紳士の嗜み
「ど、どーしよ..........大変だ........」
青ざめた顔になってぷるぷると震えている銀髪美少女。
私の妻で女神のセシリアだ。
「どうしたの?何かあった?」
「神官達が、全然、言うこと聞いてくれない.....」
泣きそうな顔で此方を見上げてくるセシリア。
何事かと思って彼女が使っている水晶玉を覗けば、神官、それもかなり高位の神官達が『邪神だ!邪神だ!』『勇者様にお伝えしろ!女神様は人類を裏切ったとな!』なんて勝手なことをほざいてわいわいとお祭りみたいなことになっている。
成る程、つまりはあの勇者が原因ということか。
おそらく此方の介入を予想していたなんてことは無いだろうが、アンリちゃんに抵抗出来なくさせる為の根回しとしては中々痛いところを突いてきている。
まあ教会なんて元から一部腐ってるからそこらへんを潰すのにでも利用させて貰おうかな。
「どうしよぉぉ~。神託聞いてくれないなんてわけわかんないよぉぉ~」
「ああもう泣かないでセシリア。僕の方でどうにかするから」
「でも、でもぉぉぉ」
「教会はもう切ろう。神も僕たちに代替わりしたんだから下も代替わりするべきだ。それにあの勇者もクズな上に無駄に頭が回るみたいだからね、仕方ないよ」
彼女に目線を合わせてハンカチで涙を拭き取る。
彼女も彼女で、女神という立場のプレッシャーにいつも押しつぶされそうになっていた。こんなことが起きては泣きたくなったって仕方がない。
「あのクズ勇者を止めることも出来ないし、だいたいなんでかわからないけど勇者のステータスに干渉出来ないんだよ? オプションでさえ固定されて動かせないし........どうすればいいのさ.......」
「とりあえず勇者に関しては彼に任せるしか無いよ。どうやらあの元・女神のお気に入りの悪役キャラっぽいからね。あんなものが残されてたのを知ったときは本当もう一度ぶん殴ってやろうかって思ったぐらいだよ」
「暴力はちょっとぉ.........」
「まあ、彼も勇者に対する布陣を整えてきてるみたいだし、ちょっと見てったら?」
スーッ、と今度は自分の水晶玉をセシリアの前に持ってくる。
その水晶玉には夜の学院の校舎が映っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
紳士の夜は長い。
時刻は午後の10時を過ぎた頃。
某はマスター殿から頂いたあんぱんと牛乳を屋上で食べながら監視を続けていた。
「(むっ、これはついに来たか?)」
勇者の私室に例のマリーという御令嬢が連れ込まれている。
勇者とマリー嬢は何か飲み物を飲みながらここまで歩いてきていたようだが、アレはなんだ?
ほう...........どうやら風呂上がりの珈琲牛乳とイチゴ牛乳のようでござるな。
先ほどまで監視していたのはこの学院の共同浴場であったからな。
だがどうにもマリー嬢の飲んでいたイチゴ牛乳に薬物が入れられてるように見えたのだが........。
風呂上がりか............一層の警戒が必要だな。
二人とも薄着でござるし.........。
『ジャックおじさんおきてるー?』
『むむ、ローチ殿の分身でござるか。勿論起きているでござるよ。どうかしたのでござるか?』
『んー?なんか勇者の動きがあやしいなぁって』
『ふむ、やはりローチ殿もそう思われるか。某もである』
某の【紳士の嗜み】の能力の一つ、【修学旅行の思い出】は半径一キロ圏内であれば何処でも覗き見ることが出来る半端なく強い索敵スキルなのだ。
しかもその場所でなにが起きているのかハッキリとわかる。
状態異常を読みとることは出来ないが、見たものが何であるかはしっかりとわかる。
先程の薬物、アレは媚薬だと見えたが、飲み物なんかに混ぜられていようが紳士の目を誤魔化すことは出来ないのだ。
某はむむむと念じて様子を見続けますぞ。
「―――むおっ!?押し倒した!押し倒しましたぞ!」
大変でござる!
勇者がマリー嬢をベッドの上に押し倒して覆い被さったでござる!
汚されるでござる、許さないでござるぅぅぅ!
「潰れろ!『土壁』!」
学生寮の勇者専用部屋にて。
――ズドン!
『あふんっ!??』
『勇者様ッッ!?』
直撃ッッ!や、殺ったでござる!
床から飛び出した土の壁が勇者の股間にクリティカルヒットしたでござるッッ!
『んおおおおおおお??!』
『ゆ、勇者様ぁぁぁぁ!??』
勇者が股間を押さえて床をのたうち回っているでござる!ざまぁみろ!
「でも、まだまだ足りないな!」
『くっ、誰だ!居るのはわかっているぞ!』
キョロキョロしたって某は見つからないのでござるよ!
むふふふ、侍かつ紳士を舐めるなでござる!
「『百烈飛礫』!」
―――ズドドドドドドド!
『なっ!何処から、あふんっ!おほっ、いぎぃ!』
『ふぇ........きゅううううう............』
四方八方から勇者の股間めがけて計百発の礫が飛んで息子を叩きまくりますぞ。
ズボンが破れて勇者の汚い息子がボロンしましたな。汚いのでもう百発追加でござる。
マリー嬢は生娘のようですから生の○○○を見てしまった衝撃で気絶してしまいましたなぁ。勇者の部屋に置いておく訳にもいかないでござるし、勇者が気絶したら回収でござるな。
―――ズドドドドドド!
『お゛お゛お゛オ゛ォッ!んぎぃぃ、ほごぉぉぉ!』
もの凄い形相で吼えているな。
イケメンが台無しですぞ。
二百発撃ち終わりましたぞ。
息子にかけるモザイクがもう真っ赤ですな。
仮にも勇者なのだから多分ほっといても治ると思うけど、中々に痛々しい姿でござる。
『な、何者かわからない、が........絶対に、許、さん........』
―――どさぁ.......
やっと気絶して倒れたようだな。
ふむ........大きさは............某の勝ちでござる。ゲスの○○カス野郎に某の宝刀が負けるわけがないのでござるよ。
ん?そんな情報要らない?そんなぁ。
『ジャックおじさん』
『む、なんでござるか?』
『無駄口叩いてないでさっさとマリーちゃん回収するのー』
『了解でござる!』
窓の開いている隙間からクワガタモードで侵入、中で人型になるとマリー嬢に近づいて抱き上げたでござる。
この時薄着のマリー嬢の胸元から豊満なそれがこぼれ落ちそうになりましたが某はこの程度では動じないでござるよ。一応向こうの世界ではオスとしての役割をしっかりと果たした後でしたからな。
某は非童貞でござる。
んん?負の遺産?まさか、そんなぁ。
あ、勇者はやっぱり気絶したままぴくりとも動かなかったでござるよ。
帰りも窓からマリー嬢を抱き抱えて飛び出したでござる。
三階からでしたが空中をあるける某からすれば全く問題なかったでござるよ。
『このまま女子寮まで連れていくから、女子寮の部屋に運ぶのはローチどのに頼みたいでござる。流石に紳士とて女子寮に忍び込むのは些か気が引けるからな』
『覗き趣味のエロジジイの癖によく言うの。でもその提案にはのるね。マリーちゃんはちゃんと部屋に連れてくよ』
マリー嬢を抱えて女子寮までダッシュでござるッッ!
こうしてマリー嬢の純潔を守って、何事もなかったかのようにお部屋に返す。
今日はとてもいい仕事をしましたな。
某、偉い!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
―――ズズズズーーーッ
――――ズルズルズル........
―――ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ..........
「「「「「ぷはぁぁ~~」」」」」
五臓六腑に染み渡るぅぅぅ..........。
「ラーメンなんて食べるの初めてだよ」
「ほぉ、エドはラーメン食ったこと無かったんだなぁ。俺はこっちの世界にもラーメンがあったこと自体驚きだったけどな。まぁシリアルとか有るならラーメンぐらい有るか」
「転生者ジョークか?」
「ジョークじゃないって、お前見えてるんだろ?俺が転生者っていう存在だって。さっき話してたじゃねーか」
「まーな。僕も正直本当だったとは驚きだったよ」
器の縁に当たったレンゲがカツン、と音を立てた。
隣を見ればローチと桜花が夢中になってラーメンを啜っている。
一足先に食べ終わった紫苑さんはその様子を微笑ましく眺めている。
あれからユーリ君を僕たちの部屋に寝かせてきた後、学校の敷地を出て夕飯を食べに来たところだ。
ラーメンは桜花が向こうの世界にいたときに人間が食べているのを見て気になっていたというのと、このあたりで評判の店だということで決定した。
ちなみにこの店のお勧めは『とんこつ』のラーメンだそうだ(ちなみに使用しているのは豚と言ってもオークのものだ)。麺の硬さも選べるが、僕はラーメン初心者なので『ふつう』を選んだ。ライルは食べ慣れているのか『はりがね』というのを選んだ。
ん?あの寮監の人はどうしたって?
それは――――
遡ること3時間ほど前。
「あっあっあっあっ」
「し、紫苑さん?それは何をしているのかな?」
「あっあっあっあっ」
白眼を剥いて「あっあっ」と口から声にならない音を出しながらビクンビクンと痙攣し続ける寮監のおじさん。
耳からは紫苑さんが出した水色の糸のようなものが出入りしている。
「ん~、ちょっと頭の中身をいじらせて貰ってるだけよ~。この戦いのこと覚えられてちゃ後で面倒な事になるでしょう?」
「それは、そうだけど........」
「あっあっあっ............」
――――どさぁ
耳から糸のような何かがずるりと抜け出て、寮監のおじさんは全身から力を失って糸の切れた操り人形のように地面に倒れる。
頭の中身をいじってるって........それ勇者と同じ洗脳じゃないか..........。
「大丈夫よ、ほんの数分間の記憶が無くなるだけだもの。不審になんて思わないわ」
「はぁ......」
紫苑さんが指を鳴らすと地面から小さな蜘蛛がぞろぞろと大量に現れて寮監さんを何処かに連れて行ってしまった。
恐ろしい..............。
「じゃあこれから寮に残ってた他の生徒達にも同じことしてくるから、少し待っててね、ご主人様♪」
「..........はい」
ニッコリ笑ってそう言うと紫苑さんの姿がぼやけていって消えてしまった。
おそらくは瞬間移動の類じゃないだろうか。
紫苑さん、絶対今まで一ミリも本気出してないよね..........僕とかローチとかの成長の為なのかな。
「エド、あのねーちゃん.........やべぇな」
「もう僕は何も言わないよ........。部屋に、戻ろうか......」
「.........おう」
そして寮の部屋に戻った僕たちは、壁を板で塞いだりと、とりあえず暮らせる状態にしてからユーリ君を僕のベッドに寝かせた。
隣の部屋から「あっあっあっ」と音が聞こえてきても何も反応せずにひたすら修復作業を続けた僕を誰か誉めて欲しい。
ライルは音が聞こえてくる度にびくびくしていた。
「まじ..........やべぇ........」
そして現在。
ラーメン屋さん『背脂オーク野郎』にて夕飯をとっている。
「明日はどうするー?」
「とりあえず、マリーさんの監視は続けて、あとアンリが何処に居るのかとか情報収集とレベル上げかなぁ。魔法も今のままじゃ多分駄目だし」
「そうか、じゃあエドも戦うつもりなんだな」
「ああ、真実を知ったからには引き下がれない」
今のままでは駄目だ。
ユーリのような一生徒に苦戦していたようでは勇者になんて勝てるわけが無いに決まっている。
僕が使える魔法も『召喚魔法』と『火魔法』のみ。
せめて一人でも戦えるようにあと二属性の魔法と回復魔法は欲しいところだ。
「俺は、とりあえず洗脳を俺の能力で解けるかどうかだな。ユーリが起きたらまた確認してくれるか?」
「勿論だ。ライルの能力はあの洗脳に対抗できる唯一の希望かもしれないからな」
「希望って、照れるなぁ///」
「うひ、うひひ」とニヤケ始めたイケメンをラーメン屋さんの店長のおっさんが残念そうな顔でちらっと見る。
はぁ、イケメンなのに勿体ない。
というか、最近よくイケメンに会うなぁ.......。
父さんの事は抜きにして、ライルも一応イケメンではあるし勇者もクズっぽいけどイケメンだった。ユーリもイケメンだし、なんかもうお腹いっぱいだ。
それにあのオプションも気になる。
「そういやさぁ、【攻略対象】って知ってる?」
「【攻略対象】? あー、それなら俺の前世での友達の一人がやってたゲームのかな?【乙女ゲーム】ってやつなんだけど、ってこの世界【ゲーム】自体存在しないか」
それからライルが言うには、『おとめげーむ』という物語?のようなもので出て来る『こーりゃく』可能な男性キャラのことを言うらしい。
正直よくわからなかった。
「ごめんな.......俺がやってたわけじゃないからよくわかんねぇんだ」
「いや、それだけ教えてくれただけでもありがとう。とにかく、僕は僕で頑張ってみるよ」
「ああ..........お互い頑張ろうな」
こつんと拳をあわせあう。
そうしていたら店長のおじさんがお椀に麺を乗せて僕とライルの前に一つずつ置いた。
「あの........僕まだ替え玉は」
「気にすんな、こいつはサービスだ。お前等今日学院に入学したっつう生徒だろ?
80年振りの『石巨人殺し』のエドガーと『不死』のライル。エドガーの方は今日広まったばっかだけどライルの方は結構前から有名だったぜ」
「そうだったんですか。ライル、知ってた?」
「いや、全然」
「ま、今は他の客居ないから話せるが、話を聞くにお前等あの勇者倒しに行くんだろ?ウチの常連のオヤジが『学院に通わせてる娘の様子が最近おかしくなった』って丁度勇者が入学したぐらいに言われてなぁ、そっから噂話とか聞いてく内にどうも勇者の小僧が怪しく見えてきちまってよ」
「やっぱり..........」
ライルと情報交換していた時に、彼が聞いた噂話について話されたけどここにもその噂話を知っている人が居たのか。
一応洗脳されていないか確認してみたけど大丈夫だったし。
噂話が学院の外にまで出て来てるってことは.........誰か勇者の洗脳を受けてない人が残ってるのかな?
他の情報収集と平行して探してみようか。
「火のないところに煙は立たねぇ。俺たちに何が学院内で起きているのか、真実を暴いてくれ。まぁ何も起きてないってのが一番だけどな」
おじさんはそう言うと「ガハハハ」と笑って仕事に戻っていった。
おじさんの着ているシャツの背中にはムキムキのオークがサイドチェストのポーズをしているプリントがされていた。おじさんの性格、店の雰囲気といいガサツな感じだけどなんだか落ち着く。
「僕たちだけじゃ、無いもんな........」
こうして学院の外に出ると勇者を怪しく思っている人がちらほらと居る。
確かに、洗脳も掛けずにあんなもの周りに見せてたら怪しい奴だって思われても当たり前だ。
勇者の被害者らしき人だって多分まだもっと沢山居るだろうし、僕だってアンリが心配だ。
勇者の手がどこまで伸びているかは分からないけれど、じわじわと被害が広がり続けていることは確かだ。
だからこそ僕とライルは失敗できない。
学院に来てまさかこんな事になるなんて思っても居なかったけど、今のところ戦えるのは僕とライルだけなのだから。
「「おじちゃん(店長)!おかわり!」」
「おうおう、嬢ちゃん達もサービスしてやるよ。ほれ、硬さはどれがいい?」
「ばりかた!」
「粉落としで頼む!」
「こなおとし!?」
考え事をしていたらローチと桜花の元気の良い声で現実に引き戻された。
替え玉でラーメン初心者なのにいきなり『粉落とし』という未知の領域に踏み込んだ桜花にローチが驚いた顔をする。
店長のおじさんもなんだか楽しそうだし、微笑ましい光景だ。
おっと、そろそろ食べ進めないと僕のラーメンがのびてしまう。
僕は器の中に置いていた箸とレンゲを持ち直すと、一気にズズズッと麺をすすった。




