むずむずするー!
あれから何頭ものサーベルウルフを倒した僕達は村に帰ってきていた。
「ジャックさー、やっぱあの借り無しで良くないかな?」
『むぅ.......やはり駄目か?傷一つ付かなかったからなぁ』
そう、あれから何度もサーベルウルフ達と戦ったのだが、噛みつきはおろか、前脚から繰り出されるサーベルの切りつけでさえかすり傷一つつかなかったのだ。
あれでは例え不意打ちされても全く傷が付かないか、かすり傷程度で終わってしまうだろう。
『ジャックは気持ち悪いおじさんだけど、頑張ったのにちょっと可哀想なの』
『ローチちゃんは優しいのだな。某はフォローして貰えて嬉しい。ついでに気持ち悪いと言ってくれたのも嬉しい。ごほうびでござる。
しかし某があまり役に立てなかったのもまた事実。借りが帳消しになっても文句は言わぬ』
意外と潔く借りの帳消しを受け入れるジャック。
確かに今日はあまり役に立てなかったが、これからの成長には期待だ。
「いや、やっぱり帳消しは無しにするよ。ジャックはまだLv.1なのに本当に良く動いてくれた。借りは借りだ、しっかり持っといてな」
『マスター殿、本当に良いのか?』
「そうだな.........まぁ一日ぐらいはいい気分をさせてやっても良いぐらいの働きだったよ。これからも宜しく頼むよ」
『わかった。覗きの為にも沢山働くでござるよ!』
どんだけ覗きがしたいんだ、このエロクワガタめ。
ローチが凄い冷めた目を向けてるぞー。
「おっ!エド君じゃないか。今日は早い帰りなんだな」
「そうですね。まだ夕方にもなってないですけど、色々家でやっとかなきゃならない事もあるので」
村につくと門番の『カーネル・ヨハン』さんが出迎えてくれた。
カーネルさんはニーアちゃんのお父さんだ。
気は優しいけど腕っ節は村でもかなりの上位に位置している。家ではあのパワフルなお母さんの尻に敷かれているみたいだけど。
「あっ、そういえばウチの娘なんだけどさ..........昨日の宴の時に酔っぱらっちゃって恥ずかしいことしちゃったみたいでさぁ、凄い落ち込んでるんだよね。良かったら励ましに行ってくれないかな、きっとニーアも喜ぶと思うし」
「あー.............たぶんあの事ですよね。わかりました、これからちょっと様子見てきますね」
酔っぱらって僕に抱きついてきたのがきっと落ち込んでる原因だろう。
流石に自分の兄のような存在に「好き好き♡」言いながら抱きつくなんて思い出したら恥ずかしいやら鳥肌が立つやらで落ち込むに違いない。
「ニーアちゃんも災難だったよねぇ」
『うーん?鈍感もたまには役に立つってことなのかなぁ』
『話を聞いている限り..........無駄に傷つかずに済んだということで宜しいかな?』
「鈍感?傷つく?」
『でもやっぱり鈍感はギルティなのー』
「??変なこと言ってないで行くよ?」
二人の話していることはよくわかんないけど、ニーアちゃんが無駄に傷つかずに済んだのなら良いことなのかな?
―――コンコン
「すみませーん。エドガーですけど、ニーアちゃん居ますか?」
『えっ、なんで!?おかーさんが呼んだの!?』
『うふふふ、何にもしてないわよー♪』
『ねぇもうヤダぁ!こんな顔みせられないよぉ!』
『確かに今日の貴女は顔色悪いわねぇ、でもエド君に会えるのは嬉しいんじゃないの?』
『ああもう!た、確かに嬉しいけど...........それとこれとは別なの!恥ずかしいよぉぉぉ!』
――ドタドタドタドタ!
―――ガラガラ!
―――ドタン!バタン!
――ズデッ!バン!
――――ガチャン!ゴロゴロゴロ.........
「え、えと、ニーアちゃんは..........?」
中からすごい音が聞こえた。
大丈夫かな、転んだみたいな音とか食器を落としたみたいな音とかしたんだけど.........。
―――ガチャリ
「あらあらー♪エド君わざわざ来て貰っちゃってごめんなさいねぇ。あの子ったら恥ずかしがって逃げちゃったのよー」
「お母さん!?家に入れちゃったの!?」
「今からそっちに連れてってあげるからねぇ♪」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
二階から彼女の叫び声が聞こえてくる。
これ............様子を見に来ない方が良かったんじゃ.......。
「あの、僕、もう帰りますね?」
『戦略的撤退なのー』
くるっ、と後ろを振り向いてドアに向かって歩いて出て行こうとした。
だが、
「あらあら、逃がさないわよ?」
「は、速い!?」
ギュン!と音を立ててニーアママが回り込んできた!
ねぇ貴女ってほんとはステータスの【速】3000ぐらいありません?
「さーさーこっちにいらっしゃい?」
「あー、えー、そのぉ?ニーアちゃんも嫌がってますし僕は行かない方が良いかと?」
「大丈夫よー?むしろ元気になりすぎて困っちゃうわね」
ニコニコしながら僕を二階へと押していくニーアママ。
なんという腕力。
この細腕からどうやってこれだけの力が生み出されるのか、非常に不思議だ。
「ニーア?エド君連れてきたわよー!」
「開けちゃダメぇぇぇぇぇ!」
「開けるわねー♪」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
無情にも扉は開かれた。
並んで置かれた縫いぐるみや、本棚には沢山の本(それも恋愛ものが沢山)、床にはふかふかのカーペットが敷かれていてなんだかお花みたいないい匂いが漂っている。
部屋の中を見ると、ベッドの上でニーアちゃんが毛布にくるまって震えていた。
「え、えと..........ニーアちゃん大丈夫?とりあえず元気そうだけど..........」
「大..........丈夫..............です...........」
「それじゃあ、僕はこれで――」
「あらあら逃げるつもりかしらー?もうちょっと話して行きなさいな?」
「えっ!?ちょっ、おかーさん!??」
「それじゃあごゆっくり~♪」
―――バタン。
なんとニーアママは僕とニーアちゃんを残して扉を閉めてしまった。
部屋に自分の娘と近所の男を二人きりにするなんて、信用されているのか逆に○○○を狙っているのか。
とりあえずニーアちゃんは毛布の中に更に隠れた。
「あ........なんか、ごめんね............?」
「いいの........エドお兄ちゃんは悪くないし...........。それに、昨日のことはごめんなさい............お兄ちゃん、嫌だったよね..........」
「別に僕は気にしてないよ。寧ろニーアちゃんの方が傷ついてないか心配だったよ」
「えへへ........やっぱりエドお兄ちゃんは優しいね...........」
そう言うと彼女は毛布の中からもふっと顔を出す。
心なしかほんのりと頬が赤く染まっている。
毛布にくるまってるってことは.........風邪でもひいてしまったのだろうか。
「体調は大丈夫?なんだか顔が赤いけど」
「体調は平気だよ。私がこうしてたくて毛布にくるまってるだけだから」
毛布から首だけ出した状態のニーアちゃん。
肌に張り付いた彼女の栗色の髪が独特の色気を醸し出し、時折ふわっと香ってくるいい匂いに頭がくらっとしそうになる。
あんまり見ない内に凄い大人っぽくなったな..........全然、まだ子供だと思ってたのに。
アンリほどじゃないけど、凄い綺麗だ。
「................」
「..............」
『ますたぁがんばれー』
『男を見せるんだ!マスター!』
どうしよう。
何も話すことが無い。
二人とも、あんまり僕に期待しないで..........。
好きな女の子に何も伝えられずにフェードアウトしちゃったヘタレだから.........。
「え.......と、じゃあ僕、もう帰るね。あんまり部屋に男が居てもいい気はしないでしょ」
『ますたぁ逃げるのー?!』
『ああああ!ヘタレでゴザル!鈍感でヘタレなんてもう終わってるでゴザルぅぅぅぅ!』
やかましいっ!
何言ってるのか知らんけど僕はこういうのは無理だっ!
逃ーげるんだよぉぉぉーーーん!
慣れない女の子相手に話が続かなくて逃げの一手をとった僕。
その時だった。
「待って、行かないで」
「っ!? ............ニーア、ちゃん.......?」
彼女が毛布から出てきてぎゅっ、と僕の腕を掴んだ。
弛んだ服の胸元からは彼女のささやかな谷間が覗き、彼女の顔は真っ赤に染まっている。
ぐいっ、と彼女は僕を引き寄せて抱き締めると、潤んだ瞳を向けてこう言った。
「まだ........お兄ちゃんに、居て欲しい........」
「.............(ごくっ)」
『ひゃあああああああ!』
『ふおおおおおおおおお!(野太い声)』
思わず唾を飲み込んだ。
この娘は天然でこれをやってるのだろうか。
破壊力が凄い。
どうしたらここまで庇護欲をそそる表情、仕草を出来るのだろうか。
彼女は、僕の胸板に顔を押し付けて続けた。
「私ね、とっても性格が悪いの」
「あ、ああ........」
「アンリ、お姉ちゃんが勇者様のお嫁さんになる為に村から出て行って............私ね.............喜んじゃったの.........」
「............」
「だって、エドお兄ちゃんとアンリお姉ちゃんは相思相愛だったから.............私の付け入る隙なんて全然無かった。
ゴリアテさんちみたいに何人もお嫁さんをとるならまだ私のチャンスもあっただろうけど、エドお兄ちゃんはアンリお姉ちゃんと結ばれたらきっとそうはしなかったでしょ? だって、お兄ちゃんはアンリお姉ちゃん一筋だったもん...........」
「...........!??」
彼女の言葉に僕は混乱した。
僕とアンリが相思相愛だった??
そんな、まさかあり得ない。
初恋の人と相思相愛だったなんて物語の中だけの話に決まっている。
でも.........そうだとしたら僕は取り返しのつかないことをしてしまった。
僕は彼女に「勇者の嫁になって村から出て行け」と暗に言ったんだ.......。
もし僕が女の子で、好きな人にそんなこと言われたとしたら............耐えられない。
ごめん、アンリ..........やっぱり僕は君には似合わない。
どうしようもないクズだ。
救いようのない男だよ。
「だから...........っっ!私、アンリお姉ちゃんが出て行ってっ...........お兄ちゃんの隣に立てるってっ!.............喜んじゃっ........て.............」
「...........ニーアちゃんは悪くないよ.....」
そのまま僕の胸に顔を押し付けたまま泣き出すニーアちゃん。
鈍感って........そういうことか。
ホント、鈍感だよ僕は。
何にも気付かないから女の子を二人も悲しませた。
アンリには酷いことを言ってしまったし、ニーアちゃんを気付かぬ内に恋愛対象ではないと子供扱いし続けていた。
ニーアちゃんが喜んだのももっともな話だ。
僕はアンリしか見てなかったんだ。
しかもそのアンリでさえまともに見れていなかった。
「悪いのは僕だよニーアちゃん..........全部、僕が悪い........」
「わだじっ........ズルい子だからっ、酷い子だからっ!..........エドお兄ちゃんが、好きって.........全然、つだえられなくって.......」
ぎゅっ、と彼女の身体を抱き締める。
柔らかいさらさらとした髪を撫でた。
ぽんぽんと優しく背中を叩いた。
「うっ.......うっ、うっ...........」
「落ち着いた........?」
「........うん。ありがとう、エドお兄ちゃん.......」
彼女をそっとベッドに下ろす。
柔らかなベッドは彼女の華奢な身体をふわりと受け止めた。
「ごめんねお兄ちゃん.........今日はもう帰っていいよ........」
「わかった.......それじゃあ、僕は帰るね」
そして、そっと彼女の部屋を出て行った。
トン、トンと階段を降りる。
「結局、手は出さなかったのね」
「大切な幼なじみです.........出すわけ無いじゃないですか」
降りたら彼女の母親が待っていた。
やっぱりそういったことを期待していたらしい。
この人本当にニーアちゃんの母親なんだろうか。
「貴方、村を出て行くんだそうね」
「あはは........もう広まってましたか。早いですね」
「単刀直入に聞くけど。やっぱりアンリちゃんのことでしょ?」
「何を冗談を.........そんな訳ないじゃないですか。彼女のことはもう諦めましたから。
それと、今度から彼女のお見舞いには僕じゃなくてコルト君を呼んで下さい。彼の方が彼女に誠実に向き合ってくれますよ.......」
ニーアちゃんの母親を避けて家から出ていく。
ブブブブと音を立てて飛んでついてくるジャック。
ローチはいつも通り、肩に乗っかっている。
ニーアちゃんの母親は、そんなエドを後ろから静かに眺めていた。
「何が『諦めましたから』よ。未練たらたらじゃない..........本当、ウチの子はなんであんな子に惚れちゃったのかねぇ........」
そして、残念そうにため息をついた。
三日後。
時刻は夜の7時ちょうど。
村の人達の話によれば明日にはギルドの調査隊が到着するらしい。
僕達の戦闘訓練もそろそろ終わりだ。
あれからも毎日魔物を狩り続けた。
ジャックもかなり戦えるようになり、僕もあのサーベルウルフをパンチ一発でしとめられるようになった。
「エド、ご飯よー!」
「はい!今行きます!」
煮立った湯に浸けて軟化させた『カエンコガネ』を展脚(あしを形よく整えること)をしていた僕は、急いでそれを終わらせてピンでラベルを付けると一階へと向かう。
この匂いは、今日の夕ご飯は僕の好きな『カレーライス』だ!
『ローチもすぐ行くー!』
『ローチ殿はいつも元気なのだな』
実はこの二匹も普通に人間の食べるものを食べる。
どうやって食べてるのかはよくわからないけれど、とにかく食べているのだ。
図鑑に書いてあった彼等の食べるものと全然違うから驚いた。
これも【召喚特典】ってやつなのだろうか。
「はい、沢山食べなさい!おかわりもまだまだあるからね!」
「いただきますっ!」
『うむっ!いただきます!』
大盛りのカレーライスをふーふー言いながら食べ始める僕とジャック。
「あれっ?ローチどうしたの?食べないの?」
「あら?ローチちゃんはお腹すいてないのかしら?」
ローチがまだカレーに手を付けていない。
いつもならばくばく凄い勢いで食べ始めるのに、どうしたんだろうか?
「ローチ........大丈夫?」
『なんか、むずむずするのー』
もじもじ羽を動かすローチ。
なんだか苦しそうだ。
『ますたぁ、なんか出てきそうなの!むずむずするのー!』
「出て来そう!?そんな!まさか寄生虫なんかじゃないよね!??」
慌ててマジックバッグからある魔法護符を取り出す。
魔法護符とは魔法が閉じこめられたお札だ。
魔力を少し流せば誰でもそのお札に込められた魔法が使える。
「発動、『悪意滅却』!」
カッ!と護符が光り輝き、ローチの身体に吸い込まれていく。
もし寄生虫が原因ならこれで寄生虫は死ぬはずだ。
「どうだ?ローチ」
『駄目なの!まだむずむずするのー!』
もぞもぞと身体を動かすローチ。
次の瞬間、
――カッッ!!!
ローチの身体が光り輝き、部屋がまぶしい光に包まれる。
「ろ、ローチ!??」
「ま、ますたぁ?」
「.............へっ?」
光が収まると、そこには全裸の褐色美少女が座っていた。
読んで下さりありがとうございます!
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