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神託


『ねぇねぇ、君何してるの?』


 がさっと音をたてて草むらから出てきた青年。


『わっ!誰だおじさん!!』


『おじさんって.......まだおじさんって歳じゃないんだけど』


 余りに驚いた男の子はおじさんなんて口走ってしまう。

 彼は少し傷ついてしまったみたいだ。


『なんでこんなところにいるのさ』


『そりゃ、お兄さんが勇者だからだよ』


『嘘だよ、勇者なんかがこんなところに来る筈ないじゃん』


 信じない男の子。

 こんな田舎に勇者が、それも一人でやってくるなんてあり得ない話だ。


『まぁ、信じないのも仕方ないかな。それより君は何してるの?』


『僕?僕はね、虫取りしてるんだ』


『へえ!虫が好きなのかい?』


『うん、虫ってなんかかっこいいじゃん!』


『ふふふふ、気が合いそうだね。それじゃあそんな君にこれをあげよう!』


 勇者を自称する少年は男の子に本を一冊与える。


『何、これ?読めないよ?』


『それはね、昆虫図鑑だよ。読めないのは.........まぁ、仕方ないかな。大切にしてね』


『ありがとう旅人のお兄ちゃん!』


『ははは、勇者だけどねぇ。どういたしまして!』


『お兄ちゃんの名前はなんて言うの?僕はエドガー・ファーブルっていうんだ』


『ファーブル.........凄い名前だな...........。僕は「天道 治(てんどう おさむ)」って言うんだ。宜しくね』


 二人はそうして握手をして友達になった。


 それから二人は色々な虫を探しては捕まえた。

 男の子にとってそれはそれは充実した一日になったのだった。



――――――――――――――――――――――――――



 後で気づいたけど、あの男の人は本当に勇者だったらしい。

 何故ならこの『昆虫図鑑』にはこの世界に存在しない虫が沢山書かれていたからだ。


 『勇者』というのは魔王と呼ばれる強大な魔物が現れる度に異世界から召喚されるのだ。

 ちなみに魔王を倒した後の勇者は、基本的に本人の申し出で異世界に帰るか、この世界で暮らしていくか選べるそうだ。

 この世界に残った場合は、勇者の力が無くなってしまうようだけれど。


 そんなわけで、異世界の文字を理解するまでは苦労したけれど今では殆どの書いてあることが読めるようになった。

 彼に聞いて勉強しようかと思ったこともあったけど、結局あれ以来彼とは会えていない。

 異世界に帰ってしまったんだろうか。


 そんな思いでの詰まった宝物の昆虫図鑑を傷つけないようにマジックバッグの中にしまう。

 このマジックバッグは商人さんがくれたものだ。

 本当はかなり高い代物なのだけれど、沢山標本を取ってきてくれるようにとのことだった。


「エド!出来たわよ!!」


 むふーん!と胸を張ってキッチンから出てくるアンリ。

 後ろからはお母さんがニコニコしながら料理を持ってきている。


「今日のお昼は何かなぁ、お母さんとアンリの料理は美味しいからいつも楽しみだよ」


「なっ!え、エドってばいつからお世辞なんて言える様になったのよ!」


 顔を赤くしているが色々言って恥ずかしさと嬉しさを誤魔化すアンリ。

 残念なことにエドはそれに気付かない.........鈍感、ダメ、ゼッタイ。


「お世辞じゃないんだけどね.......。ん、今日は鶏肉のシチューだ!好きなんだよねこれ」


 ほかほかと白い湯気をたてる熱々のシチュー。

 最近は少し肌寒くなってきたし、身体に染み渡るこの暖かさが心地良い。

 優しい野菜の甘さと鶏肉の風味が口いっぱいに広がる。


「はふぁ........ふはひ..........」


「飲み込んでから喋ったら?」


「もぐもぐ.........むぐむぐ........。美味い!!」


「そっ、そう!それなら良かったわ......」

 

 なんだかもじもじし始めるアンリ。

 その様子をエドの母親が温かい目で眺める。


「あらあら~?アンリちゃんもうウチの子にならない?エドはまだ子供みたいだけど収入と顔は悪くないと思うわよ~?」


「おっ、おばさまっ!?そ、そそそそんな私なんか!その、えと、むっ、無理です!!!」


「ぐふぅっ」


 わかっちゃいたけどこうもハッキリと無理だって言われると傷つくなぁ.........。

 アンリとの仲は悪くないとは思うけど、やっぱり男としては見て貰えてないみたいだ。


「あら~。これは手酷く断られちゃったわね~、ねぇ?エド?」


「僕のHPはもう0ですよ..........」


 テーブルにぐでっと倒れ込むエド。

 精神的ダメージは半端じゃなかった。


「そういえば、二人は昼過ぎには教会に行くのよね、準備はできてるかしら?」


「そこは大丈夫だよ母さん。ってか準備なんてそんなに必要でも無いけどなぁ」


「そこはしっかりと身だしなみやらキッチリ決めていかないと駄目でしょ?」


「おばさま、良いですよ。私がやっときますから」


「えっ!?ちょっ、それは――」

「あらーー!いいの?本当に?世話になるわねぇ」


「いえ、こちらこそ。いつもお世話になっておりますので」


 丁寧にお辞儀をするアンリ。


 ご飯を食べ終わった僕は、散々アンリにいじくりまわされてなんだか小綺麗になった。


「さっ、そろそろ時間だし行きましょ」


「ああ、そうしようか」


 時刻は12時半頃。

 二人は教会へと歩いていった。



「やあ、二人とも。待っていましたよ」


 まるっとした身体にだぼだぼの神官服の男。

 二人を出迎えたのはこの村に常駐している神父様『ダゴマ・イーラ』だ。

 そのゆるーい格好や、言動から少しチャラく感じられる事もあるが、温厚で優しい性格で基本いい人。

 エドが本当に小さな頃からずっと村にいる神父さんだ。


「では、16歳の成人を迎えた二人に神託を届けましょう」


 そう言うと彼はまず僕の方から教会の大きな十字架の前まで来るように言う。


「それではいきますよ。この十字架を握って念じてください」


 差し出された小さな十字架を握りしめると、神託が降りるように願う。

 すると、キラキラと優しい光がエドの身体を包み込んだ。


「これは.....」


「無事、神託が降りたようですね。では今度は頭の中で『ステータス』と唱えて下さい」


「(ステータス)」


 すると頭の中にぶわっ、と情報が広がる。




エドガー・ファーブル 男 16歳 召喚士

Lv.17

HP380/380

MP460/460

力200

守210

速400

魔420

器600

スキル:召喚魔法Lv.1 槍術Lv.5 火魔法Lv.1



HP:生命力の値。

MP:魔力の値。

力:力の基礎の値。

守:傷の負いにくさの基礎の値。

速:出せる速度の基礎の値。

魔:魔力の出力の基礎の値。

器:器用さの値。



「すごい、なんか色々出てきた」


「右上に見えているのが貴方の職業ですよ。少し見させていただきますね」


 ダゴマはそう言うと魔道具の鑑定水晶を取り出す。


「ほうほう、エド君は召喚士ですか!貴重な職業ですし良かったですね、ってレベル17!?」


「えっ!何かまずかったですか?」


 驚いた顔をするダゴマにエドは思わず聞く。


「エド君........もしかして魔物倒してました?」


「えっ、まあゴブリンとかフォレストボアとかならちょいちょい.......」


「何してたんですか!職業の力も無しに魔物と戦うなんて!」


「うえっ!?そんな不味かったですか!!?」


 突然のダゴマの剣幕に驚くエド。

 彼がここまで怒るのは珍しい。


「当たり前じゃないですか!職業を貰わない内はスキルが得られないんですよ!!

 まぁ、それまでの経験値は職業を得たときに反映されますがね!」


「で、でも普通に倒せましたし......」


「流石は私の幼なじみね!凄いじゃない!」


 ふん!と嬉しそうに鼻を鳴らすアンリ。

 その様子にダゴマはがっくりと肩を落とす。


「ちょ、アンリちゃん、誉めていいような事じゃないんだけど............まぁ、いいですか。

 次はアンリちゃん、来てください」


 呼ばれたアンリは、先程のエドと同じように十字架を握って祈る。

 すると先程とは格段に凄まじい光が彼女を包み込みキラキラと青白く輝いた。


「なっ!?こっ、これは!!?」


 ダゴマが慌てて鑑定水晶を取り出す。

 そこに映っていたのは。




アンリ・オリヴィエ 女 16歳 聖女

Lv.1

HP110/110

MP100/100

力50

守40

速60

魔100

器120

スキル:神聖魔法Lv.1 料理Lv.8 裁縫Lv.5




「せ、聖女.......」


「えっ?あっ、えええっ!??」


「そんな........」


 あたふたするアンリと放心状態になっているダゴマ。

 マズい、これは凄くマズい。

 エドも信じられない事態に混乱する。

 頭の中で『絶望』の二文字が繰り返された。


「こ、これは急いで王都に連絡しなければ.......!」


「ちょ、ちょっと待ってって!私王都なんかに行きたくない!」


「そんな我が儘なんて通りませんよ!

 前回の魔王討伐からもう10年!新たな魔王が現れたのです!

 そして貴女は王都で召喚される勇者のパーティに選ばれたのです!!!」


「嫌よ!私は勇者のパーティなんか入らない!」


「アンリ!!」


 エドはわめく彼女を大声で制する。


 僕だって、こんなことは言いたくないんだけれど。

 仕方ないんだ.........。

 目から涙が溢れそうになるけど、我慢する。


「アンリ、世界を守るためにはアンリの力が必要なんだ。頼む」


「で、でも勇者のパーティに入るってことはどういうことかぐらいわかってるでしょ!?」


 知っている。

 勇者のパーティに入るということはつまり『勇者のお嫁さんになる』と言うこと。

 勿論、僕だってそんなの嫌だ。


 小さい頃からアンリとはずっと一緒だった。

 彼女とは家族みたいな感覚で過ごしてきたけれどいつしか僕は彼女の事が好きになっていた。

 どんどん綺麗になっていくアンリを見て心が落ち着かなくなった。

 僕は彼女が好きだけれど、彼女にはそんな気持ちは無いと思う。

 第一、平凡な僕と彼女では釣り合わないと感じてしまった。

 だから、ヘタレな僕は想いを伝えることも、諦めることも出来ずにここまで来てしまった。

 最後は見ず知らずの勇者にかっさらわれて終わりなんて思いもしていなかった。

 世界が、僕に諦めろと言ってくるように感じられた。


 アンリは聖女にはなりたくない、勇者パーティには入らないと嫌がっている。

 でも本人が嫌がったってこればかりはどうしようもない話なのだ。


 だから。

 そんな理由でヘタレな僕は馬鹿な選択をしてしまった。


「ごめん........でも、それしか無いんだろ........?」


「酷い.........酷いよ!もうエドなんて知らない!!」


 泣き出した彼女は勢いよく教会を飛び出していってしまった。


「エド君............」


「五月蠅いなぁダゴマさん。........わかってるよ、僕がアンリの事好きだってことぐらい.........」


 仕方のないことと諦めるしかないんだ。

 見ず知らずの勇者に好きな女の子を取られても、ただの村人でしかないエドには何もできやしない。

 世界の決めた流れに従うことしか出来ないから。


「あぁ、神よ。本当に私はこれで良かったのでしょうか.........」


 エドの様子を見ていたダゴマは複雑そうな顔で呟いた。

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