息をついた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
勇者が去っていった後、僕達はアンリが暮らしている寮の部屋までやって来ていた。勇者が命令したのかはわからないが、見張りの者が居なくなっていたのでそこに集まることにしたのだ。
「馬鹿だな」
「馬鹿ですね」
「紫苑さん………馬鹿だねぇ」
「流石に某から見ても馬鹿でござるよ」
「馬鹿じゃのぅ………」
「そ、そんなに馬鹿馬鹿言わなくても良いじゃない…………」
皆から馬鹿だと言われてふるふると震える紫苑さん。でも話を聞いたら確かに残念に感じた。紫苑さんのイメージが崩れていってしまう。
「初恋とぼっちをこじらせて初恋の相手とますたぁを重ね合わせた上に自分勝手に行動するなんて馬鹿過ぎなの」
「うぅ………一息で言い切られた」
「紫苑さんも蜘蛛の雌ならもっとハングリー精神を押し出していくべき。黄金蜘蛛は交尾の後に雄を食べるぐらいなんだから、ますたぁの事を性的に食べたかったなら普通に襲えば良いの」
「ちょっと待ってローチそれ違う。あと交尾とか生々しい事言わないで」
ローチの怒りの方向がおかしくなってきたので止めた。なんでも紫苑さんは僕が昔(恐らく何百年か前)の初恋の少年によく似ていたから好きになった(?)らしい。でも自分は化け物だから恋は実らない。だから自分を囮にして僕達を動きやすくさせた、と。
確かに、アンリが『ここ数日は勇者に付きまとわれる時間が減っていた』と言っていたので効果はあったようだが、いくらなんでも自分の事を蔑ろにし過ぎている。
あと、黄金蜘蛛が交尾した雄を食べる理由はその雄による近親交配を防ぐためだ。より健康な子供を残すためにやっていることだからハングリー精神とかは関係無い。
「はぁ………とりあえず、この話はもう置いとこう。紫苑さんもちゃんと帰ってこれた事だし」
「そうだなエド。俺も下から見てたけどよ、なんであそこで勇者の野郎を見逃したのか気になってた所だったぜ」
寝室に行ってフィーネさんの様子を見てきたライルが戻ってきて話に入ってくる。寝室で寝かされているのはライルの婚約者だったフィーネさんとユーリの元婚約者のラスティナ嬢だ。二人とも洗脳の影響が重くなってきた為にゼムナス先生の作った睡眠薬で眠らされている。この睡眠薬を飲むと、約一週間の間食事を必要としなくなり眠り続けるそうだ。洗脳された二人が勝手に部屋を出て勇者の所まで行かないようにするための苦肉の策だった。
ユーリもラスティナ嬢の事を見に行ったようだけど、まだ戻ってきていない。アンリから彼女について話を聞いたとき、一番ショックを受けたような表情をしていたから、しばらくは彼女の傍を離れようとはしないだろう。
「何か考えがあるのじゃろう?」
「ええ……まぁ。まず第一に、あのまま戦っていたら僕の方が勇者に押し負けていた可能性が高かった」
「何言ってるんだエド?鉄の装備で聖なる装備を破壊したんだぞ、負けるわけが無いだろ」
意味がわからないと言う風に難しい顔をするライル。確かに、あの場面だけ見ていれば僕の方が勝つのではないかと思った人も多かったかもしれない。
「だけど、そこが駄目だったんだよ。僕に出来たのは『鉄の装備で聖なる装備を相殺する』ことだけだったんだ。だから数に限りがある鉄の装備じゃ無限に呼び出せる聖なる装備に勝つことは出来ない」
「むっ………それは…………………。で、でもあの瞬間移動は?どうなんだよ、あれがエドの固有魔法なんだろ?」
「あれは……多分僕が元々持ってたスキル(?)から発現したものだと思う。村を出た時ぐらいから何故か勝手に成長し続けてるんだ」
「そうなのか………なら、固有魔法は?」
「正直、まだ発動が安定しない。あの戦いの中で一度発動させようとしたんだけど、発動させられなかった。だから結局瞬間移動に頼るしかなかったんだ。でもその瞬間移動もある程度の力量がある相手からすれば2、3回ぐらい見れば大体の移動位置は予想できるようになると思う。頼り続けるのも危険だよ」
「そうか………」
話を聞いたライルが力なく肩を落とす。
瞬間移動、夢の世界で戦った子供の僕にさえあともう少しで完全に移動位置を読まれる所だった。夢の世界での彼の場合は特別なんだろうが、一手見ただけで大体の位置の予想は出来ていたから、勇者のような格上相手に多用することは出来ない。
「そして、二つ目。もしこの決闘で勝つことが出来れば勝利者の権限で勇者の行いを露呈させる事が出来る。勇者に洗脳を解除させれば気付いた人々は僕達と同じように行動を始めるだろうし、あそこで勇者を倒すよりも確実性がある」
「お前ぇ………あの勇者が素直に聞くと思うか?」
「いえ、多分聞かないと思いますよ」
「…………はぁ?」
クザン先輩が呆れたような顔をする。勇者に命令を聞かせることが出来ないのに何故わざわざ決闘場に出てまで戦うのか。と、いったところだろう。
「勇者は五日間猶予をやると言っていた。これは勇者自身にも五日間の猶予を与えるってことなんだ。だからその間に勇者が何をするか考えると『自分の身の回りを固める』と思うんだ」
「身の回りを?自身の強化に時間を使ったりしないのか?」
「クザン先輩、それもあると思いますけど、あの勇者の今日の行動や以前からの行動を見ると、かなり慎重なタイプだと思います。多分、万が一に負けた場合を考えて自分の身を守ってくれる存在を増やしたり、自分のイメージを良いものにして民衆の心を掴む為に時間を使うと思います。僕達を悪者に出来るので。そうすれば決闘で僕達が勝っても僕達の願いは通らずにむしろ『勇者様を害した犯罪者』として捕らえられるかもしれません」
「んな馬鹿な…………」
クザン先輩もそうは言ったが、少し顎に手を添えると顔を歪めた。その可能性だって無いこともないのだ。外部からの圧力を勇者が掛けてきた場合が一番危険だ。
「だとするとむしろこの状況は悪いんじゃあ無いのか?」
「いや、上手く対応して防ぐことも出きそうなので………………ライル、明日少し時間開けてもらっても良いかな?」
「俺か?大丈夫だぞ」
ライルが動けるならこっちは大丈夫だ。あとは単純な戦力の増強。今回の戦いで感じたことだが、勇者以外に対しては此方が押していたように見えたかもしれないが彼等も手を抜いていた状態だったので彼等の固有魔法はまだ判明しておらず、4対4になった場合の戦力はおそらく向こうが上だ。
クザン先輩の『玄武防壁陣』のような隠し玉がある可能性もある。残り五日間で固有魔法を自在に使えるようになる事は必須だ。
「なら…………大丈夫。チームを決めて、勝つことだけに集中すれば大丈夫な筈だ」
この五日間で、固有魔法をモノにして見せる。4対4での決闘と、予定とは随分と変わってしまったが、このチャンスを逃すこと何て有り得ない。
勇者の椅子に座ってふんぞり返るあの男を、地獄に引きずり下ろしてやる。
新作の中編を投稿しました。リハビリ用です。
結構クレイジーな内容ですが、もし気が向きましたらマイページから読んでくれると嬉しいです。




