ビースト
ユーリ・ジークフリート 男 17歳
【種族】人間 (ヒューム)
【状態】洗脳 (重度)
【スキル】水魔法 土魔法 格闘術 野獣化 剣術
【オプション】攻略対象 寝取られ
【特殊】転生特典 (人)
不審に感じた僕が即座に心眼を発動して見たものがこれだ。
転生やらオプションやらはひとまず置いておくけれど、彼は確実に洗脳されていて勇者の為にライルに仲間だと装って近付いたと考えられる。
洗脳さえとければきっと彼は味方についてくれるのだろうけれど、今の彼は敵だ。
勇者に僕たちのことを報告される前に倒さなければならない。
「君、もしかして僕が丸腰だと思ってるかい?」
「丸腰だとは思ってる。だけどそれでも戦える能力を持ってるんだろ?」
「へぇ.......鑑定系の能力持ちかな?良いね、欲しいよ。安心してよ、勇者様の下につくのなら悪いようにはしないから」
「お断りだな。紫苑、捕らえて」
―――シュッ!
蜘蛛の姿の紫苑さんから放たれた大量の糸がユーリの手足に絡まって動けなくさせる。
「ふーん.........確かにこれは外すのに苦労しそうだ」
「大人しくしろ。動くな」
「お断り........かな?」
そう言って彼が笑った瞬間、彼の腕が膨れ上がった。
比喩なんかでは無く本当に膨れ上がったのだ。
紫苑さんの出した糸がミチミチと悲鳴を上げる中、どんどん彼の身体は膨れ上がっていく。
着ていた制服は弾け飛ぶかと思っていたが、何らかの魔法がかけられているらしく、身体が大きくなると同時に大きくなっていく。
美しかった肌は焦げ茶色のごわごわとした毛皮が覆い隠し、頭には雄々しい角が二本生えてくる。
華奢そうに見えていた腕は丸太のように太くなり、指先には鋭い爪が現れた。
正に野獣というべきその姿。
かろうじてまだ彼の手足を押さえつけている糸を野獣と化した彼はちらりと見やると、腕に力を込めて無理矢理に引きちぎった。
あのゴーレムでさえ只では断ち切ることが出来なかったこの蜘蛛の糸を。
「グルルルル...............」
「へ.......?何で、ユーリは味方じゃなかったのか?」
「ライル、落ち着いて。ユーリは勇者に洗脳されてる。きっとライルに話したことはほとんど嘘ついたりはしてないんだろうけど、今の彼は敵だよ」
呆然としてしまっているライルを部屋の隅に逃がして僕はユーリと対峙する。
おそらく三メートルはある巨体となった彼の身体はこの寮の中では大きすぎる。
パワーバトラーと僕のような後衛職が接近戦何て馬鹿だと思うけれど、この狭い空間で小回りの利かなくなっている彼と戦うならそれも有りだろう。
「最後に猶予をあげるよ。本当にお前は此方側にはつかないんだな?」
先程までの彼の声とは似ても似つかない太く、重々しい声で野獣は喋った。
あの姿でも喋ることは出来るのか。驚きだ。
「ああ、むしろ貴方がそっち側についている方が不自然だ」
「救えんやつめ。ここで勇者様につくと宣言していれば死ぬことなど無かったのだがな」
もりり、と彼の背中の筋肉とふくらはぎ、太股が盛り上がる。
―――ドウッ!
「え、エドっっ!」
ライルが声を上げる。
巨体を活かした力任せの突進。
真っ向から僕がぶつかれば一溜まりも無いだろう。
だから僕も真っ向から立ち向かおうなんて考えは無い。
「『ラピッドファイア』!」
ボッ!と言う音がして足下から火が噴射されて僕の身体はその勢いで素速く右方向へと飛ばされる。
ラピッドファイアは下級の魔法だけれど、非常に扱いが難しい魔法だ。足から噴射される炎の反動を利用して高速移動する魔法だけど、バランスをとって上手く移動するのがかなり難しい。
この魔法をつかっている人なんて滅多にいないだろう。
「っ!後ろぉぉッッ!」
「グォォォオオオオ!」
瞬時に相手の裏に回り込んで身体を捻ると、構えた槍を横凪ぎに叩き込む。
斬撃は厚い毛皮に防がれてしまうが、全力で斬りつけることによって致命傷とはいかないまでも確実にダメージを与えていく。
即座に方向転換して上段から鋭い爪を振り下ろしてくるユーリに此方は素速く部屋中を飛び回って応戦する。
「グルゥゥッ...........おのれちょこまかと......」
「『毒弾』発射!」
「ヌ゛ッッ!グガァォッ!?」
人型になった桜花も腕から毒針を出して中距離から隙を付いて攻撃する。
大雀蜂は毒針で刺すだけでなく、その毒針から毒液を発射することも出来るのだ。毒性も強く、皮膚に触れれば炎症を起こし、もし目に入れば失明の危険まであるという。
人型になった桜花の毒針から射出される毒液は弾丸の如く目にも止まらぬ速さで飛んでいく。勢いのついたあの毒液を受ければ確実に身体に穴が開くだろう。
つまり、体内からも毒が侵入していく。
「ぐっ、ぅぅるるる.........毒か、貴様」
「大雀蜂の毒は体内に入れば激しいアレルギー反応を引き起こす。今貴方に撃ち込まれた弾が8発。内何発がその毛皮を撃ち抜いて中に侵入したかはわからないけど、無理に動けば毒が回る速度も上がる。殺すつもりは無いから大人しく捕まってくれ」
苦しそうな表情で此方を睨みつけてくる彼に大人しく捕まるように提案する。
しかし、
「下らん.........小細工ッッ!」
ボウッ、とユーリの全身から燃えるようなオーラが迸る。苦しそうにしていた表情がだんだんと余裕を取り戻していく。
彼には毒なんて効かないってことか?
なんてパワーバトラーだ。防御が高くて毒も効かない、その上パワーも桁違いなんて前衛として優秀すぎる。
ああああ、何これ圧力半端ないんですけどぉぉぉぉ。
「随分面倒をかけてくれるじゃないか。まさかここまで本気にならないといけないとは思わなかったよ」
「そりゃこっちの台詞だ」
再び槍を構え直す。
どうする?此方側でこの化け物と直接殴り合えそうなのは桜花だけだ。
その桜花だってこんなのと直接殴り合えば何分、いや何秒持つかわからない。
紫苑は..........糸で一秒抑えられるかな?ローチは、うん、相性凄く悪いね。
あっ、ヤバい.............冷や汗流れてきた。
平気そうに振る舞ってはいるけどこれかなり拙い。万事休す?
「グルルル...........グォォォ............」
―――バリバリバリバリ
デカい爪が天井や壁にえげつない傷跡を付けていく。
完全に殺る気だ.......これ。
ちらっ、とライルの方を見ると真面目な顔でビシィッ!とサムズアップされた。
「(大丈夫だ!俺ならミンチになったって治してやれるから安心しろ!)」
彼が口パクでそう伝えてきた。ふざけんな。
「グルアァァァァァァ!」
―――バキバキバキ!
―――ボッ!ボボボッ!
「ッ!あっぶなっ!」
壁紙がベリベリとめくれ、天井の板がボロボロと崩れて落ちてくる。
部屋の大きさなんて完全に無視して振り下ろされた爪を間一髪で避けた。
足の下を滑るように潜り抜け、身を翻したユーリの動きを読んで更にもう一度その背中へと回り込む。
そして全力を込めた一閃!
―――ゴキン
「えっ」
「あっ」
「ガルルルル.........」
掴まれた.........槍の先を。
完全にしくじった。
相手は野生の魔物とは違うんだ、野生の魔物なんかよりもずっと頭がいい。だから僕がわざわざ真後ろから回り込んで攻撃してくることを予測することだってあっさりと出来るのだ。
掴まれた槍がミシミシと不吉な音を立てる。
駄目だ、僕がずっと掴んでたらもっと壊される。
思い出の詰まったこの槍を、壊したくは無い。
だから、手放した。
「ガゥアアァァッ!」
「ぬんっ!?っ、ハァッ!」
槍から手を離すと同時に突き出された拳を大きく後ろに仰け反って避ける、更に身体を捻って回転させてそのまま振り下ろされた腕を避けた。
だけど完全に勢いに乗ったユーリの攻撃は緩むことなく飛んできて、
「オラァァァッ!」
「止まって!」
僕の目の前で振り下ろされた腕が停止した。
ギリギリと音を立てて震えている。
紫苑が四肢にもう一度糸を絡ませ、桜花が突撃したのだ。
桜花の正拳突きを片手で受け止め、更に紫苑の糸を千切ろうとしているユーリは先程糸の呪縛を破ったときよりも力が入れられない。
紫苑たちのおかげでミンチにならずにすんだ僕は力の緩んだユーリの手から槍を取り返して一歩下がる。
ちらり、と視界の端にライルがなにやら口をぱくぱくさせているのが見えた。
「(このまま、ユーリの気を引いて、壁をぶち抜いて外に出してくれ。そしたら、俺が隙を付いて止めを刺す)」
なので僕も視線で返した。
「(絶対に失敗しないんだな?)」
「(もちろんだ。必ず一撃でしとめる)」
「(わかった、その提案乗ろう)」
視線を戻した。
蜘蛛の糸がミシミシ、ブチブチと音を立てて引きちぎれていく。本当、えげつないパワーだ。
桜花も何発か拳を打ち込んで、あまり効果が出ないとわかると一歩下がって毒弾を発射する。
「ヌゥゥゥゥ........許さん、許さん!」
『ローチ!攪乱して!』
『らじゃ!分身の術』
―――ボボボボボフンッ!
五体のローチが出現してユーリの周りを取り囲む。
「殺すッッ!コロシテヤルゥゥゥゥッ!」
「「捕まえてみろー!」」
「死ね死ね死ねシネェェェェ!」
バキバキと凄まじい音が鳴って床に穴が開き、壁に爪痕が幾つも刻まれる。
ユーリを挑発したローチ軍団はそのスピードを活かして攪乱する。
「『プロミネンス』!」
ローチに気を取られているユーリの隙を付いて壁に穴を開けた。此処は二階に有る。
僕の今の身体能力なら飛び降りれないこともない。
『ローチ、解除して隠れて!他の皆も!』
『りょーかい!』
ぼふん!という音と共にローチの分身達が煙りとなって消滅する。
人型になっていた紫苑や桜花も居なくなり、残るは僕とライルのみ。
「『獄炎槍』5連!」
「グルアアァァァァッ!」
襲い来る炎の槍など完全に無視して捨て身の特攻を仕掛けてくるユーリ。同時に僕も壁に開けた穴から下へと飛び降りた。
落下しながらも腕を伸ばし、僕の腕を掴むユーリ。血走った目は完全に狂った獣のものであり、抑えが効かなくなった彼の腕力に僕の左腕はあっさりと潰された。
バキバキと骨が粉々に砕け散る音がして、今まで生きてきて一度も感じたことの無い激痛が走る。
腕の原型なんて止めていない、ミンチだ。ぐちゃぐちゃで骨さえ形の残らなかったミンチが肘から先の部分に垂れ下がっている。
【左腕損傷】
【出血多量】
【流血によりHPが大幅に減少】
【危険な状態です】
「ゴガァァァァァ!」
地面に落ちて、僕に覆い被さるように乗っかったユーリ。
吼えるユーリの息が顔にかかる。
獣の臭いだ。
ユーリがその大きな口を開けて僕を喰おうとした、その瞬間、
「ぶっ倒れろぉぉぉぉぉ!」
ユーリの真後ろからライルが飛来して拳をその背中に打ち込んだ。
無論そんなものがユーリに効くわけが無い。
その攻撃がそれで終わりだったならば。
殴った腕は分厚く頑丈な皮膚に阻まれて逆に潰れてしまう。いや、そうしなければこの作戦は成功しなかったのだ。
そのまま、ライルは潰れた腕を更にユーリに押し付ける。腕が再生する、そのままユーリの身体に突き刺さる。
更に腕をねじ込む。腕をユーリの体内で破壊する。そして再生する。
壊す、そして治す、壊す、治す、壊す、治す。
ずんずんと進んでいった腕はあり得ない長さに延び、ユーリの身体を貫いた。
「グルゥ.......ぐ、ぁ、あ............」
「これが俺の能力【生命の叫び】だ。通常通りに使用すれば『有るべき形に戻るように再生が発動する』。だけどこのように過剰な力で発動すれば『再生し過ぎたものがあるべき姿にプラスされた状態で形を成す』。例えばコンクリート、つまりは石畳みたいな堅いものの下から植物が突き破って出てくることってあるだろ?あれを人間の身体で実践してみたって事だ。だから時間は掛かっても並大抵の防御はこれに通用しない」
ずるりと長くなった腕をユーリから引き抜く。
ユーリの胸の中心に開いた穴からドバッと血が流れて、ユーリは白目を剥いて気絶した。
僕もユーリが倒れる前に下から抜け出す。
「良かった、成功したぁ」
「はぁはぁ、ライル、これ治して」
ほっと息をつくライルにミンチと化した左腕を見せる。
さっきから戦闘時のシステムメッセージさんがずっと警告してきて流石にこのままはヤバい。滅茶苦茶痛い。
「ああ。『治れ』」
―――ビクンビクン.......ミチミチミチ.............
うねうねと勝手に腕が動いて元の形に戻り始めた。
感覚もじわじわと元の状態に戻ってきて、再生している間も結構痛い。
「お前、こんなんいっつもやってたのか..........」
「慣れれば痛みなんて感じなくなるもんだぜ。あ、それよりこの腕ちょっと肘あたりから切ってくんね?長すぎるし」
「あ、ああ」
言われたとおりに槍を右腕で振り下ろしてライルの腕を切り落とした。
うっ、グロい.........。
「おー、結構綺麗に斬れたな。『治れ』」
―――ミチミチミチミチ..........
自分の腕の断面見て感心したような声出すなよ。
変態じゃないか。
って、それよりも、
「ところで、彼どうする?洗脳されてるんだけどライルの力で治せない?それに死にそうだし.......」
「洗脳かぁ........状態異常は一応治せるから、ちょっとやってみるよ。それにこの傷も治さなきゃだし」
倒れて元の王子様のような姿に戻ったユーリの胸には大きな穴が開き、地面に血溜まりを作っている。
早くしなければ死んでしまう。
ライルは彼に近づくと、しゃがんでその胸のあたりと頭のあたりに手を当てた。
「っと......『治れ』。一応回復はしたし......とりあえず、様子見かな........」
「そうか..........」
腕が再生しきった僕は血溜まりからユーリを抱き上げる。
俗に言うお姫様抱っこの形だ。尚僕はホモでは無いので変な妄想はしないように。
「じゃあ、ユーリ君のことはとりあえず置いといて............部屋があんなになって、ここまで酷いことになるとは思わなかったよ?ライル?」
「え、あっ、そのぅ.............?」
「僕は怒ってるよ?」
「あっ...........ご、ごめんなさい.........」
「はぁ........ライルは悪意に鈍感すぎるよ。今度から気をつけてね」
「はい.......ごめんなさい........」
なんだかシュンとしてしまったライル。
でもそもそもはライルがユーリを連れてきてしまったからこんなことになったのだ。
反省しなさい。
「お前等何してんだぁぁぁぁぁ!」
「おっ」
「あっ、ヤベ」
寮へと戻ろうとしたら、先程の戦闘音を聞きつけたと思われる寮監さんが鬼の形相で走ってきた。
どうやら今日はまだまだゆっくり出来そうに無いようだ。




