故郷の幼馴染み
―――ふつふつふつ........
「っ、と。そろそろかな」
火を止めて鍋の中で煮えていたブタヅラコガネを箸で慎重に取り出す。
こうして関節を柔らかくすることで形を整えやすくする、標本を作る作業の一つだ。
今、俺『コトル・モーグリ』はエドにーちゃんの真似をして標本作りをしている。ここ最近、にーちゃんが村を出て行ってからずっとだ。
ニーアのやつはあれからずっとエドにーちゃんの家に入り浸ってイルミナさんの手伝いをしてる。
『そとぼり』がどうとか言ってたから多分にーちゃん関連のことなんだろう。
僕も僕でニーアのことが本当に好きかどうかよく考えてみることにした。その結果がこの標本作りだ。
にーちゃんの真似をして標本を作ってる間はとても落ち着いた気持ちになる。かーちゃんには凄い変な顔されたけど。
ちなみにブタヅラコガネっていうのは頭の先が豚の鼻みたいに丸っこくなって突き出ているコガネムシだ。貴族様とか収集家はこういった変な虫とかを好き好んで集めてるらしい。
「答えが出ないなぁ...........」
ニーアのことは好きだ。でもそれが恋なのかはちょっとまだわからない。
最近ぐっと可愛くなったし、同年代が少ないこの村で俺が気にならないわけが無いのは理解しているのだけど。
アンリねーちゃん?あー、あの人はエドにーちゃんにべったりだったからなぁ。確かに滅茶苦茶綺麗だとは思ってたけどあの仲に割ってはいる気分にはなれなかったかな。
って、話逸れたし。...........とは言ってもまだ答えが出ない。
友人としての好きなのか、それとも...............。
「とりあえず..........こいつは乾かしておくか」
形を整えて固定しておいたコガネムシを乾かすために防虫・防獣結界の置物の周りに置いておく。
このまま一ヶ月は放置だ。
護符を使えばもっと早く終わらせられるけど、あんまり乾燥を速くすると逆にもろくなってしまう。
ほどほどがいいのだ。
「ん?なんだろ」
外がなんだか賑やかになってきた。
今日ってなんかあったっけ?
気になった俺は外に出ていった。
「ゴリおっさん!何かあったの?」
丁度外に出ていたゴリおっさんが居たので話を聞いてみることにした。
今日は隣に三人目のお嫁さんを連れて歩いている。
「ん?ああ、久々に行商の嬢ちゃんが来たから買い物に皆出てってるんだ。あの嬢ちゃん気付いたらふらっとやってくるからなぁ」
「へぇ」
行商の人かぁ。
そういえばエドにーちゃんは行商の人に標本を売って稼いでたりしたって言ってたよなぁ。
いきなりエドにーちゃん居なくなったら行商の人びっくりしそうだな。
「あっ、コトル!」
「ニーア、どうしたの?」
「丁度良かった。もし良かったらエドおにいちゃんの代わりにこの標本売ってきてくれない?ちょっと今忙しくて......」
丁度エドにーちゃんの家から出て来たニーアとばったり出会った。
手に持っている箱は全部エドにーちゃんが売るように作っておいたものだそうだ。
まだ最近作り始めたばっかりの僕の標本とは比べ物にならないくらい綺麗に整えられている。
傷一つ無い。
「んー、そうだな、俺も行商人さんには会ったこと無いし、良いよ!」
「ありがとう!じゃあ、これよろしくね」
渡された標本を慎重に受け取る。
落としたりして中身が傷ついたら大変だ。
「また今度お礼するねー!」
「おう!」
ひらひら手を振って家の中に戻っていくニーアちゃん。やっぱ可愛いな。
でも..............なんか引っかかるっていうか、恋なのかと聞かれると少し疑問が残るっていうか。
すごく、可愛いとは思うんだけどなぁ。
「どーしたコト坊、難しい顔してんな」
「ゴリおっさん、恋愛ってわかんねーな」
「お、おう? なんだかよくわかんねぇけど、コト坊も悩んでるんだな」
「うん」
ハーレムなゴリおっさんと別れると、村人達がわいわいと集まっている方向へと歩いていく。
行商の馬車に群がる人混みの中にぴょこん、と可愛らしい猫の耳とモコモコした大きな猫っぽい耳が見えた。
そして、俺は今日、運命の出会いをする。
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「よし、これで多分もう大丈夫なはず........」
先程コトルにエドおにいちゃんの作った標本を渡してきた。
エドおにいちゃんの代わりに標本を売りに行って貰うという名目で行かせたが、狙いは別の所にある。
おそらくは今まで私に好意を向けていたであろうコトル。でもその好意は私がエドおにいちゃんに向けているようなものとは少し違うように感じていた。
この村の同年代でフリーなのが私だけだったからというのは大きいだろう。くやしいけどアンリおねえちゃんはエドおにいちゃんとセットみたいなものだったし。
私の見立てでは、コトルみたいなエドおにいちゃんの後を追っかけ続けてる子犬系男子は私みたいなタイプよりもお姉さん系の方が好みのタイプだろう。
コトルは確か行商のお姉さんには会ったことが無いはずだから、今色々と悩んでるタイミングでぶつけてやれば即落ち確実だ。
それに.........お父さんと娘の二人で旅をしてる行商人さんだけど、あの猫獣人のおねえちゃんは目がヤバかった。エドおにいちゃんよりも5歳年上で、コトルよりも7歳年上の彼女はエドおにいちゃんを見る目がヤバかったのだ。
アレは確実に獲物を狙う目だ。
断言しよう、あのおねえちゃんはショタコンである、と。
コトルは幸い童顔だし背もそんなに高くない。
エドお兄ちゃんの小さい頃もきっと眼福だったと思うし、私も出来ることなら小さいエドおにいちゃんを愛でたい気持ちはわかるけれど、ショタコンのおねえちゃんからしたらコトルは正に理想型だろう。
コトルを猫耳おねえちゃんにぶつけたから、これで私とエドおにいちゃんがくっついてもコトル関連でこじれずに済む。
後はローチちゃんと協力して外堀を埋めていくだけだ..........。
ふふふ、既にエドおにいちゃんから言質はとってあるからねぇ.......。
「えへ........えへへへへ」
「どうしたの........? ニーアちゃん変な顔してるわよ?」
「へへへ...........はっ!な、なんでもないですっ!お仕事のつづきしますっ!」
「そう......?それならいいけど。悪いわね、ニーアちゃんにお手伝いなんてさせちゃって。でもお陰で夫も息子も居ないけど、寂しくなくて済むわ」
「はいっ!気にしないで、どんどん頼って下さい!」
「うふふ、ニーアちゃんったら頼もしいわね。じゃあ今度はそこの乾燥してある薬草を二束すりつぶして粉にしてくれるかしら」
「わかりました!」
最近お手伝いに来てわかったことだけど、イルミナさんは家事以外に家でお薬を調合していたりする。
村でみんなが使ってるお薬ってどこで買ってきてるんだろうと思ってたけど、イルミナさんが作っていたなんて知らなかった。ちなみにアンリおねえちゃんもこのお手伝いをしていたらしい。一人でお薬の調合を任されるまでに成長していたそうだ。
私だって.............アンリおねえちゃんには負けないんだから!
外見はほんわか可愛い系なのに考えてることが真っ黒なニーアだった。
と、其処へ―――
―――カサカサカサカサ
「(ん?ローチちゃん?)」
Gサウンドが聞こえたかと思うと、足下には背中に手紙を乗せたGとそれを守るように周りを囲んでいるGの群れ。
前脚で器用に動かして『これを取って』とアピールしているのでその手紙を手にとって読んでみた。
「これは...........」
「どうしたの?何か呟いているみたいだけど」
「へっ、ひゃっ、ひゃい!なんでもないです!」
「そうなの?怪我しないように気をつけてやってね」
「はいっ!」
あ、あぶないあぶない.........隠し事してるのがバレるところだった。
しかし、そうなのかぁ.......。
どうやらエドおにいちゃんが新しく召喚したのが二人とも女の子だったらしい。
しかも凄い美女と美少女でヤバいと。
嫁候補かはまだわからないけど厳重注意だそうだ。
あとジャックおじさんが貴族に婿入りするかもしれないとも書いてあった。
何があった、あのおじさん。
とりあえず向こうからの報告だけで此方で何かすることは無いので問題は無いだろう。
続報を待つ。
ローチちゃんは私に『幼馴染み力』が足りないと言っていた。確かにアンリおねえちゃんに勝る幼馴染み力は私には無いだろう。
アンリおねえちゃんみたいに『隣に居ることが当たり前』だったり『なんでも理解してくれる』みたいな化け物じみた幼馴染み力はエドおにいちゃんを少し離れた所から見つめることしか出来なかった私は持つことが出来なかった。
愛の重さならアンリおねえちゃんに負けない自信はあるけどね。
私はまだ成人してないし、あまり強くなれるとも思えないからこうしてまずはイルミナさんの信頼を勝ち得ることからだ。
薬の調合、植物を育てることが趣味の私からしたら薬草を見分けることは容易い。だからアンリおねえちゃんよりも飲み込みは早いと思う。
まずはこいつから完璧にこなして、アンリおねえちゃんじゃなくたってエドおにいちゃんの隣に立てるって証明してやる!
待ってろ、私の明るい未来!
「あらあら、ニーアちゃん随分気合い入ってるわねぇ」
「勿論です!完璧にこなしてみせますッ!」
完全にスイッチの入ったニーアはゴリゴリとひたすら乾燥薬草をすり潰し続けた。
「にゃ? あれ、今日はエド君じゃないんにゃね」
「は、はいっ。こ、.......こ、ここっ、コトル・モーグリと申しますっ!」
「宜しくにゃぁ~」
や、やべぇ!なんだこれ、なんだこれ!
すげぇ、ゾクゾクしてきた!
「んで、そっちがエド君の作った昆虫標本にゃね~」
昆虫標本を受け取った彼の指が一瞬俺の手に触れる。
やべぇ、まじやべぇ。
ニーアの近くにいる時もドキドキするけどこの女性の近くに居る時のこのドキドキは比じゃねぇ。
俺、本当の恋に目覚めたかもしれない。
ニーアに恋していたのが嘘とも思わないが、その、ニーアに失礼なようだけど少なくとも彼女に一目惚れした今の俺にはあのドキドキが霞んで想い出させられる。
恋に恋していたのだろうか。
こんな同年代の少ない田舎に住んでいるから。
とにかく、この猫耳お姉さん『アリーザ・エルンスト』さんは俺の好みド直球のドストライクだったらしい。
そして俺は、この時アリーザさんの目が妖しく光ったのに全く気が付かなかった。
なんてこった。
ニーアちゃんが微ヤンデレみたいになってしまった。
反省。




