入学試験
『勝者!キョースケ・キリタニ!!』
『『勇者!勇者!勇者!勇者!』』
会場に鳴り響く勇者コール。
今回決闘場として選ばれた円形闘技場の真ん中で俺は黄金に光り輝く剣を掲げる。
そして俺の足の下にはボロボロになって倒れている赤髪の少年が。
この雑魚は確か伯爵家の次男とかだったはずだ。
実に恨みの籠もった目で此方を見てくれている。
それもそのはず。
何故なら俺は此奴の婚約者を賭けて此奴と戦ったからだ。
そして俺が勝った。
圧勝。
勿論ズルなんかしていない。
なんたって世界最強の勇者だからな。
俺がしたのはこの雑魚の婚約者を洗脳して俺の事が好きだと思いこませたことだけ。
あとはこの学院のルールに従っただけだ。
ま、要するに俺の事を好きになっちゃった婚約者ちゃんを取り戻すために赤髪イケメン君は俺と戦ったってワケだ。
ちなみにこの赤髪イケメン君には洗脳を掛けてない。
苦しんでる顔が見たいからな。
「俺の勝ちだな。つーわけでテメーの女は俺が頂いた」
「このっ...........ゲス、野郎.........がっ.............」
「ちゃあんと最初に何を賭けるか約束したろ?
俺は『勇者』の地位を賭けた。テメーは婚約者が居るにも関わらず俺のことが好きになった不義理な婚約者を賭けた。
だろ?」
「有り得、ない.............。マリーとは、政略だけど.........相思相愛の仲だったんだ................。
ずっと、俺のことを好き、だっ........て、言って...........くれてたのに..............こんなの...........」
絶望の色に顔を染める雑魚に俺は屈んで顔を近付ける。
「ま、こんなの有り得ないよな?普通なら、な」
「なっ!?.............ま、さか、貴様ァァァァッッ!
っ、ぐっ!ふぅがぁぁッッ!」
「喚くなよ.........みっともない。..........本当馬鹿だよなお前は。俺に勝てるなんて思ってたのか?」
真実を悟って怒りが爆発した雑魚くんの腹を思いっきり蹴っ飛ばす。
勇者の脚力をもって蹴られた赤髪イケメン君は凄まじいスピードで円形闘技場の壁に激突した。
あーあ、死んだかも、アレ。
「「うおおおおおおおお!」」
『勇者!勇者!勇者!勇者!』
会場中から歓声が上がる。
皆、俺に洗脳された阿呆共だ。
学院生が聞いて呆れる。
ま、そんな考えなんて一切顔に出さないのだけど。
観客席に向かって俺は爽やかな笑みを浮かべて手を振る。
俺の狂信的なファン達にサービスだ。
嬉しいだろ?
「くくっ...........これで早くあの女が俺のモノになってくれるともっと良いんだがな」
もう誰も、俺を止めることは出来ない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
―――勇者が一人の男子生徒を瀕死にさせる、その数時間前。
「試験会場は..........ここか。結構沢山居るなぁ」
学院の入学試験会場は学院正門から西にある程度歩いたところから入れるグラウンドにあった。
ここの入学試験は一年間休むことなく行われていて、誰でも試験を受けることが出来る。
今日も大勢の人々が受験に来ていた。
あ、今僕が並んでいる列の一番前の人が終わったらしい。
「不合格!次!」
「ハイッ!ルラック村出身、ライル・リーデルですッッ!」
うわっ、まじかぁ。
まさか受けた直後に結果を言われるとは。しかも他の受験者が見てる前でだぞ?
精神的にキツいなぁ、これ。
「職業は?」
「治癒師です!」
「ふむ、得意な魔法は?」
「回復魔法です。戦闘にも応用することが出来ます!」
「では......まずどれぐらいの性能か見せて貰おう」
「はい。それでは..............フンッ!!」
ドチャッ、と音がして彼の腕が地面に落ちる。
彼が自分の腕を腰に下げていた剣を使って自分で斬ったのだ。
並んで様子を見ていた受験者たちからもあまりの光景に呻き声が上がった。
彼の腕の断面からは勿論血がドクドクと滝のように流れる。
あんなに血を流して大丈夫なのだろうか。
だが、
「この程度なら余裕ですよ、『治れ』」
―――ミチッ、ミチミチミチッ
驚くべき事に彼の腕は凄い勢いで再生していく。
そう、普通なら切れた腕をくっつけるには断面をあわせて回復魔法を掛けるのだけど、彼は新たに腕を作り出したのだ。
数秒と経たずに再生した腕は完全に元通りになっており、彼は試験官に向かって手を見せると手を閉じたり開いたりしてみせた。
彼の回復魔法は完全に成功したのだと。
「............ライル・リーデル。合格だ!
このタグを持って正門の所にある事務室まで行きなさい」
「ありがとうございますッッ!」
残像が出来るほどのスピードで礼をした彼はタグを受け取ると意気揚々と正門の方へと歩いていった。
「戦闘の方は見てくれなかったな..........」
歩きながらなんかぶつぶつ呟いていた。
そういや戦闘にも応用できるって言ってたな。
凄いな。
ああいう人がここに受かるのか。
なんか受かる自信無くなってきたかも。
「そんな顔をするな主殿。主殿ならきっと受かる」
「うん、そうだよな..............受かる前提で来たのに自信なくしてちゃあどうしようもないよな」
顔を上げて前を見る。
自信だ!自信!
「よし、次!」
「キルルク町出身、ヒース・ブランカです!」
「職業は?」
「魔導師です!」
「得意な魔法は?」
「氷魔法と風魔法です!攻撃魔法が主です!」
「では戦闘試験だ。ゴーレム!」
試験官が指を鳴らすとグラウンドから高さ七メートルは有りそうな巨大なゴーレムが現れる。
成る程、属性魔法に関しての試験はゴーレムとの戦闘で判断するのか。
「よし、準備は良いな?始めッッ!」
試験官の合図と共にゴーレムはその巨体を揺らしながら凄まじい勢いで受験者の少年に襲いかかる。
死ぬる!これ、下手したら死ぬるよこれ!
「『敵を切り裂く極寒の吹雪よ、全てを飲み込み停滞させよ』複合詠唱『ブリザード・ファティマ』!!」
複合魔法の詠唱が早口で唱えられる。
彼の前方の空気がギュッと圧縮され、刃のような氷塊が渦を巻く。
――ゴォォォォォォォオオオオ!
『■■■■■■■■ーーー!』
何とも形容しがたい音を発しながらひたすらに突進してくるゴーレム。
しかしゴーレムの拳と彼の身体がぶつかり合う、その瞬間に発動した魔法がゴーレムの間接を凍らせ、そしてその巨体を後退させた。
凄まじい出力の魔法だ。
だがこの程度では止まらない。
ここからがこの複数属性魔法の真骨頂なのだ。
「■■■!? ■■■■■ーー!!」
大きく後ろへと後退させられたゴーレムは更にその身を動かそうともがくが、間接がまるで動かない。
ゴーレムを後退させた風魔法ともう一つ、氷魔法によって全身を凍り漬けにされたのだ。
ゴーレムであるから無事ではあるが、もし受けたのが生物であれば一溜まりもないだろう。
「よしっ、勝ったッッ!」
ゴーレムは完全にその動きを封じられ、決着は完全についた
―――かに思われた。
「なにっ!?嘘だろッッ!」
―――バキバキバキバキッ!!
「■■■■■■■■■■■ッッ!」
なんとゴーレムはその身を砕きながらも間接を無理矢理に動かして再び突進を始めたのだ。
いや、ゴーレムの身体は無傷だった。
壊れているのは表層部分だけ。ゴーレムは全身に鎧を纏うように何層にも作られていたのだ。
「くそっ!『氷獄』ッ!」
「■■■■■■■■■■ーーッッ!」
咄嗟に氷の妨害系魔法を放つが、走り出したゴーレムはもう止まらない。
一度動きを封じた時点で勝ったと油断してしまった彼の敗北だった。
「ふむ、不合格.............と」
試験官が手元の紙に何やらサラサラと書いた。
「■■■■■■■■■■■!」
ゴーレムがその巨大な腕を振り上げる。
―――ドスッ!バキバキッ!ミシミシッ!
「ごっ..........が、あっ.......げぁ.................」
叩き潰された彼の身体は右腕と左足がおかしな方向にねじ曲がり、腹からは折れた肋骨がとび出ている。
会場の端にスタンバイしていた救護班がすぐに担架を使って彼を保健室へと運んで行った。
「死ぬじゃん.........これ..............」
思わずそう呟いてしまった。
でもここに居る全員がそう思っていることだろう。
悪く行けばこれは死ぬ、と。
何人かが今ので怖じ気付いたのか、列から離れて去っていった。
先程まで僕の前には十数人ほど列んでいたのに今はもう六人ほどしか残っていない。
あれほどの使い手があっけなくやられてしまったのは正直僕も予想外だった。
まさかこんなにも命懸けの試験だったとは。
正直..........アンリのことが無ければ僕も逃げたいぐらいだ。
今の僕がどれだけやれるのか、とにかく全力でやるしかないと気合いを入れた。
―――よし、次!」
「はいっ!ポルタ村出身、エドガー・ファーブルです!」
遂に僕の順番が回ってきた。
緊張で冷や汗が止まらない。
だって僕の目の前で七人中七人全員が瞬く間にズタボロにされて運ばれていったんだもの。ゴブリンキングもワイバーンも平気だったのに、このゴーレムはヤバい。
恐らくこの試験官は国家魔導師クラスの実力を持っているんだろう。あんなヤバいゴーレムをポンポン作るんだよ?あり得ないよね?
ちなみに国家魔導師っていうのは国が行っている試験に合格した数少ない優秀な魔法の使い手の事だ。
彼らは普段は国営の魔法研究施設『庭』で働いていることが多いのだけど、もしかしたらこの学院の教師にもそういった凄い人たちがいるのかもしれない。
「ふむ、職業は?」
「召喚士です」
「召喚士か。ではまず君の使役魔物を見せてくれないか?」
「え、と。ここに居るのがそうなんですけど........」
そう言って隣と自分の肩と頭の上を指さす。
「ん?『クインビー・ジェネラル』だけか?
随分と偏った編成だな。ゴブリンやコボルトなんかの進化種が居ることなんか多いんだが」
「あの、肩の上と頭の上の虫もです」
「.............魔物、なのか?
いや、これはもういいだろう。得意な魔法は?」
「火魔法が得意です」
「そうか、ではゴーレム!出て来い!」
再びゴーレムがグラウンドの地面から現れる。
先程のゴーレムとはまた形が違う。
能力もおそらく変わっているのだろう。
「■■■■■■■■■■」
「相変わらず何言ってるのか全然わからん.........」
僕も前へと出ると槍を構えて立つ。
ローチと紫苑も僕から降りてグラウンドに立った。
「準備は良いか?では、始めッッ!」
「■■■■■■■■■■■ッッ!」
ドスドスと凄まじい勢いで突撃してくるゴーレム。
ここは変わらないんだなっ!
「『プロミネンス』!!」
まずは小手調べだ。
火魔法の上級魔法『プロミネンス』でどれぐらい炎に耐性がついているのか確かめる。
槍の先から放たれたぶっとい炎の柱はゴーレムを飲み込んで更にその先の地面まで焼き尽くした。
しかしゴーレムの方は上手くはいかないようで、
―――ドスッ!ドスッ!ドスッ!ドスッ!
「■■■■■■■ー!」
「(やっぱりぃぃぃいいいいい!)」
止まることなく突撃してくるゴーレム。
流石に少し溶けたようだけど平気そうだ。
めっちゃ元気に走ってくる。
「ローチ!紫苑!足止め宜しく!」
「りょーかい!」
「あらー?あれぐらいなら一撃でしとめられるのだけど?」
二人は瞬時に人型になると、ローチは風魔法を、紫苑さんは糸を腕から発射してゴーレムの足止めをする。
実は紫苑さんが加入してくれたお陰で、服ごと虫と人とを行き来する方法を教えて貰ったのだ。
これでもう人前での変身も安心だな。
ところで今紫苑さんが凄く気になること言った気がするんだけど。気のせいかな?
「桜花、突撃の準備を!『火球』8連!」
「了解。『身体強化』『狂化』『チャージ』」
火球の8連撃で更にゴーレムを後退させる。
桜花もチャージを使って力を溜め始めた。
狙うは一撃必殺だ。
「■■■■■■■!■■!」
ギリギリともがくゴーレムは未だにローチと紫苑の拘束から抜け出せないでいる。
ゴーレムの動きを邪魔する風の牢獄に、びくともしない蜘蛛の糸。
後は僕がゴーレムの装甲を削って桜花がトドメを刺すだけ。最後まで気を抜くことなくキッチリと、だ。
「『獄炎槍』30連ッッ!!」
――――ズ ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドンッ!!
渦巻く炎の槍がゴーレムの胸部装甲の中心を一点集中で連打する。
一本の槍で無理でも、一撃の炎で無理でも、30もの炎の槍が休むことなく激突すれば流石のゴーレムでも無傷では済まないだろう。
「■........■■■、■、■■■■■■■.........」
装甲に蜘蛛の巣のようなヒビを入れたゴーレムが爆発の後の煙の中から現れた。
ボロリと崩れた装甲の隙間からは青色に光る核が覗いている。
「ぐ..........お、おおオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」
桜花が凄まじい気を放ち始めた。
狂化が発動してきた証拠だ。目は白く染まり、額には青筋が浮いてきている。腕の甲殻からジャキッ、と一本ずつ、計二本の巨大な毒針を出して拳を構えた。
「■■■..........!◇◇◇◇◇◇◇◇!」
が、ゴーレムの様子も突如変化した。
全身に魔力回路のような青い線が現れ、両腕の装甲が音を立てて展開していく。
――――キィィィィィィン!!
「なんっ、だ!この音ッッ!」
「ううう........きんきんするー............」
「へえ.......随分大きな図体して、小細工も使えるのね.......」
ゴーレムから怪音波が発せられ僕たちの身体に力が入らなくなる。
おそらくこれは風魔法の上位魔法、音を操る魔法のなかの一つにあったものだろう。
僕やローチ達は力が入らなくなって地面に倒れ、平気なのは狂化している桜花ぐらいだ。
力が抜ければ魔法も上手く使えなくなる。ローチの風魔法はだんだんと弱々しくなっていき、紫苑の蜘蛛の糸は強度を失い引きちぎられた。
「◇◇★★★※★◯◯◯◇◆◇◆◇............!」
―――ガシャン、チュミィィィィィィィン!!
展開された腕の中から片方は砲身、もう片方からは光の剣が現れた。
拙い、このまま桜花と真っ向からぶつかると防御の薄い桜花だと押し負けてしまう可能性が高い。
「っ........ローチ!風魔法で出来るだけこの音を相殺してくれ!」
「いま、やってる.......!」
ローチの言ったとおりに少しずつではあるがこの甲高い音が収まっていく。
「▲▲▲▲▲▲▲▲!!」
――ジャキッ、キュォォォォォォォン!
ゴーレムの大砲のチャージが始まった。僕は、まず、あれを止める!!
「☆☆☆☆☆☆☆☆ーーッッ!」
「『イグニス・ブレイザー』!」
堅牢な巨体から放たれたレーザービームとちっぽけな槍の先から放たれた炎の奔流がぶつかり合う。
「紫苑、さんッ!」
「わかってる!」
怪音波から解放されて動けるようになった紫苑さんが再び蜘蛛の糸を射出してゴーレムの四肢を縛り付けて動けなくさせた。
光の剣は使わせない。
「桜花、今だ!」
「ガアアアアア゛アアア゛ア゛アアッッ!!」
獣のような咆哮を上げてゴーレムに突っ込んでいく桜花。
おそらく周りで見ていた人には桜花の姿が消えたようにしか見えなかったことだろう。
極限まで力を溜めた桜花の動きを見切れる者などこの場には誰一人居なかった。
―――ズガァァァァァァァァン!
凄まじい音がした瞬間、ゴーレムはその中心から爆発四散した。
ゴーレムに爆発するような素材が使われていたわけじゃない。桜花の拳の勢い、そしてその威力によって吹き飛んだのだ。
戦いが終わって僕は立ち尽くしている桜花に近付いた。
「ガァ.....アアアアアアア...........」
「桜花、ありがと。少し休んで」
「ア、あぁ.................ぁぁ.........く、ふぅ...........」
どさりと膝をつく桜花。
狂化は一時的に爆発的に力を上昇させるが、反動が大きいのだ。
「お疲れ。しばらく僕の肩で休む?」
「ああ、お言葉に甘えることにしよう..........」
桜花はそう言うと大雀蜂に戻って僕の肩に乗っかった。
桜花と紫苑を召喚したのは正解だったな。
ここまで即戦力になってくれるとは思わなかった。
今日の晩ご飯は頑張ってくれた桜花の好きなものにしてあげよう。
明日は紫苑さん、その次はローチかな。
「驚いたな..........別に倒さなくてもある程度の実力が見れれば合格だったんだが。
召喚士やテイマーなんかだと数の有利があるから倒すのは簡単なように思えるが、試験用のこのゴーレムを召喚士が倒したのは80年ぶりの快挙だぞ!
エドガー・ファーブル、文句無しの合格だ!
これを持って正門の事務室まで行きなさい」
「はいっ、ありがとうございます!」
「やたーーっ!」
タグを受け取ると横でローチも嬉しいのかぴょんぴょん飛び跳ねる。
たゆんたゆん揺れるローチの胸に列に列んでいる男子諸君の視線が集まった。
ローチはちょっと子供っぽすぎるところがあるかなぁ。紫苑さんがさりげなくローチと男子諸君の間に立って隠してくれた。
今度は妖艶な雰囲気漂う紫苑さんに視線が集まったけど。
「うふふふふ♪みんな男の子ねぇ」
「オトコノコ?」
「みんなジャックみたいだってことだよ」
「へぇ~~」
ぽふぽふとローチの頭を優しく叩く。
さっきのゴーレムって試験用って言ってたよなぁ。もしかして魔道具の一種みたいなものだったのかな?
「はやく!はやく行こー!」
「ああ、うん、うん」
ローチに腕を引っ張られて正門への道を進んでいく。
この壁の向こうにアンリが居る。
「たすけて」の意味ももしあれがアンリの書いたものだったなら何があったのか早く聞きたい。
「(だから、もう一度、ちゃんと友達として........)」
この壁の先で新たな戦い、そして出会いが僕を待っていることなんてこの時の僕は知る由も無かった。




