壊れてるよねぇ
「懐かしいな………」
意識がハッキリとしてくると周りに何があるのかハッキリと見えてきた。
此処は、故郷の、ポルタ村の周りに広がっていた樹海の中だ。
危険な動植物も沢山居るし、似たような風景が続く。生息している魔物も弱いものから強いものまで様々で、運が悪いと最奥地に生息しているようなバケモノが村に近い地点まで出て来ることさえある。彼等は此方から手を出しさえしなければ何もしてこないが、遭遇してしまったときの緊張は並みの物ではない。
それでも僕は小さい頃からこの森に入り続けた。普通なら猟師や冒険者をしているような大人だけが入っていくようなこの森に、子供の僕は自ら進んで森へと入っていった。
父さんや母さん、村の大人達を心配させたことも沢山ある。村の近くならそう危険では無いとはいえ子供だけで森の中層部へと入るなんて自殺行為だ。
それでも、僕は森に入り続けた。昆虫の魅力にとりつかれた僕は周りが見えていなかったのかもしれない。今、思い出すとどれだけ自分が無謀なことをしていたのかわかる。スキルさえ持っていなかったのに。
『何故か私まで来てしまったんだが………どうしたものか』
「とりあえず、僕が目を覚ましたら一緒に出てこれるんじゃないかな、桜花」
『そうだと良いのだが………』
丁度僕の隣を飛んでいるのは大雀蜂の姿になっている桜花だ。近くにいたせいなのか、どうしてなのかはわからないけれど、桜花も此処につれてこられてしまったらしい。
やはり使役魔物としての繋がりが存在するせいだろうか。
此処は僕の心の世界だから、僕しか入ることは出来ないはずなのに。
『オオヒラタシデムシ………なんでこの虫はこの世界にも共通して存在するんだろう…………。同じようにシマスジカも………生態もほぼ同じ様だし………』
ブツブツとなにか呟いている声が聞こえてくる。
前方の森の中からだ。
小さな男の子の声のようだ。
桜花と共にその方向へと向かうと、黒髪の6歳くらいの少年が1人、草藪の前にしゃがみこんで何かを観察していた。
「君は………?」
話しかけると、その少年はゆっくりと立ち上がって此方に振り向いた。
この顔は、小さい頃の僕の顔だ………。
『意外と早かったね。もうちょっと待つかと思ってたよ』
そう言って彼はニッコリと笑う。
その瞬間、エドの背筋にぞくりと悪寒が走った。
なんてプレッシャーだ。子供が放って良いようなものじゃない。
『それで?僕を手に入れるために来たんでしょ?』
「あ、ああ…………」
一歩、後ずさる。
この少年が僕の固有魔法。
僕が手に入れなければならないもの。
「父さんからは、自分の中のある物と向き合うって聞いてたんだけどな。…………まさか魔法そのものだとは思わなかったよ」
『魔法そのものというよりは、君の深層心理に近い感じかなぁ』
「あまり僕らしくはない気がするけどね……」
彼は『にししっ』と笑うと、突然落ち着いたような顔になって金色の双眸ををスッ、と細めた。
『主殿…………此奴は………!』
「待て、まだだ。落ち着いていこう」
『ぐっ……』
手を伸ばして、大顎をカチカチと鳴らして威嚇行動を起こした桜花を制止する。
『へぇ………ちゃんと理性的な判断が出来るじゃないか』
感心したように手を叩く少年。
桜花が一瞬身構えたのも仕方ない。
彼が目を細めた瞬間に感じた殺気は尋常なものじゃなかった。最早アレが自分の一部だとは思えない。
アレが自分の一部であると理解を拒んでいる自分が居た。
それほどに、暴力的で、そしてそれを楽しんでいるかのような―――
『認めたくないんだね? うんうん、わかるよ。でもこれは事実なんだ』
実に嬉しそうににっこりと笑う。
『ねぇ、君は自分が優しいと思ったことはある?』
「なに………を………?」
『僕はさぁ………こうして虫を観察するのもいいけど、魔物を殺して、腸を抉りだして………とっても楽しいんだぁ』
くひひっ、と笑った声が少年からではなく僕の後方から聞こえた。
でも、身体が………動かない。
『ねぇ、君はどうだった? 三歳のあの日、たった二本のナイフでゴブリンを殺したあの日、どんな気分だった? 無関心だった?苦しかった?愉しかった?ねぇ、ねぇ!』
悪寒が………腕の震えが、止まらない。
『周りから優しいって言われることはよくあっても、本当に君はそう思う?』
少年は腰から下げていた二本のナイフを抜いた。
あの時二匹のゴブリンを殺したナイフだ。
『えへへ………本当、君って壊れてるよね』
―――ぶわっ
突如として少年の全身が何匹ものカラスアゲハに変化しバラバラになって飛んでいき、少年の姿が消えてしまった。
ぞくり、と。
凄まじい悪寒が背筋を駆け上る。
「拙い……!桜花、掴まって!」
『主殿!』
僕は桜花を右肩に掴まらせると、大空へと向けてラピッドファイアで一気に飛び上がった。
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「履修登録は別に半年以内ならいつでも出来るから、わざわざ出て来なくても大丈夫だったのに」
「そ、そうだったんですか………」
「何よりあの男が彷徨いてるからね………あの男、そういう能力でも持ってるのか知らないけど女の子の居るところにはすぐに湧いてくるからね。特に貴女みたいな可愛い女の子の所にはね」
「か、可愛いなんてそんな………」
いや、アンタの方が可愛いだろ。なんて言えるはずもなく、私はアンリちゃんに手を引かれて歩いていた。
綺麗で可愛いとか意味わかんねぇよもう。本当は貴女が乙女ゲームのヒロインなんじゃないの?私、アンリちゃんに勝てる気しないよ?
「それにしても………思ってたより元気そうですね」
「つい昨日まで元気あんまり無かったけどね。やっとエドと連絡取れて、ちょっと元気でたんだ。『絶対に助けに行くから、待ってて』だってさぁ。エドってヘタレだったと思ってたけど少し成長してきたのかなって」
「弟を想う姉の心情ですかね……」
「んー…………確かにエドは子供っぽいけどね。ちょっと、違うかな」
そう言って顔をほんのりと赤くするアンリちゃん。か、可愛すぐる。女の私でも見とれちゃったよ今の………………恋する女の子って可愛いなぁ。
「いや、それお嬢も入るけどな」
「心を読むな」
「了解、ご主人様」
この転生ゴブリンめ。
妙に鋭いやつだな。
私がそう言ってキッ、とゴブリンさんを睨みつけてたら、アンリちゃんがくるっと此方を振り返った。
なんだか今度は渋い顔になっている。
「いーや、やっぱりあんまり成長してないよ、あの馬鹿エド。ローチちゃんとニーアちゃんに着実に逃げ道を塞がれてってるのに気付いてないし、あっさり言質取られてるし、今度ちゃんと会ったらお仕置きだから」
「アンリちゃん怒ってる………エド君何したんだろ」
「さぁ?押しに負けてヒヨったんじゃないか?」
押しに弱そうなエド君の顔が脳内に浮かんだ。美少女の使役魔物達に迫られる黒髪イケメンの図だ。
そしてそのイメージが私の脳内で美少女達は全員私に、エド君はジャックおじさんに切り替わった。
ほほぅ……………これはこれは………………。
「モテ系草食系男子なジャックおじさま……………良い!」
「お前、何話しててもおっさんに行き着くようになったな」
「リリちゃん、ちゃんと聞いてるー?」
少しあきれたような顔のアンリちゃん。ゴブリンさんにも『はぁ……』とため息をつかれた。解せぬ。
「ところで、なんでアンリちゃんは外に出ていたんですか?エド君もライル君もアンリちゃん達には会えてないって話だったんですけど」
「うーん、普段はそんなに出歩かないんだけどね。昨日、ゼムナス先生から『6番訓練場に来るように。来ておかないと多分後悔する』って言われたから勇者に見つかるリスク承知で出てきたんだ。正直、さっきも見つかるかどうかヒヤヒヤしたよ」
「ま、マジですか………危なかった……………」
先程、勇者をまくためにアンリちゃんは光属性の魔法を利用した幻影魔法で私達を隠してくれたのだけど、結構危なかったらしい。見つからなくて良かった~、
「って、そういうことは今向かってる所って…………?」
「うん、今向かってるのは6番訓練場だよ。あそこなら先生も居るし、落ち着いて話も出来るだろうしね」
歩く先に、訓練場の屋根が見えてきた。
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「『ロッシュカノン』!」
『グァ!? ゴガァァァァァァ!』
伸ばした手の先、短縮詠唱によって発動した魔法から巨大な岩石が飛び出して、もう一人の僕を直撃した、
心の世界で会ったもう一人の僕は既に野獣化状態に入っていることから、打撃によるダメージは正直なところ薄い。それでも近距離から直撃させた岩石によって、彼の身体を後方へと大きく吹き飛ばすには充分だった。
岩石ごと後方へと飛ばされた彼はステンドグラスを突き破って外へと放り出された。僕も瞬時に野獣化するとカーペット敷きの床を蹴って飛び上がり、追撃をたたき込む。
戦いも大詰め。体感時間約1時間半にも続いたこの戦闘も相手の様子から察するに、もう終わりへと近付いていた。
「兜割りッッ!」
『ヌグゥゥッ!砂神の五指ォォ!』
相手の僕の周りに五つの岩石が表れて内三個が彼を押し潰していた岩石を破壊、残り二つが僕の持っていた二本の剣とぶつかり合って爆散した。
まだ地面には到達しない。 下方にもう一人の僕、そして上方に僕。この状態なら、まだ僕の方が有利だ。
『土壁!』
防御用の魔法を発動してそれを足場とし、飛び上がってくる彼。
掛かった。僕の勝ちだ。
「『悪魔の壁』」
『ナニッッ!?』
拳を振り上げ、此方へと迫ってきていた彼と僕の間に一つの土壁が現れる。見た目はただのクレイガード、だけどこれの正体は強力無比なカウンター魔法だ。
驚きで目を見開いた彼の拳がその土壁にめり込んだ。
僕は野獣と化した彼を見る。この能力とも長い付き合いだ。
ライルと同じように、生まれた時から使うことのできたこの力はずっと悩みの種だった。恐ろしい野獣に変化した僕を、僕の家族は恐れた。僕もこの力が嫌いだった。
いくら侯爵家の嫡男とはいえ、このような恐ろしい姿に変化する僕と婚約しようなんて令嬢は何処にも居ない。ずっとそうだったし、これからもそうなんだと思っていた。弟に跡取りは譲って、僕は独り身でいようかとも考えた。一応、この能力のお陰で家を出ても普通に生きていけるぐらいの力を持っていたからだ。
でも、彼女だけは違った。獣になった僕を恐れず、愛するとはいかないまでも、僕を一人の人間として見てくれていた。一方通行な想いだというのはわかっている。それでも彼女と結婚出来るというのは嬉しくて、僕も彼女に好きになって欲しくて頑張っていた。
だから、許せない。あの男を。
自己中心的で傲慢で、他人を道具としか思っていないようなあの男を。
「止めだ!」
僕は魔法を発動して石の弾丸を大量に精製した。数え切れないほどの石の礫が宙に舞う。
――――――ギィィィンッッ!ドンッッ!!
悪魔の壁が彼を弾き反して地面へと叩き付ける。更に壁は変形して何本もの剣に変わって彼に襲いかかった。
抵抗することさえも許さない。最早彼に逃げ場なんてなかった。
確かに彼は強かった。僕の知らない能力で何度も僕を窮地に追い込んだ。
でも、
「お前は、僕の、一部でしかないからッッ!」
右手を振り上げる。
景色がスローモーションのようになってゆっくりと動いていく。
「僕は、今度こそ!勝たなきゃならないから!」
吹き飛んだ彼が地面に激突し、更に悪魔の壁の追撃によってめり込む。
僕の周囲では魔力を込めた礫がぐるぐると回転し始めた。
「だから………………これで!止めだぁぁぁぁぁァァァ!」
勢いよく右手を振り下ろした!
雨のように降り注ぐ石礫。
『見事、だ、僕。君ならば、今度、こそ』
その瞬間、僕の意識は深みから浮上していった。




