敵が多すぎる
アンリ視点になります。
「はぁ........どうすれば............」
王立魔導学院の女子寮の一室。
アンリ・オリヴィエは机にもたれて頭を抱えていた。
「――ライル・リーデル、ライル・リーデル、よし、ちゃんと覚えてる」
「わたくしは..........もう何も思い出せませんわ..........。ああ........勇者様...........」
「なっ!ラスティナちゃん、しっかりして!」
「う、あ...........そうです、そうでしたわ...........。ちゃんと皆で決めましたのに.........なんで............」
フィーネちゃんが症状の進みそうになったラスティナ様を揺すって気をしっかりと保たせようとしている。
フィーネちゃんはまだ症状が出始めたばかりだったのか、なんとか婚約者の名前と顔を思い出せるようになったのだけど、その婚約者の記憶も日が経つ毎にだんだんと薄れていっているようで何とか名前だけは忘れないようにしている彼女の姿が見ていて此方も辛い。
ラスティナ様はもう完全に婚約者の記憶は消えてしまっていて勇者へと心が傾きかけている。
かなり危ない状態だ。
私たち三人で決めた『絶対に勇者だけは好きになったりしない』という取り決めさえ忘れそうになることも最近は多々ある。
対抗策は?図書館は?真実の瞳は?
結論から言えば今のところ私に出来るのは二人の症状を遅らせることだけ。
どうやら『聖女』になった私には状態異常への強い耐性があるらしく、勇者の洗脳はまだ効いていない。
それでもいつ効き始めてしまうかわからないので毎日エドのことを思い出すようにしている。
今日もちゃんとエドとの思い出を一通り思い出して書いたが、昨日書いたものと大差なく忘れていることは特になにも無さそうだ。
良かった。本当にそれだけが救いだ。
ああ.........こんな時傍にエドが居てくれたら...........。
ダメ。ちゃんとしっかり気を保たなきゃ。
ここで私がしっかりしていなければ二人はあのクズの食い物にされてしまう。
実際学院では女子生徒が何人か既にあの勇者のお手つきにされている。
洗脳された生徒もかなり多いのか、そんな噂が広がっても誰もあのクズ勇者を咎めようとしない。
洗脳。
そう、図書館での調べ物もあまり意味を成さなかった。
二人の症状から予想して『洗脳系』『魅了系』のスキルから絞った結果、『魅惑の魔眼』『邪王眼』『超絶魅了』の三つまでに絞られた。
『魅惑の魔眼』は魅了系のスキルでの最上位。
目を合わせた相手を自分に強制的に惚れさせるスキルだ。
任意発動の能力で、一度掛けるとだんだんと効果が現れ始め、解除にはかなり高度な魔法を必要とする危険なスキルだ。
『邪王眼』。これは洗脳系のスキルだ。
目を向けた相手に洗脳効果を発揮し、発動から時間をかけてじわじわと洗脳していく。
『浸食系』と呼ばれるタイプの能力な為に『魅惑の魔眼』と同じく解除には高度な魔法を必要とする。
だが、このスキルの方が『魅惑の魔眼』よりも解除が難しい非常に危険なスキルだ。
そして『超絶魅了』。
魅了系スキル最上位種で、これは他の二つと比べると速効性があるものだ。
特に目を合わせる必要も無く、そこに居るだけで対象の心を奪ってしまう能力だ。
速効性で効果も高いが、解除だけは簡単に出来るからおそらくこのスキルでは無いのだろうが。
これらのどのスキルも判明と同時にスキル封印の儀を受けさせられる。
使い方によっては一夜にして国が滅びかねないスキルだからだ。
しかし勇者といえども人間。このようなスキルを持っていてもおかしくはない。
どうやってステータス確認の目を逃れられたのかは知らないが、むしろ才能の塊のような勇者であれば持っている確率は普通の人々よりも高いだろう。
どの能力も非常に希少で厄介だが、一番持っていて欲しくないのはやはり『邪王眼』だ。
何より洗脳系だから細かく頭の中をいじれる事と、浸食系だから解除が本人の手でやる以外ほぼ不可能だということ。
しかし...........今までの症状からするとこのスキルが最もぴったりと当てはまる。
それでいて、あのクズは頭が軽そうに見えてこれが中々面倒そうだ。
真実の瞳を使って神託について私が嘘をついていない証明を二人にしようと思って大聖堂に行ったが、真実の瞳を使わせて貰えなかった。
既に大聖堂の神官たちは皆あの男に洗脳されていたのだ。
恐らくあの男は私が真実の瞳を使用して自らの悪事を暴くことを予想して既に手を回していたのだろう。
それだけでは無い。
あの男はなんと国王にまで洗脳を既にかけていた。
私はなんとか学院入学を先延ばしにしようとしたが、先延ばしにするどころか予定よりも早く入学させられてしまった。
あの勇者と私達三人の部屋を別々に出来ただけでも私は頑張ったと思う。
でも.........学院の女の子達が既にあのクズの慰み物にされてしまっていると思うと本当に自分の無力さを呪いたくなる。
私が『聖女』になったことで手に入れた力は今のところ三つ。
『神託を受け取る能力』と『守護結界』『回復魔法強化』だ。
今あの勇者の洗脳に辛うじて対抗できているのがこの『守護結界』。
『守護結界』は物理的な悪意からの防御だけでなく、対象に掛けられた魔法や呪いの効果を消去、又は進行を遅らせることが出来る。
魔力消費もそれなりにあるが、毎日この力を使っているお陰でどんどんレベルが上がっているので魔力についてはだいぶ安心して使えるようになった。
今では私を含めた三人だけでなく、まだ勇者の洗脳を受けていない女の子達にもこの力を使っている。
勇者の方も突然自分の力が効かなくなったので最近は少し余裕が無さそうだ。
でも、今は大丈夫でもいつかは此方が追い込まれていくのは目に見えている。
何か決定打となるものが欲しい。
あの勇者の洗脳を一瞬で解けるだけの力が欲しい。
「解呪関連の本だと駄目だった...........次は薬学関連の本で何かあれば............」
図書館で調べた解呪関連の本では勇者の洗脳を解けるだけの魔法は見つけられなかった。
それなら今度は薬学に関する本の中から何か見つけられないだろうか。
あまり期待は出来ないが...........。
「アンリちゃん?」
「?フィーネちゃんどうしたの?」
フィーネちゃんがベッドから立ち上がって私に向かって歩いてきた。
そして、
「もしかしたら...........私の、婚約者。『ルラック村』の『ライル・リーデル』。ライルなら私たちに掛けられたこの魔法を解けるかもしれない」
「...............へっ?」
「忘れてしまう前に言っておこうと思ったの。ライルは昔から凄い魔力を持ってたから.........」
「で、でもいくらなんでも『聖女』の私にとけなかった洗脳を解くなんてこと.........」
「わからないけど..........ライルならきっと出来る。ライルは昔から凄い魔力量で、ステータスを貰う前から魔法が使えたの。村では『神童』って呼ばれてた。ちょっと手をかざしただけで聖女でもここまで出来るのかってぐらい凄い回復魔法を使っちゃうし、解呪も出来るって言ってた。だから、もしかしたらライルなら出来るかもしれない」
「でも、だからってどうやってその彼を呼ぶの..........?」
「それは............」
2人して頭を抱える。
私もエドに何度か手紙を出そうとしたことがある。
でもその全部が失敗した。
また、勇者だ。
学院の生徒が外部に出す手紙は全て学院事務課を通して配達される。
だが、勇者に洗脳された先生が確認を行っているので、私の手紙は出す度に部屋まで返されていたのだ。
だから手紙で連絡をとる方法は無い。
「どうすれば............」
エド、私どうすれば..................。
『ねぇ、知ってる?この【キンカチョウ】っていう蝶なんだけどね。自分の生まれた場所と、つがいを探してやってきた場所とを往復する習性があるんだ。
何処に向かうのか確認する方法もあってね。それぞれ羽に特徴があるんだ。北に向かうのにはトライアングルみたいに並んだ白い斑点があって、西に向かうのには星形の黄色い模様がある。東に向かうのには蛇の目の模様が羽の端にあって、そして南に向かうのには羽の端にうずまき模様があるんだ。更に細かく行き先を特定するには―――』
「..................蝶だ」
「.........アンリちゃん?」
「そうだよ!蝶だ、蝶だよ!」
「だ、大丈夫アンリちゃん!?おかしくなっちゃったの!??」
「違うよフィーネちゃん!小さい頃幼馴染みに聞いたの、【キンカチョウ】は羽の模様によって特定の方角に向けて飛んでいくんだって。
この習性を利用すれば、短い文章ならもしかしたらその彼にも届くかもしれない!それにエドなら視界に入りさえすれば絶対に気付いてくれるはず!」
「でも、そのきんかちょう?っていうのが何処に居るのかわからないよ?」
「大丈夫。この前中庭で飛んでいるのを見かけたばかりだから。
その幼馴染みの住んでる村ってどの方角か教えて!」
「それは―――」
フィーネちゃんの幼馴染みと、エドのおかげでなんとか光明が見え始めた瞬間だった。
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あとこの話に出てきた『キンカチョウ』は鳥の『キンカチョウ』とは全くの別物です。
そのまんま金色の鱗粉を持った空想上の蝶です。




