ジジイとメガネ
長くなってしまった。
「入れ」
先輩に促されるまま実験室に入る。
僕たちが入ると、先輩は中に他に誰もいないのを確認してからドアに鍵をかけた。
「まだだ、ついてこい」
この部屋で話すのかと思ったらまだ先へと進むらしい。
でも、実験道具だらけのこの部屋を見渡しても何処かへと続いているような通路は見当たらない。
ドアが一つあるけれど、あれは実験道具をしまう倉庫のドアだ。
先輩は迷うことなく一直線に倉庫へと続くドアの前、ではなく壁に飾られている大きな魔物のオブジェの前まで歩いてきた。
見た目は鳥と人をくっつけたような魔物のホークファイターのようで、鉄で作られているそれはガーゴイルのようにも見える。
クザン先輩はそのオブジェの額に指先を当てた。
「ふぅ........月光樹の葉」
『雫は落ちた』
「「わっ!?」」
突然壁に飾られていたオブジェが動いて先輩の言葉に反応した。
驚きでライルも僕も目を見開いている。
「二人とも、少し静かにしてな」
「は、はい.......」
先輩が小声で注意してくる。
邪魔をしてはいけないとぎゅっと口を閉じた。
先輩がオブジェに向き直ると、オブジェは嘴を開いた。
『不死の霊鳥は暁に鳴く』
「海龍の瞳」
『深きより目覚めん』
「黒屍蝶の羽」
『災いを知らせん』
「輝きの聖剣」
『暗闇に堕つ』
「シャガ」
『汝の健闘を祈る』
―――ゴゴゴゴゴゴ……
話し終えたオブジェの魔物は口を閉じて元の姿に戻る。
するとオブジェが上へとずれていき、その後ろに扉が現れた。
こんな所に隠し扉があったなんて........。
「よし、入るぞ。ついてこい」
「はい........」
扉を開けると以外にもその先は清潔で手入れが整っていた。
ホコリが溜まっていたり、蜘蛛の巣がはっていたりなんてことは無い。
普段から使われているんだろう。
一目見ただけでそれがわかる状態だった。
「あの合い言葉、先生が決めてるんだよ。っても知ってるのは先生と俺だけだけどな」
石畳の廊下を歩いていく。
窓はついていないけれど、ところどころに設置されている松明のおかげで中は明るい。
煙が出ていないのは何かしらの魔法がかけられているせいだろう。
「あれ、神話の一節か何かですか?」
「いや、先生曰くつい最近のこの国の話だってさ」
「この国の........?」
「ま、遠回し過ぎる表現だからわかんねぇよな」
何処まで続いているのかはわからない長い廊下を延々とと歩き続ける。
しばらく歩き続けると、古代文字のようなものが刻まれた壁に行き着いた。
「こいつで最後だ。本当、ここまで時間がかかるったらありゃしない」
先輩は模様の中心にある円形の模様の窪みにポケットから出したペンを差し込む。
―――カチッ
何かスイッチが入ったような音がして古代文字に青白い光が灯っていく。
先輩は再び何重にもなっている円形の模様に手を当てると、光の灯ったそれをぐるぐると回した。
――カチャッ
壁の中央から一直線に縦線が入り、バラバラと音を立てて崩れるように左右の壁へと壁だったレンガが吸い込まれていく。
壁が無くなった先に残されたのは簡素な木製の扉だけだった。
―――コンコン
「先生、入りますよ」
ギィ、と音を立てて扉が開かれる。
その先にあったのは思っていたよりもずっと広い部屋。
資料や素材に機材もよく使うものから見たことのないものまで並び、そこはもう一つの隠された実験室だった。
そして、丁度今部屋の中央に置かれていたテーブルで護符に魔術式を刻んでいた老人が一人。
「……龍が来たかのぅ」
顔を上げると、白い歯を見せて、にぃ、と笑った。
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―――ざわざわざわ
「あの人、すっげぇ美人……」
「見なかったけど、新入生か?」
「綺麗だ……」
彼女が歩けば、男は皆骨を抜かれたような顔になり、通り過ぎても皆振り向いてその姿を目で追い続ける。
顔をほんのりと赤くしたゾンビ達が大量に出現した学院の廊下はある意味地獄絵図だった。
皆、前がちゃんと見れていないのか、彼女の方をちらりと見ては誰かにぶつかったり、転んだりしている。
「(うふふ♪ この服一度着てみたかったのよねぇ)」
人型になった紫苑は自分で作ったこの学院の制服を着て廊下を歩いていた。
妖怪である彼女には年齢と言う概念が薄い。
普段の彼女の姿だとミニスカートにブレザーの十代の生徒向けの制服はあまり似合わなかっただろうが、見た目の年齢を少し下げた彼女にその制服はとても良く似合っていた。
歩く度に揺れるミニスカートと太股まであるソックスが絶対領域を作りだし、男子共の視線が集中する。
長く美しい黒髪も彼女の妖艶な魅力を周囲に振りまき続けていた。
結果、ゾンビが大量に生産されるこの惨状が出来上がった訳である。
さて、ユーリの待つ寮の部屋に向かっている彼女だが、これだけの注目を集めていれば例のアイツもやってくる。
紫苑は前方から爽やかな笑顔を此方に向けて歩いてくる彼に内心苦笑していた。
勿論いつもの取り巻き少女達も一緒である。
「(まるで発情期の犬みたいね)」
確実にあの下半身男は自分に狙いを定めたと感じた紫苑。
まさか自分が『発情期の犬』だと思われているとは全く思っていないイケメン勇者(笑)は輝くような笑顔を振りまいて、紫苑の歩みを妨げるように前まで歩いてきた。
「君は、見たことのない子だね。とても綺麗な黒髪をしている…………。ふふっ、この世界だと黒髪なんて滅多に見ないから………懐かしく感じるよ」
少し寂しそうな顔をする勇者。その姿は、この世界に無理矢理連れてこられてしまい、日々故郷への想いを募らせる悲劇のヒーローのように見えたことだろう。何も知らない生徒達には。
彼のその姿に周りにいた女子生徒達から『はぁ』と熱っぽい溜息が出される。イケメンの弱った姿は盲目な彼女たちには毒になる。
成功したと感じた彼はスッ、と手を差し出して紫苑の髪に触れようとする。
彼の瞳が、一瞬妖しく光った。
「(ふぅん……これが例の、ねぇ)」
紫苑の髪に触れようと伸ばされた彼の腕、だがその手は髪に触れようとして空を切った。
「………僕を慰めてはくれないのかい?」
一歩引いて避けた紫苑に勇者が哀しげな目を向ける。
うえっ。
正直言って凄く気持ち悪い。
なんであんな平気な顔でゲロ臭い台詞吐けるのかしら。
「寂しいな、君ならきっと僕の心を理解してくれると思ったんだけど………」
「そんな! 勇者様、私たちがいます!」
「あんな女に頼らなくとも私たちが居るだろう?」
「そうだよぉ、勇者様にはぁ、ちゃあんと勇者様の事を理解してる私たちが居るのぉ」
「みんな……!」
周りの美少女達が即座に勇者を慰めにかかる。
何なのかしら、この茶番は。
「でも……僕は君を一目見て、どうしても欲しいと思ってしまったんだ。友人からでいい、僕の側に居てくれないかい?」
この程度では諦めないのか、美少女達の包囲から抜け出て懇願するように此方を見つめてくる勇者(笑)。
はぁ………まぁ自分から呼び寄せたのだから尻拭いは自分でやらないといけないわよね。
それに、これが目的だったわけだし。
「悪いけど、貴方私の好みじゃないの。ごめんなさいね」
「そんな……!」
とりあえず周りにも聞こえるように断りの台詞を言うと、ふっ、と一瞬で勇者の横に移動する。
そして、その耳元で囁いた。
「あの程度の呪術で私をどうにか出来ると思ったのかしら?滑稽ね」
「ッッ!?」
驚いた顔をして振り向く勇者。
しかしもう其処には彼女の姿は無い。
周りの生徒達も忽然と消え去った美少女に驚いてざわめきが起こる。
「あちゃ~………ちょっとマズッたかなぁ?」
勇者は誰にも聞こえないぐらい小さな声で、独り呟いた。
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「龍………?」
「ほら、お前等さっさと座れ」
「「はい」」
「息ピッタリだな、おい………」
案内された椅子に僕とライルは腰をかける。
部屋の中央のテーブルだ。
僕とライルの様子が面白いのか、あの老人はニコニコと此方を眺めている。
多分………この老人がクザン先輩の言っていた『先生』なんだろう。
ガタガタ音を立てて椅子に座った先輩が眠そうな顔を此方に向けた。
「おい、話に来たんじゃないのか。さっさと話すぞ」
「はい、それではもう一度お聞きしますが、先輩は最近何者からか洗脳をかけられましたね?」
「ああ、その通りだ。だが見ての通り解呪させて貰ったがな。なかなか手こずらされたが」
「解呪、出来たんですか」
「まあな」
そう言うと先輩は制服の袖をめくってみせる。そこには蛇の鱗の様な紋様が浮かび上がっていた。
「俺みたいな未熟者が強力な呪いを解呪するとなれば、それ相応の対価が生じる。俺が払った対価は右手首から先だ。あと数日で俺の右手首から先は砂となって無くなる。利き手じゃない方の手を対価に差し出したって訳だ」
「そんな方法で………」
「ふん、どこの誰とも知らねぇやつに良いように使われるのなんざお断りだったってだけだ」
ムスッとした表情で袖を元に戻すクザン先輩。すると先程までニコニコと僕たちの様子を眺めていた老人が呆れたような声を出した。
「お主まだ洗脳をかけてきた相手がわかっとらんのかぁ~。本当にお主はカンが悪い男じゃのぉ」
「先生はもうわかってんだろーが。俺がそういうのが苦手だってのわかってるんなら教えてくれよ」
「そりゃ儂はもう知っとるが………仕方ないのぅ、そこの龍に聞けぃ」
「龍って………、ったく先生は……おい、お前洗脳騒ぎを起こしてる元凶知ってるんだろうな」
龍? でも先輩が話しかけてるのは僕の方で………後ろ?
「オイ、お前だよお前。お前が先生の言う龍だ馬鹿」
「えっ、でも僕龍じゃないですけど?」
「例えだ、気付け、理解しろ」
「あっ、はい」
先生は僕のことを何故か龍と例えているらしい。龍要素なんて微塵も無いんだけどな。
「それと、お前もだ」
「へ、俺も?」
先輩がライルの方もビシッ、と指さす。ライルも先生の言う龍だそうだ。
うーん、たしかにライルのでろんでろんに伸びた腕は龍に見えなくも無いかもしれない。
ライルが過再生ででろんでろんに伸びた腕を揺らして「がおー!」と言っている姿が頭に浮かぶ。そんなくだらないことを考えていたら今度は老人の方が話し始めた。
「全く、頭ガチガチのメガネ小僧はこれだから友人がろくに出来ないんじゃ。悪かったの、エドガー君。噂は聞いておるぞ」
「おいっ!先生!」
「へいへい、堅物メガネは黙っとれ。儂は『国家魔導師』兼『王立魔導学院教授』のゼムナス・ガリアードじゃ。お二人さん、宜しくな」
彼はにいっ、と笑うとぐいっと身を乗り出して此方に手を差し出してきた。此方からも立ち上がって手を伸ばして握手をした。
彼の着ているローブの袖がテーブルの上に置いてある機材に当たってカチャカチャと音を立てる。倒れたりしないか心配だ。
「此処は儂と儂の堅物な弟子しか知らん学院の秘密の部屋じゃ。放置されておったのを勝手に使わせて貰っとる感じじゃな」
「勝手に……」
「いいんじゃよ、どうせ誰も気づかんしのぅ。それじゃあ堅物メガネに誰が黒幕じゃったか教えてくれるかの?」
「はい、学院中に洗脳をかけてまわっていた犯人は『勇者』でした」
―――ガタンッッ!
先輩がいきなり立ち上がって椅子が倒れた。
「『勇者』だぁ? 勇者は人類を守る存在の筈だぞ……………そんな馬鹿なことがあり得るわけ………」
「嘘は、ついてないです」
「んな馬鹿な………完全にノーマークだったじゃないか……………」
顔を青くするクザン先輩。勇者が『洗脳』なんていう強力な能力を持っていると知って、恐ろしく感じたのだろう。
「クソッ……となるとアイツがおかしくなったのも勇者のせいだってのか。男も女も誰彼構わず洗脳しやがって、何を考えてるんだ勇者は」
「ホッホッ、それは儂から話すとするかのぅ」
「先生……」
ゼムナス先生はローブのポケットからペンと同じ大きさぐらいの杖を取り出すと、テーブルをトンと叩いた。
叩いた箇所を中心にぶわっ、と半透明な学院の模型のようなものが浮かび上がってきた。
「まず、今までこの学院で洗脳を受けずに無事で居たのが儂とクザン、そしてあと数人じゃ。儂やクザンは教授と生徒で学院でもそれなりの位置に居たが、まぁ基本的に裏方に徹しておったからの。多分勇者は儂らが洗脳されていないことには気付いてなどおらんじゃろう」
スイスイと模型を動かして拡大、とある一室を見せてくる。寮のようだけど、ほかの部屋よりも設備が良かったり部屋の広さが広かったり豪華だ。
「此処は勇者の部屋じゃな。勇者は基本的に此処で洗脳した女子生徒と戯れとることが多いのぅ。あやつは支配欲の塊じゃな。既にこの学院の生徒、教授の殆どと教会上層部、王城勤めの人間の殆どは洗脳済みじゃ。この国を自分のものにしよう、ぐらいは考えとるじゃろうなぁ」
「そうだ………僕たちが来る前にも何人も既に洗脳されてて……。勇者の取り巻きの女子生徒なんか、きっと…………」
ムカムカと怒りがこみ上げてくる。洗脳して、自分の好きに他人を操ろうなんて。
他人を自分と同じ人間だと認識していないんだろう。
「ま、安心せい。間抜けな事にあっさり洗脳された教授共とは儂は違う。儂がこの学院に居る限り、勇者に勝ちは渡さん」
「でも、ここまで沢山の人が洗脳されちゃってるじゃないですか………。アンリだって、勇者に何をされてるかわかったものじゃ……」
「ホッホッ、かなり頭にキてるみたいじゃのぉ。じゃが大丈夫じゃ。お主の幼なじみじゃろう?あの子なら『剣聖』と『賢者』を守りつつお主をずっと待っておった」
「アンリ……!」
「ふぃ、フィーネは無事なのか!」
ガタン!と椅子がひっくり返るほどの勢いで立ち上がったライルがぐいっ、と前のめる。彼も、気持ちを隠しつつもやっぱり心配だったんだろう。
ゼムナス先生が杖を振るとライルは見えない何かに引っ張られるように椅子に戻された。
「まぁまぁ、落ち着きなさい。彼女たちは無事じゃ。『賢者』の乙女は少々危なかったがのぅ。儂が手を貸したから踏みとどまっておる。
三人の乙女だけじゃのうて、勇者に洗脳されとる女子生徒もギリギリではあるがちゃんと守っておるよ。勇者の小僧が手を出したと同時に発動する幻覚魔法じゃ。正直言ってかなりキツかったがのぅ……。乙女の純潔には変えられんじゃろぅ?」
「勇者はそんなことまで…………先生も、いつの間に?」
「勇者が学院に入ってきてからじゃ鈍感メガネ。流石に王宮のメイド達を守ることは儂も気づくのに遅れてしまったから出来んかったが………この学院の生徒には手を出させてなどおらんよ。学院全体を覆うように掛けた魔法はまだ解けておらん。ジリ貧じゃが、あと四週は保つぐらい魔力を込めておる。おかげでその日は一日中寝たきりだったわい」
「だからあの日……………。そうなら早く言ってくれれば良かったのに」
「もし教えていればお主は真っ先に勇者を倒さんと立ち向かっていったことじゃろうな。だが、どんなに勇者が未熟であろうと今のお主には勇者を倒すだけの力は無かった。かの少年の二の舞にするわけにはいかんかったからのぅ」
「ユーリ、それと最近ではディーンですか」
今、気になる言葉が。
「ユーリ?」
「ん、ああ……お前等は入学する前の事だから知らなかったよな。ユーリ・ジークフリートっていう生徒が勇者と決闘を起こしたことがあってな。賭けた内容は…………確か『勇者が魔王討伐以外で一切のスキルの使用を禁止する』ってのだった気がする。あの時は何言ってるのか全然わかんなかったけど、あいつ気付いてたんだな……」
「ユーリ、嘘ついてなかったんだな…………」
ぎゅっ、と口をかたく結んでライルが下を向く。
僕とライルが入学する前から、ユーリはたった一人で戦っていたんだ。
でも、今こうして勇者が好き勝手やっていて、ユーリが洗脳されていたってことは…………。
「結果としてユーリは負けた。勇者相手によく頑張った方だと思ったよ。あの勇者に本気を出させたんだからな。
負けたユーリは勝者である勇者からの命令によって侯爵家を廃嫡になった。一度の敗北で全てを失ったんだよ。後になってそいつの元々の婚約者が勇者の婚約者にさせられたっての聞いて、元々勇者とは切っても切れない因縁があったんだなって思ったけど、まさか裏でそんなことになってるなんて…………」
「『ただのユーリ』………そう言うことだったのか」
ユーリは強かった。
僕一人では勝てなかったぐらいに。
そのユーリが勇者に負けた。
そして全てを失った。
婚約者も、帰る場所も。
目の前が真っ暗になりそうな気分に陥る。
しかしすぐに背中に強烈な痛みが走って現実に引き戻された。
「何、諦めたみたいな顔になってんだよ」
ライルが僕の背中に平手を入れていたらしい。
彼の顔は赤くなっていて、目には怒りが籠もっている。
色々といらない事を考えてしまう僕とは違ってライルはあまり物事を深く考えない。
恐れ知らずのライルが、この瞬間とても頼もしく見えた。
「戦うって決めたんだろうが」
「うん………決めた」
「だったら諦めんなよ」
「別に諦めた訳じゃない」
「おう、それなら良い」
そう言うとライルは僕の背中から手を離した。
話が終わったのを確認してゼムナス先生が話し始める。
「ふむ、まずは現状把握からじゃのぅ。お主等はこの学院の生徒のトップを知ってはいるかの?」
「生徒のトップですか?」
「うむ。年に一度、教授陣によって選ばれる四人の優秀な生徒達のことじゃ。ここに居る堅物メガネも選ばれておったが『四星』と呼ばれている。序列は上から順に『朱雀』『青龍』『白虎』『玄武』じゃ。知らんか?」
「いえ、全く……」
「俺も知らないなぁ」
「それも………まぁ仕方ないのぅ。あの腑抜け共はロクに抵抗も出来ずに洗脳されおったからの。手を犠牲にしてでも洗脳を解いたコイツはまだマシな方じゃわい。儂の弟子の癖に一番下の『玄武』じゃがの」
「マシって……もうちっと俺の頑張りを労ってはくれないもんかね」
「あー、ちょっといいっすか?」
スッ、とライルが手を挙げる。
「俺、その手治せますけど。治します?」
「………はっ?」
呆けた顔になるクザン先輩と笑みを深めるゼムナス先生。
ライルは手をのばしてクザン先輩の手首を掴んだ。
「『治れ』」
「………」
「………」
「……………終わりか?」
「終わりです」
先輩が袖をめくると、先程まであった蛇の鱗のような模様は消えて無くなっていた。ライルの『有るべき形に戻す能力』によって呪いを解いた代償が消失したのだ。
「ほんとに、治ってやがる」
「俺の能力っす。この能力で洗脳を治すことにも成功しました。触れないと発動しないですけど」
「『不死』の力じゃのぅ。流石じゃな。
ところで話の続きをしてもいいかの?」
「あっ、すいません。話の途中で遮ってしまって……」
慌てて頭を下げるライル。
ゼムナス先生は全く気にしていない様子でホッホッと笑った。
「気にするでない。面白いものが見れたことじゃしな。して、先の続きじゃが、その『四星』なんじゃがクザン以外の三人が勇者の下僕となった。この国の王子も四星に居たんじゃがのぅ、嘆かわしいばかりよ」
「王子を下僕って………」
「常識知らずの勘違い小僧がする事じゃ。理解する必要なんざ無いわい。それよりも、それよりもじゃ。『四星』の三人が向こうに付いたことが問題なんじゃ。四星は普通の学校で言う生徒会の役割を担っておる。つまりそれは四星が生徒の中でも強い権力を持っていると言う事じゃ」
「例えば、どんなことが出来るんですか?」
「そうじゃのぅ。校則の一部変更や、問題のある生徒なら四人の意見が揃えば退学処分にすることも出来る。勿論処分の理由を纏めた書類を教授陣に提出して受理されてからじゃがな」
僕とライルはぐるっ、とクザン先輩の方を向いた。
「な、なんだよ」
「「洗脳されないでいてくれて、ありがとうございます」」
「いや、まあ、お前達からしたらそうか……」
「ま、そういうことじゃのう。強い権力を持った四星の四人の内三人に、全生徒と教授の過半数が勇者についた。この状態をひっくり返すのは至難の業じゃ。『決闘』も儂が勇者と戦えるならとっくにしていた所じゃったが、あいにく『決闘』の決まりは生徒同士にしか適用されんからのぅ」
そこまで言うとゼムナス先生は長い口ひげをもふもふと撫でた。
どうにも先生も動くことが出来ていなかったようだ。それでも陰ながら生徒を勇者から守っていた先生は頑張っていたんだと思う。
「ふむ………してエドガー君、ライル君。二人は勇者に立ち向かうと決めているのじゃったな?」
「ええ」
「はい」
「教授の儂では勇者に手が出せん。じゃから儂とクザンで君たちの助けになりたいと思っておる」
真っ直ぐに此方を見つめる彼の瞳。
勇者の行いにもっと早くに気付けなかった悔しさと、絶対にこの学院を、この国を護るという意志がハッキリと伝わってきた。
「此方からも、宜しくお願いします。絶対に勇者を倒しましょう」
「おお!そうか、それは良かった。正直この堅物メガネだけでは心配じゃったからのぅ!」
「はぁ………先生ひでぇよ」
「情報なら既に沢山集まっておる!何が聞きたい?」
がっくりと肩を落としたクザン先輩。先生は『遂に反撃の時じゃ!』と嬉しそうに弟子の背中をべしべしと叩いた。




