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羽化



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 森の彼方此方に一斉に広がった僕は、森の虫達を操って()にけしかけていた。本体の癖に、いけ好かない奴だ。いつまでもウジウジと引っ込んでいて実に腹が立つ。僕が本体ならとっくにアンリを勇者から奪い返していたのに。……………この気持ちも、全部僕の本体が作り上げたものなんだけどな。


『ジュカイヤンマ隊、右側後方より突撃。黄色雀蜂隊、ジュカイヤンマ隊の突撃にあわせて直下から攻撃。同時に隣の大雀蜂も狙え』


 殺すのが楽しいと言ったのも半分は挑発の為だがあながち嘘でもない。僕の本体は見た目よりもずっと冷徹な人だ。本人も自覚していないのだろうが、自分が敵だと認めた相手には実に容赦無い。

 初めて魔物(ゴブリン)を殺したあの時も、明確な殺意を向けてきていた彼等を一瞬で敵認定し、皆殺しにした。僕の本体は敵、つまり自分の進む道の障害となるものを打ち破ることに快感を覚えていたのだ。ものは言いようである。


 ある程度本体から離れた所で身体を再集合(リユニオン)させる。大きな傷は完全に治っているが、与えられたダメージが予想を大きく越えてくるものだった。長期戦は見込めそうにない。だから、次の攻撃が勝敗の分かれ道となるだろう。


『テイム、【オオスカシバ】』


 新たな虫を配下に加えて攻撃に備える。本体は僕の予想通り森から出ない程度の高さを保って飛行しているようだ。あれを只の火魔法でこなしていると言うのだから我ながら器用過ぎると思う。かく言う僕も現在、34匹の蜻蛉と62匹の蜂、そして27匹の蛾を同時に操作しているのだから同じようなものかもしれないが。


 僕の本体と配下の虫達が戦っている音が聞こえてくる。

 

 見つけた。


『待ってろ。お前の本音を引きずり出してやる、エド』






















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






『………隙有り』


「ぐ、うっ!?」


 虫の大群による総攻撃の直後、彼は隙の出来た箇所にピンポイントで攻撃を仕掛けてきた。瞬間移動を発動させて避けるが、避けたポイントに居た蜂から彼が表れては襲い掛かってくる。互いに空中を飛び回り、何度もぶつかり合う。そして先に反応速度が遅れてしまった僕に、先程までの戦いよりも更に重くなった一撃が咄嗟に構えた槍にのし掛かった。


「く、そ。僕は……ッ」


 駄目だ、ついさっき目の前の彼に言われた言葉が頭の中をごちゃごちゃにかき回し続ける。戦いに集中出来ない。互いに武器を押し付け合い、ぐっと顔が近づいた彼がニィッと笑う。


『やっと自覚したの、僕?』


「黙、れ」


『黙らないよ。今の僕に僕の言葉は必要だから』


 そう言うと彼はナイフを構えると僕の胸に突き立てようとする。


「主殿は取らせん!」


『五月蝿いな、邪魔だよ』


 弾丸のように飛び回るオオスカシバの群れを倒し終わった桜花が彼に殴りかかったが、即座に彼が桜花に向けて投げたナイフが何かの魔法によって爆発し、桜花の攻撃は止められてしまった。

 しかし、その一瞬に隙が出来る。


 両腕に力を加えて思い切り彼を突き放した。


「ふん、ぬっ!」


『ぐっ、力ずくかよ。本当に頭働いてないね』


 人の考えてることがわかってるような言葉を―――


『当たり前でしょ、僕は君の一部だよ?自分が考えてることぐらいわからないわけがない』


「僕は君の考えてることがわからないのに」


『そんなの認めようとしてないからだよ』


「………」


 図星だ。彼の言う壊れた自分なんて信じたくない。認めたくない。だけど………。


『そんなに飲み込んだままにしてると、吐き出せなくなるよ?』


「…………僕は、アンリが、好きだ」


『それは分かりきってる』


「…………………」


『はぁ……壁は壊すものでしょ?さっさと殺れば良いのに』


 彼の手に黒い炎が現れたかと思うとその手には再びあのナイフが握られていた。嫌なことを思い出させるナイフだ。


『昔の方がまだ思い切りあったよね。敵には容赦なく行こうよ』


 次の瞬間、飛びかかってきた彼の戦闘スタイルが完全の別物になっていた。さっきまでの隙をついて重い一撃を加える戦闘スタイルからスピード特化の超高速連続攻撃。目にも止まらぬ速度で振るわれ続けるナイフが何十本にも増えたように目に映った。リズムを崩された僕は槍で防御を行うも、何度も身体に傷を付けられる。


『遅いよ。僕に勝ちたきゃ本気を出しな』


 彼は残像を目の前に残して僕から見て右方向に移動、くるりと体を独楽のように回転させて回し蹴りを打ち込んできた。足が直撃した脇腹がみしみしと音を立てて歪む。そしてそのまま振り抜かれた彼の足によって空高くへと飛ばされた。


 脇腹に突き刺さるような激痛が走る中。蹴り飛ばされた僕はアンリとの思い出を思い出す。

 初めて会った日、なんとかアンリに元気になってほしいとおかしな事をしていた僕にふんわりした笑顔を見せてくれたアンリ。仲良くなってからは二人で遊ぶことも沢山増えた。アンリが村の外に一人で出て、ゴブリンに襲われた日。間一髪で助け出したアンリを抱き締めた時のあの温もり。彼女が無傷で生きていてくれた事に安心して泣きそうになった。アンリと母さんと僕、夜遅くに帰ってくるアンリの両親と週一ぐらいで帰ってくる父さん。皆で過ごしていた日々が遠く感じる。


 身体が地面へと落ちる速さが上がっていく。

 空が遠くなる。僕の心の中だと言うのに、気持ち悪いくらいに青く清清しい空が。


 僕は、ゆっくりと目を閉じる。


『………諦めるつもり?』


 いつの間にか吹き飛ばされた僕の目の前に自らも移動してきていた彼が残念そうな顔をして呟く。そして、彼はナイフを逆手に持つとそれを振り下ろした。























『…………僕』


 振り下ろされたナイフを僕は素手で握りしめていた。

 当然、ナイフを握り締めた手は切れて血が流れている。


「………………………ねーよ」


『………………?』


 目を、開ける。


「ガキが。わかったような口きいてんじゃねぇよ」


『……!?お、前っ』


 そのままナイフを握り締めた手を離すこと無くもう片方の手で胸ぐらを掴む。


「僕は、アンリが、好きだ。今のこの状態だって、納得いってない。出来ることなら今すぐにでも奪い返しに行きたいし、アンリを突き放したあのときの僕を殴ってやりたい」


『な、なら、何故行動しようと』

「それがガキだっつってんのがわかんねぇのかよ、僕は」


 イライラする。何故彼を恐れることがあった。如何に自分よりも強い力を持っていようと彼は僕に過ぎないのに。大人になろうとする僕に自分の心に残っていた子供の僕が悪さをする。違う意見がぶつかり合って混ざり合おうとしない。だから選択を間違える。


「昔のままじゃないんだよ、だからあのときだってアンリを突き放した。後悔するってわかって突き放した」


『だから、その時の失敗を僕は』


「あの時アンリを引き留めたとしてどうなった?自分のエゴでアンリを、不幸になんて出来るわけ無いだろ…………」


『ぐ………』


 子供の時のように、思うままに行動することなんてもう出来ない。そもそもこの気持ちだって一方通行のもの。そんな気持ちで引き留めようとする僕はあまりにも身勝手すぎる。

 だから、今の僕の行動だって本当にアンリに言えなかった別れの言葉を言うために、二人の間に残ったしこりを無くすために、それだけのためのものだった。


「それでも、お前()は正しい。状況が変わった今ならやって見せるさ」


『…………』


 地面が近付いてきた。


「安心してよ、僕。心配することなんて無い。アンリを奪い返して、皆助けて、その先だってちゃんとやってみせる」


『………僕は、間違っていたかな』


「間違ってないよ、僕の言った僕だって僕だし、今の僕も僕だ。だから、さよなら『僕』」


 ぐるっ、と身体を捻る。彼のナイフを握る手から力が抜けた。僕はナイフから手を離すと彼の腕を掴む。

 下方には森の中でも開けた場所。ローチやジャック達との、この旅を始めた場所。仕えるべき主人を失ったナイフが其処へと落ちていく。


『頼んだよ』


「任せろ」


 そして、そのまま勢いに任せて彼を地面へと投げ飛ばした。

 全身全霊で放った一撃。まだ何十メートルもあったであろうその高さから彼は一瞬にして地面に叩き付けられる。ドォォンという人の身体が出したとは思えない轟音を立てて地面に叩き付けられた彼は一撃で死に至ったのか動かなくなった。

 その傍らに先程落ちていったナイフが落ちてきて突き刺さる。


 彼は強かった。終わりこそあっけなかったものの、多分、彼が僕と混ざり合わずにいたら僕は負けていた。

 動かなくなった彼は何故か笑顔で、その姿が子供時代との別れのようで悲しくなる。


 僕は、彼に続いてゆっくりと下に降りていった。



















 意識が浮き上がる感覚がしてくる。何が起きたのか、呼び出された虫達を全滅させた私は自らを召喚した主人のもとへと急いだ。


「主殿!何が……………」


 そう言って飛び出したときにはもう、終わっていた。動かなくなった少年を主殿は地面に座って優しく抱き締めていた。少年の身体からは血が流れ続け、でも、その顔は何故か穏やかな笑顔で。


「そうか………これは」


 夢の世界から元の世界へと戻っていくのか、景色が滲み始めた。白く塗り潰されていく世界で、主殿と少年の身体が溶け合い、混ざっていっているように見える。
















「……………………あっ」


 意識がその場を離れていくその瞬間。主殿の背中から二対の蝶蜻蛉(チョウトンボ)のような羽が生えて、ほのかに七色に光ったような気がした。

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