まずは嫌われていこう
引き続きアンリ視点です。
「流石に.........初対面でアレは失礼すぎると思いますわ..........」
「私も、勇者様との結婚は嫌だけどさ、ちょっとひやっとしたよ.......」
あれから私の暴言に慌てた執事達によって勇者との顔合わせは仕切り直しになった。
私も初対面でアレはちょっと酷いかなーと思ったけど、これからの目的の為にも必要なことだったと思っている。
「えーと........ちょっと話して良いかな?」
「ええ......まあ、良いですけど」
「さっきのについて謝ったりとかは無いんだ.......」
少し呆れたようになる二人。
申し訳ない、でも話を聞いてくれればきっとわかってくれるはず!
「私の職業って【聖女】でしょ?」
「ええ」
「そうですね」
「【聖女】の能力として、高位の神官じゃなくても【神託】を受け取れるんです」
ふんふんと頷く二人。
唐突だったけど本番はここからだ。
「私はつい先程【神託】を受けたんです」
「「.........はい?」」
先程みたいにまた呆けた顔になるフィーネちゃんとラスティナ様。
神託ってこんな唐突に来るものだっけ?と思うかもしれないけど本当に来たんだ。
まあ........女神様じゃなくて男神様だったけど.........。
「ちょ、ちょっと唐突過ぎて信じられませんわ........? 貴女の妄想ではなくって?」
「本当です!本当に神託を受けたんです!
それで、あの勇者の花嫁になる必要は無いどころか手込めにされないように気を付けろとまで......」
「そんな、都合のいい話があるわけありません...........しかも神託でそう聞いたなんて。いくら【聖女】だからといっても罰当たりにも程がありますわ!」
「そう、言われても........」
やっぱりあまり信じてもらえそうには無い。
どうすれば二人に信じてもらえるか考えを巡らせるけど..........
「証明するものが.........」
【神託】とはこんなにも影響力の弱いものだったのだろうか。
いくら唐突で出来過ぎた話だったとしても、仮にも【聖女】である私の言っていることは本来であれば信じて貰えるはずだ。
だが、この二人はまるで私のことを信じてくれているように見えない。
二人とも今日で初対面だけど、二人とも私が【聖女】であると確認はした訳だし..............何か、【神託】が本当に降りたのだと証明できるものさえあれば..........。
「そうだよね.........。今は、本当だって証明することは出来ないけど。
この話が終わったら大聖堂まで行こう。そこで『真実の瞳』に触れれば私が嘘をついてないってわかるから」
「まあ........わかりましたわ。今はそれで良いでしょう」
「一応、それなら.......」
大聖堂にある『真実の瞳』は嘘を見抜く魔道具だ。
それに触れた状態で嘘か本当か判定したいものを話すと、本当なら青色、嘘なら赤に光る。
後で二人にそれを見せれば本当だと理解してくれるだろう。
とにかくここはなんとしてでも私の話を信じて貰うしかない。
ケダモノの勇者に負ける訳にはいかないのだ。
「神様が言うには、『もう私たちが勇者の花嫁になる必要は無くて、むしろ色欲の塊である今代勇者には手込めにされないように気を付けろ』と言った話でした。
だから私たちはあの勇者にまずは嫌われて、興味を無くして貰わなければならないんです。勇者と夫婦になりたいのであれば別ですけど.........」
「はあ.........だから貴方は先程あんな失礼な事を勇者様に言ったと?」
「いくら何でも.........嫌われたいからって失礼過ぎます!勇者様は私達の旦那様になるお方ですよ!」
「..........はっ??」
何か、おかしい。
なんで?なんでなの?
まだ婚約者の間には恋愛関係の無かったラスティナ様ならわかる。
でも、相思相愛の婚約者が居て『村に帰りたい』とまで言っていたフィーネちゃんがこんなことを言い始めるのは何かおかしい。
話し始めた時はまだ『勇者との結婚は嫌』だと言っていたのに、どこからおかしくなった?
何故突然、勇者の肩を持ち始めたんだ??
まだ失礼だからやめた方が良いと言うならわかるのに...........『勇者様』に『旦那様』なんて.......。
まさか.........あの勇者、何かしたのか??
「フィ、フィーネちゃん? ライルって子のことは良かったの.........?貴方の、婚約者だったんでしょ?」
「え?ライル?誰のこと.........それ?
私に.........婚約者なんて..........?あれ?あれ?」
オロオロし始めたフィーネちゃん。
ラスティナ様も突然頭をかかえてふらつき始めたフィーネちゃんのことを心配そうに見る。
「な、なんで..........なんで?なんで涙が出てくるの?
あれ?あれ...........?」
「フィーネ........様?大丈――」
「話しかけないで!!」
「!!」
顔を真っ青にして部屋のベッドに倒れるように座り込んだフィーネちゃん。
顔をひきつらせてカタカタと震えている。
「フィーネちゃん.........思い出した?」
「あ........はは。なんで?なんで忘れてたの?ライルのこと大好きなのに...........名前しか、思い出せないよ..........?」
「フィーネちゃん........」
ボロボロと涙を流して頭を抱えるフィーネちゃん。
まだ幼さの残る顔と大人になりきっていない身体をぎゅっと縮こまらせてカタカタと震え続ける。
「な、なんですの.......?これ........?」
「勇者が.......何かしたんだ............」
大丈夫。
私はエドのことまだしっかり覚えてる。
初めて私に見せてきたあの蜂の標本も。
彼の大好物のカレーも。
キラキラと好奇心に溢れた金色の瞳も。
魔物に襲われて、恐怖に震える私に優しくのばしてきた暖かい手の感触も。
「あ、アンリちゃん.........私、私........!!」
「大丈夫、私が守るから........。あの勇者から、二人とも守ってみせるから...........!」
震える彼女の身体をぎゅっ、と抱き締める。
柔らかくて今にも折れてしまいそうなほどに細い、か弱い少女の身体だ。
あんな男に貪らせるわけには絶対にいかない。
そんなこと許せない。
「う、うわぁぁぁぁぁぁん!!!」
「大丈夫.........大丈夫.............」
大声を上げて鳴き始めたフィーネちゃんの頭を優しく撫でる。
「な、何でそんなに泣いてますの??だって私達は勇者様と結婚できて幸せなはずで............?」
困惑した表情で此方もふらつきはじめるラスティナ様。
まだ勇者が何かしたにしてもそれを受けたばかりで効果が浅いのだろう。
まだ手遅れにはなっていない。
手遅れになる前に、二人を守るために策を練らないと。
指一本触れさせない。
「まずはアレに二人を会わせる訳にはいかないよね..........何故か私には効いてないみたいだけど、油断は出来ないからなんとか逃げ続けながら興味を失って貰わないと」
神託は間違っていなかった。
あの勇者は危険だ。
得体の知れない力を持って女の子を食い物にするつもりだ。
「敵を倒すなら、まずは敵を知らないとね」
おそらくは『洗脳系』や『魅了系』の能力。
これらの能力は非常に希少だが、勇者ともなれば持っていても不思議はないだろう。
まあ、そんな能力を持っている人間を勇者というのも変な話だけど。
よし、まずは対抗策を練るために図書館に行こう。
王城内にある図書館。あそこならきっと目当ての本もあるはずだ。
アンリは二人を部屋に残して、【聖女】の力を使ってその部屋に結界を張って扉にも鍵をかけた。
向かうは王城の図書館。
途中で勇者に見つからないように、静かに歩き始めた。