仲間を連れてきたぜ!
「ライルはそういう理由でここに来たのか。なら勇者につっかかってくのもわかるなぁ」
「なー?ひでぇ話だろ?
仲間だと思ってた奴らはあっというまに手のひら返しするし、勇者は勇者でクズ野郎だしこんなん我慢出来るかッッてんだよな」
あれから部屋に入った僕たちは勇者について、お互いがこの学院に来た理由について話し合った。
こうして長い時間話してると最初は苦手だと思っていた彼も結構良い奴なんだなぁと感じるようになってきた。
彼のことを裏切った村人たちをぶっとばした下りなんか滅茶苦茶スッキリした。
やっぱり中々にいい性格をしている。
「フィーネはホント、可愛いんだよ。なんつーかさぁ、俺のこと全部理解してくれてるっていうか昔っからいつも隣に居るのが普通だったっていうかさ。物心ついた頃にはもう既にアイツが隣に居たからな..............フィーネの居ない人生なんて考えられないくらいなんだよ」
「ふふっ。さっきからその子のことになると本当、幸せそうに話すよなぁ」
「ああ.........俺の、大切な幼馴染みで婚約者だからな...........」
さっきまで幸せそうに話していた彼の顔に影が差す。
今は、その幼なじみも勇者のもとにいるのだ。
人間が決めたルールではない。神の決めたルールに逆らうことなんて出来ない。
でも、彼はそのルールに逆らおうとしている。
あの勇者よりも、そんな彼の方がずっと勇者らしく見えた。
「それで、エドはアンリって幼なじみを奪い返そうとは思わないのか?」
顔を上げたライルが質問してくる。
確かに...........あの勇者は何か怪しい。
だけどハッキリとした証拠が無い現状ではアンリを奪い返そうなんて気持ちにもなれない。
イヤ、それは本心だろうか?
僕はどうしたいんだ?
僕は..............
「僕は......................」
「...............ま、悩むこともあるか。でも俺はまずあの勇者から助け出すってのを考えるべきだと思う。もし勇者が本当に悪い奴なのか気になるようならまた調べていこう。それがきっとエド、お前の最善になると思うぜ
俺はガッツリ奪い返しに行くつもりだけどな~」
「ライル..............」
へへっ、と笑ってそう言ったライルに僕の心が少し楽になる。
今日会ったばっかりなんだけどなぁ、しかも最初は珍獣感凄かったのに。
すごい、良い奴だよ.........ライルは。
僕みたいなやつにも、こんなに親切に、楽しくなるように接してくれる。
勢いの凄い奴だと思ったけど他人に自分の意見を押し付けたりするような男でもないし、常に自分の思うままに、やりたいように生きているような男だ。
「何か思ったら、まず行動だぜ」
強気な彼の瞳の奥がキラリと光る。
思ったならば、まず行動。
それなら僕は―――
「ありがとうライル。なんかやる気が出て来た。これから少し勇者とその周りについて調べてくるよ」
「おう、じゃあ俺は勇者についてなんか知ってる奴が居ないか探してくる。出来れば反勇者派のやつが居ると良いな」
「あの調子だと........見つかるかなぁ」
「...........確かに」
ドアの前に立って顔を見合わせる僕とライル。
なんだかおかしな気分になってきて「ぷっ」と吹き出してしまった。
2人して「アハハハハ!」と笑い始める。
傍から見たら挙動不審だ。
でも、
「ふひーっ、ひっ、ひぃっ。なんでだろ、凄い笑えてきたんだけど」
「アハハハ!ほんと、なんでだろうな。なんか元気が湧いてきた!」
「はは.........はぁ、はぁ。苦しかった」
「絶対あの野郎の裏の顔暴いてやるぞぉぉぉ!」
「テンション高すぎ」
ぐいっ、と拳を突き上げるライルの肩をぽんぽん叩く。
部屋の時計を見れば時刻は16時45分。
もう夕方だ。
今日でどれだけ情報が集められるかわからないけど、とにかく全力を尽くすとしよう。
僕とライルは寮を出た後、拳を付き合わせると別々の方向へと歩き始めた。
「この能力、あんまり使いたくなかったんだけどな........」
学院中央棟三階の廊下を歩きながら独り呟く。
勇者の決闘という一大イベントが終わったので、廊下にも先ほどまでとは違って沢山の生徒が歩いていた。
こうして見ると年齢層は様々だ。
やはり誰でも、いつでも合格さえ取れれば入学できるという所に理由があるのだろう。
今こうして僕が着ている制服も年齢別にデザインが分かれていたり、そういった所にも配慮されている。
ちなみに僕が今のところ見ている中で一番年上っぽい人は白髪交じりのおじさんだった。
普通の教育施設では有り得ない光景だ。
さてと。そろそろここら辺り見てみることにしようか..........。
「『心眼』」
加護【勇気の証】によって与えられた能力。
瞳の色が輝くような金色から一気に赤黒い色に変化する。
僕はこの能力が嫌いだ。
他人の秘密を勝手に覗き見ているようなこの能力があまり好きでは無い。
だけど、あまりにも不自然すぎるこの学院の雰囲気に生徒の方も調べなければならないと感じた。
だからこの能力を使わせて貰うことにした。
そしてその判断は正しかったことがすぐに証明される。
「(............これは!?)」
一人の男子生徒に目を向けて驚かされた。
アドルフ・ヒューバート 男 21歳
【種族】人間 (ヒューム)
【状態】洗脳 (軽度)
【スキル】雷魔法 限界突破
【オプション】無し
「(せ.........洗脳?)」
何が起こったのか理解できずに一瞬放心状態になってしまった。
何故?どうして学院の生徒が洗脳を受けている?
そもそも洗脳系のスキルは判明と同時に封印されるはずだからこのような状態異常自体存在するはずが無いのだ。
だというのに、彼は洗脳を受けている。
存在しないはずのスキルと存在しないはずの状態異常。
おそらく【鑑定】スキルの上位互換であるだろうこの【心眼】が間違ったものを見せているとは思えない。
それでも信じられなかった僕は試しに他の生徒にも心眼を使った。
レナ・ポートマン 女 19歳
【種族】人間 (ヒューム)
【状態】洗脳 (軽度)
【スキル】水魔法 風魔法 回復魔法
【オプション】無し
ウルスラ・モリガン 男 19歳
【種族】人間 (ヒューム)
【状態】洗脳 (軽度)
【スキル】火魔法 身体強化 狂化
【オプション】無し
「(嘘だろ............そんな.............)」
冗談じゃない。
一人や二人じゃない。どこを見ても『洗脳』『洗脳』『洗脳』『洗脳』の文字。
誰がこんなことを............。
頭の片隅にあの勇者の姿が映し出される。
赤髪の少年を踏みつけて観客席に笑顔を振りまいていたあの勇者が。
ボロボロになっていた彼を足蹴にして止めを刺したあの男が。
仮にも勇者であるあの少年がこんな事をしてどうなるんだ?なんて疑問が浮かんでくるけれど、どうしても何か彼のことを怪しく感じてしまう。
ローチ経由でも、ちゃんと発動するだろうか。
『・・・ローチ、今の勇者の様子は?』
『りょーかい。今繋ぐよー』
頭の上に乗っかっていたローチがそう反応すると、頭の中にローチの分身が見ている映像が流れ込んでくる。
僕は目を瞑って廊下の壁にもたれかかった。
勇者が、数人の女生徒を連れて楽しげに歩いていく。
その中にアンリの姿は見当たらない。
『ローチ、あれは?』
『あれは勇者のハーレムみたいだね。今勇者と腕を組んで歩いてるのがマリーちゃんだよー』
あの金髪混じりの茶髪の女の子がどうやら例のマリーという女生徒のようだ。
勇者に向ける彼女の笑顔は心から幸せそうに見える。
『まさか.....な。【心眼】』
信じたくは無い、が。
じわじわと映像の中の彼等の側に板のようなものが見え始めたことから正しく能力が発動したことを感じる。
そして―――
マリー・ベルトワーズ 女 16歳
【種族】人間 (ヒューム)
【状態】洗脳(重度)
【スキル】光魔法 回復魔法 テイム
【オプション】寝取られヒロイン
【寝取られヒロイン】本来結ばれるはずの相手とは別の相手と結ばれるように本人の意識と運命を操作される。
『やっぱりか..........』
やはり洗脳を受けていた。それも重度の。
ご丁寧にオプションまで付けられている。【寝取られヒロイン】だって?ふざけた名前のオプションだ。思わず笑ってしまいそうになるくらい呆れた。
隠しステータスであるオプションに何か鑑賞できるような存在を僕は今のところ知らないけれど、こんな悪趣味なオプションを付けるなんて気の狂ったやつに違いない。
『確か、一時的には発動不能に出来るんだよな?』
オプションの欄に意識を集中させてみる。
すると文字の部分がスッとそこだけ浮かんだ。
『えと............【止まれ】?』
―――カチッ
オプションの文字の色が白から灰色になる。
どうやら効果が停止したらしい。文字の右に『72:00』と数字が出ている。
どうやらアレが再発動までのタイムリミットのようだ。
3日間は保つらしい。
『マリーさんはもう良いだろう。勇者は・・・』
キョウスケ・キリタニ 男 17歳
【種族】人間 (異世界人)
【状態】普通
【スキル】光魔法 風魔法 剣術 邪王眼 隠蔽
【オプション】真の勇者 運命に愛されし者
【特殊】召喚特典 (人)
【真の勇者】聖装展開が発動可能になる。
【運命に愛されし者】全てが思い通りになるように運命が操作される。
そして、
【邪王眼】その目で見た者を洗脳することが出来る。時間経過により洗脳の強さが強くなる。非常に解呪されにくい。
【隠蔽】ステータスを隠す、又は偽のものに置き換えることが出来る。ある程度の認識障害能力も発動することが出来る。
『ビンゴ・・・・!』
犯人は勇者だった。
これ以外に考えられない。
洗脳されている訳でも無いしむしろ洗脳出来るスキルを持っている。
そしてそのスキルを持っていることをバレないようにするためのスキルまで持っている。
恐らくは世界に一人しか居ないであろう洗脳系スキルを発動出来る存在だ。
しかし、これからどうする?
犯人が勇者だと分かったところで僕が周りに訴えても、勇者が既に洗脳した者達ばかりなのだから誰も取り合ってなどくれないだろう。
むしろそんなことをすれば僕が消される。
そもそも彼が洗脳したのはこの学院の中だけなのか?
あまり、そうだとは考えられない。
勇者という立場自体が非常に強力な上に、おそらくこの勇者自体も自分がこの立場から引きずり下ろされないように色々と手を尽くしていることだろう。
多分この学院の生徒を洗脳し尽くした理由にはそんな所もあるはずだ。
だとすれば、あの赤髪の少年のように真っ向からぶつかって勇者を倒すしかない。
勇者は自分が楽しむ為なのか、決闘というルールを残していた。
完全に自分の身を守るには、学院の上層部を洗脳してこういった下克上が可能なルールは片っ端から潰していく筈だ。
それを利用させて貰うしか無い。
勝算はおそらくかなり低いが。
とりあえず今は今出来ることをやるしか無い。
勇者と戦うにしてもライルと相談する必要もあるだろう。数の少ない此方としてはチームワークはとても重要だ。
なら今やるべきはマリー嬢を勇者の手から守ること。
『しかし・・・』
スッ、と目を開いて頭の上にいたローチを手の平に乗せる。
ローチはひょこっ、と此方を見上げると触角をふりふりと揺らした。
正直、ローチだけではマリー嬢を守れるとは思えない。
なんせ相手は勇者だ。
姿が見えていなくとも一対一では勝算は限りなく薄い。
マリー嬢を守れればいいのだから勝つ必要は無いのだけど、やっぱりローチだけだと不安だ。
でもだからと言って僕が出向くわけにもいかない。
何か、誰か、勇者に感づかれることなく守りにつけるのは..............。
『ジャック、聞こえるか?今何処にいる?』
『むっ?........おおお!マスター殿ではないか!』
よし、離れていても念話が繋がった。
こういう時に使役魔物との繋がりは便利だな。
『今、王都に到着した所だ。リリどのは移動した疲れで今日は宿に泊まって休もうとしていた所だな。
何か用事でござるか?』
『今からこっちに呼び寄せるからリリさん達に伝えといてくれ』
『うむ、了解した』
今こそ彼の輝くときだ。
やはり紳士は紳士らしく。
リリさんには悪いけど、ここはジャックを使わせて貰うのが良いと思った。
僕は中央棟から出ると、人通りの少ない場所までやってきた。
『ジャック、良いか?』
『うむ、準備万端でござるよ!』
「よし、召喚【ジャック】!」
地面に光の魔法陣が現れて、中からクワガタ姿のジャックがせり上がってくる。
『んほおおおおおおおおおおお!』
「五月蠅い!静かに!」
『エッ!?』
僕が「しーっ!」と口に指を当てると、ジャックは驚いたような声を出す。
うん、安定の変人だな。
まさか奇声を上げながら召喚されるとは思わなかった。
「ジャック、手短に言うよ。ローチに今監視して貰ってるんだけど『マリー』っていう女の子を勇者から守って欲しい。具体的には【紳士の嗜み】を使って」
『ふむ........つまり某の紳士力が試される時と言うことですな?』
「ああ、その通りだ」
『か弱い少女が某の助けを待っている............うむ、良い!それでは早速行ってくるぞ!』
「見つからないように気をつけるんだぞー!」
ジャックは妙にやる気を見せると空高く舞い上がり、建物の陰へと消えていった。
彼の『覗き』スキルと『攻撃魔法』によりローチの分身とあわせて強力な守りを見せつけることだろう。
一応僕もローチ経由で見守るつもりだが、当分は安心できると思う。
「さてと、時間も時間だしそろそろ寮に帰るかな」
夕飯は特に準備とか出来てないし、一度寮に戻ったら外に出て何か食べに行くとしよう。
とりあえず目先の問題をある程度解決させた僕は今日の夕飯は何にしようか、桜花の好きな食べ物って何かな?とか監視中のジャックの食事はどうしようかな?なんて考えながら寮へとあるいていった。
「エドっっ!朗報だ!」
「ん、どうした?一応僕からも報告はあるけど......」
先に部屋に戻ってライルを待ってくつろいでいたら、バタン!と扉が開かれて部屋にライルが入ってきた。
なんだか嬉しそうだ。
そして、その後ろから―――
「俺たちの新たな仲間を連れてきたぜ!」
「お邪魔するね。僕は一年のユーリ・ジークフリートだ、宜しく」
「ユーリは俺たちと同じで婚約者を勇者にとられてるから勇者には色々と思うところがあるみたいだ。一緒に勇者に立ち向かう仲間だぜ!」
ビシッ!とサムズアップするライル。
僕は彼の後ろにいる少年を眺めた。
ユーリ、と名乗った彼はライルの後ろから出て来ると握手を求めて手を差し出してきた。
ザ・王子。
まさにお伽噺の王子様が本の中から飛び出してきたようだ。
透き通るような白い肌に輝くような金髪が美しい。
男の僕でも思わず見つめてしまったぐらいだ。
だが、彼のエメラルドの瞳に光が宿っていないことにも同時に気付く。
本能で生きてるライルだったらきっと気付くかと思ったんだけどな。
僕の瞳が赤黒く光った。
「とんでもない奴を連れてきたなライル。後で説教だぞ」
マジックバッグから流れるような動作で槍を抜く。
ユーリは感心したとでも言うように「へぇ」と声を上げてニヤリと笑った。
「えっ、えっ?どしたん、エド?なんか不満だったか?」
「馬鹿ライル。コイツが仲間に見えるか?とりあえず今の状態のこいつは敵だ。
ローチ、紫苑、桜花、疲れてるだろうところ悪いけどまた戦わなきゃいけないみたいだ」
ぐっ、と槍を握って睨みつける。
ローチ達も、僕の視界からはわからないけど戦闘態勢をとったようだ。
なんたって、こいつは―――
「成る程、勇者様の敵はお前か。この単細胞野郎を泳がせておいて正解だったな」
「........は?ユーリ、お前、勇者に『様』なんて何言ってんだ?」
「下がってライル。ここは僕がやる」
僕はライルの肩を掴んで後ろへと下げる。
彼の艶やかな口元がニヤリと歪んだ。
―――既に洗脳されているのだから。




