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解せぬ

長い。


一発キャラだと思われていたアイツがリターン。









 どうしてこうなった。


 街道を進む馬車の中。

 隣には綺麗に着飾った貴族の令嬢が。


「なんでだ.........どうしてこうなった............」


「そんなの.........私の方が聞きたいわよ...............」


 はぁ、と彼女がため息をつく。

 そう、俺は()()ゴブリンになった。

 時間制限付きではあるけれど。

 

 二人の間にはなんとも言えない空気が漂っていた。












◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 時は遡る。


 あれから半年。

 人生をやり直すことになった俺は前回とは違ってぼさぼさの髪もきちんと整え、勉強も必死で頑張り学年でも上位に入るようになった。

 それが良い方向に影響したのか、俺も少しだけモテるようになった。

 まあ瑞希一筋だけど。

 前回の俺は一言で言って無気力だったのだ。

 やらなければ何にもならない。動かなければ何も変わらない。あの少年から学んだことだ。

 


 今日も休み時間、教室の机で英単語の本を読んでいた。


「ゆーうくん!何してんのさー!」


「む、ぐぅっ!ひょっ、おまふぁっ、皆見へふかは!見へふははっ!」


「いーよいーよ、どうせ皆気にしてないから!」


「こふひふほをっ!日常の、風景、ひ、すふほはっ!ひょふないと、思うな、あっ!」


 いきなり抱きついてきた瑞希。

 ぷはっ!と顔を上に向けてなんとか呼吸をする。

 なんで呼吸が出来ていなかったかって?

 そりゃあ...............まあ、二つの柔らかいものにだな...........。うん、そういうことだ。


 あれから晴れてつき合うことになった俺と瑞希。

 瑞希は付き合い始めてから前にも増してスキンシップが激しくなり、今では読書中の俺をいきなり抱き締めるなんて日常茶飯事だ。

 止めさせたいが止めたらヤンデレになりそうな雰囲気が出ているので止めることも出来ないのだが。


「あはは、今日もおアツいねぇ二人とも~。中々ここまでバカップルなカップルなんて居ないよ~?」


「いや.........正直俺よりもお前の方が色んな意味で凄いと思うけどな.............」


 今話しかけてきたのは俺の親友で元親友になったあとに二回転生してまた親友になった男、『野薔薇 菊雄(のばら きくお)』だ。

 うん、相変わらず凄い名前だと思う。

 名字が薔薇で名前が菊なんてどんな名前だよって感じだ。


 こいつは色んな意味で本当に凄いやつだ。

 何が凄いってこいつの付き合っている()は俺のあのクソ兄貴だ。

 ホモカプ?そんなことどうでもいいだろ?

 今のご時世同性愛なんて当たり前だ。

 まぁ、凄いのはここから。


 あのクソ兄貴はまぁこんな奴が本当に居るのかってぐらいの女たらしの○○○○(ピー)野郎だった訳だが、そのクソ兄貴をどうやったのかは知らないが自分の部屋に連れ込んで手込めにして掘った。

 うん、言葉通りに掘ったそうだ。

 そしてそのままこの男は兄貴を掘って愛を囁きそしてまた掘ってを繰り返し完全にあのクソ兄貴を洗脳してみせた。

 兄貴曰く『馴れれば気持ちいい』らしい。

 俺は絶対にやりたくないが。


 そんな訳でこいつとクソ兄貴は薔薇咲き乱れる恋路を全速力で駆け抜けているのだ。


 ちなみに余談ではあるが、俺が瑞希と付き合い始めたのを聞いて親友はとても喜んでくれた。

 どうやら兄貴が瑞希を狙っていたことに前から気付いていたらしく、俺と瑞希が付き合い始めて完全にべったりになったことで心置きなく兄貴を襲えるとのこと。

 きっと前の俺の時、こいつが俺の初恋の人をかっさらっていったのは自分の想いに気付かずにあっさりと幼馴染みを兄貴に取られた俺への当てつけみたいなものだったのだろう。

 彼はゲイだったのだから。

 そう考えるとやはり諸悪の根元はあのクソ兄貴だな。

 今ではイチャラブガチホモカップルになったからもう何とも思わないけど。


 ん?何か頭が.........


――すぅぅぅぅ.........はぁぁぁぁ.........すぅぅぅ


「はぁ........授業中ユウ君成分足りなくて辛かった...........」


「いや頭を吸うなよ」


「ユウ吸い?」


「猫吸いみたいに言うな」


「すぅぅぅーーーっ............」


「聞く耳持たねぇ.........」


 瑞希が二つ前の世界で兄貴と付き合っていたときはここまでべったりでは無かったと思う。

 おかげで俺にざくざくと男子共の怨みの籠もった視線が突き刺さる。

 瑞希は学年でも1、2を争うほどの美少女らしい。俺は昔から一緒にいたから瑞希がそうだとは思ってもいなかったし周りに言われるまで知らなかったが。


 瑞希はいつも俺にべったりだしそれを周りに対して気にしている様子もないのでこうして見せつけるような状態になってしまっている。

 女子たちからの視線が生温かい。

 そして男子たちの視線が怖い。助けて。


 さっきまで頭を吸っていたと思ったら今度は膝に乗ってぎゅっと抱きついてきた。

 流石にこれはヤバい。恥ずかしすぎる。

 もぞもぞ動いて瑞希の腕から逃れようとするけれど。


「はぁぁぁ..........ゆうくんあったかい.........」


「う、動けない............」


 がっちりと抱き締められて瑞希から逃れられない。

 まあ、こう抱き締められるのは満更でもないのだけど。

 はぁ.........俺も随分と惚気たな。

 そんなことを考えていたら瑞希の顔が近づいてきて、耳元で囁かれた。


「えへへ................楽しいね。私、夕の彼女になれて、ほんとに嬉しかったんだよ?

 夕ってばいっつも私に冷たかったんだもん...........」


「ごめん...........俺、瑞希のこと好きだったから、幼馴染みにそんなこと言ったら嫌われるかと思ってたんだと思う。だから、俺も瑞希の彼氏になれて嬉しいよ」


 そう言うと彼女の耳が真っ赤に染まった。

 顔は見えないがきっと凄い赤くなっていることだろう。

 はぁ、周りの男子共は正直怖いが...............いつまでもお前のターンだと思うなよ?


「.............瑞希、愛してる」

 

「.....................ばか」


 そっと抱きしめて彼女の顔を見る。

 やっぱり恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた。

 目が合わせられないのか下を向く彼女も可愛らしい。

 

 彼女の顎に手を当ててくいっと顔を上げさせて目線を合わせる。

 そして、


「――――ッッ!?」


 女子たちから悲鳴が上がる。

 男子たちから恨みの言葉や歯軋りの音、机を叩く音が聞こえてきた。

 隣では菊雄が実に面白そうにニヤニヤしている。


 ゆっくりと顔を離す。

 ぽーっとした顔の瑞希の口と俺の口が銀色の糸で繋がれた。


「ふみゅぅ...............」


 完全にトロトロになってしまって高校でみせちゃいけない顔をしている瑞希。

 その顔を誰にも見られないようにぎゅっと抱き寄せて隠す。

 

 全く、こんなんだから兄貴みたいな野郎に捕まるんだ。 

 今度はちゃんと守ってみせるから。

 さらさらと彼女の髪を撫でた。

 ふんわりといい香りが広がる。


 幸せな日々が続いていた――


















 ――のに、どうしてこうなった。


 夜眠って目が覚めたらまたゴブリンになっていた。

 目が覚めたのは屋敷の一室。

 

 ドレスを着た一人の女の子が執事やメイドに囲まれて喜んでいた。


「やった!やったわ!成功したのよ!」


「おめでとうございますお嬢様。低ランクではありますがレベルの高そうなゴブリンでございますね」


 お爺さん執事がにっこりと笑う。

 訳が分からない。

 なんで?なんでまた転生したんだ?

 寝てる間に俺はまた死んでしまったのか?

 瑞希は?俺の人生は................


「ふざけるなぁぁぁぁ!!!」


「ひっ!」


「なっ!?」


「「しゃ、喋った!??」」


 驚いた顔をするお嬢様(仮)たち。


「俺の人生は!?どうしてくれる!!なんで召喚なんかしやがった!!」


「へっ?でも貴方はゴブリ――」


「うるせぇぇぇぇぇ!黙って謝れぇぇぇぇ!!」


「黙ったら謝れませんわ?!!」


「なんで!なんでこんな、ぁぁ、ぁ――」


 もう少し文句を言ってやろうと思ったが、疲れたのか瞼が重くなってきてそのまま倒れて寝てしまった。

 ゴブリンの身体とはなかなか扱いづらいものである。














 そして、目が覚めたら普通に俺の部屋だった。

 解せぬ。


 いや、転生じゃなかったのだから普通に喜ぶべきだろう。

 瑞希とも別れずに済んだ。

 普通に学校に行った。

 勉強した。いちゃいちゃした。

 いつも通り男子の視線が突き刺さった。

 きっとあれはただの夢だったのだろう。

 そう思っていたのだが..................。











「何故だ..........何故なんだ.................」


「だからそんなに悩まれても困るって...........私だって好きで貴方を召喚したわけじゃないし、それに寝たら向こうに戻れるんでしょ?」


「うん、そう..........そうだけどね...............」


 あれから毎日寝る度に俺はゴブリンになった。

 戻れることには安心したのだけど、どうしてこうなったのか全くわからない。

 ここは前の人生ならぬゴブ生の時のあの世界なのだろうか?

 とりあえず何故か前と同じ武器を錬成する能力は使えた。

 異世界の歩き方までは持っていなかったが。


「はぁ.........それにしても憂鬱だわ。この世界って乙女ゲーム『恋の魔法と七色の宝石』の世界なのよね。しかも私、ヒロインの『リリ・アーシュ』だし................。

 これ最近の流行だと絶対ざまぁされる展開なのよね.............私イケメンとかそんなに好きじゃないんだけど.................。ねぇ聞いてる?」


「はいはい聞いてますよお嬢様」


「何よムカつく言い方ね。私は貴方のご主人様なのよ?」


「俺は召喚なんてされたくなかったけどね」


「あーあー聞こえなーい」


 両手で耳を塞いであーあー言ってる俺のご主人様(仮)。


 男爵令嬢の彼女は以前の俺と同じ転生者だ。

 話によれば彼女は市井で母と慎ましく暮らしていたところを母子共々男爵家に引き取られたらしい。

 彼女の母は現在の男爵家当主が昔、外で作ってしまった愛人で、男爵の病気がちだった前の奥さんが亡くなってしまったことと、子供に恵まれていなかったこともあって引き取ることに決めたそうだ。

 俺もそういった小説は読んでいたからわかるが、こういったポジションのヒロインはざまぁされる傾向にある。

 彼女はちゃんとお嬢様らしく出来るし、性格もいいけどね。

 彼女も出来るだけざまぁされないように頑張ると意気込んでいる。


 ちなみに『恋の魔法と七色の宝石』のストーリーについてだが、かなりありがちなシンデレラストーリーだ。

 男爵の隠し子として市井で暮らしていた主人公がある日男爵家に引き取られることになり、魔法の才能を見出された彼女は『王立魔導学院』に通うことになる。

 そこで出会うのが色とりどりの宝石をイメージしたイケメン達。

 この国の王子から公爵家令息、異世界から召喚された勇者に大商人の息子まで様々だ。

 学院に通うイケメン達と主人公のリリは恋に落ちる、そして様々な障害を乗り越えて最後には結ばれるのだ。

 そんなゲームなのだが、これは隠しキャラが全然出てこないことで有名だった。

 何らかの条件を満たすことで現れるという隠しキャラ。最高難度の逆ハーエンドを成功させた者でさえ隠しキャラを出すには至らなかったという。

 一応パッケージには登場していて、黒髪に金色の目の幼さの残る青年。イメージは七色の輝きを放つブラックオパールだそうだ。 

 題名にもある『七色の宝石』とは彼のことらしい。

 アレ?なんか俺こいつのこと知ってる気が.............。


「私さぁ、イケメンよりも渋い感じのおじさまの方が好みなのよね。だから正直このゲームの攻略対象は全員好みじゃないの。

 はぁぁ...........何処かに私をざまぁから助けてくれるステキなおじさまは居ないかしら...........」


「..............なぁご主人様。俺この世界来たことあるかもしれない」


「へぇ?貴方が?この世界に?」


「おう。んでもって前の時もゴブリン転生して結構悪いことしようと強くなったり準備してたわけなんだけどさ、多分その隠しキャラに殺されて人間に戻ったんだわ」


「えっ、何処で隠しキャラに会ったの!?それ凄い気になるわ!!」


「何処でって.........、そりゃもうド田舎の樹海にある俺の城で」


「要するに、貴方退治されたってわけね。この世界のゴブリンって結構酷いものね」


「俺もやんちゃしてたからなぁ..........。まぁ人間に手を出す前に殺してくれて、彼には感謝してるよ」


「不安の芽を摘んだってことね」

 

「まぁな。それに、あいつから学んだことがあったお陰で俺は向こうで幸せを掴めた。

 俺は自覚するべきだったんだってな」


「ふぅん...........良かったじゃない」


「ああ、彼に会えて本当に良かった。でも向こうは俺のことなんて知らないし会えて良かったなんて微塵も思ってないだろうから、また会ったらもう一度殺されるかもしれないけどな」


「あら、貴方は私の使役魔物なのよ?そんな事にはならないわ」


 チリン、と俺の手首に付けられた鈴が鳴る。

 俺が使役魔物である証だ。

 あまりに小さい魔物には付けられないが、俺ぐらいの大きさの使役魔物であればほとんどが身につけている。

 これがあるから俺は人前に出ても大丈夫でいられるのだ。




「ん.......?なんだあれは...........?」


 御者が遠くの空を見る。

 つられるように外を馬に乗って走っていた護衛たちもその方角を眺めた。


「?何かしら、私たちも見てみましょう」


「ん、了解」

 

 馬車の窓を開けて空を見上げる。

 

 赤い点が空にぽつりと浮かんでいる。

 眺めていると、その赤い点はどんどん此方へと近付いてきていた。

 

 そして、その姿がはっきりとわかった。  


 前脚と同化した翼。

 ごつごつとした堅そうな鱗。

 ざっくりと裂けた大きな口。

 しなやかにうねる尻尾の先には何本も棘が付いている。


「ワイバーンだ...........」  


 護衛の一人が呆然とした顔をしてこぼした。 


 ワイバーンの目は確実に此方をロックオンしていた。

 もう逃げられない。 


「そんな..........こんなのシナリオに無いわ!」 


「そりゃそうだ、この世界はゲームじゃなくて現実だからな!」


 そう言って俺は窓枠に飛び乗ると馬車をよじ登る。


「ちょっ、何処行くの!?」


「大丈夫だ、逃げるわけじゃない。先手を取って出来るだけダメージを与えておきたいんだ」


 空を飛んで此方へと向かってくるワイバーンに向けて手を伸ばした。 


「さて、半年ぶりの実戦といこうじゃないか」


 ワイバーンに俺一人で勝てるとは正直思わない。

 だけど俺がある程度削れば、護衛たちの力を合わせて何とか倒せるだろう。


「グギャァァァァァ!!!」


「死にさらせぇぇぇぇぇ!」


 シュンシュンシュンシュン!と俺の周りに鉄の槍が何本も現れる。

 そして、掴んでは投げ、掴んでは投げる。


――ドヒュッ!ヒュッ!


「おおおおおおおお!」 


「ガギャァァァァェェェェ!!」 


「な........あれがゴブリンだと.......!?」

「お嬢様の召喚したゴブリンっていったい............」

「あんなスキル、歴代勇者レベルの代物だぞ........」


 俺の戦い方を見て驚きの声を漏らす護衛達。

 確かにこのスキルは俺の特別製だ。

 だがこれでも前回より弱くなってしまっている。

 具体的に言うと、鋼鉄の装備が作れなくなってしまったことだ。今作れるのは石、青銅、鉄の装備。

 鉄は前回まで作れていた鋼鉄の装備と比べるとそこまで頼りにならない。

 

「落ちろ、落ちろ、落ちろ!」


―――ヒュッ!ヒュン!ヒュンッ!


 通常のゴブリンとは比べものにならない膂力で何本も投げるが、なかなか当たらない。

 当たった槍でもかすり傷ぐらいしか作れていない。 


「グゥ......オオオオオォォォ!!」


 奴の射程圏内に入ってしまった。

 

 一気に急降下して周りの護衛達へ向けて火を噴くワイバーン。

 護衛たちも馬から降りて盾を構える。

 男爵とはいえ貴族に雇われた護衛達だけあって装備は充実している。

 ワイバーンの火炎放射程度であれば余裕で防げるだろう。

 実際護衛達は盾で炎から身を守っている。


 だが、防ぎきれるのは炎だけなのだ。


「う、うわぁぁぁぁぁやめろ!やめろぉぉぉぉぉ!」


「ジュード!ジュード!!」


 ワイバーンは見逃さなかった。

 一人だけ少し皆から離れてしまっていたのを。


 護衛の一人、ジュードという男を後ろ脚で掴んで空高く飛び上がるワイバーン。

 ワイバーンの狩りの仕方は大きく分けて二つある。


 一つは火炎放射で一気に焼き殺してしまう方法。

 この戦法は主に鳥型の魔物やそこらへんの、例えば俺みたいなゴブリンみたいな雑魚に使われる。


 そして、もう一つが高いところから落として殺す方法。

 この方法は堅い甲殻を纏った魔物なんかによく使われているらしい。

 この場合、堅い鉄の甲冑を身に纏った護衛の彼はその方法で殺されることになってしまったのだ。


「ひ、ひぃぃぃ、やめろ、やめろぉぉぉぉ!」


「じゅ、ジュード..........」


 ぐわっ、とワイバーンが一気に旋回した。

 終わりだ。


 ワイバーンは一回転して、地面へと彼を投げ落とす。


「あああぁぁアあ゛ア゛ぁぁぁぁ!!!」







 ―――ぐぢゃっ







「う゛っ...........」


「ひっ........」


 護衛仲間達やお嬢様から悲痛な声が上がる。


 死んだ。

 あっけなく死んだ。


 貴族の護衛を務めるほどだ、それなりに自分たちの力に自信はあったのだろう。

 だがワイバーンとはここまで強い魔物だったのか。

 ドラゴンという種自体の強さが桁違いなのだ。


「なんで.........なんでこんな所にワイバーンが居るんだよ...........」


 ワイバーンは通常火山地帯の周辺に生息している魔物の筈だ。

 間違ってもこんな穏やかな平原に居て良い魔物じゃない。


 空を見上げれば、ワイバーンは次の獲物を探して此方をぐるりと見回している。

 少しするとその動きはぴたりと止まった。

 どうやら、次の獲物を決定したらしい。


「ガギャシャァァァァァア!!」


 ふたたびの急降下。

 狙われたのは護衛の内の一人だった。


「く、くそっ!怯むな!迎え撃て!」


「『雷鳴剣』!」

「『火球』!」


 降りてきたワイバーンへと次々に繰り出される武技や魔法。

 しかしそのダメージはほとんど通ることなく、尻尾を振り回したワイバーンに護衛達は吹っ飛ばされる。


「お、お嬢様!ここは我々だけでも逃げ切ります!

 しっかり馬車に掴まっていて下さい!」


 御者は彼らの様子を見て判断した。

 ここで守るべきは貴族の令嬢であるリリだと。

 護衛達を犠牲にして、彼女を守る決断をしたのだ。  


「くそっ!次だ!」


 俺は周りに弓と沢山の矢を錬成する。

 馬車の上で矢をつがえて弓を構える。

 こうしている間にもまた護衛の一人がワイバーンに連れ去られて地面に叩きつけられていた。


「おい!リリ!お前も魔法を使って戦う準備をしておけ!

 ワイバーンは護衛を全滅させ次第追ってくるぞ!」


「ご主人様の私に向かって命令しないで!

 ああもう..........なんでこんな殺伐とした世界なのよ..............」


 そうは言いつつも腕捲りをして魔法をいつでも使えるように準備をするリリ。

 彼女はちょいと変なところがあるが、基本いい子ではあるからな。


「今度こそダメージ受けてくれよ..........」


 ギリギリと弓を引き絞って狙いを定める。

 風向きは今見てる方向から少し右寄り。

 それなら............


「ふぅーーーーっ...............」


 少しだけ狙いをずらして息を整える。


 俺だって死にたくない。

 使役魔物というのは死んでも使役主の加護が付いているから、一日ぐらい時間がたてば生き返るそうだ。

 だけど中身が人間の俺がここで死んだらどうなるかわからない。

 最悪の場合は向こうの俺も死ぬかもしれないのだ。

 危ない橋は渡れない。


「悪いな」


――ビュッ!


 弓から放たれた矢が風に煽られながらヒュウと音をたててワイバーンへと飛んでいく。

 あれは時間稼ぎだ。

 護衛達には悪いが、出来るだけ長い間持ちこたえて貰わねばならない。

 放たれた矢は再び急降下しようとしていたワイバーンの柔らかい翼膜を貫き、風穴をあけた。

 突然風を掴みづらくなった翼にワイバーンはバランスを崩して墜落していく。


「たのんだぞ..............」


 残してきてしまった護衛達への罪悪感が胸に重くのし掛かるが、あの場に残って仲良く全員殺されるのはあまりにも馬鹿な選択だ。

 俺たちだけでも逃げ切って生き残らなければならない。


 御者は無言で馬に鞭を打ち続けた。














 結論から言おう。

 俺たちは逃げきれなかった。


「『氷棘(アイスニードル)』!もう、駄目!これ以上魔法を撃てそうにないの!」


「へばるなリリ!倒さなくていい、撃退出来ればそれでいいんだ!」


 ワイバーンは瞬く間に護衛達を皆殺しにして、俺たちの方へと真っ直ぐに飛んできた。

 そしてまず御者と馬車を引いていた馬二頭が焼き殺された。

 狙った獲物は絶対に逃がさないのだ。


 俺も槍やら剣やら斧やらを錬成して応戦するが、どんなに手数を増やしても堅いワイバーンの守りを崩すことができない。

 

「ゴガァァァッ!」


「ぐっ、うっ、盾ッッ!」


 ワイバーンの火炎放射を盾を召喚して防ぐ。

 それが駄目だった。


「きゃぁぁぁぁ!」


「リリ!」


 後手に回った俺の隙を突いてリリをさらっていったワイバーン。

 今度はなにを思ったのか高いところから地面に叩き落として殺すつもりらしい。

 

 駄目だ、死なせたくない。

 こっちに来てから初めて出来た、そして唯一の俺の友達なんだ。

 

 神様、彼女はヒロインなんだろ?

 まだゲームもはじまっていないのに死なせてしまって良いのか。

 ...................頼むよ、神様。俺じゃあ助けられないんだ........。


 彼女を掴んだワイバーンが旋回する。

 ああ、終わりだ。

 そう思ったその時だった。


「はああぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」


 空中を飛ぶように駆けてきた侍が居合い斬りを繰り出しワイバーンの後ろ脚を二本ともぶった斬った。


「きゃぁぁ..........って、えっ?へっ?」


「もう大丈夫だお嬢さん。マスター殿と某達が助太刀に参った」


「...................いけおじ......」


 空中に放り出されたリリをその侍は軽々とお姫様抱っこで受け止めるとスタッと着地する。

 この間俺はあんぐりと口を開けていることしか出来なかった。

 リリはリリで侍のおっさんの顔を見て頬を赤く染めてるし。

 思考が追い付かん。


「ゴブリン殿、よくぞここまで耐えた。ここからは某達が相手をする。安心して待っていてくれ」


「は、はぁ」


「................運命の人だわ.......」


 侍のおっさんはぽーっとした状態のリリを馬車まで連れてくると俺に任せてワイバーンに向かって立つ。

 彼の来た方向を見れば、見覚えのある化け物少年が走ってくる所だった。

読んで下さりありがとうございます。


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