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疾走


「マジでバケモンだよあの子..........」

「流石はアルトさんの息子だぜ.......」

「イルミナさんに手ぇ出そうとした男共が何度血祭りに上げられたことか..........」

「かーっ、その息子まで化け物たぁ勇者様が可哀想だね。この調子で成長すりゃあ勇者じゃあ数分で終わりだな」

「あぁ?いくら何でも勇者様だぞ?流石にアルトさんの息子さんでもそりゃ無理だろ」

「お前知らねぇのか?アルトさんは一度前任の勇者と試合して勝ったんだぜ?まぁ非公式の試合だけどな」

「ところでよぉ、エドは告白する前に勇者に取られた幼馴染みとちゃんとサヨナラするために王都まで行くんだって?」

「あー、あの決まりなぁ。いくらなんでも理不尽だよなぁ。元々婚約者が居ても勇者に取られるんだっけ?」 

「私もあの決まりは嫌いだなぁ。でも確か前任の勇者は三人の中から一人としか結婚しなかったんだよね?」

「アルトさんに負けた人だろ?変わり者って言われてたよなぁあの人」

「今回の勇者はどんな奴なんだろうな。エドもどうすると思う?俺は恋慕の情を抑えきれなくなったエドが勇者を倒して幼馴染みちゃんを連れ帰ってくるってのもアリなんじゃないかと思ったんだが」

「おー?そいつぁ賭け事ってことでいいか?それなら俺は連れ帰らないに3000だ」

「じゃあ俺はエドが勇者から幼馴染みちゃんを取り返すに2000ゼル賭ける」

「流石にそりゃ大罪だから無理だろぉ、俺は取り返さないに5000だ!」

「じゃあ儂は取り返すに7000!」

「取り返さないに6000!」

「私は取り返すに8000!!」


 馬車の中でわいわいと騒ぐ冒険者達。

 ここのギルドの冒険者達は老若男女みんな仲良しなのだ。


「アンリを連れ戻すつもりなんて無いんだから勝手に賭け事にするなよ.............。それに僕そんな化け物なんかじゃないし..........」


 今僕は馬車と並んで走っています。

 もちろん父さんも一緒です。

 お嬢様とその使役魔物のゴブリンが乗ったら定員オーバーになってしまうからです。

 馬車に乗った貴族のお嬢様がポカーンとした顔で見てきますが気のせいです。

 使役魔物のゴブリンさんが僕を見てため息をついていますが無視します。


「..........ねぇ父さん。これぐらい普通なんだよね?」


「勿論だエド。大人になったらこれぐらい出来るようになるってお前が小さい頃言ったろ?」


「うん、本当に出来るようになった」


 僕が小さい頃、初めて家族で町に行ったときに町へ行く馬車が満員になってしまったので父さんは馬車と併走してそのまま町へと行ったのだけど、その時に父さんに『どうやったら父さんみたいに馬車と併走して町まで行けるようになるの?』と聞いたことがあります。

 その答えが『大人になったら誰でも出来るようになるんだよ』というものでした。

 母さんからは『話半分に聞いておきなさい?』と言われたけど本当に出来るようになったから父さんの言っていたことは事実だったんだなぁと思いました。

 きっと父さんの冒険者仲間の人たちもやろうと思えばこれぐらい余裕なんでしょう。

 だってまだまだスピード上げられそうだし。


「普通.......なんだよな?」


「ローチまだまだよゆーだよー!」


「うん、普通、普通の筈だ」


 ローチも笑顔で走ってるしこれぐらい普通なんだろう。

 ジャックはぜえぜえ言ってるけど。


「ちょっ...........ますたー殿、はや................」


――どさぁ


「じゃ、ジャック様!?すいません、御者さん!止めて下さい!」


「あーあ.........おっさん無理するから..............」


 慌てて御者を呼び止めるお嬢様と呆れたように倒れたジャックを眺めるゴブリン。

 あれ?馬車と併走するのって普通のことなんだよな?


「もう..........むり.............」


「ジャックさまー!!」


 ジャックは気絶してしまった。

 馬車から降りたお嬢様が慌てて駆け寄る。

 それにしてもありゃ一目惚れってとこかなぁ。ジャックに春が来たぞー。

 これで少しはまともになってくれるとありがたいな。


「水!水を出して下さいー!」


「お嬢の氷じゃ駄目かよ.............」


 それにしてもゴブリンさん当たり前のようにペラペラ喋るなぁ............。

















―――ぱたぱたぱた


「うぅん.......リリ殿、かたじけない............」


「気にしなくていいんですよ、私が勝手にやってるだけなので」


 貴族のお嬢様にぱたぱたとうちわで扇がれる見た目30過ぎぐらいのおっさん。

 なにこれ犯罪の臭いがすごい。


「しかし.........何故某は膝枕されているのだろうか。流石に貴族のお嬢さんにこういう事をさせるのはあまりよろしくないと思――」

「気にしなくていいんですよ?」


「..............リリ殿?」


「気にしなくて大丈夫です」


「...............」


 お嬢様の笑顔の圧力に負けて膝枕され続けるおっさん。

 傍目から見れば役得だと思うだろうが相手は男爵とはいえ貴族のお嬢様である。内心冷や汗ダラダラなのだ。

 

 お嬢様もお嬢様で見た目はピンク色の髪にゆるふわ系の庇護欲をそそられる容姿で引っ込むところは引っ込んで出るところは出ている身体も筋肉付いてるのかなぁ?って感じで如何にも箱入り娘なのに結構肉食系っぽい。


 しっかし相手があのジャックだとは............しかも珍しい事にジャックが暴走してないし。

 貴族の彼女と一応平民?のジャックが結婚するのは難しいだろうが結構お似合いなんじゃないだろうか。

 美少女の尻に敷かれる30過ぎのおっさん。

 うん、やっぱ犯罪臭が無くならないや。


「む........マスター殿。何か失礼な事を考えていましたな?」


「気のせいじゃないか?お前は大人しくしとけって」


 ちなみにこうして話している間もやっぱり俺は走っている。

 一つ目の町から王都までは馬車なら三日で着く。

 僕が普通に走ったら二日で着くんじゃないだろうか。急げば一日でつくかもしれない。

 まぁそんなに早く王都に行くことにはならないだろうが。


 先程このお嬢様の話を聞いたのだ。

 話によれば彼女も『王立魔導学院』に入学する予定らしい。

 貴族だと入学に特別枠があって他よりも入りやすいそうだ。王族から平民まで全て受け入れるというのはこういったところで貴族に有利な枠を作っているからこそ目立った反対もなく運営していけているのだ。

 入学した後は学内では身分の話や身分による差別は御法度だそうだが。

 まあそんなわけで彼女も僕と同じ『召喚士』として学院に入学するために王都に向かっていたのだが、途中でワイバーンに襲われてしまったということだ。

 

 護衛ももう居ないので、僕と父さんが王都までの護衛として一緒に行くということになった。

 これがそこまで早く着くことが出来ない理由だ。

 アンリが元気かは気になるところだが、まぁゆったりした旅をしよう。


「手紙の一つでも、寄越してくれれば良かったんだけどな...............まぁ、あんな別れ方じゃ無理だよな..........」


 彼女を傷つけてしまった思い出が蘇る。

 ニーアちゃんに指摘されて初めて気付いた。

 悲しそうな顔をして教会を走って出て行った彼女の顔は忘れられない。

 どうしてそんな顔を、なんて思っていた僕は馬鹿だ。大馬鹿者だ。

 告白したら嫌われるなんて勝手に思って、怖くて何も伝えようとしなかった僕が全て悪かったのだ。

 もう何をするにも遅すぎるけど、ただ一つ、別れだけはちゃんと自分の手でしっかりとしたい。

 それが、僕に出来る最後のけじめだ。




「ん?ますたー?なにあれ?」


「あれは...............」


 ローチの指さす方向を見ると『キンカチョウ』がひらひらと飛んでいる。

 それだけなら当たり前の光景だった。

 だけど、


「紙が、付いてる?」


 白い紙が蝶にくくりつけられている。

 気になった僕は虫取り槍を用意すると、そのキンカチョウを捕まえた。


「なんだろ、これ」


「ローチもみるー」


 とても小さい紙だ。

 紐を外して紙を開いた、そこには――









『助けて、エド』   アンリより











「アン、リ...............?」


「ますたぁ、これ...............!」


 たったそれだけの手紙。

 書かれている名前も僕が思っている人物と同じとは限らない。

 でも僕にはそれが幼馴染みのアンリが書いたものだと確信出来た。


「昔、アンリにキンカチョウについて説明したことがあったんだ」


 こんな手紙の送り方をしてくるなんてアンリ以外にあり得ない。

 そして僕はもう一つ気付いた。


 アンリは手紙すら自由に出すことが出来ない状況なのだと。


 頭から血の気が引いていくのを感じる。

 アンリは今、僕に助けを求めなければならない程の状況にあるのだ。

 

「リリさん..........ごめんなさい。僕、護衛出来そうに無いです」


「えっ..........エド、君?」


 呆けた顔をするお嬢様。

 膝枕されていたジャックがむくりと起き上がる。


「では、某もお供仕る」


「いや、ジャックはいいよ。父さんだけだと流石にリリさんが心配だから」


「へぁ........?」


 固まったジャックから視線をお嬢様に向けて頷いてみせると、お嬢様も頷いて返してくれた。


「何があったのかわからないけど.........後悔の無いようにね」


「ありがとうございますリリさん」


 走りながら礼をする。


「エド...............」


「父さん、ごめん。最後にもう一度だけ、突っ走らせて欲しい」


「...............はぁ。最後だからな?しっかりやってこい!」


 くすっと笑って背中を叩いてきた。

 少し痛かったけど、父さんが背中を押してくれたことが嬉しかった。

 もう突っ走るんじゃないって注意、一日もしないで破っちゃったな。


「はい、行ってきます!行くよローチ!」


「らじゃ!」


 父さんやお世話になった冒険者の人たち、それにリリさんの護衛で置いていくことになったジャックとリリさん達に手を振って僕とローチは全力で走り始める。


 樹海を走り回って鍛えられた脚は悠々と馬を追い抜きどんどんその間を広げていく。 

 目指すはアンリの待つ王都。

 おそらく今日の間に進めるのは王都の手前の町までだろうが馬車で行くのと比べればずっと速い。

 僕はローチを連れて、夢中で街道を駆け続けた。

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