蟲使い
長い間お待たせしましてしまい申し訳ありません。続きです。
「うおおおお!すげええええ!水出たああああ!」
「なんで…………なんで俺が教えたら駄目だったのに………………」
床によつん這いになって項垂れているクザン先輩と、なんかハイテンションになって両手の先から水をピューピューと出しているライル。目が覚めて真っ先に目に写った光景がそれだった。
ライル、魔法使えるようになったんだな。おめでとう。
「む、なかなか早かったのぅユーリ少年。ちゃんと固有魔法は手に入れられたようじゃな」
「ええ、何とか」
先程までライルのことを見ていたゼムナス先生に助け起こされた。精神世界での戦闘が現実にもいくらか影響を及ぼしているのか、身体に上手く力が入らない。僕はふらつきながらも何とか立ち上がった。
「まさか戦うことになるなんて思ってもいませんでしたよ……………」
「ありゃあ、言ってなかったかのぅ?現在の自分の裏側と向き合い、打ち倒すことで固有魔法は手にはいるんじゃよ」
「そうだったんですか………………それならそうと、って…………もし、負けてたらどうなってたんですか?」
夢の中の世界、僕が住んでいた屋敷での戦いによる反動なのか現実世界に戻ってきても身体に力がうまく入りにくくなっている。
勝ってもこれなのだから、もし負けていたらどうなっていたのか僕はなんとなく気になって先生にそう聞いた。
「ああ…………それはじゃのぅ、もしも負けておったら良くて手足の末端などの麻痺、悪ければそのまま植物状態じゃ」
「………………へっ?それって、かなり危なかったんじゃ…………」
思わずまだ目を閉じて眠りについているエド君を見た。彼はまだ戻ってきていない。
「ふむ………………もう少し早く戻ってくるかと思ったんじゃがのぅ…………案外苦戦しておるのかもしれんな。まあ、彼の事じゃし危険性も重々承知しておるとは思うがのぅ」
ゼムナス先生が険しい顔をして自分の顎髭を撫でる。まだ戻ってくる様子は全くない。その時だった。
―――――――ガタン
「失礼します、ゼムナス先生は…………………えっ?」
「どうしたの?アンリちゃん?」
扉が開かれ、金髪の少女とリリ嬢が入ってきた。
少女の視線が一点に集中され、その先には倒れて眠ったままのエド君が居る。
「少し……………タイミングが悪かったかもしれんの」
ゼムナス先生が冷や汗を流して苦笑いしてみせた。
背筋に悪寒が走る。
「おーい、ユーリ達どうしたー?って……………あ、おっ?」
元気に声をかけてきたライルの声がみるみるうちに萎んでいく。
少女の全身から、凄まじい殺気が漏れ出していた。
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ぶくぶくと泡が僕の下から現れては光指す水面へと向けて浮かんでいく。頭の中をそんなビジョンが流れては、僕の意識は更に深みへと沈んでいき――――――――
「―――――じ殿!主殿!」
「うっ、ゴメン桜花。危なかった」
気付けば人型に変化している桜花に僕は抱き抱えられていた。どうやら僕は空中に飛び上がってから少し意識を失っていたらしい。
「大丈夫か主殿よ。まだ奴は姿を見せていないのに、何があったのだ」
「少し、意識が飛びそうになって………………ッ!?」
殺気を感じて僕は桜花を抱き締めるとラピッドファイアを使って大きく横方向へと移動した。
――――ギシャジャシャシャシャシャシャ!
先程まで僕たちが居た場所を大量の茶色いバッタの群れが飛んでいく。大量に集まり凶暴化したバッタの群れだ。もう少し反応が遅れていたら僕と桜花はアレに飲み込まれていた事だろう。
僕が見たところあれはバッタの中でも雑食の種類だったと思う。もしあれだけの群れに襲われていたらひとたまりもなかった。
――――バキバキバキバキッ!
そのまま通りすぎていったバッタの群れは下方に見える樹木を何本もなぎ倒して森の中に消えていった。
「主殿、次は上だ!」
桜花が叫ぶ。頭上を見上げると今度は大量の鬼蜻蜒が太陽の光に紛れて此方へと迫って来ていた。僕と桜花は別方向へと飛んで逃げたが、群れは桜花目掛けて方向転換した。
群れが桜花へと迫る。
「桜花!」
「私の事は構わない!早く本体を!」
応戦する体勢をとる桜花だが、トンボとはいえ流石にあの数を相手にするのは無茶だ。流石にただのトンボであれば桜花にあの数を倒しきる事ぐらい余裕だっただろう、だが恐らくアレは彼が作り出したトンボなのだから並みの物とは桁違いの強さを持っている。そうなれば桜花単騎で倒しきるのは不可能に近い。倒せてもかなりのダメージを受ける事になるだろう。
僕は桜花の方へと方向転換して、マジックバッグから鉄の槍を一本取り出した。魔法で槍に火の属性を付加し、ぐっと腕を引いてトンボの群れへと狙いを定める。
その時だった。視界がぎゅっと中心へ向けて引き寄せられていくような感覚に陥る。思わず身体が勝手に前へと動いていきそうになって慌てて意識を集中させて槍を放った。
飛んでいった槍はトンボの群れに直撃すると爆発、数十匹を塵に変えて自らも塵となった。残った十数匹ほども一度散り散りになって方向転換し、再び桜花に攻撃を加えようとしているがあれならば桜花一人で対処出来るだろう。
桜花は少し驚いたような顔をした後、僕の目を見ると微かに頷いて反撃の構えをとった。
「何処に居る………」
重力に引かれて地面へと落下しながらも周りを見回した。その瞬間―――――
『お前ならそうすると思ってたよ………この、甘ちゃんがぁァァァ!』
「なっ!?」
真後ろ。
完全に死角となっていたそこから彼は突如として現れ、僕の首筋に血塗れの短剣を突き立てようとしていた。
なんとか身を捩って避けようとしたけれど、駄目だ、避けられない。短剣の先が僕の首にぷつりと刺さり、血が滲み出たのを感じた。
ここで、終わりなのか。まだ勇者に戦いを挑むことさえ出来ていないのに。ここで死ねば僕の身体は全力を出せなくなるか、もう生きていけないような身体になる。
嫌だ、死にたくない。
アンリ、せめてもう一度だけ君に――――
『死ねよ半端者。後は僕が全部やる』
そしてそのまま短剣は僕の首に突き刺さり―――
――――あれ?
『お前…………何したの?』
振り向けば数メートルほど先に怒りの形相の彼が短剣を片手に此方を睨み付けていた。下半身から先が大量の蜂へと変化していて上半身しか見えない。
『土壇場で新しい能力に目覚めたってところかな?流石は僕の本体だね、本当に忌々しい』
苦虫を噛み潰したような顔で彼はそういうと全身を蜂へと変えて森の中へと四散していった。
「あ、主殿…………?今のは…………」
「………僕にも、何が起きたのかさっぱり…………………」
何故か彼の突き立てた短剣が僕の首に刺さらず、彼を離れた場所へと移動させた。いや、あれは僕の方が動いていたのか?
「桜花から見て、何が起きてた?」
「それが、蒼い光が主殿から発せられたかと思ったらその光が進んだ方向にいつの間にか主殿が移動していたというか……………」
どうやら僕は瞬間的に中距離を移動する能力に目覚めたらしい。そんな能力が発現するスキルなんて僕は知らないし、僕も持っていなかった筈だけれどどうして、何故このタイミングで目覚めたのだろうか。
いや、それは今はいいか。とにかく今は相手を倒すことだけを考えないと。この力も………なんとか、使いこなして見せる!
『『魔神獄炎ぁぁ!』』
「来た!」
森の中から黒い炎の柱が此方に向けて放たれた。当たれば恐らく即死は確実。
「でも、あの先に彼奴がいる……!」
ギリギリまで避けないと決めて、先程の瞬間移動を再び発動させるべく炎の柱に真っ向から向かい合った。すると再び、視界の中心に自分の身が引き込まれていくような感覚に陥る。
―――――来た。
『―――ッ!?』
次の瞬間には目の前に驚愕の表情を顕にした彼が居た。僕は腕をぐっと引くとその拳の先に魔力を集中させる。
『クソっっ!さっき手に入れたばっかの能力の癖に使いこなすとかやっぱ本体サマは天才だよ!』
彼も瞬時に反応し、虫へと変化して僕の攻撃を回避しようとする。だけど、もう遅い。
溜まりきった。
「『炎精剛拳』!」
目にも止まらぬ速さで打ち出された炎の拳が彼の腹部を貫く。みしり、と音を立てて彼の小さな体が歪んで変化しかけていた身体が無理矢理に元の姿へと戻される。
「ぬんっっ!」
『がっ………かはっ………!』
そしてそのまま拳を振り抜いた。吹っ飛んだ彼の身体が壊れた人形のように腕や足が折れ曲がり、肉から骨が飛び出して赤い血を撒き散らしながら木々をなぎ倒していく。
最後に森の中に静かに佇んでいた苔むした岩に彼は叩きつけられて動かなくなった。
決まった、だろうか?
離れて様子を見ていた桜花がゆっくりと近くへ降りてきた。そしてそのまま落下している僕を抱えると地面に降り立った。
「主殿、これは決まったと言うことなのだろうか」
「………多分。でも、それならもう帰れる筈なんだけど」
「ふむ……ならば何故………ッ!?」
何かに気付いた桜花が僕を突然押し倒して拳を振り抜いた。
パァン!という何かが弾ける音がしたかと思うと緑色の殻がぽろぽろと落ちてきた。これは……アオカナブンの…………?
「主殿、どうやらまだ終わっていないようだ」
「…………あんなになってるのに、頑丈すぎでしょ」
ゆっくりと彼の方へと顔を向ければ、彼の折れた腕や足が沢山の蛾に変化したかと思うと元の形に戻っていたところだった。変化から元に戻すことでの自己再生能力まで持っているらしい。口から血を流して膝をつく彼の様子から察するにダメージ自体はある程度残るようだが。
『えへへ、僕、こっからが本番だよ。固有魔法【蟲使い】の真骨頂だ』
「それよりも君の頑丈さが怖いよ。あれだけやって倒れないなんて」
彼は立ち上がると僕に笑顔を向ける。
『執念が違うんだよ、執念が。僕はアンリが好きだ。この世界の何よりも。勇者や国の決まりなんて知ったことじゃない。ヘタレの僕を倒して僕が代わりにアンリをかっさらっていくんだ。そのためだったら、骨が折れて飛び出す程度の痛みなんてどうってことない』
そこまで言い切ると小さな姿のままの僕は真剣な顔になった。
僕はガツンと頭を殴られたような感覚を覚える。何故なら彼は、僕だ。僕は心の奥底でそこまでの執着をアンリに持っていたのか。
それに、最初に彼が言っていたように僕は魔物を殺すことを楽しんでいたのか?もう自分のことがわからない。固有魔法はその使い手の深層心理が形作るものだという。ならば彼の言っていることに間違いは何もないということはハッキリしている。だけど………僕は…………。
『僕だってそうだろ?アンリと一緒の暮らし以外なんて考えられない。最後にちゃんとさよならするだとか、助けに行くだとか、そんなの全部只の言い訳。諦められない男の下らない最後の足掻きだ』
彼はスッと腕を上げると掌を僕に向けて見せる。
『お前の能力は大体把握した。だけど僕は僕の能力の全てをまだ見ていない。新しい能力に目覚めたところでまだ僕が有利だ』
彼の身体が無数の蜂に変化して森の中へと四散していく。
その直前、彼の言った言葉ははっきりと僕の耳に届いた。
『もっと自分に正直になりなよ』
第2ラウンドの幕が上がった。




