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蜘蛛と少年

アンリ視点→エド視点→紫苑視点と続いていきます。




 




「どうやってエドと連絡取ろう……」


 アンリは部屋の中を歩き回ってひたすら考え続けていた。

 どうすれば今、学院に居るはずのエドと連絡が取れるか。勇者に気付かれずに連絡を取るにはどうするか。

 それだけをずっと考えていた。



「ねぇアンリちゃん」


 部屋のソファに座っていたフィーネちゃんが話しかけてきた。ここのところずっと部屋から出ていないし、やけに静かだったから心配だった。


「ん?なぁにフィーネちゃん」


「その『エド』って子、アンリちゃんの婚約者なの?」


「……へっ?」


「だってその子の話するときいっつも嬉しそうじゃない?婚約者だった子なのかなぁって。いいなぁ、私もそんなに夢中になれる婚約者欲しかったなぁ」


「何を、言ってるの………?」


 思わず声が震えてしまう。

『婚約者が欲しかった』?貴女、泣くほど好きだった婚約者が居たじゃない。しかも幼なじみの。


「何、って?何?」


 不思議そうな顔で首を傾げるフィーネちゃん。

 

 ああ……そうか、そうだったんだ。

 彼女も自分の記憶が保たなくなってきている事に気付いて、だから部屋から出なくなっていたんだ。

 これで…………二人目。


「そうね……エドについて話をしたいから、お茶にしない?」


「うん、アンリちゃんのいれるお茶は美味しいから楽しみ」


 ふんわりと微笑んだ彼女はまさか洗脳されているなんて思えない。

 でも、よくここまで耐えたものだ。普通なら私のように状態異常耐性を持っていなければ、こんなに洗脳を跳ね返し続けることなんて出来ない。なんて強靱な精神力を持った少女なんだろう。

 本当に、彼女はよく頑張った。



「お茶請けは町で買ってきたクッキーにしたわ。評判のお店らしくて、美味しそうでしょう?」


「ほんとだ!とっても美味しそうだし、可愛い………」


 テーブルにクッキーを並べたお皿とティーポット、そして私とフィーネちゃんのぶんのティーカップを並べた。

 彼女のカップと私のカップに紅茶を注ぐと、ふんわりと優しい香りが広がっていく。


「いい香り……」


 フィーネちゃんがそれに口を付ける。

 そして――――








――――ガチャン!


 フィーネちゃんはカップを落として意識を失い、テーブルに突っ伏した。

 私は落とされたカップを拾い上げ、こぼれた紅茶を『クリア』を使って綺麗にする。


「おやすみなさい。全部が終わるまで、ゆっくり休んでて」


 私は自分の体を魔法で強化すると、彼女を抱き上げてベッドルームへと入った。

 そして、彼女をゆっくりと寝台の上に横たえさせる。

 

 薄暗い部屋の中で、深い眠りについたラスティナとフィーネの寝息だけが静かに響いていた。

















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「前世の俺は平凡な男子高校生だった。ああ、ここでなんで男子高校生だったかって言うと俺が死んだのがそれぐらいの歳だったからだな。それで―――」


 べらべらと話し始めたライル。

『だんしこーこーせー』というのはよくわからないが、若くして死んだのは話してる感覚でわかった。

 よくわからないけど大変だったんだな、お前。


『ローチ、分身は今全部で何体出してる?それとあと何体出せる?』


『ますたぁ………ライルの話は……?』


『そっちは……話してる内容がよくわからなかったりするから、いいや』


『そうなの………。今出してるのは全部で26体だよ、内14体は今固定で命令を出してるから動けないの』


『他は自由に動かせるってこと?』


『そうだよ。今、手が空いてる分身に紫苑さんを捜させてるの』


『わかった、それならそのまま紫苑さんを捜させといてくれ』


「エド!聞いてるか?エドーーー!」


 ローチと念話で話していたらライルが俺の方を向いてべしべしとテーブルを叩いていた。 


「わかった!わかったから聞いてるって!」


「じゃあ今俺が何について話してたか言ってみろよー」


「え、いや、それは…………」


「やっぱ聞いてねーじゃねーか。仕方ない、もっかい話すぞ。それで俺には幼なじみで親友の男子が居たんだけどな、高校二年の時に突然そいつに屋上に呼び出されてよ、なんだと思ったら俺のことが好きだって言うんだよ。

 前々から女っぽい感じのやつだなぁとは思ってたけどさ、まさか俺のことが好きだなんて思いもしなかったわけでさ、しばらく呆然としてたらそいつが『ごめんね。男なのに男が好きなんて変だよね』っつって走ってっちまって。それで、そいつとの間に溝が出来ちまって…………顔を合わせることも無くなっちまって………」


 まさかそういうので来るとは。

 幼なじみの男子がホモで自分のことが好きだったとかいう話、聞いてたところであんまり話したいとは思わないぞ、それ。

 ユーリはうんうんと頷いて聞いてるけどリリ嬢硬直してるよ、どう反応するべきか困ってるよあれ。


「それで、高校三年にあがった頃だったんだ。ある日、帰り道でそいつを久々に見つけたんだ。迷子になった小さい子が泣いてるところを見つけて、親を捜してたとこだった。俺もあいつが昔から優しい性格だったのは知ってたし、もう一度友達になるチャンスだと思ってな、近付いていったんだよ。

 そしたら…………丁度そこにあいつとその小さい子めがけて廃品回収の軽トラが突っ込んできて、俺はそこであいつと小さい子を飛び込んで突き飛ばしたんだけど……………俺の前世での記憶はそれまでで、気付いたらこっちに転生してたってわけだ」


「その親友と小さな子、助かってるといいな」


「ああ………ほんとに、そうだな」


 とりあえずざっと聞いて思ったことを口に出すと、ライルは何か思い出したように目に涙をためてテーブルにそのまま突っ伏した。

 

「ごめんよ……伶央奈………。俺は男色じゃなかったんだ………今も、昔も……………」


 何故か男色じゃなかったことを前世の友人?に謝り始めたライル。性癖なんて人それぞれだし流石にその点については謝る必要なんて無いんじゃないのだろうか。

 まあ特に何も言わないけどさ。


『ローチ、続き。あと何体出せる?』


『あと14体は出せるかな。ただしそこまで増やすと細かい命令が出来なくなるけど、どうする?』


『構わない。紫苑を発見、又は紫苑についての情報が入ればすぐに連絡をするようにしてくれればいい』


『じゃあ何体出す?』


『全部出してくれ……と、言いたいところだけど出す前に一つだけ頼みたいことがある』


『なぁに?』


『アンリのところに行ってる分身に、伝言を頼みたい』


『…………それ、ローチに言うこと?』


『………駄目かな?』


『……………別に』


 なんだかムスッとした口調になったローチ。何か拙いことを言ってしまったのだろうか。

 気を悪くしてしまったのなら謝りたいのだけど。


『……………ますたぁの……鈍感』


『………何か言ったか?』


『別にぃ?』


『よくわかんないけど………ごめん』


『謝んないでよ、なんだか悲しくなるから』


 更に気を悪くさせてしまった…………。

 ううう………なんで僕こんなに女の子に気が使えないんだろう………なさけない………。


『それで?何伝えればいーの?』


『……受けてくれるの?』


『ますたぁの頼みだし、受けてあげるよ』


『ありがとう………それじゃあ――――』


 うおおおお!とライルが男泣きしている横で僕はローチにアンリへの伝言を伝えた。

 なんだか……ローチの性格が最初会った頃からだんだん変わってきた気がする。しっかりしてきたっていうか、より女の子らしくなったっていうか。大人っぽくなってきた?

 

 僕はローチの気持ちと、このとき何を考えていたかなんて、全く気付かなかった。

 そして、既に僕は詰んでいたということも。


















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 私は表に出てくることは無い。

 私は諦めなければならない。


 今回、私の身に起きたことから、そのことを再確認した。


 私のような化け物が、誰かを愛する事なんて許されない。


「はぁ………なに感傷に浸ってるのかしら私。あの子と彼は違うのに………」


 確か、彼と出会ったのは暖かい春の日だった。





















「うおっ、蜘蛛が巣張ってやがる。おっ払っちまわねぇとなぁ」


 人間の大人の男が私の方を見てそう言った。



 冬があけて、卵嚢から沢山の姉妹や兄弟達と生まれ落ちた私は里山の麓にあった一軒の民家に巣を張ることにした。

 思えば私は産まれた時から他の兄姉たちとはどこか違っていたんだと思う。普通の蜘蛛には有り得ない自我が存在していた。単純な自我なら他の姉弟達も持っていたかもしれないけれど、私のように人間並みの知能と心は持っていなかったことだろう。

 その証拠に、仲間たちとは意志の疎通が出来ないのに対して人間の言葉はしっかりと聞き取れた。




 私は、孤独だった。






「確かここにあったよなぁ…………おっ、これだこれ」


 この家の家主と思しき男性が箒を持って此方へと歩いてくる。

 きっとアレで私を巣からたたき落とすつもりなんだろう。


 私はそっと逃げようとした。

 その時だった。


「父さん、追い払わないで」


「へえ、なんでぇ?」


 父親の腕を止めたのは、多分8歳ぐらいの男の子。

 

「蜘蛛は蛾だったり蚊だったり捕まえて食べてくれるから。追い払っちゃ駄目だよ」


「まぁ、蛾とか食ってくれるなら良いけどよぉ。この毒々しい色、危険じゃないのか?」


「大丈夫だよ、黄金蜘蛛に毒は無いから」


「ったく変なことばっか覚えてくるなぁお前は」


 父親は呆れた顔をしてポリポリと頭をかくと、箒を下ろした。

 男の子、彼の名前は『平治(へいじ)』というのだけど、彼は嬉しそうな顔をして蜘蛛の私にこう言った。


「良かったね、これで安心して暮らせるよ」

 

 それはもう、とても嬉しそうにそう言った。




















 若い頃の私は単純だった。


 平治が私に向けていたのは一匹の虫に対しての慈しみの感情だったことぐらい理解している。

 それでも私が彼のことを好きになるのには充分だった。


 私はそれだけ温もりに飢えていた。








「ごめんください」


 平治が14歳になった年の春。

 とある雨の日。一人の若い女性が彼の家の戸を叩いた。歳は平治と同じくらいに見える。

 平治や彼の家族はこんな雨の日になんだろうと思うと、彼女は『旅の者なのだが、雨に降られてしまったので一晩泊めて欲しい』と言う。

 雨に濡れた彼女の髪は吸い込まれるような黒で、艶のある肌は触れたら溺れてしまいそうな程に美しい。

 若く美しい彼女に平治は一度ためらい、村の老夫婦の家に連れて行こうかと言ったが、彼女は『貴方の家が良い』と言って、すっ、と顔を近付けてきた。

 女性経験のない平治は彼女の押しに負けて、彼女家に泊めることにした。


















 私は彼を愛していた。

 愚かな私は山の烏天狗の元で修行を積み、絡新婦となった。

 蜘蛛の私では駄目でも、美しい女性となった私なら彼もきっと私のことを愛してくれるはず。


 ただ、それだけを思って彼の元を訪ねたのだ。


 結論から言うと、その願いは叶わなかったのだけれど。




















 平治は幼馴染みだった少女と結婚した。

 あの日家に泊めた美しい女性『紫苑』も村に住み着き、今では小さな畑をひらいて暮らしている。


 平治は美しい彼女に幾度となく惹かれた。しかし運命とは不思議なもので、相思相愛であったはずの平治と紫苑は結局結ばれることは無く、小さい頃から仲の良かった幼馴染みと結ばれた。

 別に彼女に不満があるわけでは無い。むしろ彼女で良かったと感じている。

 ただ、一度も彼女への想いを伝えることの出来なかった平治からすれば、心に何か引っかかることが残っていた。それだけだ。


 紫苑は村の男達に何度も言い寄られているが、不思議なことに誰とも結婚しようとしない。

 彼女が旅をしていた理由にもしかしたら結婚しない理由があるのかもしれない。でも、彼は彼女にそれを聞くことは出来なかった。


 そして、年月が経ち、だんだんと紫苑との距離が開いていく中で、突然彼女は村から消えてしまった。

 まるで、最初から彼女なんて存在していなかったかのように。


 平治は、最初から最後まで彼女と分かり合うことが出来なかったと、後悔した。


















 


 私があの村を去った最後は、実にお粗末な理由だった。

 バレてしまったのだ。平治の妻となった彼女に、私が人ならざる者だったということを。



「化け物!人殺し!」


 彼女は何時までも若く美しい姿の私に指を向けてヒステリックに叫んだ。

 こんな単純なミスを犯していたことに私は全く気付いていなかったのだ。彼女にだんだんと皺があらわれてきて、肌のハリやツヤが無くなっていく中、何時までも若く美しいままの私は不自然でしかなかった。人ならざる者だとバレてしまっても仕方は無い。


 彼女の『化け物』と言った音が私の心に深く突き刺さった。流石に『人殺し』をするような妖怪ではないから、その方は特になんとも思わなかったけれど。


『化け物』と言われて私はやっと気付いたのだ。

『化け物』と『人間』が結ばれることなど有り得ないということに。ましてや『虫』でいる事なんて論外だった。


 私は村人たち全ての私に関する記憶を消していった。

 ただ一人、彼だけはどうしても消すことは出来なかったのだけど。






 私は再び、孤独になった。
























「あの子………今、どうしてるかしら。私を捜すことなんかに力入れてたら承知しないわよ…………折角囮になってあげたんだから」


 あれから長い年月が経ち、私は再び恋をした。

 想像も出来ないような、突然で、稲妻のように落ちてきた恋。


 虫が好きで、優しくて、ちょっぴりヘタレで子供っぽさの残った彼。

 見た目は全然似ていないけれど、私が好きになった彼にそっくりなあの少年。


 突然今までとは全く違う世界に連れてこられたというのに、新しい世界に驚き、混乱する暇さえなかった。


 それだけ、彼は私の心を抉っていった。

 勘違いしてしまいたい、あの子と、エドガーと一つになりたい。

 私の力なら今のあの子を意のままにすることなんて簡単だ。一度はそうしてしまおうかとも思った。



 でも、あの子には大切な女の子が既に居た。



 

 結ばれることなど許されない。

 あの子を私の愛しい人形にしてしまうのは良心が痛む。

 それなら、私は楽になってしまおう。


「あの子の為に、私は全てを投げ出せる」


 私はあの子の『幸せ』になる。

 私は幸せにならなくていい。彼が幸せになれるならそれで本望。



「二度目の恋は……少し、短すぎたかしら」



 全て受け入れて、楽になった筈の私の目から、涙が一筋流れていった。

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