完全に忘れてたぜ(ライル談)
「う..............あ、れ.........?」
僕は、どうしていたんだっけ?
記憶があいまいで思い出せない。
訳の分からない記憶ばかりが頭に流れ込んできて混乱してしまう。
あれ、僕は、何で戦ってたんだ.........?
いつの間にか僕の身体は柔らかいものに包まれていて―――
「はっ!?」
ガバッと飛び起きる。
此処は、何処だ!? ティナは、無事なのか!?
「おー、エド起きたみてぇだぞ」
「様子は.........おお、洗脳が消えてる!凄いぞライル!」
「へへっ、俺にかかれば洗脳なんて敵じゃないぜ!」
目を覚ますと、寮の部屋と思しき部屋の中に黒髪金眼の少年と蒼髪緑眼の少年が。
自分はベッドの上に居た。
部屋の中は何かが暴れ回ったかのように荒らされていて、所々に木の板が張り付けられている。
「あれ..........君たち、は?」
「ん?ユーリ、お前何してたか思い出せないのか?」
「僕は君達と会ったことが、ある?」
「当たり前だろ、昨日戦ったばっかだからな」
「ッ!」
蒼髪の少年の言葉で思い出した。確かに僕は昨日この二人と戦った。
あと三人女の人達も居たと思うけど、確かに昨日
僕は『勇者様の敵を倒す』為に戦っていた。
思い出しただけでも吐きそうになる理由だ。
「ふむ......どうやら思い出したみたいだな」
「すまない.........僕は..........」
むくりと床から立ち上がった黒髪の少年は此方の目をじっくりと観察してくる。
なんというか、二人とも不思議な雰囲気の少年だ。
「気にするな、洗脳されてやったことは仕方ない。それよりも聞きたいことが有る、【転生者】【勇者】【洗脳】これらに関して何か知っていることがあれば教えてくれ」
「おい!エド、まだユーリは起きたばっかだぞ!
洗脳も解けたばっかだし、いきなりそんなこと聞くなんて!」
「む.......それもそうだった。ごめん、落ち着いてから教えてくれれば良いよ。とりあえず好きなだけここでゆっくりしてくれると良い」
「あ、ああ」
【転生者】【勇者】【洗脳】これらを聞いてきたという事は、彼らは勇者の本性を知っておりまだ洗脳を受けていないということ。そして勇者と戦う準備を進めていたということだ。
そこに洗脳されて勇者の下僕となった僕がやってきてこんなことになったということか。
うう..........本当に自分が情けない。
こんな簡単に勇者の前に膝をついてしまっていたなんて..........。
「うん.......まあ、少しゆっくりしてるといいよ」
黒髪の少年がポンポンと僕の肩を叩くと『顔色が悪いな。飲み物でも飲むか?緑茶しかないけど』といって棚からポットを取り出す。
確かに喉も渇いているし、このまま悩み続けてもキリが無さそうなので頂くことにした。
水道から水を流して火の魔法でお湯にする。
コポコポとお湯が茶葉の入れられたポットに注がれていくと優しい香りが漂ってきた。
懐かしい香りだ。
家では紅茶ばかりだったから前世でよく飲んでいた緑茶の香りは懐かしく、ざわついていた僕の心を落ち着かせてくれた。
「ユーリ、様?かな?貴族様っぽいし.......そこらで売ってるようなごく普通の緑茶ですけど、どうぞ」
「ありがとう」
一口飲むとふわっと柔らかい甘みが広がっていく。
ほんのり苦みもあって、でもその苦みも心地良い。
「いーなー、俺も緑茶飲みてー」
「すぐいれるよ。待ってて」
ライル、と言ったか。彼、結構ゆるいな。
「二人とも落ち着いているんだな。昨日僕は君たちを殺そうとしたのに」
そう言ったら二人ともきょとん、とした顔をした。
「別に、ユーリ様の意志で殺そうとしたわけじゃないでしょう?洗脳も解けましたし、警戒する必要も無いですから」
「すぐに割り切れるものなんだな............あと、『様』は付けなくて良い。僕はもう只のユーリだ」
「そっか、ならユーリって呼ばせて貰うよ。自己紹介がまだだったね。僕はエドガー・ファーブル、宜しくね」
「ああ、ユーリ・ジークフリートだ。此方こそ宜しく」
互いに手を差し出して握手をした。
隣でライルが『俺は仲間外れかー!?』とじたばたして五月蠅かった。
気付けば、ぴりぴりとしていた僕の心はおだやかになっていた。
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朝食を学食まで行ってとってきた僕たち三人は再び寮まで戻ってきた。
ライルと僕、そしてユーリを加えて三人だ。
流石にまだ人型のローチ達を連れて歩くのは心配(主に勇者関連)なのでローチ達には購買で飲み物とパンを買ってきた。
流石は王都なだけあって、設備や道具が整っている。特にこの飲み物を入れておくための『紙パック』なんて本当にびっくりした。
紙なのに水に強いなんて。しかもそれを量産していることを考えると驚きだ。
「さて、と。所で今日の予定なんだが、ライル、僕たちはとても重要なことを忘れていた」
「な、何なんだエド.......!」
「それは..........」
「...........」
―――ゴクリ
「履修登録だッッ!」
「それだけでずいぶん引っ張ったな! ってか地味に重要!忘れるところだった、危ねぇぇぇ!」
そう、履修登録。
学院の授業は基本的に受けても受けなくても良い。
だけど最初の一年間だけは最低でも前期と後期に授業を三つずつ受けなければならないのだ。
そして入学した翌日の午前9時から授業についての説明、そして履修登録をすることになるのだ。
「君達.........そんなことを忘れていたのかい?」
「ああ......残念なことに完全に忘れていた」
「俺もだぜ」
「..............」
「悲しい目を向けるなよユーリ。もっと悲しくなってくるだろ........」
仕方ないんだ。
勇者のこととアンリが心配なのとで頭の中がいっぱいだったんだ。
忘れてしまっても仕方のない状態だったんだ。
「とにかく!とにかくだ。僕とライルは午前中は完全に動けなくなってしまった訳なんだ」
「つまり.........僕に代わりに情報収集とかして欲しいってことか?」
「あ、いや、それは大丈夫だ。引き続きローチの分身に情報収集、ジャックに勇者の監視を頼んでるから予定には何ら問題は生じない」
「ローチとジャック........例の虫たちのことか。じゃあ問題は無いんだな」
「ああ。だけど俺たちもう履修登録行かなきゃいけないからな。ユーリを部屋に置いてかなきゃなんないってことを伝えたかったわけだ。ごめん」
「それぐらい何とも思わないよ。仕方ないことだしね。むしろ僕は部屋に居ても大丈夫なのかい?」
「ライル?僕は良いけど、ライルは?」
ライルの方を向くと、ビシッとサムズアップしてきた。
OKだそうだ。
「大丈夫だってさ」
「そっか、じゃあ僕は部屋で僕の知ってることについて纏めておくとするよ」
「うん、僕たちも履修登録終わったらすぐに寮まで戻ってくるよ」
「エド!やべぇ、もう8時47分だ!遅れちまう!」
「あっ、うん!それじゃあユーリ、またね!」
僕はライルに急かされるままに荷物を持つと、ドタバタと部屋を出て、履修登録を行う教室へと走り始めた。
「いよーしお前等ぁ、先輩の俺が楽な授業教えてやるから耳かっぽじってありがたぁ~く聞け」
スッ、と手を挙げる。
「あの、質問宜しいでしょうか?」
「おう、なんだ」
「何故教授ではなくクザン先輩が説明をしているのでしょうか」
そう、この教室で履修登録の説明をすると言ってやってきたのが教授ではなく何故かクザン先輩だったのだ。
あの魔法実験室の主であるクザン先輩だ。
普通こういうのって教授が説明に来ると思うんだけど.........何故クザン先輩が?
「いーか? この学院は一応この国の最高峰だ。生徒が優秀じゃなきゃならないのは言うまでも無く、教授陣だって化け物揃いだ。そうやって選ばれた精鋭の教授陣も常に教壇に立たせるわけにもいかないから教授は常に人数が足りてねぇ。教えるだけで忙しいのにこんなところまで時間を割けると思うか?
だから結果として優秀な学生である俺がここに呼ばれたって訳だ。わかったな?」
「はぁ」
「なんだ、不満そうな顔しやがって。まあ........昨日は悪かったよ。昔はあんなんじゃなかったんだけどなぁ、最近はどうも馬が合わねぇんだ。『勇者様、勇者様』なんて勇者に惚れてるみてぇな顔して気持ち悪ぃ話ばっかしやがってよぉ、正直どん引きっつーか...........って愚痴みたいになっちまったな。すまん」
「いえ、特にもう気にしてませんので..........あ、質問終わったので続きお願いします」
「おう、そうだったな。それじゃあ説明するぞ―――」
そうして説明を始めてくれたクザン先輩。
最初会ったときは『この先輩大丈夫なんだろうか』なんて心配になったけど、彼の言うとおり一応は優秀なんだろう。
いや、一応じゃなくかなり優秀だと見た。
「(この人........洗脳を受けていない?)」
僕の瞳の色が金から血のような赤黒い色に変わる。
ゴッドリーブ・クザン 男 28歳
【種族】人間 (ヒューム)
【状態】普通
【スキル】全属性魔法 複製魔法 調理 杖術
【オプション】無し
「(ゲロ強ぇぇ.........)」
洗脳されていないどころかスキルの強さが意味不明だ。とんでもなく強い。
教壇に立って履修登録について説明している先輩を見る。
髪はボサボサでフケだらけな上に無精髭で目の下はくまで真っ黒。
非常に残念な見た目である。
「(アレでも、優秀な人なんだよなぁ.......)」
思わず遠い目になる。
でも履修登録はちゃんとやった。
「ほい、お疲れさん。それじゃ、後はもう解散でいいぞー」
部屋を出ていこうとするクザン先輩。
慌てて僕は彼を呼び止める。
「あの!先輩にお話があります」
「お?なんだぁ?」
すげぇめんどくさそうな顔..........。
もう少し愛想良くは出来ないんだろうか。
あからさま過ぎるぜ。
「先輩は.........最近何者からか『洗脳』を受けたことがありますか?」
その一言で、先輩の目の色が変わった。
「そういうことか..........場所を移すぞ、ここじゃあ駄目だ」
「わかりました.........先輩も知ってるってことで宜しいですね?」
「勿論だ、さっさと行くぞ」
『着いてこい』とでも言う風に手をくいっと動かして教室の外に出る先輩。
この学院において初めての洗脳を受けていない生徒を発見したからにはライルを置いていくわけにもいかない。
「ライル!先輩が呼んでるぞ!」
「へぁ?」
「おい!俺はそいつの事は呼んでな――」
「大丈夫です、彼も知ってますから」
「んだよ.......それならそうと早く言っとけ。行くぞ」
さっさと歩き始めた先輩について行く。
『三人の中で誰か、ユーリに戻るのが遅くなるかもって伝えといてくれない?』
『わかったわ。それじゃあ私が行くわね』
『紫苑さん、ありがとう。ユーリに申し訳ないって伝えて』
『ええ』
蜘蛛の状態の紫苑が僕の制服の襟から飛び出して廊下を歩いていく。
ライルも慌てて着いてくると、僕たちは彼の住処である魔術実験室へと歩いていった。




