前に会ったこと無かったっけ?
開幕早々に居合い斬りでワイバーンの後ろ脚を二本とも切り落としたジャックは貴族のお嬢様と思われる女の子を抱えて降りていった。
見ればその先には肩で息をして膝をつくゴブリンが居る。
人間に対して敵意を持っているように見えないことから、どうやらあのゴブリンが彼女の使役魔物のようだ。
ワイバーンは突然自分の両足を失ったことに驚き、そして怒り狂っている。
「グギャァァァァァァァァ!!!」
「っ!うるさい!これ!」
「うう、耳がきんきんするー」
咆哮の大きさも先程までとは比べものにならない。
凄い耳に響いてきて両手で耳を押さえた。
ローチも同じように耳を押さえていたが、ワイバーンの一番近くに居るはずのジャックは『この程度、なんてこと無いですぞ』とふははは!と笑っている。
流石ジャックだ。
物理的ダメージはもうお前にはあって無いようなもんなんだな。
「グゴアァァァァァァァ!!」
「来ぉぉぉぉぉぉぉぉぃぃぃい!!!」
なにかしらの魔法を使ったのか、全身に炎を纏ってジャックに向かって一直線に急降下していくワイバーン。
ジャックも刀を構えてそのまま迎え撃つつもりのようだ。
「ローチ、ジャックの強化を!僕はワイバーンの動きが止まった瞬間を狙って一点集中の攻撃を入れる!」
「いえっさー!」
魔力を練りながらジャックの後ろへと駆けていくローチ。
流石は元ゴキブリだけあってローチのスピードは僕達の中でも桁違いだ。最早、目で追うことさえ難しい。
僕も槍に炎の魔法を纏わせてワイバーンへと駆けていった。
「『暴風壁』!」
「うおおおおおおぉぉぉっっッ!!」
「ガァァァァァァッッ!!」
激突するワイバーンとジャック。
二本の刀を召喚したジャックはローチの魔法の補助を受けながら、その二本をクロスさせてワイバーンの突進を止めて見せた。
背中や腕の筋肉が盛り上がり、吠えるジャックはワイバーンと似たような野性的な力強さを放っていた。
「マスター殿ッッ!頼んだッ!」
「『竜星天』!!」
炎の魔法により攻撃力が上昇している槍に、更にドラゴン種への特攻効果を付与した武技を発動する。
狙うはジャックとぶつかり合ったことでがら空きになった胴。
背中から胸にかけてを一撃で貫くべく槍を逆手に持ってワイバーンの背中へと飛び上がる。
「っ、らぁぁぁぁぁぁッッ!!」
―――バキィッッ!ビキビキキキッッ!
「ゲギャァァァァッ!」
撃ち放たれた槍は一直線にワイバーンの背の中心を貫き、堅さを感じさせることなくその胸に風穴を開けた。
槍によって開けられた穴を中心にワイバーンの堅い鱗にはヒビが広がり、傷口からはどくどくと血が湧き水のように流れ出てくる。
「グ、ガァ............ゲァ、ガァァァァ!!」
口から火を吐き、『死』に抵抗して暴れる竜。
ドラゴン種の生命力は非常に強く、腹から臓物が飛び出していたり、胸に風穴が開いた程度なら数十分は生きていられると言う。
ワイバーンもその例には洩れなかったようで、死に体ながらも襲いかかってきた。
ジャックもこれには驚き、目を見開いてワイバーンを切りつけようとしたが遅かった。
僕を狙ったワイバーンは口に炎を溜めて一撃で僕を焼き殺そうとし―――
――――た所で突然頭から尻尾にかけて亀裂が入り、真っ二つになった。
切断面からは滝のように血が流れ出て、臓物からは食った人間の頭やら手足やらが出て来てもの凄くグロい。
「こんの馬鹿息子ッッ!」
――ドガッ!
「いっ.........ッだ!.............ッぅ...........」
脳天に拳が落ちてきて激痛が走った。
後ろを見れば父さんが................。
これ絶対ワイバーンの突進より重いって.............さっきの炎だって僕なら同じ炎属性の魔法で防げたし.............。
「いきなり突っ走るんじゃない!助けたいのはわかるが後先考えずに飛び出すな!
本当、お前ってやつは昔から普段は大人しい癖に突然突っ走ってったり何処かに行って居なくなってたり................はぁ、心配するだろうが..........」
「...........ごめん、父さん...........................」
うぅ.........言われてみれば少し気が急いていた気もする。
でも急がなかったら女の子は助けられなかったし...............あれ、でもそれなら簡単に復活できるジャックとローチにまず助けることを任せて自分はワイバーンの強さを確認してから戦闘に参加しても良かったんじゃ..........?
結果として僕は平気だったけど、なにも考えずに気持ちだけで突撃したからもしもこのワイバーンが想像より強くて、父さんが間に合わなかったら僕は死んでたし.................やっぱり突っ走りすぎだったか...........。
「全く..........強くなったのは良いけど油断だけは駄目だからな」
「..........ごめん、なさい.....」
ポンポンと頭を優しく叩かれる。
こんなに父親らしい父さんは久しぶりだ。
思えば僕が4歳ぐらいまではこんな感じの父さんだったと思う。
父さんが納戸にしまっていたナイフを使ってゴブリンを殺した時もこんな風に怒られたものだ。
「他に生きてる人はいないかー!」
「いきてますかー!」
壊れた馬車の中を見たり、平原に倒れている護衛達を確認していくジャック達。
命令していないのに、仕事が速い。
「さ、貴族のお嬢様を放っとくのもなんだし、手当して話を聞こうか」
「わかった」
父さんはそう言うと手に持っていた剣を鞘にしまう。
あまりにも高速で振るわれた為か、剣には一切の血も付いていなかった。
どんな身体してんだよ父さんは。怖いわ。
「エド坊~!走るの速いな~!」
「流石はアルトさんだなぁ、あのワイバーンが一撃だぜ」
「うおっ、グッロっ」
同じ馬車に乗っていた冒険者たちもわらわらと駆けつけてくる。
ジャックとローチの方を見ると残念そうな顔をして歩いてきていた。
どうやら生きている人は居なかったらしい。
町へと運びたいところだが彼等の遺体を積む余裕は僕たちの馬車には無い。
残念だが、彼等の遺体は魔物に食われないようにここで燃やすか埋めていく他無いだろう。
実際、今其方に向かった冒険者の何人かは遺体を一カ所に集めて魔法で穴を掘り始めた。
冒険者という職業は職業柄こういった場面に遭遇することも多い。
慣れた手付きで遺体を埋めていく彼等も何度もこういった凄惨な場面に遭遇したことがあるのだろう。
町や村の外に出れば、常に死と隣り合わせなのだ。
―――がさ、がさ、がさ、がさ
草をかき分けて歩いてくる音がして振り向く。
そこにはあの使役魔物らしきゴブリンが立っていた。
「助けてくれてありがとう。君には心から感謝している」
「僕は殆どなにもしてなかったけどね.............どういたしまして。
それと、君喋れるの?」
「ゴブリンが喋れちゃあ悪いか?」
「いや..........前に人の言葉を話すゴブリンに遭遇してさ...............なんだか君とは初対面には感じられないんだけど..........。何処かで会ったことあったっけ?」
「.............初対面だ。それじゃあ」
「ああ、うん..........」
ゴブリンは小さな身体を揺らしながら少女の方へと歩いていく。
あれ............あのゴブリンってなんか槍とか投げてたよな?
何処にそんなもの置いてたんだ?それに投げた槍はいったい何処へ...............。
「ますたぁ?」
「おーい、起きるでござるよ~」
気付けばローチにぺしぺしと肩を叩かれている。
考え事をするとどうしても周りが見えなくなってしまうな。
「ああ........ごめん。なんだって?」
「特に用事は無いけど。ますたぁあのゴブリンさん気になるの?」
「少し、気になったんだけどね。たぶん気のせいだと思うよ」
父さんに話を聞かれている儚げな風貌の少女に向かって歩いていく彼が一瞬茶髪の少年の姿に見えたのは、きっと気のせいだ。
そして、それがあのゴブリンの王の姿と重なったことも。




